昨年7月6日に働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30年法律第71号)が交付されたことにより、本年4月1日より、労働基準法を含む労働関係法が大幅に改正されることとなりました。
これは、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「育児や介護との両立など、労働者のニーズ多様化」などの状況に直面した我が国において、長時間労働の是正や柔軟な働き方がしやすい環境整備を目指すことが理由です。
当該改正により特に大きな影響がある点について簡単に解説したいと思います。
本稿では、本年4月1日改正後の労働基準法を「改正労働基準法」といいます。
現行法では、36 協定で定めることのできる時間外労働時間の上限については、時間外労働の限度に関する基準(平成 10 年労働省告示第 154 号)において、法的拘束力のない告示があるにすぎませんでした。しかしながら、改正労働基準法では、36 協定で定めることのできる時間外労働の限度時間の上限が月 45 時間、年 360 時間に定められることとなりました(改正労働基準法 36 条 4 項)。
また、特別条項による場合(特別の事情に基づいて限度時間を超えて労働させる場合)等であっても、時間外労働時間が年間 720 時間以内、単月の時間外労働時間(法定休日労働時間も含みます。)が 100 時間未満、かつ 2 ヶ月間から 6 ヶ月間の各平均時間外労働時間(法定休日労働時間も含みます。)が 80 時間未満でなければなりません。さらに、月 45 時間の時間外労働時間を上回る月は、年間で 6 ヶ月以内でなければなりません(同条 5 項)。
当該改正は 2019 年 4 月 1 日から施行されますが、同日からすべての労働者に対して適用されるわけではありません。中小事業主には、2020 年 3 月 31 日まで上記規制の適用が猶予されます。中小事業主とは、資本金の額又は出資の額が 3 億円(小売業又はサービス業は 5,000 万円、卸売業は1億円)以下である事業主及び常時使用する労働者の数が 300 人(小売業は 50 人、卸売業又はサービス業は 100人)以下である事業主をいいます。
他にも、新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務には上記規制の適用除外が認められているほか(同法 36 条 11 項)、工作物等の建設の事業、自動車の運転の業務、医業に従事する医師等には、2024 年 3 月 31 日まで猶予期間が設けられています(同法139 条以下)。
なお、施行日(中小企業は 2020 年 3 月 31 日まで適用を猶予されます。)の前日を有効期間に含む 36 協定については、改正法施行日以降も、当該協定に定める期間の初日から起算して 1 年を経過する日までの間は効力を有することとなります(附則 2 条)。
上記規制に違反した使用者は、労働基準監督官による臨検、是正勧告及び改善指導の他、違反した労働者一人当たり 30 万円以下の罰金に処される可能性があります(同法120 条)。
現行の労基法では、フレックスタイム制を設ける場合には、清算期間として、1 ヶ月を上限とする期間の総労働時間をあらかじめ定め、当該期間中の実労働時間が定められた総労働時間を超える場合には、当該超過部分について時間外割増賃金を支払う必要があります。
今回の改正では、清算期間の上限が従来の 1 ヶ月から 3 ヶ月に拡張されます(同法32 条の 3 第 1 項 2 号)。その結果、例えば夏休み中の子供と過ごす時間を増やすため、親である従業員が 8 月の労働時間を短縮し、その前後の月の労働時間を増やして調整するといったことが可能になります。
フレックスタイム制の導入に関する労使協定は締結のみで足り、届出は原則として不要ですが、清算期間が 1 ヶ月を超える場合には労使協定の届出が義務化されます。また、1 ヶ月あたりの労働時間の上限を設定(清算期間を1ヶ月ごとに区分した各期間において1週平均 50 時間を超えない範囲内)し、当該上限を超えた時間外労働については、清算期間の経過を待つことなく割増賃金を支払う必要があります(同条 4項)。
例として、以下のように労働時間を調整することが考えられます(計算を簡便にするため、すべての月が 4 週 28 日、法定労働時間 160 時間としています。)。
(1) 1 ヶ月当たりの労働時間及び 3 ヶ月当たりの労働時間の上限を超えない場合
月 | 1 月 | 2 月 | 3 月 |
実総労働時間 | 200 時間 | 80 時間 | 200 時間 |
上記の場合、従前であれば 1 月及び 3 月に各月 40 時間分の時間外労働が発生することから、合計 80 時間分の時間外割増賃金を支払う必要がありました。もっとも、清算期間を 3 ヶ月とするフレックスタイムを導入した場合、上記の例では 3 ヶ月間の実総労働時間が 480 時間であり、法定労働時間の枠を超えていないため、時間外割増賃金を支払う必要がないということとなります。
(2) 1 ヶ月当たりの労働時間の上限を超える場合
月 | 1 月 | 2 月 | 3 月 |
実総労働時間 | 210 時間 | 210 時間 | 80 時間 |
上記の例では、1 月及び 2 月に週平均 50 時間を超える時間外労働が発生しているため、1 月及び 2 月に 10 時間分ずつの割増賃金を支払う必要があります。
(3) 3 ヶ月当たりの労働時間の上限を超える場合
月 | 1 月 | 2 月 | 3 月 |
実総労働時間 | 200 時間 | 200 時間 | 150 時間 |
上記の例では、1 月及び 2 月は週平均 50 時間の時間外労働時間の発生にとどまるため、1 月及び 2 月分の労働に対しては時間外割増賃金を支払う必要はありません。他方、3 月の実総労働時間も週平均 50 時間以内ではありますが、3 ヶ月の実総労働時間が 550時間であるため、480 時間を超える 70 時間分について時間外割増賃金を支払う必要があります。
なお、この場合は 3 月に 60 時間を超える時間外労働をさせたものと考えられますから、60 時間分については 2 割 5 分以上の時間外割増賃金を、10 時間分については 5割以上の時間外割増賃金を支払う必要があります。
改正労働基準法では、使用者は、1 年に 10 日以上の年次有給休暇が付与される労働者1に対し、毎年 5 日以上、時季を指定して年休を与えなければならなくなります(同条 7 項)。ただし、労働者が時季を指定した日数及び労使協定による計画的付与(例えば、暦の関係で飛び石連休となっている場合に、祝日の間の所定労働日を休日とする場合等)により取得された日数については、5 日から差し引くことができます(同条 8 項)。現行法上は労働者による時季指定がない限り、年休を付与しなくとも違法ではありません。しかし、改正法施行後は事業主に、労働者に年休を取得させる義務が生じます。仮に従業員に年 5 日以上の年次有給休暇を取得させなかった場合、使用者は労働基準監督官による臨検、是正勧告及び改善指導の他、労働者一人当たり 30 万円以下の罰金に処せられる可能性があります(労働基準法 120 条)。
改正労働基準法では、労働の評価の対象を時間ではなく成果とすることを目的として、高度プロフェッショナル制度(いわゆる「高プロ」)が導入されます。高度プロフェッショナル制度とは、高度な職業能力を必要とする特定高度専門業務に従事する労働者について、労働時間規制の対象から除外する制度を意味します。これらの労働者には労働時間に関する規定は適用されず、また、時間外・休日・深夜労働に対する手当の支払義務もありません。
高度プロフェッショナル制度の対象となる業務は、①金融商品の開発業務、②証券会社のディーラーといったディーリング業務、③市場や株式などのアナリストの業務、④コンサルタントの業務、⑤医薬品などの研究開発業務の 5 つです。ただし、上記業務に従事する者の全てが本制度の対象となるわけではなく、そのうち高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められる業務のみに限定されることにご注意ください(労働基準法第 41 条の2第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るため の指針案(https://www.mhlw.go.jp/content/12602000/000456690.pdf)参照)。本制度の対象となる者の年収は 1075 万円以上でなければなりません。当該年収には、固定給のほか、固定で支給される手当等を含みますが、成果報酬や賞与のうち、実績等に応じて変動する額は含みません。つまり、最低でも年間 1075 万円以上の支給がなされる者のみが対象となります。
高度プロフェッショナル制度を導入するためには、以下の手続きが必要となります。
①労使委員会(委員の半数については、過半数労働組合がある場合には過半数労働組合が、過半数労働組合がない場合には過半数代表者が任期を定めて指名すること)の設置
②労使委員会における、委員の 5 分の 4 以上の多数による以下の事項の決議
③決議の労働基準監督署への届出
④対象労働者の書面又は電磁的方法による同意の取得
長時間労働による健康被害を鑑み、事業主には、前日の終業時刻と翌日の始業時刻の間に一定時間の休息の確保に努めなければならない旨の努力義務が課されます。例えば、始業時刻 9 時、終業時刻 18 時の会社において、前日深夜 0 時まで残業した場合に、翌日の始業時刻を 11 時に繰り下げるといった運用が考えられます。ただし、あくまで当該制度の導入は努力義務に過ぎず、事業主に制度導入義務はありません。
改正労働法の下では、雇用形態にかかわらず、同一の貢献をした場合は同じ給与・賃金を支給しなければなりません。なお、改正法の施行は、大企業は 2020 年 4 月 1日、中小企業は 2021 年 4 月 1 日とされています(働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律附則 1 条 2 号、11 条)。
当該制度の下では、例えば以下の点が考慮されます(厚生労働省告示第 430 号参照)。
現行法の下では、時間外労働に対する割増賃金率は原則として 25%ですが、1 ヶ月について 60 時間を超える時間外労働時間に対する割増賃金率については 50%とされていますが、中小事業主の事業については、後者の割増賃金率は適用を猶予されていました。改正労働基準法によりかかる猶予期間を定めた労働基準法 138 条が廃止され、2023年 4 月 1 日からは中小事業主の事業についても当該割増賃金率が適用されることとなります。
本稿は、議論用に纏めたものに過ぎず、具体的な法的助言ではありません。また当職らの現状の見解に過ぎず、当職らの見解に変更が生じる可能性があります。具体的な案件については、当該案件の個別状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。