メタバースにおける法律【都市再現型・知的財産権】

2022.05.13

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メタバース都市再現型における法律(知的財産権)の整理

1.     はじめに

メタバース(仮想空間)ビジネスの拡大・浸透に伴い、メタバース上で表現されるデジタルアートやロゴなど、知的財産の保護が問題となるケースについてご相談を受けることが増えています。

例えば、2022年以降、アメリカでは、メタバースビジネスの一環としてエルメスのバーキンというバッグに毛皮を被せたデザインのNFTシリーズ(参考図1)を販売した者に対し、エルメスがその知的財産を侵害されたとして提訴した事例などが報道されています。日本においても、2022年3月30日に公表された、自民党デジタル社会推進本部NFT政策検討PT「NFTホワイトペーパー(案)Web3.0時代を見据えたわが国のNFT戦略) 」にてメタバースについて言及されており、コンテンツホルダーの権利保護に必要な施策として、意匠法の改正を含めたメタバースにおけるデザイン保護の必要性などが提言されています。また、2022年4月22日には、KDDI、東急などで運営される「バーチャルシティコンソーシアム」が、「バーチャルシティガイドラインver1.0」を公開し、知的財産権を含むバーチャルオブジェクトの権利関係の注意点について言及しています。

知的財産権は著作権や商標権などを含む概念であり、それぞれ成立要件や保護期間などが異なります。しかし、メタバースにおける知的財産の侵害態様は様々なものが想定される一方で、「IPの盗用はよくない」という結論自体のイメージは持ちやすいためか、それぞれどの権利が問題となるのかという結論の過程に至る詳細な検討がされていないケースが少なくないように思われます。

本稿では、主に、現実の都市を再現したケースを想定して検討を行い、メタバースにおける知的財産の問題を入門的に整理することを試みます。

以下は、JCBAの2022年5月勉強会で当職らが行った「クリプト業界のためのメタバース入門」というセミナーの資料です。併せてご参照ください。
https://innovationlaw.jp/crypto-metaverse/

(参考図1) メタバーキンNFT

(Metabirkinsのウェブサイトhttps://metabirkins.com/より)

2. 都市再現型メタバースにおける知的財産権まとめ

[著作権]
● 一般的な建築物は、著作権で保護されない。
● 屋外に恒常的に設置されている美術の著作物は、原則自由に利用することができる。
● 広告などの著作物は、景観の一部を構成するにすぎないと考えられる場合には、写り込みとして著作権侵害にならない可能性がある。

[意匠権]

● 意匠権は登録がなければ発生しない。
● 意匠権は同一又は類似の意匠にしか効力が及ばず、メタバース上での再現はこれに該当しないと考えられる。
● 意匠登録することができる画像は限定的であり、都市再現型のメタバースで問題になることは想定しがたい。

[商標権]
● 商標権は登録がなければ発生しない。
● メタバース上の景観の一部として再現したに過ぎない場合には、商標権の侵害とならないと考えられる。

[商品表示(不正競争防止法)]
● メタバース上の景観の一部として再現したに過ぎない場合には、商品表示に該当しないと考えられる。

3.     都市再現型メタバースにおける知的財産権の検討

メタバースでは、例えば渋谷の街頭など現実の都市が取り上げられることがあります(参考図2)。このような場合に、他者に権利帰属する知的財産がデジタルやバーチャルの形で表現されることがあり得ます。近年の知的財産法の改正により、従来のイメージと異なる客体についても権利保護がなされているケースもある一方で、一定の態様であれば知的財産の侵害に該当しない場合もあり得るため、どのような事例が知的財産権侵害になるか検討をする必要があります。

以下では、各知的財産権について問題となり得る項目を想定事例をあげて検討します。

(参考図2) バーチャル渋谷

(バーチャル渋谷 体験ビデオhttps://www.youtube.com/watch?v=1huL3qPm9JI 0:01より。以下同ビデオにつきURLを省略。)

【参考:著作権、意匠権、商標権、商品表示の違い】

  著作権 意匠権 商標権 商品表示
対象 文芸、学術、美術、音楽、プログラム 物品、建築物、画像のデザイン 商品・サービスに付する標章 周知・著名な商品表示
具体例 小説、絵画 家具、部品 ロゴマーク 有名なロゴ
根拠法 著作権法 意匠法 商標法 不正競争防止法
登録 不要 必要 必要 不要
要件 (i)人の思想又は感情が表現
(ii)創作性
(iii)文芸・学術・美術・音楽の範囲
(i)量産性
(ii)新規性
(iii)創作非容易性
(iv)先願
など
(i)使用意思
(ii)識別力
など
(i)周知性又は著名性
(ii)類似性
(iii)混同のおそれ
など
期間 著作者の死後70年 出願日から最長25年 設定登録から10年
何度でも更新可
救済・罰則 差止め
損害賠償
刑事罰
差止め
損害賠償
刑事罰
差止め
損害賠償
信用回復措置
刑事罰
差止め
損害賠償
刑事罰

・(1)著作権

現実の都市を再現したメタバースでは、実際に存在する建築物や美術品が表現されることがあります。その建築物や美術品が著作物に該当する場合には、メタバース上でこれらを表現することが著作権の侵害にならないか問題となります。

想定事例1)JR渋谷駅の外観をメタバース上で再現した場合

(バーチャル渋谷 体験ビデオ2:09より)

著作権は著作物についてのみ生じ、(i)思想又は感情の表現、(ii)創作性、(iii)文芸・学術・美術・音楽の範囲に属することといった要件を満たす必要があります。一般的な建物のデザインは、居住や人の往来といった建物の機能・便益に供することを第一に採用され、原則的にこれらの要件を満たさず著作物には該当しません。

一般的な建築物として注文住宅の著作物性が問題となった裁判例として、下記が参考になります。

(大阪高決平成16年9月29日(判例秘書判例番号L05920554))
一般住宅が著作権法10条1項5号の「建築の著作物」であるということができるのは、客観的、外形的に見て、それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えた場合と解するのが相当である。

JR渋谷駅は、上記裁判例で示されたような建物としての機能や実用性と独立した美的要素が認められるような建築物ではないため、著作権の保護は及ばないと考えられます。
なお、後述するJR上野駅と異なり意匠登録もされていないため意匠権の問題は生じません。JRのロゴ等も再現する場合の商標の問題については(2)をご参照ください。

想定事例2)忠犬ハチ公の銅像をメタバース上で再現した場合

(PhotoAChttps://www.photo-ac.com/より。上記は非メタバースの写真)

JR渋谷駅ハチ公口前に設置されている忠犬ハチ公の銅像は、創作者の思想が創作的に表現された美術の著作物に該当すると考えられます。 しかし、原作品が屋外に設置されている美術の著作物については、著作権法46条(下記参照)により、一定の例外のもと、自由に利用することができるとされており、忠犬ハチ公の銅像についてもメタバースで再現することを妨げられません。

第46条(公開の美術の著作物等の利用)
美術の著作物でその原作品が前条第二項に規定する屋外の場所に恒常的に設置されているもの又は建築の著作物は、次に掲げる場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
一 彫刻を増製し、又はその増製物の譲渡により公衆に提供する場合
二 建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合
三 前条第二項に規定する屋外の場所に恒常的に設置するために複製する場合
四 専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し又はその複製物を販売する場合

想定事例3)建物外壁などのキャラクター広告を再現した場合

(バーチャル渋谷 体験ビデオ3:41より)

現実世界の建物の外壁や巨大看板などにおいて、著作物であるキャラクターが広告として掲げられている場合があり、これをメタバースで再現することも考えられます。この場合、原作品が恒常的に屋外に設置されているとはいえないため、著作権法46条の適用はありません。その著作物を表現したデータをアップロードした場合には、複製権・翻案権・同一性保持権の侵害になりえます(下記参照)。
この場合であっても、メタバースのごく一部を構成するにすぎないと整理することができる場合には、対象を伝達する際に写り込んだ著作物の利用について正当な範囲で著作権侵害に当たらないとする著作権法30条の2(下記参照)の適用があり得ます。

【参考:著作権の内容】

区分 支分権 著作権法 内容
著作権 複製権 21条 複製(有形的に再製すること)する権利(2条1項15号)
サーバーへのアップロードやハードディスクへのコピーといった有体物に固定することも含む
公衆送信権 23条 インターネットなどを通じて公衆に情報を送出する権利
展示権 25条 美術の著作物・未発行写真の著作物の原作品を展示する権利
譲渡権 26条の2 映画以外の著作物又はその複製物を譲渡する権利
貸与権 26条の3 映画以外の著作物又はその複製物を貸し出す権利
翻案権 27条 二次的著作物を作成する権利
  二次的著作物利用権 28条 二次的著作物について利用(上記の各権利に係る行為)する権利
著作者人格権 同一性保持権 20条 著作物又はその題号を勝手に改変されない権利
第30条の2(付随対象著作物の利用
  1. 写真の撮影、録音、録画、放送その他これらと同様に事物の影像又は音を複製し、又は複製を伴うことなく伝達する行為(「複製伝達行為」)を行うに当たって、その対象とする事物又は音(「複製伝達対象事物等」)に付随して対象となる事物又は音(複製伝達対象事物等の一部を構成するものとして対象となる事物又は音を含む。「付随対象事物等」)に係る著作物(当該複製伝達行為により作成され、又は伝達されるもの(「作成伝達物」)のうち当該著作物の占める割合、当該作成伝達物における当該著作物の再製の精度その他の要素に照らし当該作成伝達物において当該著作物が軽微な構成部分となる場合における当該著作物に限る。「付随対象著作物」)は、当該付随対象著作物の利用により利益を得る目的の有無、当該付随対象事物等の当該複製伝達対象事物等からの分離の困難性の程度、当該作成伝達物において当該付随対象著作物が果たす役割その他の要素に照らし正当な範囲内において、当該複製伝達行為に伴って、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該付随対象著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。前項の規定により利用された付随対象著作物は、当該付随対象著作物に係る作成伝達物の利用に伴って、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該付随対象著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
  2. 前項の規定により利用された付随対象著作物は、当該付随対象著作物に係る作成伝達物の利用に伴って、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該付随対象著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

・(2)意匠権

意匠とは、物品・建築物の形状等又は画像で、視覚を通じて美感を起こさせるものをいい、登録することにより意匠権を取得することができます。登録を受けるためには、工業上利用することができること、新規性、創作非容易性などの要件を満たす必要があります。

想定事例4)JR上野駅の外観をメタバース上で再現した場合

(株式会社JR東日本建築設計ウェブサイトhttp://www.jred.co.jp/projects/p126.htmlより。上記は非メタバースの写真)

直近の意匠法の改正により、物品に加えて建築物・画像についても意匠登録が可能となっており、JR上野駅は駅舎として意匠登録をしています(意匠登録1671774)。
しかし、意匠権は、同一又は類似する意匠にしか効力が及ばない(意匠法23条)ため、メタバース上でJR上野駅を再現したとしても、それは現実の駅舎であるJR上野駅と同一又は類似の意匠とはいえず、その効力は及ばないと考えられます。

なお、意匠登録の対象となる画像についても、機器を操作するための画像や、操作した結果を表示する画像に限られており、これらに該当し得ないデジタルアセットについては、画像として意匠権の保護対象になり得ません。この点について、自民党のNFTホワイトペーパー(案)では、意匠権による保護対象の拡大を含めた法改正による手当ての可能性について提言されています。

・(3)商標権

商標権者は、登録時に指定した商品・役務について登録した商標を使用する権利を専有します。なお立体的な形状の商品や営業を提供する建物などの立体商標についても登録が認められています(ヤクルトの容器やケンタッキーの人形、東京スカイツリーなど)。

想定事例5)JR渋谷駅のJRのロゴをメタバース上で再現した場合

(バーチャル渋谷 体験ビデオ1:29より、画像右側にJRのロゴが再現されている)

商標権の効力は、指定商品・役務と同一又は類似のものについてのみ及ぶため、メタバース上のアセットの商標として登録されていない限り、その効力は及ばないと考えられます。
また、商標登録がされているロゴを使用しても、それがどの業者の商品・役務であると認識できる態様により使用(商標的使用)されていない限り、商標権の侵害には該当しません(商標法26条1項6号)。メタバース上で単なる景観の一部としてJR渋谷駅にロゴが再現されていた場合には、それはJRによる商品・役務であると混同させるものではなく、商標的使用がなされていないと考えられます。

・(4)商品表示(不正競争防止法)

広く認識されている商品表示(提供主体やブランドを示すサイン)については、商標登録がない場合であっても、不正競争防止法により保護される場合があります。
具体的には、周知な商品表示について、第三者が自己の商品表示として使用して商品の混同を生じさせること(混同惹起行為、2条1項1号)と、さらに広く認識されて著名といえる商品表示について、混同の恐れがない場合であっても使用することが禁止されています(著名表示冒用行為、同項2号)。
もっとも、メタバース上で周知又は著名な商品表示を再現した場合であっても、それは都市景観の一部を構成するにすぎずメタバースの提供主体を示すものではないため、商品表示として使用されたものではないと考えられます。

留保事項
本稿の内容は、法令上、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎず、関係当局の確認を経たものではありません。本稿は、メタバースにおける知的財産の問題について議論のために纏めたものにすぎません。具体的な案件における法的助言が必要な場合には、各人の弁護士等にご相談下さい。