
公共交通法制 |
大阪万博 |
法的課題 |
航空法制 |
先日、大阪・関西万博の「空飛ぶクルマステーション」を訪問し、空飛ぶクルマに関する展示を体験してきました。 (参考:https://www.expo2025.or.jp/future-index/smart-mobility/advanced-air-mobility/)
図1 現実風の空飛ぶクルマ
同パビリオンは予約なしでも入場可能ですが、事前予約をすると停機中の空飛ぶクルマの実機に乗り込めるほか、タクシーのように夢洲から高野山や淡路島に飛行する映像体験ができます。また、一定日の朝には実機の飛行デモンストレーションも会場の別場所であります(筆者が訪問した際にはデモ飛行のほかSkydrive社社長による機体説明とQ&Aセッションも行われていました)。
空飛ぶクルマに対しては、開催前から「現実味がない」「税金の無駄」「これは車ではない」など否定的な声も多くありましたが、展示内容は非常にわかりやすく、未来社会の具体的なイメージを持たせてくれるものでした。少なくとも、「夢ではない、近未来の現実かもしれない」と感じさせられる体験でした。
もっとも、展示内では「空には渋滞がない」というキャッチコピーが用いられていましたが、実際にはそう単純ではありません。航空法や小型無人機等飛行禁止法では、人口密集地(DID地区)、空港周辺、重要施設付近など、多くの空域が原則飛行禁止または厳しく制限されています。したがって、現行制度上「自由に飛ばせる空域」は極めて限定的であり、むしろ“使える空”のほうが少ないのが実情です。さらに、空域には航空交通管制が存在し、民間機・ヘリ・eVTOL・ドローンが安全に飛行するためには管制官による交通整理が不可欠です。実際、羽田空港上空ではピーク時に「ホールド(旋回待機)」が頻繁に発生しており、空の交通にも物理的・制度的な限界があります。今後、都市内低高度の運航には、専用ルートや無人航空機交通管理システム(UTM)の整備が不可欠となるでしょう。
技術は現実味を帯びる一方、空飛ぶクルマを本当に実現させるためには、航空法上の耐空証明や運航者責任、都市部でのバーティポート設置基準など、多方面で制度的な課題があります。
国土交通省は近年、2023年の航空法施行規則改正やバーティポート整備指針、さらに2025年の次世代空モビリティ運航ガイドラインの公表など、政省令や技術基準の逐次改正を進めています。
もっとも、現状ではまだ抜本的な制度設計には至っておらず、多くの領域で法的な未確定・グレーゾーンが残されています。
本稿では、空飛ぶクルマに関し、皆さんが思い描く未来の姿やSF作品、それと現行法の対比を通じて整理・考察します。
※本記事は大阪万博での展示を契機に、法律家として未来の制度を考察するシリーズの一環です。 過去記事: 「アンドロイドになった『私』は同一人物か?」 「軌道エレベーターで殺人事件が起きたら誰が裁く?」 |
空飛ぶクルマは、SF作品の中では昔からおなじみの存在です。ただし、その登場のされ方は一様ではなく、作品ごとに異なる社会像と技術観が描かれています。
1985年の『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART II』では、2015年の未来でデロリアンが空を飛ぶシーンが印象的です。ここでは空飛ぶ車は個人の乗り物として描かれ、誰もが自由に空を移動できる理想的な未来像が示されています。
1982年公開の『ブレードランナー』では、空飛ぶクルマは警察専用車両として描かれ、高層ビルの間を縫って飛ぶシーンが印象的です。ここでの空は公共空間ではなく、権力が支配する領域として機能しています。
1997年の『フィフス・エレメント』では、空飛ぶクルマが完全に民間に普及しており、都市の空間に立体的な交通システムが存在しています。空中には信号機すら存在し、「空中渋滞」が日常の一部となっている世界です。
1995年劇場版公開の『攻殻機動隊』では、公安9課の移動手段としてヘリ型のホバーカーが登場します。空飛ぶクルマは単なる移動手段ではなく、都市監視インフラの一部として位置づけられています。
図2 SF風の空飛ぶクルマ
興味深いのは、これらの作品に共通して「空を誰が管理するのか」「どのような法的ルールで飛行が制御されているのか」といった論点がほとんど描かれていない点です。
SF作品が描く「自由な空の移動」は魅力的ですが、現実には空域管理や航空法制が厳格に存在します。むしろ「空は誰のものか」という問いこそ、現代社会における制度設計の最前線にある論点です。
「空飛ぶクルマ」という言葉は耳目を引きますが、現在開発されている機体は、SFで想像されるような形――たとえば『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART II』に登場するデロリアン――ではありません。車輪もなく道路も走りませんが、「誰もがオンデマンドに予約して使う日常移動サービス」を目指しているため、親しみやすい「クルマ」という呼び方が使われています。
何を空飛ぶクルマと呼ぶかは確定はしてはいませんが、国土交通省の資料では、空飛ぶクルマは「電動化・自動化された垂直離着陸機(eVTOL)」として定義されることが多く、次のような特徴が挙げられます。
このような特徴から、空飛ぶクルマは従来のヘリコプターやドローンとは異なる位置づけを持ちます。
類似技術との比較
分類 | 推進方式 | 操縦 | 離着陸方法 | 主な用途 | 法制度 |
空飛ぶクルマ(eVTOL) | 電動 | 将来自動化 | 垂直離着陸 | 都市内移動・空中タクシー | 航空法適用も制度設計途上 |
ヘリコプター | 内燃機関 | 有人操縦 | 垂直離着陸 | 官庁・報道・救急 | 航空法で規制 |
ドローン | 電動 | 無人(遠隔) | 垂直離着陸 | 撮影・物流・測量 | 無人航空機規制 |
空飛ぶクルマは、ドローンのように小型・軽量で垂直離着陸が可能でありながら、ヘリのように人を運ぶ能力を持つ乗り物であり、その意味で従来の区分では捉えきれない「ハイブリッドな存在」と言えます。
技術的にはeVTOL(electric Vertical Take-Off and Landing aircraft)という言葉が使われることもありますが、日本の航空法には現時点で「空飛ぶクルマ」や「eVTOL」という定義規定は存在しません。
また、「クルマ」という言葉が使われていますが車ではないことから、道路運送車両法の対象外であり、自動車免許や車検制度も及びません。逆に、飛行機やヘリコプターと異なるため、従来の航空法の枠組みにも完全には収まりません。
空飛ぶクルマというと、まだ未来の乗り物という印象が強いかもしれません。しかし、技術的にはすでに実現段階にあり、国内外の企業が実機の開発・試験飛行・プレ商用運航に踏み出しているのが現状です。
アメリカや欧州では、eVTOL(電動垂直離着陸機)をベースとした都市型航空モビリティ(UAM:Urban Air Mobility)の実用化に向けた動きが加速しています。
日本においても、大阪・関西万博を契機として、空飛ぶクルマの商用化に向けた取組みが進んでいます。
空飛ぶクルマの最大の障壁は、技術ではなく制度です。空中を飛ぶ機体である以上、航空法や航空機製造基準、安全認証、運行管理、操縦資格、離発着場の設置基準など、あらゆる法的インフラが必要になります。
航空法は固定翼・回転翼を含む従来航空を包摂しますが、都市低空で高頻度運航を行うeVTOLや自動/遠隔操縦を前提とする制度設計は未整備で、ここに空白が残ります。
日本の空を規律する中心的な法律は航空法です。しかし、航空法は本来、滑走路から離陸し高高度を飛行する固定翼機や、限定的な用途のヘリコプターを想定した制度設計となっており、空飛ぶクルマ(eVTOL)のような低空・短距離・多頻度の飛行体には制度的ミスマッチがあります。
現時点では、空飛ぶクルマは航空法上「航空機」に分類されており、国土交通省の許可が必要ですが、次のような点で制度対応がまだ追いついていません。
「空を飛ぶ=ドローンと同じように規制されるのでは?」という疑問もあります。
ドローンも登録、リモートID、許可・承認など厳格な管理下にあります。ただし制度設計の焦点は”無人で物を運ぶ”ことにあり、”有人で人を運ぶ”空飛ぶクルマでは型式/耐空、乗員資格、空域容量管理の要求水準と範囲が本質的に異なるのです。
空飛ぶクルマの開発において、避けて通れない論点が「事故が起きたら誰の責任か?」という問題です。これは責任の所在、免許制度、保険制度など法制度全体の構築に直結する中核論点です。
現在開発されているeVTOL機の多くは、将来的に自動操縦・遠隔操縦を視野に入れていますが、初期段階では基本的に「有人操縦」が前提とされています。
仮に将来的に空飛ぶクルマが自動運転化された場合、選択肢として考えられる責任主体は以下の通りです:
たとえば、自動運転中にAIがルート選択を誤り墜落した場合、製造者・ソフトウェア開発者・管制システム・機体所有者のいずれか、あるいは複数が責任を問われる可能性があります。これは自動車の運転者責任とは根本的に異なる複雑な問題です。
より具体的に想定してみましょう。もし新宿上空を飛行中の空飛ぶクルマが突然システム障害で墜落し、地上の建物や通行人に被害が及んだ場合、数十億円、数百億円規模の損害賠償が発生する可能性があります。この責任を製造者が負うのか、運航事業者が負うのか、それとも複数で分担するのか。現在の法制度では明確な答えがないのです。
空飛ぶクルマが日常化すれば、都市の動脈は地上から空へ移ります。鉄道駅に代わり、高層ビルやショッピングモールの屋上にバーティポート(Vertiport)が整備され、「屋上=玄関」という新常識が生まれます。郊外の大型施設や病院にも空路の結節点が設けられ、都市の価値マップそのものが書き換わります。
図3 屋上が駅になる
用途としては、まず都市内部の短距離移動が想定されます。筆者が参加したSkydrive社のQ&Aでは「現在の飛行時間は約10分で、将来的には15〜20分を目指す。航続距離は30〜40km、料金は夢洲〜新大阪で片道1〜2万円、最終的にはタクシーの約3倍の速さで2倍程度の料金を目標」と説明されました。
「タクシーの3倍速く、料金は2倍程度」であれば確かに魅力的です。渋滞に縛られない新しい移動手段として、都市生活の可能性を広げるかもしれません。
一方で、導入初期は機体やバッテリー、保険料、発着場のコストがかさみ、運賃はさらに高額になると考えられます。便数も限られ、予約制が前提となるでしょう。さらに混雑時にはサージプライシング(料金の値上げ)が発生し、結果的に「富裕層だけが時間を買える乗り物」になる懸念があります。
バーティポートには避難経路や騒音対策など複合的な基準が必要です。駅前の価値が相対的に弱まれば、屋上を“空の駅前”として活用する都市計画も現実味を帯びます。高層マンションの屋上が発着場となり、都市構造そのものを変える未来が見えてきます。
しかし、その恩恵を誰が享受できるかは制度設計にかかっています。料金が高止まりすれば「空を使える人」と「使えない人」という新たな移動格差が生まれます。逆に、公共交通としての仕組みを組み込めば、時間をより公平にシェアできるインフラへと育つ可能性もあります。未来は「分断」か「共有」か、その分岐点に立っているのです。
空飛ぶクルマは、技術的には現実味を帯びつつあるものの、法制度はまだ追いついていません。これから私たちが選ぶ道は、大きく3つに整理できます。
直面する主要課題は明らかです。
空飛ぶクルマは「富裕層だけの高速道路」になるのか、それとも「誰もが利用できる公共空間」になるのか。制度設計次第で未来の姿は大きく変わります。
そして、その制度は「誰かが決めてくれる」ものではなく、社会全体の合意形成の積み重ねによって形づくられていきます。鉄道や自動車がそうであったように、空飛ぶクルマもやがて私たちの生活を一変させるかもしれません。
あなたなら、この未来をどう設計するでしょうか。