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先日、大阪・関西万博の「空飛ぶクルマステーション」を訪問し、空飛ぶクルマに関する展示を体験してきました。 (参考:https://www.expo2025.or.jp/future-index/smart-mobility/advanced-air-mobility/)
図1 現実風の空飛ぶクルマ
同パビリオンは予約なしでも入場可能ですが、事前予約をすると停機中の空飛ぶクルマの実機に乗り込めるほか、タクシーのように夢洲から高野山や淡路島に飛行する映像体験ができます。また、一定日には実機の飛行デモンストレーションも会場内の別場所で見学できるとのことです。
空飛ぶクルマに対しては、開催前から「現実味がない」「税金の無駄」「これは車ではない」など否定的な声も多くありましたが、展示内容は非常にわかりやすく、未来社会の具体的なイメージを持たせてくれるものでした。少なくとも、「夢ではない、近未来の現実かもしれない」と感じさせられる体験でした。
もっとも、展示内では「空には渋滞がない」というキャッチコピーが用いられていましたが、実務上、そう単純ではありません。ドローンに関する法的助言も行っている立場から見れば、飛行可能な空域は極めて限定されており、現行法制上は「飛ばせる空」の方が圧倒的に少ないのが実情です。また、空にも航空交通管制による「渋滞」は発生し得ます。
実際、羽田空港上空ではピーク時に「ホールド(旋回待機)」が頻繁に発生しており、空の交通にも物理的な限界が存在します。
技術は現実味を帯びる一方、法制度は未整備で、既存法制の想定外領域=いわば「制度的グレーゾーン」にあります。本稿では、このギャップをSF作品と現行法の対比を通じて整理・考察します。
※本記事は大阪万博での展示を契機に、法律家として未来の制度を考察するシリーズの一環です。 過去記事: 「アンドロイドになった『私』は同一人物か?」 「軌道エレベーターで殺人事件が起きたら誰が裁く?」 |
空飛ぶクルマは、SF作品の中では昔からおなじみの存在です。ただし、その登場のされ方は一様ではなく、作品ごとに異なる社会像と技術観が描かれています。
1985年の『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART II』では、2015年の未来でデロリアンが空を飛ぶシーンが印象的です。ここでは空飛ぶ車は個人の乗り物として描かれ、誰もが自由に空を移動できる理想的な未来像が示されています。
1982年公開の『ブレードランナー』では、空飛ぶクルマは警察専用車両として描かれ、高層ビルの間を縫って飛ぶシーンが印象的です。ここでの空は公共空間ではなく、権力が支配する領域として機能しています。
1997年の『フィフス・エレメント』では、空飛ぶクルマが完全に民間に普及しており、都市の空間に立体的な交通システムが存在しています。空中には信号機すら存在し、「空中渋滞」が日常の一部となっている世界です。
1995年劇場版公開の『攻殻機動隊』では、公安9課の移動手段としてヘリ型のホバーカーが登場します。空飛ぶクルマは単なる移動手段ではなく、都市監視インフラの一部として位置づけられています。
図2 SF風の空飛ぶクルマ
興味深いのは、これらの作品に共通して「空を誰が管理するのか」「どのような法的ルールで飛行が制御されているのか」といった論点がほとんど描かれていない点です。
SF作品が描く「自由な空の移動」は魅力的ですが、現実には空域管理や航空法制が厳格に存在します。むしろ「空は誰のものか」という問いこそ、現代社会における制度設計の最前線にある論点です。
「空飛ぶクルマ」という言葉は耳目を引きますが、現在開発されている機体は、SFで想像されるような形――たとえば『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART II』に登場するデロリアン――ではありません。車輪もなく道路も走りませんが、「誰もがオンデマンドに予約して使う日常移動サービス」を目指しているため、親しみやすい「クルマ」という呼び方が使われています。
何を空飛ぶクルマと呼ぶかは確定はしてはいませんが、国土交通省の資料では、空飛ぶクルマは「電動化・自動化された垂直離着陸機(eVTOL)」として定義されることが多く、次のような特徴が挙げられます。
このような特徴から、空飛ぶクルマは従来のヘリコプターやドローンとは異なる位置づけを持ちます。
類似技術との比較
分類 | 推進方式 | 操縦 | 離着陸方法 | 主な用途 | 法制度 |
空飛ぶクルマ(eVTOL) | 電動 | 将来自動化 | 垂直離着陸 | 都市内移動・空中タクシー | 未整備(法的空白) |
ヘリコプター | 内燃機関 | 有人操縦 | 垂直離着陸 | 官庁・報道・救急 | 航空法で規制 |
ドローン | 電動 | 無人(遠隔) | 垂直離着陸 | 撮影・物流・測量 | 無人航空機規制 |
空飛ぶクルマは、ドローンのように小型・軽量で垂直離着陸が可能でありながら、ヘリのように人を運ぶ能力を持つ乗り物であり、その意味で従来の区分では捉えきれない「ハイブリッドな存在」と言えます。
技術的にはeVTOL(electric Vertical Take-Off and Landing aircraft)という言葉が使われることもありますが、日本の航空法には現時点で「空飛ぶクルマ」や「eVTOL」という定義規定は存在しません。
また、「クルマ」という言葉が使われていますが車ではないことから、道路運送車両法の対象外であり、自動車免許や車検制度も及びません。逆に、飛行機やヘリコプターと異なるため、従来の航空法の枠組みにも完全には収まりません。
空飛ぶクルマというと、まだ未来の乗り物という印象が強いかもしれません。しかし、技術的にはすでに実現段階にあり、国内外の企業が実機の開発・試験飛行・プレ商用運航に踏み出しているのが現状です。
アメリカや欧州では、eVTOL(電動垂直離着陸機)をベースとした都市型航空モビリティ(UAM:Urban Air Mobility)の実用化に向けた動きが加速しています。
日本においても、大阪・関西万博を契機として、空飛ぶクルマの商用化に向けた取組みが進んでいます。
空飛ぶクルマの最大の障壁は、技術ではなく制度です。空中を飛ぶ機体である以上、航空法や航空機製造基準、安全認証、運行管理、操縦資格、離発着場の設置基準など、あらゆる法的インフラが必要になります。
航空法は固定翼・回転翼を含む従来航空を包摂しますが、都市低空で高頻度運航を行うeVTOLや自動/遠隔操縦を前提とする制度設計は未整備で、ここに空白が残ります。
日本の空を規律する中心的な法律は航空法です。しかし、航空法は本来、滑走路から離陸し高高度を飛行する固定翼機や、限定的な用途のヘリコプターを想定した制度設計となっており、空飛ぶクルマ(eVTOL)のような低空・短距離・多頻度の飛行体には制度的ミスマッチがあります。
現時点では、空飛ぶクルマは「航空機」として認定され、国土交通省の許可が必要になりますが、次のような点で制度対応が追いついていません:
「空を飛ぶ=ドローンと同じように規制されるのでは?」という疑問もあります。
ドローンも登録、リモートID、許可・承認など厳格な管理下にあります。ただし制度設計の焦点は”無人で物を運ぶ”ことにあり、”有人で人を運ぶ”空飛ぶクルマでは型式/耐空、乗員資格、空域容量管理の要求水準と範囲が本質的に異なるのです。
空飛ぶクルマの開発において、避けて通れない論点が「事故が起きたら誰の責任か?」という問題です。これは責任の所在、免許制度、保険制度など法制度全体の構築に直結する中核論点です。
現在開発されているeVTOL機の多くは、将来的に自動操縦・遠隔操縦を視野に入れていますが、初期段階では基本的に「有人操縦」が前提とされています。
仮に将来的に空飛ぶクルマが自動運転化された場合、選択肢として考えられる責任主体は以下の通りです:
たとえば、自動運転中にAIがルート選択を誤り墜落した場合、製造者・ソフトウェア開発者・管制システム・機体所有者のいずれか、あるいは複数が責任を問われる可能性があります。これは自動車の運転者責任とは根本的に異なる複雑な問題です。
より具体的に想定してみましょう。もし新宿上空を飛行中の空飛ぶクルマが突然システム障害で墜落し、地上の建物や通行人に被害が及んだ場合、数十億円、数百億円規模の損害賠償が発生する可能性があります。この責任を製造者が負うのか、運航事業者が負うのか、それとも複数で分担するのか。現在の法制度では明確な答えがないのです。
空飛ぶクルマが日常化すれば、都市の動脈は地上から空へ移ります。鉄道駅に代わり、高層ビルやショッピングモールの屋上にバーティポート(Vertiport)が整備され、「屋上=玄関」という新常識が生まれます。郊外の大型施設や病院にも空路の結節点が設けられ、都市の価値マップそのものが書き換わります。
図3 屋上が駅になる
しかし初期は、機体やバッテリーの価格、保険料、発着料が高く、便数も限られます。東京から横浜、大阪から神戸といった鉄道なら数百円の距離でも、空飛ぶクルマなら数万円かかるかもしれません。また、ピーク時には空の”ラッシュアワー”を巡ってサージプライシング(需要に応じた値上げ)が発生し、富裕層だけが時間を買える構造になりかねません。制度設計では、最低運航基準や料金規制に加え、第三者賠償責任保険の最低補償額の設定など、公共交通としての要件が求められます。
バーティポートには避難経路・耐荷重・騒音対策など複合的な安全基準が必要です。「駅前立地」の優位性が薄れれば、容積率や用途地域の見直し、屋上を準公共空間として活用する政策も現実味を帯びます。高層マンションの最上階が”空の駅前”になる未来も遠くありません。
空を飛べる人と飛べない人――新しい移動格差が生まれるリスクは避けられません。技術の進化は移動の自由を広げるはずですが、その恩恵を誰が享受できるのかを問わなければ、空は新しい分断線になります。
空飛ぶクルマは、技術的には現実味を帯びつつあるものの、法制度はそれにまったく追いついていないのが現状です。
私たちには、大きく分けて3つの選択肢があります:
民間主導モデル:規制を最小限に抑え、企業の技術開発と市場空飛ぶクルマは、技術的には現実味を帯びつつあるものの、法制度はそれにまったく追いついていないのが現状です。
私たちには、大きく分けて3つの選択肢があります:
主要な課題は以下の通りです:
主要な課題は以下の通りです:
空飛ぶクルマというテクノロジーの登場は、私たちに新しい選択を迫っています。空が富裕層だけの高速道路になるのか、それとも多くの人が利用できる公共空間となるのか。
技術に追いつく制度は、誰かが”決めてくれる”ものではなく、社会全体の合意形成によって形作られていきます。あなたなら、この未来をどう設計するでしょうか。