暗号資産交換業者のM&A-業規制による特殊性

2025.10.08

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1. はじめに:暗号資産交換業者のM&Aの背景

暗号資産取引所の運営など、資金決済法で規制される「暗号資産交換業」を日本で行うためには、同法に基づいて「暗号資産交換業者」として登録を得る必要があります。
執筆日時点で、28社の暗号資産交換業者が登録されていますが、これらに加え、内国企業や海外企業で、日本の暗号資産交換業への参入を目指す動きは継続的に見られます。
しかし、暗号資産交換業の登録取得は極めてハードルが高く、申請準備を含めると2〜3年の期間が必要になるケースや、システム開発費・人材コストを含めると数十億円規模の初期投資が必要となるケースもあるようです。
このようなハードルの高さから、新規のライセンス取得ではなく、既登録の暗号資産交換業者の買収を目指すケースも数多く存在しています。
既登録の暗号資産交換業者の買収は、一般的には新たな登録取得よりもハードルは低いと考えられますが、金融規制業種であることなどから、他のM&Aとは異なった論点が存在します。
本稿では、適用される法規制との関係を軸に、暗号資産交換業者のM&Aの各フェーズにおいて検討すべきポイントを概観します。

2. 暗号資産交換業M&Aの特殊性:コンプライアンスの重要性

暗号資産交換業者のM&Aでは、技術や会計、税務、顧客保護など多岐にわたる論点が生じますが、法律の立場から最も重要となるのが資金決済法を中心とする金融規制との関係です。
暗号資産交換業者は、暗号資産交換業を「適正かつ確実に」遂行するための体制を有していることが法令上求められています1。この要件を満たさない場合、規制当局による立入検査や業務改善命令、さらには登録取消処分がなされる可能性もあります(後記4.1の金融庁事務ガイドラインの記載も参照)2
コンプライアンスの維持は、M&Aの前後を問わず継続的に求められます。クロージングが完了しても、その前後の対応に問題があれば、後日、規制当局から行政処分を受ける可能性があります。
暗号資産交換業者の企業価値や事業継続性は、コンプライアンス体制の成熟度に強く依存しており、M&Aを成功させるためには、当該分野の規制への理解が不可欠です。

この点、3.以降に述べるとおり、主に以下の点について留意する必要があります。

①法規制の遵守、コンプライアンス
暗号資産交換業は、法規制の遵守とコンプライアンス確保が大前提です。買収会社においても、その重要性を十分に認識しておく必要があります。なお、金融実務の経験がない事業会社や外国企業の場合、日本の金融規制の困難さを理解していないケースも見受けられ、事前に慎重な確認が求められます。
②買収スキーム
暗号資産交換業者の登録は法人格に紐づいているため、ライセンスを維持したい場合、通常は株式譲渡のスキームが採用されます。
③当局折衝
暗号資産交換業者として求められる体制をM&Aの前後を問わず確保する必要があることから、実務上、規制当局との折衝が不可欠です。特に、現時点で事業実態の乏しい暗号資産交換業者を買収する場合は、買収後に新たな体制整備が必要となり、相応のコストと時間を要する点に留意が必要です。
④デューデリジェンスと契約調整
法務デューデリジェンスでは、規制遵守状況の確認が重要です。その結果を踏まえ、表明保証や当局との折衝状況を前提とする前提条件など、契約内容の調整が求められます。M&A後の統合に向け、当局折衝やシステム移行を想定した移行支援契約の設計も重要です。
⑤統合後対応
M&A後の統合プロセスでは、登録簿の変更、社内規程や利用規約の修正・統合、体制変更等について、適用規制を踏まえて規制当局及び自主規制機関(JVCEA)との協議・調整を行う必要があります。
⑥独禁法・外為対応
これは通常のM&Aにも共通しますが、案件の規模やスキームによっては、独占禁止法上の企業結合規制(公正取引委員会への事前相談や届出等)にも留意が必要です。また、海外企業による買収の場合、外為法の対内直接投資等の届出・報告も必要となる場合があります。

3. M&A検討の初期段階における論点

3.1 暗号資産交換業とライセンス内容

暗号資産交換業は厳格な規制を受ける金融業であるため、M&Aの初期段階において、対象企業のライセンスの範囲や適用規制を正確に理解しておくことが必要になります。

(1)暗号資産交換業とは
ライセンス(金融庁への登録)が必要となる「暗号資産交換業」は、資金決済法で以下のいずれかの業務を業として行う場合を指します3

① 暗号資産の売買又は他の暗号資産との交換、
② ①の媒介、取次ぎ又は代理、
③ ①②に関して、利用者の金銭の管理をすること、
④ 他人のために暗号資産の管理をすること(カストディサービス)
暗号資産のレンディング(貸借)やステーキングサービス(ユーザーの暗号資産をステークし、報酬を還元するもの)などは、一般に交換業には該当しないとされています。
また、ステーブルコインなどの電子決済手段や前払式支払手段、暗号資産デリバティブ取引には、それぞれ異なる法規制(電子決済手段等取引業、金融商品取引業など)が適用されます。

(2)ライセンス内容
暗号資産交換業者であっても、事業者ごとに登録を受けているライセンスの内容は異なります。具体的には、取り扱う暗号資産の名称や業務の内容・方法について、予め金融庁へ届け出る必要があり、これらは暗号資産交換業者登録簿に登録されています(各財務局において誰でも閲覧することができます)4
また、対象会社が関連分野のライセンス(例:暗号資産デリバティブに関する金融商品取引業、ステーブルコイン関連の電子決済手段等取引業)を併せて保有している場合もあります。したがって、対象会社の保有許認可の範囲を正確に把握し、「現行ライセンスで何ができるか・できないか」を明確にしておくことがM&Aの前提となります。

買収後に新たなサービス展開を予定しており、その内容が現行ライセンスの範囲を超える場合には、ライセンスの変更等の手続き(例えば取扱暗号資産の追加、業務方法書の変更等)が必要になります。また、システムや体制を大きく変更する場合、当局との事前相談や折衝が必要となります。
特に、顧客基盤がほぼ存在せず、システムも未整備な交換業者を買収し、全面的に新しいビジネスを開始する場合、実質的には新規登録と同等の体制整備や当局審査を要することがあります。このような場合、業務開始まで相当の期間(半年から1年以上)とコスト(数億円規模)を要する可能性があり、十分な期間と予算を見込む必要があります。

3.2 登録の承継とスキーム選択

通常のM&Aの場合、株式譲渡、事業譲渡、合併、会社分割など様々なスキームが用いられます。
しかし、暗号資産交換業者のM&Aの場合、暗号資産交換業の登録が法人格に紐付いている点を考慮する必要があります。

(1)未登録事業者による買収
暗号資産交換業の登録を有しない事業者が、暗号資産交換業者を買収して新たにビジネスを行いたい場合、原則として株式譲渡のスキームを取る必要があります(後記4.1の金融庁事務ガイドラインの記載も参照)。
これは、事業譲渡や合併の方法では登録を承継することができず、事業移転後に別途新規登録が必要となるためです。

(2)既登録事業者による再編
一方、既に暗号資産交換業の登録を受けている事業者が、顧客基盤やシステム、人材を取得する目的で他の交換業者を買収する場合には、事業譲渡や合併といったスキームを選択することも考えられます。
ただし、これらの方法が利用できるのは取得側が登録業者である場合に限られ、登録そのものが承継されるわけではありません。
したがって、暗号資産交換業を譲渡する会社や合併で消滅する会社は、いずれも登録廃止の届出を行う必要があります5

スキーム ライセンスの維持 解説
株式譲渡 もっとも一般的なスキーム
事業譲渡(交換業者→交換業者) ○(譲受側) 譲渡側は廃止。交換業者同士のM&Aでは使用されるケースあり
事業譲渡(交換業者→事業会社) × ライセンス廃止のため意味がない
合併(交換業者間) ○(存続会社) 消滅会社は廃止。交換業者同士のM&Aでは使用されるケースあり
合併(事業会社が存続) × ライセンス廃止のため意味がない

4. 規制当局対応

4.1 金融庁事務ガイドラインにおける記載

暗号資産交換業は金融業であり、M&Aに際しては規制当局(金融庁・財務局)との対応を検討する必要があります。この点、金融庁の事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係)16.暗号資産交換業者関係6の記載を意識することが重要です。
ガイドラインでは、株式譲渡によるM&Aについて「クロージング後の適切な業務態勢に留意する必要がある」とされたうえで、主要株主の変更届出と並んで「日常的なコミュニケーションを通じた情報把握」に努めることが求められています。
また、届出受理後には、役員等との深度あるヒアリングを通じてガバナンスやコンプライアンス体制の適切性を確認するとされており、当局としては、クロージング前の段階から、株式譲渡後のビジネスモデルやガバナンス体制に関する情報共有・対話を重視している姿勢が明確です。

金融庁事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係)16.暗号資産交換業者関係(下線部は筆者ら)
Ⅲ-1-8 株式譲渡等における留意点
(1) 株式譲渡における留意点
近時、暗号資産交換業者の主要株主が他の事業者に株式を譲渡することにより、暗号資産交換業を売却・譲渡するケースが見受けられる。
こうした株式譲渡においては、ビジネスモデルや役職員、内部管理態勢、取引システム等の大幅な変更がなされる場合が多いことから、 株式譲渡後も適切に業務を遂行できる態勢となっているかについて留意する必要がある。
このため、監督当局としては、 暗号資産交換業者との日常的なコミュニケーションを通じて、かかる情報を把握するよう努める とともに、資金決済法上、主要株主の変更は届出事項(事後)とされていることを踏まえ、届出を受理後、経営管理(ガバナンス)や法令等遵守態勢等の内部管理態勢全般に関し、 暗号資産交換業者の役員等との深度あるヒアリング等も踏まえ、その適切性に問題がないかどうか、改めて検証するものとする。
法第63条の5第1項第4号に規定する「暗号資産交換業を適正かつ確実に遂行する体制の整備が行われていない法人」であるなど業務の健全性・適切性に疑義が認められる場合には、 必要に応じ、法第63条の15に基づき報告を求めるものとし、重大な問題があると認められる場合等には、法第63条に基づく業務改善命令等の行政処分(Ⅲ-3)の発動等を検討するものとする。
(2) 事業譲渡における留意点
暗号資産交換業者が他の法人に事業を譲渡する場合、事業を譲り受ける側が財務局登録の暗号資産交換業者でない限りは、 再度、暗号資産交換業の登録を受ける必要があることに留意する。

4.2 事前相談

3.2で述べたとおり、典型的な暗号資産交換業者のM&Aでは、株式取得スキームが採用されます。株式取得の場合、資金決済法上は、主要株主の変更に係る届出をクロージング後に行えば足りるとされています7
しかし、4.1で述べたとおり、金融庁事務ガイドラインでは、株式譲渡に伴う体制変更について、事後届出のみならず「日常的なコミュニケーションを通じた情報把握」を重視する旨が明示されています。このため、買収後の業務運営の適切性を確保する観点からも、クロージング前の段階で当局との情報共有を行うことが実務上強く要請されています。
事前相談の具体的なタイミングとしては、基本合意書の締結後、詳細なデューデリジェンスに入る前の段階で、当局とのコミュニケーションを開始することが考えられます。相談時には、買収の目的・背景、スキーム、資金調達方法、買収後の事業計画、体制変更の内容等を整理して共有することが考えられます。
なお、4.4(2)で述べる登録簿の変更について事前届出が必要な項目を含めると、規制当局との協議には数か月程度要する場合もあります。M&Aのスケジュールの策定にあたっては、当局対応に必要な期間を考慮しておく必要があります。

4.3 株主変更届出

前述のとおり、暗号資産交換業者の主要株主8に変更があったときは、遅滞なく、金融庁に届け出る必要があります。具体的には、変更届出書(暗号資産交換業内閣府令様式10-2)に、株主の名称、保有する議決権の数・割合などを記載した株主の名簿(同様式07)を提出する必要があります9

4.4 クロージング後の継続監督

買収後、前述の金融庁事務ガイドラインに従い、金融庁によるヒアリングが実施され、暗号資産交換業者の経営管理体制や法令等遵守態勢など、内部管理体制全般の適切性が改めて検証されます。

(1)新体制の適格性確認
クロージング後のヒアリングでは、事前相談の内容も踏まえ、特に以下のような観点から確認が行われることが想定されます。
買収によりビジネスモデルや内部管理体制に大幅な変更が生じる場合には、より慎重な検証が行われます。

・財務的健全性    :買収後の財務構造が分別管理義務等の履行に与える影響
・ガバナンス体制   :親会社グループとの利益相反管理体制、業務運営の独立性確保
・技術・運用面    :暗号資産管理体制の継続性、システム統合に伴うリスク管理
・コンプライアンス体制:AML/CFT体制の維持・強化、JVCEA規則への対応体制
・人材・組織面    :各専門人材の継続確保、組織統合による業務継続性への影響

(2)登録簿の変更
4.3で述べたとおり、主要株主の変更を登録簿に反映する必要があるほか、買収後に事業内容や体制に変更が生じる場合には、登録簿に記載された他の事項についても変更届出を行う必要があります。

このうち、取り扱う暗号資産の追加や業務内容・方法の変更(利用者からの申込受付方法の変更、分別管理方法の変更など)は、原則として事前届出事項とされています10
一方で、役員の変更、他業の種類の変更、暗号資産の取扱停止、その他軽微な変更については事後の届出で足りるとされています。
M&Aに伴い新サービスを提供する場合や取扱暗号資産を追加する場合には、事前届出が必要となるため、当局との事前相談を行い、審査期間を考慮したスケジュール設計を行うことが重要です。特に事前届出事項については、内容によっては審査に数か月を要する場合もあるため、M&A全体のスケジュールに充分な余裕を持たせることが求められます。

5. 法務デューデリジェンス

暗号資産交換業者のM&Aにおける法務デューデリジェンス(DD)では、暗号資産交換業特有の規制遵守状況の調査が最も重要となります。

項目 ポイント
分別管理義務 帳簿の整合性、信託会社との契約、ウォレットの区分管理
体制要件 専門人材の確保、最低純資産額の充足、社内規程・監査体制の整備
AML/CFT体制 本人確認手続や顧客管理の実施状況、疑わしい取引の届出実績
取扱暗号資産 有価証券該当性、発行者リスク、選定基準
行政対応履歴 違反内容と顧客へ影響、是正措置・再発防止策、当局への報告・対応

5.1 分別管理義務

暗号資産交換業者は顧客からの預かり資産について厳格な分別管理義務を負っています。金銭については自己の金銭と分別して信託会社等に信託する必要があり、暗号資産については自己の暗号資産と分別して95%以上をコールドウォレットで管理することが求められています11
DDでは、顧客勘定元帳などの帳簿と実残高との整合性、信託会社との契約の内容と履行状況、コールドウォレットとホットウォレットの適切な区分管理などについて確認をすることが望まれます。

5.2 体制要件

暗号資産交換業者には、業務を適正かつ確実に遂行するための体制要件として、システム管理者やAML/CFT担当者などの専門人材の確保、最低純資産額の充足、社内規程・監査体制の整備といった複数の条件が継続的に課されています。買収後に経営体制や人員構成の変更が予定されている場合には、当局とのコミュニケーションと併せて、これらの要件を引き続き充足できるかについても検討が必要です。

5.3 AML/CFT体制

犯罪収益移転防止法に基づく本人確認手続やリスクベースアプローチに基づく顧客管理の実施状況、疑わしい取引の届出実績などを確認します。買収により顧客基盤が拡大する場合や、親会社グループの事業特性により新たなマネーロンダリングリスクが生じ得る場合には、既存のAML/CFT体制で対応可能かについても検討が必要になります。

5.4 取扱暗号資産

対象会社が取り扱う暗号資産について、その法的性質や規制上のリスク分析も推奨されます。特に、取扱暗号資産が金融商品取引法上の有価証券に該当する可能性がある場合、暗号資産交換業の登録のみでは取り扱うことができないため、有価証券該当性の検討も必要になります。IEOにより発行されたトークンや、プロジェクトへの投資的性質を有するトークンについては、慎重な検討が必要になります。
また、発行者が存在する暗号資産については、その信用力やプロジェクトの持続可能性、発行者の所在地の明確性なども評価対象となります。JVCEAの自主規制規則においても取扱暗号資産の選定基準が定められており、これらの基準や社内規則への適合性も確認が必要です。さらに、匿名性の高い暗号資産などについては、マネーロンダリング対策の観点からの規制強化などにより将来的に取扱停止を余儀なくされるリスクも考慮する必要があります。

5.5 行政対応履歴

上記を含めた対象会社における規制遵守水準を限られたDD期間中に完全に検証することは困難です。このため、過去の規制当局による立入検査や行政処分の履歴は、対象会社のコンプライアンス体制の成熟度を評価する上で重要な指標となります。
過去に法令違反による届出を行っている場合や、規制当局から業務改善命令や業務停止命令を受けたことがある場合には、違反の具体的内容と顧客への影響範囲、是正措置・再発防止策の実施状況、当局への報告経緯と対応状況などについて特に慎重な検証が必要になります。これらの調査結果は、表明保証条項の内容、クロージング前提条件の設定、価格調整の要因として重要な判断材料となり得ます。

6. 契約実務

項目 ポイント
表明保証 登録取消事由や法令違反の有無、顧客資産の分別管理義務の履行状況、過去の行政処分歴
前提条件 規制当局から特段の懸念が示されていないこと、重大なセキュリティリスクが存在しないこと
移行支援契約 当局との折衝、ウォレット管理やシステムの移行、顧客通知のサポート

暗号資産交換業者のM&Aでは、契約の面でもその特殊性を踏まえた設計が必要になります。とりわけ、表明保証条項では、登録取消事由や法令違反の有無、顧客資産の分別管理義務の履行状況、過去の行政処分歴など、業規制に直結する事項について、通常よりも細かな保証が求められる場面が多くなります。
また、取引の前提条件として、システム管理者やコンプライアンス担当者など、重要な役職員の雇用継続を求めるケースも少なくありません。あわせて、規制当局との事前相談の必要性を前提とし、M&A取引や登録内容の変更に関して、「規制当局から特段の懸念が示されていないこと」などを条件とすることも検討されます。ただし、当局はあらかじめ法的な承認や許可を行う立場にはないため、この点については条項上の文言調整が必要になります。

技術・セキュリティ体制に関するDDを行う場合には、外部監査や脆弱性テストの結果を確認し、重大なセキュリティリスクが存在しないこと、あるいは対応済みであることをクロージングの条件とすることもあり得ます。
さらに、買収後の円滑な統合を図るため、売主と一定期間の移行支援契約を締結することが一般的です。この中では、規制当局への報告・相談支援、ウォレット管理やAML/CFT関連システムの移行対応、顧客通知などのサポートについて、内容や提供期間、対価、延長・終了の条件などをあらかじめ定めておく必要があります。

7. 独禁法・外為法上の留意点

暗号資産交換業のM&Aは、一般の企業買収と同様に、独占禁止法や外国為替及び外国貿易法(外為法)上の規制にも留意する必要があります。

7.1 独占禁止法(企業結合規制)

案件の規模によっては、公正取引委員会への届出や事前相談が必要となる場合があります。暗号資産交換業は登録業者数が限られており(28社)、既存の交換業者同士の統合では市場シェアが問題となる可能性もあり、届出義務の有無を確認する必要があります。届出が必要な場合、審査期間(通常30日、延長の場合120日)をM&Aスケジュールに織り込む必要があります。

7.2 外為法(対内直接投資規制)

外国投資家が日本の暗号資産交換業者の株式を取得する場合、外為法上の「対内直接投資等」に該当し、原則として日本銀行を通じて財務大臣および所管大臣への事前届出が必要になります。暗号資産交換業は「補助的金融業等」として事前届出対象業種に含まれるため、届出書が受理された日から30日間は投資実行が制限されます。この期間は実務上は14日に短縮されることが多いものの、外国投資家の属性・出資比率・経営関与の程度に応じて追加資料の提出が求められる場合もあるため、買収スケジュールを策定する際には、届出受理から30日以上の期間をM&A全体スケジュールに組み込んでおくケースが少なくありません。

8. 統合後対応

項目 ポイント
当局対応 財務的健全性、ガバナンス体制、技術・運用面、コンプライアンス体制、人材・組織面
登録簿の変更 (事前)取扱暗号資産の変更、暗号資産交換業の内容・方法の変更
(事後)主要株主の変更、役員の変更、他業の種類
顧客対応 告知内容・タイミング、利用規約の改訂
社内規程 新しい体制や業務内容を踏まえた統合

暗号資産交換業者の買収では、クロージング後も顧客対応、社内規程の改訂や人材確保、システム統合など、多くの実務的課題が存在します。なお、規制当局との継続的なコミュニケーションや登録簿の変更手続きについては、4.4で述べたとおりです。
顧客対応については、買収の公表と同時に、取扱暗号資産の継続性、サービス内容の変更有無、顧客資産の安全性、利用規約の修正などについて、ウェブサイトやメール等を通じた適切な情報提供を行うことが想定されます。暗号資産交換業者として必要な社内規程についても、買収後の新体制に合わせた統合や改訂が必要になります。システムについては、技術的な互換性、統合に伴うセキュリティリスク、統合期間中の運用体制などについて、統合により問題が生じないよう、事前の調査を踏まえた統合が必要になります。
これらの統合プロセスを円滑に進めるため、実務上は6.で述べた移行支援契約に基づき、売主から一定期間の協力を得ることが必要になる場合があり、契約段階で支援の提供期間や早期終了・延長の条件などを明確に定めておくことが円滑な統合に寄与します。

9. おわりに

暗号資産交換業者のM&Aは、規制環境の特殊性、技術的な複雑性、専門人材への依存度の高さなど、通常の企業買収とは異なる多くの困難を伴います。規制当局との事前相談から買収後の継続監督に至るまで当局対応に相当な期間・コストを要するほか、限られたDD期間では規制と実務の網羅的な検証が困難であることを前提とした契約面でのリスク手当も必要になります。
暗号資産規制の金商法への移行が議論されるなど規制環境は今後も変化していくことが予想されますが、本稿が暗号資産交換業者のM&Aを検討するにあたって全体を俯瞰する一助となれば幸いです。

留保事項

  • 本稿は、現行法令やガイドラインの記載、筆者らの経験に基づいて、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。これは筆者らの執筆時点の見解であり、今後見解を変更する可能性があります。
  • 本稿は、当事務所のウェブサイト上で公開する記事として作成したものであり、特定の案件に対する法的助言を構成するものではありません。具体的な案件の法律、会計、税務等のアドバイスが必要な場合には、弁護士、税理士、公認会計士等の専門家にご相談ください。

  1. 資金決済法63条の5第1項4号
  2. 同法63条の15乃至63条の17
  3. 同法2条15項
  4. 同法63条の4第1項、第3項
  5. 同法63条の20
  6. https://www.fsa.go.jp/common/law/guide/kaisya/16.pdf
  7. 同法63条の6第2項、63条の3第1項11号、暗号資産交換業者に関する内閣府令5条3号
  8. 総株主の議決権の10%以上の議決権を有している株主をいう(暗号資産交換業者内閣府令5条3号)。
  9. https://www.fsa.go.jp/common/shinsei/angoshisan.html
  10. 同法63条の6第1項・63条の3第1項7号8号
  11. 同法63条の11