Category Archives: カテゴリーなし

I. 初めに

暗号資産の価格上昇に伴い、ビットコインは「デジタルゴールド」としての地位を確立しています。
南米やアフリカでは金融インフラが不十分な地域を中心に、ビットコインやステーブルコインが日常決済で急速に普及しています。例えば、エルサルバドルではビットコインが法定通貨として採用され、納税や個人間送金にも活用されています。先進国アメリカでも、オンラインショッピングやサブスクリプションサービスでCrypto決済を導入する企業が増えています。

一方、日本では2017年にビックカメラがビットコイン決済を導入したことが大きなニュースになったものの、その後のCrypto決済の普及は限定的に留まっています。主な要因は、Crypto決済時に利益が確定し個人の場合には最大55%の課税が発生すること、少額決済の記録や確定申告の手間が大きいことです。ただし、値動きが少ないステーブルコインが普及すれば、日本でもCrypto決済が広がる可能性があり、実際にステーブルコインで支払えるクレジットカードの発行が予定されています。

本稿では、Crypto決済の仕組みを解説し、日本で導入する際の法律上の論点について述べます。
本稿の「Crypto決済」とは、暗号資産決済やステーブルコイン決済を含む幅広い概念として扱いますが、法律議論は主に暗号資産を中心として議論します。ステーブルコインの売買や管理に関する規制は概ね暗号資産規制と同様であり、適宜、読み替えてお読み下さい。

※本稿は、2025年1月30日に筆者が発表した「Crypto決済と日本法」を改訂したものです。

II. 世界のCrypto決済の例

Crypto決済の例は、大きく分けて二つのカテゴリーに分けられます。一つはCryptoを直接決済に使用する例、もう一つはクレジットカードやデビットカードを使用した例です。下記では、Crypto決済の一部を紹介します。

1. Cryptoを直接決済に用いる例

2. Crypto決済にカードを用いる例

III. Crypto決済と日本法

1. 法律のまとめ

  資金決済法の暗号資産規制 割販法、貸金業法、前払式支払手段規制 外為法
自社店舗によるCrypto決済受入れ なし なし 非居住者又は国外との3000万円以上の決済の場合には外為法の報告
決済代行業者を利用したCrypto決済 決済代行業者に売買規制の適用可能性 なし 同上
クレジットカード型 保管規制、売買規制の適用可能性 割販法(ショッピング)及び貸金業法(キャッシング)の適用可能性 同上
デビットカード型 保管規制、売買規制の適用可能性 なし 同上
プリペイドカード型 なし 自家型又は第三者型として前払式支払手段規制の適用 同上

2. 自社店舗によるCrypto決済

自社の実店舗やオンライン店舗でCryptoを決済に収受する場合の規制を解説します。
日本では、暗号資産の売買、その媒介や他人のためにする管理は、暗号資産交換業として規制されています。しかし、自社の店舗でCryptoを決済として受け取ること自体については規制が存在しません。
また、受け取ったCryptoを自社で保有したり、暗号資産交換業者を利用して金銭に交換することにも規制はありません。
ただし、非居住者や国外口座との間で、3000万円以上の決済を行う場合は、原則として外為法上の報告義務が発生します(外為法55条)。この報告義務は、3000万円相当のCryptoでの決済場合も同様であり、居住者による報告が必要となります。この外為法上の報告義務は、3以下の場合でも同様に当てはまります。

3. 決済代行業者を利用したCrypto決済

日本の会社の中には、自社で暗号資産を保有したり管理したりすることに抵抗感を持つ会社が存在します。これは、価格変動リスク、ハッキングなどのセキュリティリスク、会計や税務上の問題などが原因として挙げられます。
このような会社は、第三者である決済代行業者(以下「決済代行者」といいます。)を利用し、決済代行者が暗号資産を収受し、これを日本円に変換して店舗などの会社に渡すスキームが取られることがあります。

このスキームは、下記の行為の組み合わせとなります。

しかし、この中の「②暗号資産を日本円に変換する」行為は、決済代行者が暗号資産交換業を営んでいるとみなされ、原則として暗号資産交換業の登録が必要と考えられます。
この点について、日本ではコンビニエンスストアや宅配便業者による収納代行が特に規制なく行われていることとの比較が問題となります。決済代行者が行う行為も収納代行であり規制は存在しないと考えられないか、以下のような整理ができないか問題となります。

このような考え方は理論上は可能かもしれませんが、筆者の経験では、実際の運用では当局との議論が厳しくなる可能性が高いと考えられます。そのため、実務上は暗号資産交換業の登録が必要な可能性が高いと考えておくのが安全でしょう。
ただし、他の業務や委任された事務に付随する形で行われる場合、その具体的な内容によっては許容される可能性もあります。この点については、ケースごとに慎重な検討が必要です。

4. クレジットカードタイプ
(1)仕組み

クレジットカードタイプのCrypto決済として考えられる典型的な例は、次のような仕組みになります4

  1. 暗号資産交換業者またはその連携会社がクレジットカードを発行。
  2. ユーザーが円立てやドル立てで商品を購入。
  3. 通常のクレジットカードとは違い、決済はユーザーの暗号資産交換業者のアカウントからビットコインなどが引き落とされる。

(2)割賦販売法

日本において、クレジットカードの発行に「2か月を超える分割支払い」「リボルビング支払い」「ボーナス一括支払い」などの機能を付す場合には、「包括信用購入あっせん」となり、割賦販売法上の包括信用購入あっせん業者としての登録が必要となります(同法31条)。この登録を受けると、顧客に対する情報提供義務、過剰与信防止義務、抗弁の切断の制限など、同法に基づく各種規制が適用されます。

一方、支払方法が「2か月以内の1回払い(いわゆるマンスリークリア)」に限られるカードは、包括信用購入あっせんには該当せず、同業者としての登録は不要です。ただし、この場合でも「二月払購入あっせん」(割販法35条の16第2項)に該当するため、カード番号等の適切な管理措置の実施義務(同条1項)が課されます。
暗号資産にリンクするクレジットカードであっても、付与される機能に応じて上記の規制が適用されます。

(3)貸金業法

クレジットカードのキャッシング機能は、商品やサービスの購入ではなく、借入であるため、割賦販売法ではなく貸金業法の規制対象となります。
暗号資産にリンクするクレジットカードであっても、キャッシングを円や外貨で行える場合には貸金業が適用されます。ただし、暗号資産でキャッシングできる場合は、暗号資産レンディングには原則として貸金業法が適用されないため規制対象外です(貸金業法2条の定義参照)。

(4)暗号資産法
①カストディ行為に関する規制 

暗号資産にリンクしたクレジットカードの場合、発行者が利用者の暗号資産を直接保管する構造であれば、暗号資産交換業(資金決済法2条7項)のうちカストディを行う者として規制が適用されます。 
ただし、以下のような場合には、カストディに当たらず規制対象外となる可能性があります:
・スマートコントラクトやマルチシグを利用し、特定の事業者が単独で秘密鍵を管理できない構造とする場合 
・カード利用代金の弁済を担保する目的で担保として暗号資産を預かる場合であり、「他人のために管理する」行為に当たらないと整理できる場合   

② 売買行為に関する規制 

カード決済の過程で暗号資産を法定通貨に換金する行為は、暗号資産の売買に当たり、原則として暗号資産交換業の登録が必要です。典型例は次のとおりです。 
(a)ユーザーがクレジットカードで商品を購入 
(b)利用代金に相当する暗号資産をユーザーが保有口座から売却し、その売却代金(円等)がカード発行会社に支払われる 
このような場合、暗号資産の売買(またはその媒介)に該当します。 

暗号資産での弁済スキーム 

一方で、カード発行会社が通常は円建てで請求を行い、利用者が支払期日までに「円の代わりに暗号資産を差し入れる」という形を選択できるスキームであれば、これは一種の決済方法の指定、または代物弁済と評価されるにとどまり、暗号資産の売買には当たりません。この場合、暗号資産交換業の登録は不要と解されます。
もっとも、割賦販売法では支払方法や計算方法の表示規制があり、これにどう対応するかが課題となります。また、カード発行会社が暗号資産を受け入れる際の会計・税務処理や、チャージバックが発生した場合に暗号資産価格が変動しているケースへの対応など、実務上、検討すべき点も多いと考えられます。

犯収法(補足)

なお、補足すると、クレジットカード発行者、暗号資産交換業者などは、犯収法上の特定事業者に該当し、本人確認(KYC)義務を含むAML/CFT規制が課されます。また、アクワイヤラー(クレジットカード番号等契約締結業者)については、加盟店調査義務が課されており、これはマネーロンダリング対策としての機能を果たしています。

5. デビットカードタイプ
(1)仕組み

デビットカードタイプのCrypto決済の典型的な例は次のような仕組みです。

(2)デビットカード発行に関する規制

日本では、デビットカードは即時決済のため割賦販売法の適用はありません。ただし、ユーザーの金銭を預託させてカード決済に利用する仕組みを構築する場合、その金銭の受入れは銀行免許または資金移動業登録が必要です。利用者の指図によって資金を移転する点で為替取引性があるため、この観点からも銀行免許または資金移動業登録が必要と整理されます。
一方、暗号資産を連携したデビットカードの発行には銀行法は適用されず、以下の論点が生じる可能性があります。

(3)暗号資産法(資金決済法上の暗号資産規制)

暗号資産を連携させたデビットカードについては銀行法は適用されませんが、以下の論点が生じます。 
・他人の暗号資産を業として管理する場合は暗号資産交換業の登録が必要 
・決済時に暗号資産を売却し、その代金で支払う仕組みは暗号資産の売買に該当し、交換業の登録が必要 
・カード会社が円で請求し、ユーザーが代物弁済として暗号資産を差し入れる場合は交換業には該当しない

6. プリペイドカードタイプ
(1)仕組み

前払式支払手段とは、図書券やAppleギフトカード、Amazonギフトカードのように、事前に対価を支払い、その対価に応じた、残高などが付与され、残高で決済ができる仕組みをいいます

前払式支払手段型のCrypto決済は、次のような流れになります。

  1. 発行会社がプリペイドカードを発行。
  2. ユーザーが発行会社にビットコインなどを送付。
  3. 送付されたビットコインの時価に従ったチャージが行われる。例:0.001BTCであれば1.5万円相当。
  4. ユーザーがカードを使用した際に、チャージ残高から減額される。

(2)前払式支払手段の発行規制

日本における前払式支払手段の発行は、「自家型」と「第三者型」に分けられます。

自家型の場合には届出、第三者型の場合には登録が必要となり、いずれの場合も未使用残高の半分の供託などの規制がかかります。
ただし、次の場合は規制が適用されません。

(3)暗号資産法の適用

プリペイドカードは、クレジットカードやデビットカードと異なり、原則として暗号資産交換業の規制は適用されないと考えられます。この理由は下記のとおりです。

  1. 発行会社は暗号資産を保管しているわけではない。
  2. チャージで、暗号資産の金額に応じたチャージがなされるが、これは金銭と暗号資産の交換ではない。あくまで前払式支払手段の発行行為にすぎない。
  3. 暗号資産同士の交換にも該当しない。

ただし、チャージした暗号資産を、再度暗号資産に戻すこと(払い戻し)が可能なスキームの場合、実質的には暗号資産の預託とみなされ、暗号資産交換業におけるカストディ規制が適用される可能性があります。

IV.    法律以外の問題

1. Crypto決済と税務
(1) Crypto決済時の利益確定について

Crypto決済は、決済を行った時点で利益が確定したとされ、この利益に税が課されます。たとえば、1万円で取得した暗号資産が5万円に値上がりし、その暗号資産を使用して決済を行った場合、4万円の利益が発生します。この利益は、個人の場合「雑所得」に分類され、他の所得と合算した総合課税にて、最大55%の税率が適用されます。

(2) 少額決済の記録と確定申告の手間

Crypto決済を行った場合には、上記のような課税がなされるため、原則として確定申告が必要になります。雑所得が20万円以下であり、かつ1か所から給与を受け取らない給与所得者である等の場合には確定申告の義務がありません。
しかし、雑所得が20万円を超える場合や、雑所得が20万円以下でも自営業者、フリーランス、副業がある等でそもそも確定申告の義務がある場合、Crypto決済での利益についても1円単位で申告する必要があります。

たとえば、日常的な買い物で暗号資産を使用した場合、各取引時点の暗号資産の時価を記録し、その利益を合算して申告することが求められます。この記録と計算の手間は非常に煩雑であり、特に少額決済を頻繁に行う場合、実務上大きな負担となります。
なお、この問題は、本来は、海外旅行で余った外貨を後日使用した場合にも適用されます。例えば1ドル120円の時に入手した10ドルを、何年後かの海外旅行で1ドル150円で使用した場合には、差額の30円×10ドル=300円について雑所得として課税され、確定申告が必要となる場合があります。

(3) Crypto決済への海外での課税

海外では暗号資産に関するキャピタルゲイン課税がない国や、ある場合にも少額の場合や長期保有の場合に課税対象外とする、という国があります。

(各国の税制=Chat GPT等調べ)

1 個人の暗号資産取引についてキャピタルゲイン課税がない国 シンガポール、ポルトガル、スイス、マレーシア、UAE、エルサルバドル
2 個人が長期で保有した場合、キャピタルゲイン課税がない国 ドイツ(1年以上保有した場合には非課税)
3 一定の限度額の範囲でキャピタルゲイン課税がない国 イギリス(年間6000ポンド=約120万円まで)
イタリア(年間2000ユーロ=約32万円まで)
韓国(年間2500万ウォン=約250万円まで)
ブラジル(月額35,000ブラジルレアル=約90万円まで)
4 少額決済には非課税の国 オーストラリア(1取引が10,000豪ドル=約90万円以下の「個人的利用目的(Personal Use Asset)と見なされる場合、非課税)
5 少額決済への非課税化を現在議論中の国 アメリカ(現在は短期保有か1年以上保有の長期保有かに分けて課税。1回あたり200ドルまで利益の少額決済については課税しない議論が進行中)
6 少額決済でも基本的に課税される国 日本(但し、確定申告義務ない人の場合には20万円までの雑所得は非課税)、
フランス、カナダ、アルゼンチン

日本で暗号資産のキャピタルゲインを課税しない議論は極めて難しいと思われます。また、G7でも米国、フランス、カナダが課税の現状下、少額決済に課税しないとの議論を当局に説得的に要望することは難しいかもしれません。 しかしながら、各国がWeb3の進展を図る中、特に米国で少額決済の非課税化が通った場合には、日本でも競争政策上少額決済の利益には課税しない等の制度を導入することが必要なのではと思われます。

2. カード発行と国際ブランドとの接続

暗号資産リンク型のカードを発行する際には、多くの場合、国際ブランド(VISA、MasterCard、Amex、JCB、Dinersなど)と契約し、その決済ネットワークを利用します。この際、国際ブランドは、自身の所在地国等での規制を順守等するため、カード発行体に対して以下のような審査を行うことが通例です:

さらに、国際ブランドと直接契約する代わりに、既に国際ブランドと強固な関係を持つ日本のクレジットカード会社を通じて提携カードとして発行する方法もあります。この場合、カード発行プロセスの一部が簡素化される可能性がありますが、それでも一定の規制対応やコストが発生する点には注意が必要です。

V. 今後の発展の可能性、課題

本邦ではCrypto決済は必ずしも普及していません。最大55%の課税や少額決済の記録・申告の煩雑さが最大の要因と考えられます。
ステーブルコインが普及すれば、価格変動リスクは軽減され一定の解決が見込まれますが、普及度はなお未知数です。加えて、利用者保護やAML対応など制度面の整備も課題となります。
今後、Web3分野での国際競争の観点からも、Crypto決済の税務面が改善されることが期待されます。

留保事項

1. SFが現実になる日

「もしあなたを裁くのが人間ではなくAIだったら?」

かつてはSFの世界だけの問いかけでした。しかし今や、監視カメラの解析や裁判所のデジタル化といった形で、AIは着実に司法と警察の領域へ入り込みつつあります。本章では、AI警察・AI裁判官が現実にどこまで進んでいるのかを概観します。

(1)想像してみてください

深夜、あなたがコンビニから出た瞬間、交差点のカメラが赤信号の横断を自動検出。街頭スピーカーから大音量で警告が流れ、違反切符がその場で電子的に発行、数日後には銀行口座から反則金が自動的に引き落とされます。
駅前の防犯カメラは指名手配写真と通行人の顔を照合し、ヒットすれば直ちに人間の警察官に通知されます。
法廷では、AIが膨大な証拠映像やデータを解析し証拠リストを自動整理。離婚訴訟では過去の判例データから慰謝料の水準を算出し、刑事事件では類似事件を参照して量刑の目安を提示します。最終的にAIが起案した判決理由案をAIが読み上げ、有罪か無罪かを言い渡します。
これはSF的な思考実験ですが、決して荒唐無稽ではなく、技術の進歩次第で現実化する可能性を秘めています。

(2)世界ではすでに始まっている

実際、AI技術の司法・警察分野への導入はすでに世界各地で現実の制度として稼働しています。単なる実験や検討ではなく、「本格運用」が進んでいる国もあります。

中国 全国の裁判所で「智慧法院(スマート裁判所)」の構築が進行中で、文書作成や量刑支援などの実務でAIが実用化されています。さらに、警察分野では北京市や深圳市を中心に、街頭カメラと顔認証AIを組み合わせた監視システムが広く展開されています。
エストニア 2019年に「ロボット裁判官」構想が報じられ、司法省は公式に否定したものの、少額紛争でのAI導入については継続的に検討されています。世界でも最先端の「デジタル国家」として、AI司法の議論が続いています。
米国 再犯リスク評価AI「COMPAS」が刑事裁判で導入されました。人種バイアス問題で批判を受けたものの、実際に判決判断の参考資料として活用された実績があります。現在は州ごとに規制や見直しが進められています。

(※各国の詳細は第4章参照)

(3)日本でも進む制度化

日本でも変化が進んでいます。改正民事訴訟法により、段階的施行・政令指定に基づき、遅くとも2026年5月までに民事訴訟のIT化が全面施行される予定です。2025年5月3日の憲法記念日前の記者会見では、最高裁の今崎幸彦長官が「司法判断にAIが関わる可能性も否定できない」と一般論ながら言及しました。
警察分野でも、防犯カメラ映像の解析や交通違反の自動検知システムの導入が検討されています。近年の警察庁による顔認証技術の実証実験などもその一例です。

(4)本稿の立場:現実的な導入路線

AIの司法・警察分野への導入は避けられません。当面は支援中心ですが、段階的に自動処理へ、さらに将来的には一部自動判決へ進む可能性があります。
人々はすでにAIを日常的に利用し、その利便性を体感しています。今後、「AI警察の方が信頼できる」「AI裁判官の方が公平だ」と国民が考えるようになれば、AIを選ぶ社会になるかもしれません。
もちろん、無批判な信頼は危険です。AI依存による人間の判断力低下や、ハッキングなどのセキュリティリスクにも備えが必要です。
映画や小説ではAI社会はしばしばディストピアとして描かれます。しかし現実のAI導入は、必ずしもそうした方向に進むとは限りません。むしろ、公平で効率的な社会に資する可能性も十分にあります。本稿はその分岐点を意識しつつ、制度設計でリスクを抑えつつメリットを最大化する道筋を探ります。

(5)用語の整理:混同を避けるために

この記事ではAIの関与レベルを次のように区別します。

AI支援 AIが情報整理や提案を行うが、最終判断は人間が行う
自動処理 AIが一次処理を行い、異議申立があれば人間が審査する
自動判決 AIが最終的な法的判断まで行う(将来的可能性として想定)

現在の実用は主にAI支援です。自動処理は限定分野での実験段階であり、近い将来に拡大する見込みです。自動判決には技術的・法的課題が多く、長期的な検討課題といえます。

2. AI警察システムの可能性と法的課題

(1)警察活動を縛る基本ルール

AI警察を考える前に、現行法の基本ルールを確認しておきましょう。

令状主義(憲法35条)
裁判所の令状なしに住居などを捜索することはできません。AIによる監視や行動解析が「強制処分」にあたる場合、この制約を受けます。最高裁は2017年(平成29年3月15日)GPS捜査事件で、車に無断でGPSが付された事実関係の下ですが「継続的・網羅的な位置情報取得は強制処分」と判断しました。AI監視による行動パターン分析も同様の法理が適用される可能性があります。
比例原則・任意捜査の限界
裁判例は「必要性や相当性を逸脱した任意捜査は違法」としています。AIが長時間・広範に市民を監視することが「過剰」と評価されれば違法になる可能性があります。
個人情報保護法の原則
目的を限定し、必要最小限のデータのみを収集・保存する義務があります。顔認証データのような「個人識別符号」は特に厳格な取り扱いが求められます。

(2)AIに任せられること:24時間眠らない警察官

AI警察システムが実現すれば、次のような機能が期待されます。

  1. 防犯カメラの常時監視
    数千台のカメラを同時監視し、不審行動を瞬時に検知。人間では不可能な規模です。
  2. 犯罪予測によるパトロール配置
    過去のデータをもとに「午後3時頃○○駅周辺で置き引きが発生しやすい」と予測し、警察官を効率的に配置。米国などで試みがありましたが、差別懸念から停止された例もあります。
  3. 指名手配犯の自動発見
    空港や駅で顔をスキャンし、データベースと照合。即時発見につながります。

(3)利点と効果

(4)法的・実務的課題

(5)技術と法のスピードギャップ

技術の進歩は早い一方、法律改正には時間がかかります。そのため「技術が先に導入され、法整備が後追い」というなし崩し導入のリスクがあります。さらに、AIの判断根拠が説明できなければ、適正手続の観点で致命的な問題となります。

(6)本章のまとめ

AI警察システムには大きな利点がある一方、憲法上の制約やプライバシー侵害のリスクが避けられません。導入にあたっては、特に次の3点が不可欠です。

人間の関与 重要判断は必ず人間が最終確認する
透明性 誤認率や判断基準を公開し、市民に説明できる形にする
異議申立制度 市民が容易に不服を申し立てられる仕組みを整える

→ 当面は「AI支援」が基本ですが、制度設計と監査体制を前提に「自動処理」へ広がる可能性があります。

3. AI裁判システムの構想と現実

(1)想定される役割:司法の効率化と一貫性

AI裁判官システムが導入されれば、司法制度は大きく変わる可能性があります。

(2)民事と刑事で異なる導入可能性

AI裁判官の導入可能性は、民事と刑事で大きく異なります。

(3)法的論点:司法権の根幹に関わる課題

憲法32条(裁判を受ける権利)との関係
すべての国民は裁判を受ける権利を有します。したがってAI裁判官を導入する場合でも、人間による裁判を選択できるルートを確保することが不可欠です。
司法権の担い手としての適格性(憲法76条)
司法権は裁判所に属し、裁判官は「良心に従ひ独立して」職務を行うと規定されています。良心を持たないAIに司法権を委ねることは、憲法制度と矛盾する可能性があります。ただし、当事者が事前に同意して「AI判決」を選択する仕組みであれば、一定の合憲性を確保できる余地もあります。
裁判の公開原則(憲法82条)
裁判は公開法廷で行わなければなりません。AIの内部処理は不可視であり、判決理由をどのように市民に説明するかが課題です。
前例主義の強化と硬直化
AIは過去の判例を学習するため、時代遅れの価値観を再生産しやすい。社会変化に柔軟に対応できないリスクがあります。

(4)実務上の課題:責任と上訴

誤判責任の整理

(5)上訴制度の設計

AI判決に対して上訴できるのか、上訴審では必ず人間が担当するのか、一審AI判決をどの程度尊重するのか。責任の所在と不可分の課題として、制度設計が不可欠です

(6)導入へのハードル

現時点のAI技術では、定型的で争点が少ない事件への補助にとどまります。条文解釈や証拠の信用性判断、社会的価値観の調整など、高度な判断は依然として人間に依存します。ただし、技術進歩と社会的合意次第では、部分的な自動判決が現実となる可能性も否定できません。

(7)本章のまとめ

AI裁判官の役割 証拠解析の効率化、商事紛争支援、量刑の一貫性確保、軽微事件処理の拡大
法的課題 憲法との関係、前例主義の硬直化
実務課題 誤判責任の所在(民事・刑事・AIの整理)、上訴制度の設計

→ 当面は「支援機能」が中心ですが、技術進歩と社会合意により、将来的には軽微事件や専門分野で「部分的自動判決」が導入される可能性があります。

4. 共通課題 ― 説明可能性・公平性

(1)説明責任:「理由を教えて」に答えられるか

AIは「ブラックボックス」問題を抱えています。なぜその判断に至ったのかを人間が理解できないケースが多いのです。司法・警察分野では特に深刻で、当事者が異議申立や上訴で争えるレベルの理由が求められます。
AIを法の場で使うには、少なくとも次の3条件が必要です。

  1. 読める(可監査性):どのデータをどの設定で使ったかログで追えること
  2. 再現できる(再現性):同じデータと設定なら同じ結果が得られること
  3. やり直せる(反事実説明):どの要素を変えれば結論がどう変わるかを示せること

(2)説明可能性の具体例

例えば、保釈許可判断でAIが「逃亡リスク高」と判定した場合、

  1. 使用した前科・住所・職業などのデータが開示され、
  2. 同条件で再計算可能であり、
  3. 「もし定職があれば結論は変わったか」を示せる必要があります。

(3)偏り(Bias)の問題:無意識の差別の増幅

AIは過去のデータから学習しますが、そのデータ自体に差別や偏見が含まれています。

(4)日本の法制度との関係

日本には包括的な差別禁止法が存在しないため、AIによる差別的取扱いへの対応が困難です。障害者差別解消法のような個別法はありますが、AI利用を前提とした規定はありません。この点で、日本は欧州や米国より制度的に脆弱といえます。

(5)国際的な取り組み事例

中国 司法分野では「智慧法院(スマート裁判所)」でAIによる判決支援等を実用化。警察分野では北京市や深圳市で街頭カメラと顔認証AIを組み合わせた監視システムを運用中。「社会信用システム」との連携も進むが、過剰監視への国際的な批判も強い。
EU 2024年にAI規制法(AI Act)を制定。警察・司法分野でのAI利用を「高リスク」に分類し、2026年以降厳格な規制を適用予定。公共空間でのリアルタイム顔認証は原則禁止(重大犯罪捜査等は例外)、予測的警察活動には透明性確保と人権影響評価を義務付け。
米国 再犯リスク評価AI「COMPAS」の人種バイアス問題を経て、州レベルでAI規制が進行中。連邦レベルでは包括的規制はまだない。
日本 AI利用ガイドラインの策定段階。司法・警察分野の具体的規制は未整備で、包括的な差別禁止法もないため、AIによる差別的取扱いへの対応が課題。

(6)憲法秩序との整合性:民主的統制の確保

(7)本章のまとめ

説明可能性 読める・再現できる・やり直せる仕組みが必須
公平性 データや設計の偏りを監査・補正する制度が不可欠
憲法との整合性 裁判を受ける権利を保障しつつ、警察・司法に応じた民主的統制を設計することが不可欠

→ 技術論だけでなく、制度論・憲法論をクリアにすることがAI導入の前提となります。

5. 段階的導入のシナリオ

AI警察・AI裁判官の導入には多くの課題があります。しかし、技術の進歩と社会的ニーズを考えれば、完全に拒絶することは現実的ではありません。導入は段階的に進み、最終的には一部で完全自動化も視野に入ります。本章では、リスクを抑えつつ導入を進める現実的なシナリオを整理します。

短期(3〜5年):補助ツールとしての活用
警察分野
映像解析による特定人物・車両検索、不審行動検出(最終判断は人間)
交通違反の自動検知(証拠整理までAI、処分判断は人間)
犯罪データ分析による効率的なパトロール提案
司法分野
判例検索や争点整理の自動化(調査業務効率化)
損害計算や定型契約書チェックの下書き作成
調停における複数の和解案提示
制度整備
AIシステムの品質基準と認証制度
AI支援の記録・監査体制
人間による最終判断を担保
 
中期(5〜10年):限定分野での半自動化
警察分野
軽微な交通違反(駐車違反、軽度の速度違反)の自動処理(異議申立があれば人間が再審査)
運転免許更新や許認可更新など、要件が明確な行政手続の自動化
司法分野
少額紛争(例:100万円以下)について、当事者合意があればAI判決(上訴権は保障)
養育費算定や財産分与など、基準が明確な家事調停
「AI調停」の導入
制度整備
半自動処理に関する特別法の制定
刑事の半自動化処理に対する異議申立は48時間以内に人間が再審査上訴制度の整備
AIの定期監査・補償制度の新設
 
長期(10〜30年):専門分野での部分的自動判決
警察分野
犯罪発生予測精度の高度化に基づく、警告や監視強化などの自動発動
組織犯罪や資金フロー解析による高度な捜査支援
司法分野
知的財産訴訟や税務訴訟など、定式化可能な専門分野での自動判決
刑事事件の量刑をAIが全国統一基準で提案し、裁判官が最終判断
実現の前提条件
憲法の解釈変更、または改正
AIの説明可能性の飛躍的向上
社会全体の信頼醸成
サイバーセキュリティの飛躍的向上(AIシステムへの攻撃・改ざん防止)
国民のデジタルリテラシー向上(AIの限界を理解した利用)
国際的な制度調和(条約や協定レベルでの調整、例えばAI判決が海外で執行できるか等)

(1)共通して必要な制度設計

(2)本章のまとめ

短期 補助ツールとして支援機能を導入
中期 限定分野で半自動化を進め、法制度を整備
長期 専門分野で部分的自動判決を導入(憲法・社会合意が前提)

→ どの段階でも「人間による最終審査」と「異議申立制度」の保障が不可欠です。これにより、技術の恩恵を享受しつつ、人権と民主主義の価値を守ることができます。

6. 結論 ― AI時代の司法を考える

ここまで5章にわたり、AI警察・AI裁判官の可能性と課題を検討してきました。技術の発展により、かつてSFに描かれた未来は着実に現実へと近づいています。

(1)AI導入は不可避。しかし「公正・透明・説明可能性」が根幹

司法・警察分野からAIを完全に排除することは現実的ではありません。人員不足、業務効率化、判断の統一といった切実なニーズがある以上、AI活用の流れは止められないでしょう。
ただし、司法と警察は人々の生命・自由・財産を守る社会の根幹です。効率性のために正義や公平を犠牲にすることは許されません。

(2)現実的な導入の姿勢

(3)民主的統制と市民の選択

AIによる権力行使は民主主義の根幹に関わります。

7. 最後の問いかけ

冒頭で「あなたの交通違反を検知するのが人間ではなくAIだったら?」と問いかけました。最後に改めて問います。
「あなたはAIに裁かれたいと思いますか?」
公平で迅速なら構わないと考える人もいれば、やはり人間に裁かれたいと感じる人もいるでしょう。現在は多くの人が後者だと思いますが、重要なのは、この選択を私たち自身が持ち続けることです。気づかぬうちに選択肢がなくなっていた、という事態は避けなければなりません。
AI技術は確実に社会を変えます。しかし、その方向を決めるのは技術者や企業ではなく、私たち市民一人ひとりの判断です。司法と治安という社会の根幹に関わる分野だからこそ、慎重に、しかし前向きに、AIとの向き合い方を考える必要があります。

参考文献・関連情報

1. はじめに:クリプトトレジャリー戦略とは何か

クリプトトレジャリー戦略とは、企業が自社の財務戦略として暗号資産を保有・運用することです。従来の現金や有価証券に代わる、またはそれらを補完する資産として、企業の資産ポートフォリオに暗号資産を組み込みます。
ビットコインのみに特化する場合は「ビットコイントレジャリー戦略」と呼ばれることもありますが、本稿では暗号資産全般を対象とした「クリプトトレジャリー戦略」として統一します。なお、海外では近時「Digital Asset Treasury(DAT)」と呼ばれることも増えています。
近年、この戦略を採用する企業が世界的に増加しています。特に2024年の米国における暗号資産ETF承認は、機関投資家の参入を促し、企業による直接保有戦略への関心も高まりました。日本でも上場企業による暗号資産保有の事例が現れ、投資家の注目を集めています。
本稿では、クリプトトレジャリー戦略の概要と日本法上の論点を整理します。

2. まとめ

結論:現行日本法下でも実行可能
クリプトトレジャリー戦略は、適切な対応により現行の日本法制度下でも実行可能です。主要論点の結論は以下の通りです。

法的論点
暗号資産交換業: 自社保有分の売買は登録不要
・集団投資スキーム: 株式・CB発行による資金調達は該当しない
・ステーキング・レンディング: 自己勘定での運用は規制なし
・適時開示: 重要な取引・方針変更時の開示が必要

会計・税務
・会計: 時価評価が原則(日本基準・IFRS・US GAAPで差異あり)
・税務: 期末時価評価による課税が原則、但し、2024年改正により一定要件下で期末時価評価課税の適用除外が可能
・監査: 監査法人との事前合意が重要

実務上の準備事項
・取締役会レベルでの投資方針決定
・監査法人・税理士との事前協議
・内部統制・リスク管理体制の構築
・投資家向けの情報開示体制整備

投資家視点
・株式としての税務優遇(20.315% vs 暗号資産現物最高55%)や投資手続きの簡便性等のメリット
・法人レベルと個人レベルの二重課税
・事業リスク、運用リスクのデメリット
・暗号資産ETFとは異なる価値(レバレッジ効果、企業価値とのシナジー等)

以下、各論点の詳細を解説します。

3. クリプトトレジャリー戦略の導入事例、考えられる戦略
3.1 導入事例

(1) 世界的な先駆者:マイクロストラテジー

米国のマイクロストラテジー社(現ストラテジー社)は、クリプトトレジャリー戦略の代表的な成功例として知られています。2020年からビットコインの大量購入を開始し、企業価値の大幅な向上を実現しました。

(2) 日本の先駆者:メタプラネット

2024年、日本の上場企業である株式会社メタプラネットが本格的なクリプトトレジャリー戦略を発表しました。これは日本初の本格的な事例として大きな注目を集めました。

(3) 他の日本企業の例:リミックスポイント

株式会社リミックスポイントも、事業との関連性を重視しながら暗号資産保有を行っている企業の一つです。同社の子会社であった株式会社ビットポイントジャパンは暗号資産取引所ビットポイントを保有しており(但し、2022年から2023年にかけてグループ外に同社の株式譲渡)、Web3と親和的な会社です。

主要企業のクリプトトレジャリー戦略比較

企業名 戦略の特徴 保有資産 株価パフォーマンス
マイクロストラテジー 米国 現金の大部分をBTCに転換
「企業版のBTC ETF」
大量のBTC 1年:164%上昇
5年:2,238%上昇
時価総額USD940億
メタプラネット 日本 「財務準備資産」として位置づけな購入実施 大量のBTC 1年:490%上昇
5年:707%上昇
時価総額4,612億円
リミックスポイント 日本 事業シナジーを重視 BTC、ETH、SOL、XRP、DOGE等 1年:120%上昇
5年:274%上昇
時価総額515億円

*株価は2025年9月9日付の調査

3.2 クリプトトレジャリーの戦略例

「クリプトトレジャリー戦略」といえば、マイクロストラテジー社やメタプラネット社のような「全資産暗号資産転換型」を思い浮かべる方が多いでしょう。しかし実際の企業戦略は多岐にわたります。
企業は以下の4つの観点から、自社に適した戦略を選択する必要があります。

(1)保有方針による分類

戦略タイプ 特徴 主なメリット 主な留意点
余剰資金投資型 既存の余剰現金の一部を暗号資産に配分 ・既存事業への影響最小限
・段階的な導入が容易
・投資規模が限定的
・株価への影響も限定的
完全移行型 現金資産の大部分を暗号資産に転換 ・価格上昇の恩恵を最大化
・「ビットコイン銘柄」として明確なポジション
・価格下落リスクが大きい
・運転資金への影響
・ETF導入時のリスク

Web3戦略型

Web3・ブロックチェーン事業との関連性を重視 ・事業戦略との整合性
・投資家への説明がしやすい
・事業の実現可能性
・継続的な事業投資が必要
・Web3領域における専門知識が不可欠

(2)資金調達方法

調達方法 特徴 メリット 留意点
余剰資金活用型 既存の現金、預金を原資として購入 ・追加調達不要
・希薄化影響なし
・迅速に実行可能
・投資規模に限界
・既存事業資金への影響要検討
新株発行型 新株発行により資金調達して購入 ・大規模投資が可能
・負債増加を回避
・成長投資アピール
・株式の希薄化
・株主総会の承認が必要な場合あり
・市場環境に左右
転換社債発行型 CB発行により資金調達して購入 ・低金利での調達
・転換時まで希薄化抑制
・レバレッジ効果
・金利負担発生
・転換条件の設定
・信用格付けへの影響

(3)投資対象による分類

投資対象 特徴 メリット リスク・留意点
ビットコイン専用 BTC単一銘柄への集中投資 ・最も流動性が高く安定
・「デジタル・ゴールド」
・投資家説明が容易
・単一銘柄集中リスク
・分散効果なし
・他通貨成長機会の逸失
銘柄分散型 BTC、ETH、アルトコイン等への分散投資 ・適度な分散効果
・ステーキング収益も獲得
・市場全体成長を取込み
・個別銘柄リスクは存在
・管理の複雑化
・税務計算の煩雑化
アルトコイン重視型 新興、小型コインへの積極投資 ・高成長の可能性
・先行者利益の獲得
・イノベーション領域投資
・極めて高いボラティリティ
・流動性リスク高
・投資家理解の困難性

(4)運用方法による分類

運用方法 特徴 メリット リスク・留意点
HODL(長期保有) 暗号資産を長期保有し続ける ・単純な運用方法
・価格変動に左右されない
・税制優遇の可能性(→5章参照)
・価格下落時の損失拡大
・機会損失の可能性
・流動性の確保
ステーキング活用 ETH等をステーキングして追加収益獲得 ・継続的収益
・年利数%の追加リターン
・ネットワーク貢献
・技術的リスク
・スラッシングリスク
・アンボンディング期間
レンディング活用 第三者への貸出で利息収入獲得 ・高い利率での運用
・価格上昇と利息の両獲得
・流動性調整可能
・貸出先の信用リスク
・市場流動性リスク
・規制変更リスク

企業はこれらの要素を組み合わせて、自社の事業内容、財務状況、リスク許容度に応じた最適な戦略を構築することになります。
なお、当職らがアドバイザーや関係者と話す限り、現在検討中の会社の場合、先行事例との差異を設けるためか、単なるHODLではなく、本業との繋がりをも生かしたトレジャリー戦略を模索する企業が多いようにも思われます。他方、必ずしも本業とWeb3との関係が強くない企業がクリプトトレジャリー戦略を採用する場合でも、ステーキングやレンディングによるストック収入を組み合わせる収益モデルとして株主等のステークホルダーに説明を行おうとする例もあるようです。

4. 日本法上の論点

クリプトトレジャリー戦略を日本で実施する際の主要な法的論点を整理します。結論として、適切な対応により現行法下でも戦略実施は十分可能です。

4.1 暗号資産交換業登録(結論:登録不要)

基本原則 企業が自社の財務戦略として暗号資産を取得・保有する行為は、資金決済法上の「暗号資産交換業」に該当せず、登録は不要です。
法的根拠 資金決済法第2条第15項によれば、暗号資産交換業とは以下の行為を「業として」行うことです:

該当しない理由 企業による自社ポートフォリオ投資としての暗号資産売買は「業として」行う行為に該当しないと解釈されています5。また、自社保有は「他人のための管理」ではありません。

株式等による資金調達について
株式や転換社債等による資金調達を行い、その資金で暗号資産を購入する行為についても、現時点では暗号資産交換業には該当しないと整理されています。形式的には「株主から資金を集め暗号資産を取得する」ため、実質的に株主に対して暗号資産売買サービスを提供していると評価し得る余地はありますが、現行実務においてはそのような解釈は採用されていません。

4.2 集団投資スキーム規制(結論:該当しない)

基本的な考え方 企業が新株発行や転換社債発行で調達した資金による暗号資産投資は、金商法第2条第2項第5号の「集団投資スキーム」に該当しません。
法的根拠 金商法の条文構造上、株式や転換社債は第2条第1項第5号や第9号で独立した「有価証券」として規制されており、第2項第5号の集団投資スキーム(ファンド規制)とは別体系です。

具体的理由

留意すべきケース 暗号資産投資専用の別会社(SPC等)を設立して匿名組合出資等を募る場合は、集団投資スキーム該当性の慎重な検討が必要です。

4.3 ステーキング・レンディング(結論:自己勘定なら規制なし)

ステーキングについて 企業が自己保有資産、自己勘定で行うステーキングは、通常、ファンド(集団投資スキーム)や暗号資産カストディには該当せず、特段の規制なく実施可能です。
レンディングについて 日本では金銭貸付は貸金業法で規制されますが、暗号資産レンディングに特段の規制はありません。自己保有の暗号資産をレンディングで運用することは、自己勘定であれば自由です。

4.4 投資顧問業との関係(結論:現物は対象外)

現物暗号資産への助言 現物暗号資産は金商法上の「有価証券」ではないため、投資助言・代理業(金商法第28条第3項)の対象外です。一般的なコンサルティングサービスとして整理できます。
注意が必要なケース 暗号資産デリバティブ(先物、パーペチュアル等)への継続的・具体的助言や裁量運用は、投資助言・代理業の登録が必要となる場合があります。
実務的対応 外部アドバイザーとしてデリバティブを含む助言を行う場合は、契約目的を「戦略設計・リスク分析支援」に限定し、具体的な投資判断の助言は避けることが推奨されます。

4.5 上場ルールと適時開示(結論:制限なし、開示必要、資金調達の方法に留意)

上場ルール 東証の上場ルールにおいて、暗号資産保有を直接禁止する規定はありません。適法な投資行為として、他の投資商品と同様の扱いを受けると考えられます。

適時開示が必要なケース


開示内容のポイント 暗号資産への投資が大規模な場合、以下の内容を含める必要があると考えられます:

企業は適切な法務体制を構築し、コンプライアンスを確保しながら戦略を実行することが重要です。

資金調達 クリプトトレジャリー会社の中には大規模な資金調達を行う会社があります。この場合、東証の300%ルール(株式価値の希薄化率が300%を超える第三者割当の場合、「株主および投資家の利害を侵害するおそれが少ないと取引所が認める場合を除き、上場廃止とする」とするルール、東証有価証券上場規程第601条第1項第15号、施行規則第601条第12項第6号)に配慮する必要があります6

また、25%ルールと呼ばれる規定(上場規程第432条、施行規則第435条の2)にも留意が必要です。これは、第三者割当増資によって発行済株式総数の25%を超える株式が新たに発行される場合、株主総会の特別決議又は独立した第三者による必要性・相当性の意見の取得を必要とするものです。投資家の持分比率が大きく変動するため、少数株主保護の観点から厳格な手続きが要求されています。

5. 会計・税務

クリプトトレジャリー戦略実施時の会計・税務対応は極めて重要です。特に上場企業は、投資家・監査法人への説明責任を果たしつつ、税務リスクを適切に管理する必要があります。

5.1 会計処理(日本基準・IFRS・US GAAP)

日本基準(JGAAP) 実務対応報告第38号により、活発な市場が存在する暗号資産は期末に市場価格で評価し、評価差額を損益に計上します。活発な市場がない場合は取得原価評価となります。
貸借対照表の表示区分は保有目的と流動性で判断されます。独立掲記する場合には「暗号資産」等として表示しますが、重要性が乏しい場合には無形固定資産やその他資産等に含めて表示します。損益計算書上の区分は事業の目的や実態に応じて判断されます。いずれも監査法人との協議と合意が求められます。

IFRS採用企業 多くの場合IAS38の無形資産でコストモデル+減損(IAS36)が採用されますが、活発な市場がある場合は再評価モデルも選択可能です。この場合、上方再評価は、OCI(その他包括利益)に計上(過去の減損の戻入に相当する部分は損益)されるため、原則として損益計算書に計上されません。
ただし日本の法人税は期末時価評価で算定されるため、IFRS採用でも税務申告上の調整が必要となり、会計と税務の乖離が生じます。

US GAAP採用企業 マイクロストラテジー等の米国企業は、ASU 2023-08を適用し、取得原価で計上後、期末ごとに公正価値へ時価評価し、評価差額を損益に計上します。IFRSと異なり、OCI(その他包括利益)ではなく常にP/L通過することになります。

5.2 法人税の取扱い

期末時価評価による課税(原則) 国税庁Q&Aによれば、「活発な市場が存在する暗号資産」は期末に時価評価し、評価差額を益金又は損金に算入します。
以下の場合でも評価対象となります:

移転制限による期末時価評価課税回避(例外) 2024年4月改正により、一定要件を満たせば期末時価評価課税の適用除外が可能になりました。

要件:

効果: 税務上は取得原価で評価継続でき、売却時に初めて課税されます。未実現益課税が回避でき、キャッシュフロー安定化に寄与します。

留意点:

ETFとの税務構造比較 なお、ETFはパススルー課税により二重課税が避けられる一方、企業の暗号資産投資では法人段階での課税後、株主が配当・売却益で再度課税される二重課税構造となります。この点は6章で詳述するETFとの重要な相違点の一つです。

5.3 監査・内部統制

監査法人との事前合意が重要 暗号資産監査の最重要論点は「実在性」確認です。監査によって財務数値の事後的・第三者的検証が可能と判断されるためには、業務やシステムの設計に影響します。監査法人と密な協議を行い監査可能であることの事前の合意が求められます。実務的な監査論点の一例は以下の通りです:

内部統制の整備 監査の前提としても重要視されるのが内部統制であり、暗号資産特有のリスクを識別し業務上適切な対応がとられる必要があります。内部統制は、社内規程で適切な粒度でルール化した上で、業務フローや業務記述書等を使って具体的に文書化される必要があります。外部の信頼できる保管・記録機関が整備されている従来の金融資産とは異なり、自ら厳格な管理体制を構築することが求められます:

暗号資産に精通した会計士・税理士との連携体制を構築し、定期的な相談・確認を行うことが重要です。

6. ETFとの比較と企業の市場ポジション

日本では暗号資産ETFは未承認ですが、将来承認された場合の企業戦略や市場ポジションへの影響を整理します。

6.1 米国における状況

2024年1月に米国でビットコインETFが承認されましたが、既存のクリプトトレジャリー企業の株価は引き続きプレミアムを維持しており、両者が投資家や市場に異なる価値を提供していると考えられています。

6.2 構造的な相違点

項目 ETF クリプトトレジャリー会社
レバレッジ 基本は現物保有のみ 転換社債・新株発行等でレバレッジ可能
運用戦略 指数連動のパッシブ運用 銘柄配分調整、ステーキング等の裁量あり
付加価値
価格トラッキング、低コスト 本業収益、Web3事業とのシナジー
税務構造 パススルー課税(投資家側でのみ課税) 法人税+投資家課税(二重課税構造)

6.3 企業の市場ポジショニング戦略

現状の日本市場 ETF不在のため、クリプトトレジャリー会社が「事実上のETF代替」として機能し、この特殊な市場環境が株価プレミアムの一因となっています。
ETF導入後の予想される影響 メタプラネット社は公式見解として「ETFは競合ではなく需要拡大要因」との立場を示し、「ETFがパッシブ連動する一方、トレジャリー会社は資本市場活用により1株当たりビットコイン保有量を増加させる戦略が可能」と説明しています。(参考:メタプラネット社FAQ https://metaplanet.jp/jp/shareholders/faqs)
米国ではETF導入後もプレミアムが維持されていますが、実際の日本での市場反応は投資家構造や市場環境に左右されるため、米国と同様の結果となるかは不透明です。

企業の対応戦略

【コラム:投資家にとってのクリプトトレジャリー会社投資のメリット】

個人投資家がクリプトトレジャリー会社に投資することで得られる主なメリット、デメリットを参考情報として整理します。
税務上の優遇(個人投資家)
・株式投資として20.315%の申告分離課税が適用
・暗号資産の直接取引(総合課税、最高55%)と比較して大幅な低税率
・源泉徴収ありの特定口座での簡便な税務処理
投資手続きの簡便性
・暗号資産取引所への口座開設・本人確認手続き不要
・既存の証券口座から投資可能
・NISA対象となる可能性
制度的制約の回避
・暗号資産直接投資が制限されている機関投資家・年金基金等も投資可能
・社内規定で暗号資産投資が禁止されている企業の従業員も参加可能
主なデメリット・留意点
・二重課税構造: 法人レベルでの課税後、配当・売却益で個人レベルでも課税
・複合的リスク: 暗号資産価格変動リスクに加え、企業固有の事業リスクも存在
・プレミアムリスク: 株価に含まれるプレミアムが正当化されるか不透明
・ETF導入の影響: 将来のETF承認による影響が不透明

このため、クリプトトレジャリー企業は「事実上の暗号資産ETF」として一定の投資家需要を得やすい環境にある一方、投資判断には慎重な検討が必要です

7. 結語

クリプトトレジャリー戦略は、ETFとは異なるレバレッジ効果や企業価値とのシナジーを持ち、独自の投資対象としての地位を確立しつつあります。現行の日本法制度下において適切な対応により実行可能な財務戦略です。
法的論点については暗号資産交換業登録は不要であり、集団投資スキームにも該当せず、ステーキング・レンディングも自己勘定であれば規制はありません。
会計・税務面では時価評価による業績への直接的影響や期末時価評価課税といった特有の論点があるものの、2024年税制改正による移転制限制度の活用等により一定の対応が可能です。
ただし、日本企業がクリプトトレジャリー戦略を持続的に実行するためには、法的クリアランスの確認だけでは不十分です。会計・税務・IR体制を包括的に整備し、監査法人との事前合意、適切なリスク管理体制の構築、投資家への継続的な情報開示等を通じて、ステークホルダーからの理解と信頼を得ることが成功の鍵となります。
企業による暗号資産への関与は今後も拡大が見込まれる中、本稿が戦略検討の一助となれば幸いです。

謝辞
本Blogについては、Animoca Brands株式会社天羽健介氏、公認会計士柚⽊庸輔氏、齊藤洸氏よりご助言をいただきました。但し、ありうべき誤りは全て筆者らに帰します。

留保事項
・本書の内容は関係当局の確認を経たものではなく、法令上、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。また、筆者の現状の考えに過ぎず、筆者の考えにも変更がありえます。
・本稿は、クリプトトレジャリー戦略の利用やクリプトトレジャリー戦略企業への投資を推奨するものではありません。
・本書はBlog用に纏めたものに過ぎません。具体的案件の法律、会計、税務等のアドバイスが必要な場合には各人の弁護士、会計士、税理士にご相談下さい。

1. はじめに

先日、大阪・関西万博の「空飛ぶクルマステーション」を訪問し、空飛ぶクルマに関する展示を体験してきました。 (参考:https://www.expo2025.or.jp/future-index/smart-mobility/advanced-air-mobility/)

図1 現実風の空飛ぶクルマ

同パビリオンは予約なしでも入場可能ですが、事前予約をすると停機中の空飛ぶクルマの実機に乗り込めるほか、タクシーのように夢洲から高野山や淡路島に飛行する映像体験ができます。また、一定日の朝には実機の飛行デモンストレーションも会場の別場所であります(筆者が訪問した際にはデモ飛行のほかSkydrive社社長による機体説明とQ&Aセッションも行われていました)。
空飛ぶクルマに対しては、開催前から「現実味がない」「税金の無駄」「これは車ではない」など否定的な声も多くありましたが、展示内容は非常にわかりやすく、未来社会の具体的なイメージを持たせてくれるものでした。少なくとも、「夢ではない、近未来の現実かもしれない」と感じさせられる体験でした。

もっとも、展示内では「空には渋滞がない」というキャッチコピーが用いられていましたが、実際にはそう単純ではありません。航空法や小型無人機等飛行禁止法では、人口密集地(DID地区)、空港周辺、重要施設付近など、多くの空域が原則飛行禁止または厳しく制限されています。したがって、現行制度上「自由に飛ばせる空域」は極めて限定的であり、むしろ“使える空”のほうが少ないのが実情です。さらに、空域には航空交通管制が存在し、民間機・ヘリ・eVTOL・ドローンが安全に飛行するためには管制官による交通整理が不可欠です。実際、羽田空港上空ではピーク時に「ホールド(旋回待機)」が頻繁に発生しており、空の交通にも物理的・制度的な限界があります。今後、都市内低高度の運航には、専用ルートや無人航空機交通管理システム(UTM)の整備が不可欠となるでしょう。

技術は現実味を帯びる一方、空飛ぶクルマを本当に実現させるためには、航空法上の耐空証明や運航者責任、都市部でのバーティポート設置基準など、多方面で制度的な課題があります。
国土交通省は近年、2023年の航空法施行規則改正やバーティポート整備指針、さらに2025年の次世代空モビリティ運航ガイドラインの公表など、政省令や技術基準の逐次改正を進めています。
もっとも、現状ではまだ抜本的な制度設計には至っておらず、多くの領域で法的な未確定・グレーゾーンが残されています。
本稿では、空飛ぶクルマに関し、皆さんが思い描く未来の姿やSF作品、それと現行法の対比を通じて整理・考察します。

※本記事は大阪万博での展示を契機に、法律家として未来の制度を考察するシリーズの一環です。 過去記事:
アンドロイドになった『私』は同一人物か?
軌道エレベーターで殺人事件が起きたら誰が裁く?

2. SF作品に見る空飛ぶクルマの世界

空飛ぶクルマは、SF作品の中では昔からおなじみの存在です。ただし、その登場のされ方は一様ではなく、作品ごとに異なる社会像と技術観が描かれています。

個人の自由な移動手段:「バック・トゥ・ザ・フューチャー」

1985年の『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART II』では、2015年の未来でデロリアンが空を飛ぶシーンが印象的です。ここでは空飛ぶ車は個人の乗り物として描かれ、誰もが自由に空を移動できる理想的な未来像が示されています。

権力の象徴としての空飛ぶクルマ:「ブレードランナー」

1982年公開の『ブレードランナー』では、空飛ぶクルマは警察専用車両として描かれ、高層ビルの間を縫って飛ぶシーンが印象的です。ここでの空は公共空間ではなく、権力が支配する領域として機能しています。

大衆化された空の渋滞:「フィフス・エレメント」

1997年の『フィフス・エレメント』では、空飛ぶクルマが完全に民間に普及しており、都市の空間に立体的な交通システムが存在しています。空中には信号機すら存在し、「空中渋滞」が日常の一部となっている世界です。

都市監視インフラとしての空:「攻殻機動隊」

1995年劇場版公開の『攻殻機動隊』では、公安9課の移動手段としてヘリ型のホバーカーが登場します。空飛ぶクルマは単なる移動手段ではなく、都市監視インフラの一部として位置づけられています。

図2 SF風の空飛ぶクルマ

法制度の不在という共通点

興味深いのは、これらの作品に共通して「空を誰が管理するのか」「どのような法的ルールで飛行が制御されているのか」といった論点がほとんど描かれていない点です。
SF作品が描く「自由な空の移動」は魅力的ですが、現実には空域管理や航空法制が厳格に存在します。むしろ「空は誰のものか」という問いこそ、現代社会における制度設計の最前線にある論点です。

3. 空飛ぶクルマとは何か?

「空飛ぶクルマ」という言葉は耳目を引きますが、現在開発されている機体は、SFで想像されるような形――たとえば『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART II』に登場するデロリアン――ではありません。車輪もなく道路も走りませんが、「誰もがオンデマンドに予約して使う日常移動サービス」を目指しているため、親しみやすい「クルマ」という呼び方が使われています。
何を空飛ぶクルマと呼ぶかは確定はしてはいませんが、国土交通省の資料では、空飛ぶクルマは「電動化・自動化された垂直離着陸機(eVTOL)」として定義されることが多く、次のような特徴が挙げられます。

このような特徴から、空飛ぶクルマは従来のヘリコプターやドローンとは異なる位置づけを持ちます。

類似技術との比較

分類 推進方式 操縦 離着陸方法 主な用途 法制度
空飛ぶクルマ(eVTOL) 電動 将来自動化 垂直離着陸 都市内移動・空中タクシー 航空法適用も制度設計途上
ヘリコプター 内燃機関 有人操縦 垂直離着陸 官庁・報道・救急 航空法で規制
ドローン 電動 無人(遠隔) 垂直離着陸 撮影・物流・測量 無人航空機規制

空飛ぶクルマは、ドローンのように小型・軽量で垂直離着陸が可能でありながら、ヘリのように人を運ぶ能力を持つ乗り物であり、その意味で従来の区分では捉えきれない「ハイブリッドな存在」と言えます。

法制度から見た定義の曖昧さ

技術的にはeVTOL(electric Vertical Take-Off and Landing aircraft)という言葉が使われることもありますが、日本の航空法には現時点で「空飛ぶクルマ」や「eVTOL」という定義規定は存在しません。
また、「クルマ」という言葉が使われていますが車ではないことから、道路運送車両法の対象外であり、自動車免許や車検制度も及びません。逆に、飛行機やヘリコプターと異なるため、従来の航空法の枠組みにも完全には収まりません。

4. 現在の技術開発状況

空飛ぶクルマというと、まだ未来の乗り物という印象が強いかもしれません。しかし、技術的にはすでに実現段階にあり、国内外の企業が実機の開発・試験飛行・プレ商用運航に踏み出しているのが現状です。

海外:eVTOL市場の加速

アメリカや欧州では、eVTOL(電動垂直離着陸機)をベースとした都市型航空モビリティ(UAM:Urban Air Mobility)の実用化に向けた動きが加速しています。

日本:万博を契機とした実用化への取組み

日本においても、大阪・関西万博を契機として、空飛ぶクルマの商用化に向けた取組みが進んでいます。

技術より先に問われる「制度設計」

空飛ぶクルマの最大の障壁は、技術ではなく制度です。空中を飛ぶ機体である以上、航空法や航空機製造基準、安全認証、運行管理、操縦資格、離発着場の設置基準など、あらゆる法的インフラが必要になります。

5. 法制度の空白と課題

航空法は固定翼・回転翼を含む従来航空を包摂しますが、都市低空で高頻度運航を行うeVTOLや自動/遠隔操縦を前提とする制度設計は未整備で、ここに空白が残ります。

航空法の想定外――「タクシーのようなクルマ」という矛盾

日本の空を規律する中心的な法律は航空法です。しかし、航空法は本来、滑走路から離陸し高高度を飛行する固定翼機や、限定的な用途のヘリコプターを想定した制度設計となっており、空飛ぶクルマ(eVTOL)のような低空・短距離・多頻度の飛行体には制度的ミスマッチがあります。

現時点では、空飛ぶクルマは航空法上「航空機」に分類されており、国土交通省の許可が必要ですが、次のような点で制度対応がまだ追いついていません。

ドローンとの決定的違い

「空を飛ぶ=ドローンと同じように規制されるのでは?」という疑問もあります。
ドローンも登録、リモートID、許可・承認など厳格な管理下にあります。ただし制度設計の焦点は”無人で物を運ぶ”ことにあり、”有人で人を運ぶ”空飛ぶクルマでは型式/耐空、乗員資格、空域容量管理の要求水準と範囲が本質的に異なるのです。

6. 自己と責任――誰が償うのか?

空飛ぶクルマの開発において、避けて通れない論点が「事故が起きたら誰の責任か?」という問題です。これは責任の所在、免許制度、保険制度など法制度全体の構築に直結する中核論点です。

自動運転になれば責任は誰に?

現在開発されているeVTOL機の多くは、将来的に自動操縦・遠隔操縦を視野に入れていますが、初期段階では基本的に「有人操縦」が前提とされています。

仮に将来的に空飛ぶクルマが自動運転化された場合、選択肢として考えられる責任主体は以下の通りです:

  1. 機体の製造者(製造物責任法・PL法の適用)
  2. 自動運転システムの開発者(ソフトウェアの欠陥責任)
  3. 運航管理者(遠隔管制センターなど)
  4. 機体所有者(自動車でいう所有者責任)
  5. 搭乗者本人(人間が最終承認して乗った場合)

たとえば、自動運転中にAIがルート選択を誤り墜落した場合、製造者・ソフトウェア開発者・管制システム・機体所有者のいずれか、あるいは複数が責任を問われる可能性があります。これは自動車の運転者責任とは根本的に異なる複雑な問題です。

より具体的に想定してみましょう。もし新宿上空を飛行中の空飛ぶクルマが突然システム障害で墜落し、地上の建物や通行人に被害が及んだ場合、数十億円、数百億円規模の損害賠償が発生する可能性があります。この責任を製造者が負うのか、運航事業者が負うのか、それとも複数で分担するのか。現在の法制度では明確な答えがないのです。

7. 社会への影響――屋上が駅になる日

空飛ぶクルマが日常化すれば、都市の動脈は地上から空へ移ります。鉄道駅に代わり、高層ビルやショッピングモールの屋上にバーティポート(Vertiport)が整備され、「屋上=玄関」という新常識が生まれます。郊外の大型施設や病院にも空路の結節点が設けられ、都市の価値マップそのものが書き換わります。

図3 屋上が駅になる

誰が使える乗り物になるか

用途としては、まず都市内部の短距離移動が想定されます。筆者が参加したSkydrive社のQ&Aでは「現在の飛行時間は約10分で、将来的には15〜20分を目指す。航続距離は30〜40km、料金は夢洲〜新大阪で片道1〜2万円、最終的にはタクシーの約3倍の速さで2倍程度の料金を目標」と説明されました。
「タクシーの3倍速く、料金は2倍程度」であれば確かに魅力的です。渋滞に縛られない新しい移動手段として、都市生活の可能性を広げるかもしれません。

一方で、導入初期は機体やバッテリー、保険料、発着場のコストがかさみ、運賃はさらに高額になると考えられます。便数も限られ、予約制が前提となるでしょう。さらに混雑時にはサージプライシング(料金の値上げ)が発生し、結果的に「富裕層だけが時間を買える乗り物」になる懸念があります。

都市の再設計と格差の行方

バーティポートには避難経路や騒音対策など複合的な基準が必要です。駅前の価値が相対的に弱まれば、屋上を“空の駅前”として活用する都市計画も現実味を帯びます。高層マンションの屋上が発着場となり、都市構造そのものを変える未来が見えてきます。

しかし、その恩恵を誰が享受できるかは制度設計にかかっています。料金が高止まりすれば「空を使える人」と「使えない人」という新たな移動格差が生まれます。逆に、公共交通としての仕組みを組み込めば、時間をより公平にシェアできるインフラへと育つ可能性もあります。未来は「分断」か「共有」か、その分岐点に立っているのです。

8. 空の未来は誰が決める?――3つの選択肢

空飛ぶクルマは、技術的には現実味を帯びつつあるものの、法制度はまだ追いついていません。これから私たちが選ぶ道は、大きく3つに整理できます。

  1. 民間主導モデル:規制を最小限に抑え、企業の技術開発と市場原理に委ねる(規制サンドボックスの活用)
  2. 官民協調モデル:厳格な資格制度で安全を確保しつつ、段階的に普及を進める(限定空域の解放や特定免許制度)
  3. 公共主導モデル:国や自治体が主導し、公共サービスとして展開する(運賃規制や第三者賠償保険の義務化)

直面する主要課題は明らかです。

空飛ぶクルマは「富裕層だけの高速道路」になるのか、それとも「誰もが利用できる公共空間」になるのか。制度設計次第で未来の姿は大きく変わります。
そして、その制度は「誰かが決めてくれる」ものではなく、社会全体の合意形成の積み重ねによって形づくられていきます。鉄道や自動車がそうであったように、空飛ぶクルマもやがて私たちの生活を一変させるかもしれません。
あなたなら、この未来をどう設計するでしょうか。

2024年5月15日に、金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律(令和6年法律第32号、以下「改正法」といいます。)が成立し、同年同月22日に公布されましたが、以下の3点に係る改正について、2025年5月1日から施行されました。
①投資運用関係業務受託業に関する規定の整備
②投資運用業に関する規定の整備
③非上場有価証券特例仲介等業務に関する規定の整備

これらは、我が国資本市場の活性化に向けて資産運用の高度化・多様化を図る、具体的には、投資運用業の新規参入を促進し、またスタートアップ等が発行する非上場有価証券の仲介業務への新規参入を促進し、非上場有価証券の流通を活性化させること等を目指したもので、投資運用業登録要件を緩和する規定の整備、またスタートアップ企業等の非上場企業の株式のセカンダリー取引等を活性化するため、非上場有価証券の取引の仲介業務に特化する等一定の要件を充足する場合は、第一種金融商品取引業の登録等要件等を緩和する等、非上場有価証券特例仲介等業務に関する規定の整備が行われました。

(2)では、③非上場有価証券特例仲介等業務に関する規定の整備について概説します。

1. 非上場有価証券特例仲介等業務に関する規定の整備

非上場有価証券の仲介を業として行うためには、原則として、第一種金融商品取引業の登録を受けることが必要ですが(金商法第28条第1項第1号、第29条)、非上場有価証券の流通活性化を目的として、非上場有価証券の取引の仲介業務への新規参入を促すため、今回の改正で、一定の要件を充足する非上場有価証券の仲介業務を「非上場有価証券特例仲介等業務」とし、非上場有価証券特例仲介等業務のみを行う場合の登録要件等が緩和されました。

(1) 非上場有価証券特例仲介等業務の内容
「非上場有価証券特例仲介等業務」とは、第一種金融商品取引業のうち、次に掲げる行為のいずれかを業として行うことをいいます(金商法第29条の4の4第8項)。

(i)   非上場有価証券(金融商品取引所に上場されていない有価証券で、店頭売買有価証券を除きます(金商法施行令第15条の10の4)。以下同じです。)に係る次に掲げる行為
① 売付けの媒介又は有価証券の募集・売出しの取扱い若しくは私募若しくは特定投資家向け売付勧誘等の取扱い(一般投資家[2] を相手方として行うもの及び一般投資家に対する勧誘に基づき当該一般投資家のために行うものを除きます。以下「1号仲介業務」といいます。)
② 買付の媒介(一般投資家のために行うもの及び一般投資家に対する勧誘に基づき当該一般投資家を相手方として行うものを除きます。)

 (ii)   (i)に掲げる行為に関して顧客から金銭の預託を受けること((i)に掲げる行為による取引の決済のために必要なものであって、当該預託の期間が、顧客から金銭の預託を受けた日の翌日から1週間(金商法施行令第15条の10の5)を超えないものに限ります。)

なお、「金融商品取引所に上場されていない有価証券」の「金融商品取引所」とは、金商法第80条第1項の規定により内閣総理大臣の免許を受けて金融商品市場を開設する金融商品会員制法人又は株式会社をいうことから(パブコメ回答No.37)、かかる金融商品取引所に上場されていない有価証券(例えば、海外でのみ上場されている有価証券等)も「金融商品取引所に上場されていない有価証券」(非上場有価証券)となります。

(2) 登録要件等の緩和
非上場有価証券特例仲介等業務のみを行う場合、以下のとおり各規制が緩和されます。

(i) 兼業規制
第一種金融商品取引業の登録を受けるためには、他に行っている事業が付随業務(金商法第35条第1項各号に定める業務その他の金融商品取引業に付随する業務をいいます。)若しくは届出業務(金商法第35条第2項各号に定める業務をいいます。)に該当し、又は承認業務として承認を取得できる見込みがあることが必要ですが(金商法第29条の4第1項第5号ハ)、非上場有価証券特例仲介等業務のみを行う場合は、当該要件が適用されません(金商法第29条の4の4第2項)。
また、第一種金融商品取引業者は、届出業務を行う場合にはついて届出が、承認業務を行う場合については承認の取得が、それぞれ必要ですが(金商法第35条第3項及び第4項)、非上場有価証券特例仲介等業者については、これらの届出及び承認の取得が不要です(金商法第29条の4の4第3項及び第4項)。

(ii) 自己資本規制比率規制
第一種金融商品取引業の登録を受けるためには、自己資本規制比率が120%以上であることが必要ですが(金商法第29条の4第1項第6号イ)、非上場有価証券特例仲介等業務のみを行う場合は、当該自己資本規制比率が適用されません。そのため、登録申請の際に添付する誓約書において、自己資本規制比率に係る誓約は不要とされ(金商法第29条の4の4第1項)、また自己資本規制比率を算出した書面の提出が不要とされています(業府令第10条第1項第3号括弧書き)。
また、第一種金融商品取引業者は、毎月、自己資本規制比率を算出してこれを届け出る義務があり、かつ、自己資本規制比率120%を下回ることがないように維持する必要がありますが(金商法第46条の6第1項及び第2項)、非上場有価証券特例仲介等業者については、これらの制限が適用されません(金商法第29条の4の4第5項)。

(iii) 金融商品取引責任準備金の積立て義務
第一種金融商品取引業者には、金融商品取引責任準備金の積立て義務があり、その使途も制限されていますが(金商法第46条の5)、非上場有価証券特例仲介等業者については、金融商品取引責任準備金の積立義務がありません(金商法第29条の4の4第5項)。

(iv) 最低資本金及び純財産要件
第一種金融商品取引業の登録を受けるためには、最低資本金及び純財産の額は5000万円以上であることが必要ですが(金商法第29条の4第1項第4号イ及び第5号ロ、金商法施行令第15条の7第1項第3号及び第15条の9第1項)、非上場有価証券特例仲介等業務のみを行う場合は最低資本金及び純財産の額が1000万円以上に引下げられました(金商法施行令第15条の7第1項第6号)。

(v) 人的要件
第一種金融商品取引業の登録を受けるためには、常勤役職員の中に、その行おうとする第一種金融商品取引業の業務を3年以上経験した者が複数確保されていることが求められていますが(金商業者向け監督指針IV-4-1(2)①ハ)、非上場有価証券特例仲介等業務のうち、特定投資家を相手方として行う1号仲介業務(私設取引システム運営業務(金商法第2条第8項第10号)を除きます。)のみを行う場合には、常勤役職員の中に、その行おうとする第一種金融商品取引業の業務(金商法第29条の5第2項に規定する業務を含みます。)を1年以上経験した者が1名以上確保されていればよいこととされています(金商業者向け監督指針IV-4-1(2)①ハ(注))。

(vi) 投資者保護基金への加入義務
第一種金融商品取引業は、いずれかの投資者保護基金に会員として加入する義務がありますが(金商法第79条の27)、非上場有価証券特例仲介等業者については投資者保護基金の加入義務が免除されています(金商法施行令第18条の7の2)。そのため、投資者保護基金に加入しない場合は、登録申請書への記載も不要です(業府令第7条第3号ロ)。

(3) 適切性の確保
(2)のとおり、非上場有価証券特例仲介等業者については登録要件が一部緩和されていることから、その範囲を超えた第一種金融商品取引業を行うことがないよう、以下のような措置を取ることが求められています(業府令第70条の2第10項、監督指針IV-3-6(1))。

(i) 一般投資家を相手方として及び一般投資家に対する勧誘に基づき当該一般投資家のために売付けの媒介又は法第2条第8項第9号に掲げる行為(有価証券の募集若しくは売出しの取扱い又は私募若しくは特定投資家向け売付け勧誘等の取扱い)を行うことを防止するための必要かつ適切な措置がとられていること。

(ii) 一般投資家のために及び一般投資家に対する勧誘に基づき当該一般投資家を相手方として買付けの媒介を行うことを防止するための必要かつ適切な措置がとられていること。

(iii) 顧客から金銭の預託を受ける場合には、(1)(ii)の金銭の預託として適切に管理するための措置がとられていること。

また、非上場有価証券特例仲介等業務の担当者が第二種金融商品取引業の担当を兼務する場合には、第二種金融商品取引業に係る顧客に一般投資家が含まれているかどうか、含まれている場合には第二種金融商品取引業に係る一般投資家である顧客に対して非上場有価証券特例仲介等業の範囲を超えた第一種金融商品取引業が行われないよう、非上場有価証券特例仲介等業務を行う前の顧客の属性の事前確認が求められています(金商業者向け監督指針IV-3-6(1))。

(4) 日本証券業協会への加入
日本証券業協会に加入する場合、第一種金融商品取引業者は会員となりますが(日本証券業協会の定款第5条第1号、第11条第1項)、非上場有価証券特例仲介等業務のみを行う者は特定業務会員となります(同定款第5条第2号ニ、第13条第1項)。また、入会金は原則として100万円ですが、非上場有価証券特例仲介等業務のみを行う者は50万円で(定款の施行に関する規則第10条第1項及び第2項)、定額会費も1特定業務会員につき月額7万円のところ、非上場有価証券特例仲介等業務のみを行う者は月額3万5,000円と軽減されています(特定業務会員会費規則第3条第1項第1号)。
他方、非上場有価証券特例仲介等業務の内部管理を担当する内部管理統括責任者、同業務を行う営業単位の内部管理責任者及び同業務に関する内部管理部門に所属する管理職者は「外務員等資格試験に関する規則」による会員内部管理責任者資格試験(以下「会員内部管理者責任者資格試験」といいます。)の合格者に限られ(協会員の内部管理責任者等に関する規則(以下「協会員内部管理責任者等規則」といいます。)第6条第4項、第14条第3項及び第7条第2項)、非上場有価証券特例仲介等業務を行う営業単位の営業責任者は、平成18年4月1日改正前の「証券外務員等資格試験規則」による会員営業責任者資格試験又は会員内部管理者責任者資格試験の合格者に限定されており(協会員内部管理責任者等規則第11条第3項)、他の特定業務会員より各責任者等の資格が限定されています。また、非上場有価証券特例仲介等業務に関する内部管理業務に従事する従業員について、会員内部管理責任者資格試験の合格者となるよう努める義務があります(協会員内部管理責任者等規則第7条第2項)。

留保事項


[2] 「一般投資家」とは、特定投資家等、当該有価証券の発行者、当該発行者の取締役、監査役、執行役、理事若しくは監事若しくはこれらに準ずる者若しくは使用人(以下「特定役員等」といいます。)又は当該特定役員等が総議決権の50%超の議決権を保有する法人その他の団体(以下「被支配法人等」といいます。)、当該発行者の総株主等の議決権の50%を超える議決権を自己又は他人の名義をもって保有する会社以外の者をいいます(金商法第29条の4の4第8項第1号、金融商品取引業に関する内閣府令第16条の3第1項及び第3項)。なお、特定役員等及びその被支配法人等があわせて他の法人その他の団体の総株主等の議決権の50%を超える議決権を自己又は他人の名義をもって保有する場合も当該特定役員等の被支配法人等とみなされます(同条第2項)。

1. ガンダムから始まる思考実験

一見するとSFの話のようですが、実は私たちのすぐ近くにある「未来の現実」かもしれません。
私は現在大阪・関西万博に繰り返し足を運んでいます。
前回は石黒浩教授のアンドロイド展示からインスピレーションを受け「アンドロイドになった『私』は同一人物か?」[https://innovationlaw.jp/android-law/]というブログを書きました。

そして、今回訪れたのがガンダムパビリオンhttps://www.expo2025.or.jp/domestic-pv/bandai-namco/です。ガンダムといえば、モビルスーツによる戦争と人類の宇宙進出を描いたSFアニメの金字塔ですが、万博パビリオンでは、モビルスーツが建設や農業、宇宙ゴミの回収などに使われる平和な未来が描かれています。観客はエリア7(ガンダム用語で地球のこと)の夢洲から軌道エレベーターに乗って、スペースコロニーへ向かう仮想体験をします。
その体験をしながら、こんなことを考えていました。

「これ、展示だと短時間で宇宙に着くけど、現実なら何日もかかるよね。その間に何かが起きたら、どこの法律が適用されるんだろう?
そもそも、軌道エレベーターって乗り物なの?建物なの?
ガンダムの世界ではスペースコロニーが地球から独立してるけど、地上とつながってる場合はどこの領土になるんだろう?」

前回のブログでは「人間の境界」が曖昧になる未来について、法がどうあるべきかを問いかけました。今回は「空間の境界」が曖昧になる未来、すなわち宇宙において、どこの国が、誰に、どう届くのかをめぐって、法的な視点から思考実験を試みたいと思います。

図1 軌道エレベーターとスペースコロニー(AI作成イメージ)

2. 出産はどこの国で?-軌道エレベーターと「空間の国籍」

(1) 宇宙への入り口は「赤道直下」限定

軌道エレベーターで出産が起きたとします。陣痛が始まったのは地上から1万キロの地点。赤ちゃんが生まれたのは2万キロの地点でした。
この子の国籍を決める前に、まず考えなければならないのは「そもそも、そのエレベーターはどこに建っているのか?」という問題です。
実は、軌道エレベーターには意外な物理的制約があります。静止軌道の関係で、赤道直下にしか建設できないのです。つまり、日本のような場所では物理的に建設不可能。エクアドル、ケニア、インドネシア、ブラジル、コンゴなどの赤道直下の国でなければ建設できません(この点はパビリオンでも説明されます)。

(2) 技術を持つ国 vs. 土地を持つ国

ここで面白い(そして複雑な)構造が生まれます。
軌道エレベーターを建設する技術と資金を持っているのは、主にアメリカ、ヨーロッパ諸国、中国、そして日本だと思われます。しかし、物理的に建設できる場所を持っているのは、赤道直下の国々。つまり、「技術を持つ国」と「土地を提供する国」が必然的に分離してしまうのです。

冒頭の出産の例に戻ると、もしアメリカがエクアドルに軌道エレベーターを建設していた場合:

これは単純に「どちらかの国籍」では解決できない複雑さを孕んでいます。

表1:軌道エレベーターの構造と管轄の境界

(3) 宇宙への「玄関口」を誰が管理するか

軌道エレベーターは単なる輸送設備ではありません。地球と宇宙を結ぶ唯一の「玄関口」として、政治・経済・安全保障上の極めて重要な戦略インフラとなります。
地球と宇宙の物流・通信がこの一点に集中するため、エレベーターを管理する国は宇宙経済において圧倒的な優位性を持つことになります。また、宇宙空間での活動を事実上コントロールできる立場に立つのです。
こうした状況は、現実の宇宙開発においても「軌道上からの優位性」という深刻な国際問題を引き起こす可能性があります。

(4) パナマ運河型「租借モデル」の再来?

では、地理的に建設できる赤道国と、技術を持つ先進国がどう協力するべきか。よく引き合いに出されるのが、20世紀初頭にアメリカがパナマに建設したパナマ運河の事例です。
当時、アメリカはパナマから99年間、運河地帯を租借し、実質的な主権と軍事的管理権を持ちました。軌道エレベーターでも、「土地と空間を長期間借りる形(租借)」で建設・運用するというモデルが想定されます。
ただし、軌道エレベーターは単なる地上施設ではありません。地表から35,000kmの宇宙空間までを貫通する構造です。単なる地上の借地契約では済まず、領空・未定義上空・宇宙空間の利用を含めた契約が必要になります。おそらく史上最も縦に長い法的取り決めが生まれることでしょう。

(5) 現実的な解決策を模索する

現在、軌道エレベーターの法的研究では、いくつかの代替案も検討されています。
日本宇宙エレベーター協会などは「赤道直下の海上に建設する」ことで領土問題を回避する案を提示していますが、海洋法は上空利用を想定しておらず、新たな法的課題を生みます。
また、日本の航空宇宙学会などからは「複数国による国際コンソーシアム形式での建設・運営」が提案されています。国際宇宙ステーションのような多国間の制度設計によって、単独国家の独占を避けながら宇宙インフラを運営するモデルです。
いずれにせよ、軌道エレベーターは「どこに建てられるか」という物理的制約が、「誰とどう法的に協力するか」を決定づける構造を持っています。技術の制約そのものが、新たな国際制度設計を促しているのです。 次章では、このエレベーターが通る「空間そのもの」——すなわち、領空・宇宙空間・その間の未定義領域で、どのような法的問題が生じるかを掘り下げていきます。

3. 殺人事件が起きたのは何km地点?-「超上空」のグレーゾーン

(1) 1万キロ地点は「どこの国」なのか?

軌道エレベーターで殺人事件が発生しました。容疑者は逮捕されましたが、事件が起きたのは地上から1万キロの地点。ここで問題になるのは「その場所は、そもそもどこの国の法律が適用される空間なのか?」ということです。
実は、この問いに対する明確な答えは存在しません。なぜなら、軌道エレベーターは「どこからどこまでが誰の主権か分からない空間」を35,000kmにわたって貫通する構造だからです。

(2) 大陸横断鉄道のように変わる法域

軌道エレベーターの特殊性は、大陸横断鉄道と似ています。鉄道が国境を越えるたびに適用される法律が変わるように、軌道エレベーターも高度を上がるにつれて法域が変わっていくのです。
ただし決定的な違いがあります。鉄道なら国境という「線」で法律が切り替わりますが、軌道エレベーターの場合、どこからどこまでがどの国の法律なのか、その境界線自体が曖昧なのです。
飛行機であれば1つの国の法律が適用される。これに対し、一本の構造物でありながら、地上→領空→宇宙空間と、垂直移動に伴って法的な世界が段階的に変わっていく——これまでにない極めて特異な存在なのです。

(3) 主権の届く空の限界

まず驚くべき事実から。国家の「領空」がどこまで及ぶのかは、実は国際法で明確に決まっていません。
確実に主権が及ぶのは、旅客機が飛ぶ高度──おおよそ10〜12km程度まで。それより上空の成層圏や中間圏(12〜100km)については、「たぶん領空だろう」という曖昧な状態です。

(4) 宇宙条約と「宇宙空間」の定義

1967年の宇宙条約では「宇宙空間に主権は及ばない」と定められています。しかし、ここにも問題があります。

そもそも「どこからが宇宙空間」なのかが決まっていないのです。

この曖昧さが、軌道エレベーターのような「地上と宇宙を連続的に結ぶ構造物」には致命的な問題となります。

(5) 法的空白を貫通する構造物

軌道エレベーターは一本の連続した構造物です。しかし、それが通過する空間は:

表2:宇宙空間における法律の適用範囲(概念図)

高度帯 法的性質 現行法で適用される可能性のある法律
地表〜12km 確実な領空 建設地国の刑法・民法
12km〜50km 実質的領空 建設地国の法律(推定)
50km〜100km 未定義空間 不明
100km以上 宇宙空間 宇宙条約+施設の登録国の法律

となります。冒頭の殺人事件の例では、1万キロ地点は明らかに宇宙空間なので、そのエレベーターを「登録」した国の法律が適用される可能性が高いでしょう。しかし、100km地点なら?これはまさに「法の空白地帯」での犯罪となってしまいます。

(6) ケーブル1本に複数の法体系?

現実的には、軌道エレベーターを高度別に「ここからここまではA国法、ここからはB国法」と切り分けて管理することは不可能です。
構造物全体を統一的にどの法的枠組みで扱うかが、軌道エレベーター建設における最大の法的課題の一つです。単独国による管理か、多国籍企業による運営か、それとも国際機関による統治か——その選択によって、宇宙への「法的な入り口」の性格が決まることになるでしょう。

次章では、この軌道エレベーターの先にあるスペースコロニーで、より複雑な法的問題が生じることを見ていきます。

4. ストライキは合法か? -スペースコロニーの労働法制

(1) モビルスーツパイロットの権利は誰が守る?

スペースコロニーの外壁建設に従事するモビルスーツパイロットたちが、宇宙空間での危険作業に対する特別手当の支給を求めてストライキを起こしました。
彼らの要求は正当なものです。宇宙空間での建設作業は、地上の何倍もの危険を伴います。しかし、ここで問題になるのは「この労働争議はどこの国の労働法で解決されるべきか?」ということです。
実は、この問いに答えるためには「そのスペースコロニーがどこの『国籍』を持っているか」を知る必要があります。しかし、宇宙施設の国籍を決める現行制度は、将来のスペースコロニーにはとても対応できない複雑さを抱えているのです。

(2) 現行の「登録国主義」とその限界

現在の宇宙法では「登録国主義」というルールがあります。宇宙に打ち上げられた人工物(衛星、宇宙船、宇宙ステーション)は、それを打ち上げた国または打ち上げを委託された国が「登録国」となり、その国が管轄権と責任を持つことになっています。
国際宇宙ステーション(ISS)では、この原則が比較的うまく機能しています。日本の実験棟「きぼう」では日本法が、ロシアのモジュールではロシア法が適用される「区画主義」です。
しかし将来のスペースコロニーは、各国がモジュールを持ち寄る研究施設ではありません。一つの大きな「宇宙都市」として、住宅、商業施設、病院、学校、工場などが一体化された社会インフラです。従来の「打ち上げ国=登録国」というシンプルなルールでは対応不可能なのです。

(3) 複数国が関わる複雑な建設体制

スペースコロニーの建設・運営は極めて複雑な国際体制になることが予想されます。

例えば、資金提供は欧州宇宙機関・NASA・JAXA・民間投資ファンドの合弁、建設はSpaceX(米)・三菱重工(日)・Airbus(欧)の共同事業、部材の打ち上げは各国のロケットを使い分け、最終的な組み立ては軌道上で無人自動で行う——といった具合です。

この場合、冒頭のモビルスーツパイロットのストライキはどう扱われるのでしょうか?

どれが正解かわからない——これが現実になりうる問題なのです。

(4) 軌道エレベーター接続でさらに複雑に

軌道エレベーターでスペースコロニーが地上と物理的に接続されている場合、問題はより複雑になります。
従来の宇宙施設は宇宙空間に「浮かんでいる」ものでした。しかし地上と繋がったコロニーは「地上施設の延長」とも見なせます。エクアドルから延びる軌道エレベーターに接続されたコロニーで労働争議が起きた場合、登録国の法律か、接続地国の法律か、それとも特別な国際協約か ──選択肢が複数生まれてしまいます。

(5) 宇宙市民権という新しい概念

もし数万人がスペースコロニーで生活し、そこで子どもが生まれ、教育を受け、働き、結婚し、老いていくとしたら?
彼らの「国籍」はどうなるのでしょうか?
ガンダムでは、宇宙生まれの「スペースノイド」と地球生まれの「アースノイド」という区分が描かれていました。フィクションですが、実際にコロニーで生まれ育った人々の市民権・参政権・社会保障をどう扱うかは、現実的な制度設計の課題となるでしょう。
宇宙労働者の権利を誰が守るのか?この問いは、やがて「宇宙市民の権利を誰が守るのか?」という、より根本的な問題へと発展していくのです。

【コラム:コロニーが攻撃されたら誰が守るのか?】

スペースコロニーの法的地位を考える上で避けられないのが、軍事・安全保障の問題です。
もしスペースコロニーがサイバー攻撃や物理的攻撃を受けた場合、どの国が防衛責任を負うのでしょうか?

現行制度では:
宇宙条約:宇宙空間での平和利用を原則とし、主権の主張を禁止
宇宙損害責任条約:登録国が国際責任を負う
つまり、登録国が第一義的な責任を負うことになります。しかし、軌道エレベーターで地上と接続されている場合、地上拠点のある国も「自国インフラ」として防衛する可能性があります。
また、宇宙条約では大量破壊兵器の配備は禁止されていますが、通常兵器による警備や迎撃システムは禁止されていません。このグレーゾーンが、将来の宇宙軍事化の火種になる可能性もあります。

制度設計が必要
軌道エレベーターとスペースコロニーは、宇宙を「生活圏」として現実に組み込む試みです。しかし現行の国際法は、これらを「単なる人工物」としてしか捉えていません。
実際に人が住み、働き、社会が機能するコロニーには、従来の登録国制度では対応できません。「宇宙市民権」や「多国籍自治区」「軌道上特別行政区域」といった新しい制度概念が必要になるでしょう。

【コラム:AIパイロットに人権はあるか?(思考コラム)】

万博ガンダム館では、ある有名パイロットの思考や人格を再現したAIが登場します。絶体絶命のシーンで現れたモビルスーツが、AIパイロットにより観客を救い出すのです。ここで一つ問いかけてみたいと思います──このAIに、人格や人権はあるのでしょうか?
AIは、過去の発言や行動から学習し、“その人らしい”ふるまいを模倣します。しかし、それは本人ではなく、あくまで“らしさ”を再現したソフトウェアです。
現在の法制度では、AIに人格権や人権は認められていません。責任主体にもならず、あくまで所有物として扱われています。
しかし将来、自己認識や判断能力を備えたAIが登場し、たとえば宇宙空間で人命救助を行い、「自己犠牲」を選ぶような存在となったとき──私たちはそれを、依然として“ただの道具”と呼べるのでしょうか?
AIパイロットは、放射線や真空といった過酷な環境でも活動でき、人間以上に重要なパートナーになる可能性があります。
そのAIが、誰かを救い、誰かを選び、自らを犠牲にしたとしたら──
それはただの機械か、それとも「誰か」なのか。
未来の法と倫理は、いずれこの問いから目を背けることができなくなるのかもしれません。

5. 宇宙法は未来に追いつけるか?─制度設計に向けた提言

万博のガンダム館で見た未来の宇宙インフラは、決してSFではありません。軌道エレベーターは2050年代の実現が予想され、宇宙コロニーも今世紀中には現実となる可能性があります。
しかし、1967年の宇宙条約は、軌道エレベーターも宇宙コロニーも条約制定者の想像の範囲外でした。物理的制約による地政学的不平等、主権の及ぶ範囲の曖昧さ、複雑な責任関係 ──これらはすべて、技術進歩が既存の法制度を追い越した結果です。
日本が宇宙開発における法的ルール作りをリードするためにも、万博で見た未来が現実になる前に、法的な準備を整える時が来ているのです。

参考文献

2024年5月15日に、金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律(令和6年法律第32号、以下「改正法」といいます。)が成立し、同年同月22日に公布されましたが、以下の3点に係る改正について、2025年5月1日から施行されました。
①投資運用関係業務受託業に関する規定の整備
②投資運用業に関する規定の整備
③非上場有価証券特例仲介等業務に関する規定の整備

これらは、我が国資本市場の活性化に向けて資産運用の高度化・多様化を図る、具体的には、投資運用業の新規参入を促進し、またスタートアップ等が発行する非上場有価証券の仲介業務への新規参入を促進し、非上場有価証券の流通を活性化させること等を目指したもので、投資運用業登録要件を緩和する規定の整備、またスタートアップ企業等の非上場企業の株式のセカンダリー取引等を活性化するため、非上場有価証券の取引の仲介業務に特化する等一定の要件を充足する場合は、第一種金融商品取引業の登録等要件等を緩和する等、非上場有価証券特例仲介等業務に関する規定の整備が行われました。

(1)では、①投資運用関係業務受託業に関する規定の整備、②投資運用業に関する規定の整備について概説します。

1.投資運用関係業務受託業に関する規定の整備

(1) 総論
2でご紹介する投資運用業の登録に関する人的体制整備の要件の緩和に伴い、投資家保護を軽視する事業者が委託を受けることがないよう(「金融審議会 市場制度ワーキング・グループ・資産運用に関するタスクフォース報告書」(以下「資産運用TF報告書」といいます。)6頁)、今回の改正で、投資運用関係業務受託業の登録制度が創設されました。

「投資運用関係業務受託業」とは、金融商品取引法(昭和23年法律第25号、その後の改正を含む。以下「金商法」といいます。)の規定により投資運用業、適格機関投資家等特例業務(自己運用に限ります。)及び海外投資家等特例業務(自己運用に限ります。)(以下、総称して「投資運用業等」といいます。)を行うことができる者の委託を受けて、当該委託をした者のために以下の業務(金商法第2条第43項。以下「投資運用関係業務」といいます。)のいずれかを業として行うことをいい(金商法第2条第44項)、投資運用関係業務受託業を行う者のうち、内閣総理大臣の登録を受けた者を「投資運用関係業務受託業者」としています(金商法第2条第45項、第66条の71)。

  • 運用対象財産(投資運用業等を行うことができる者が金商法第42条第1項に規定する権利者のため運用を行う金銭その他の財産をいいます。)を構成する有価証券その他の資産及び当該資産から生ずる利息又は配当金並びに当該運用対象財産の運用に係る報酬その他の手数料を基礎とする当該運用対象財産評価額の計算に関する業務(具体的には、(i)投資信託財産に係る計算及びその審査(投資信託財産の基準価額の算出及び当該算出に向けた投資信託の設定・解約の集計、資産の約定照合、利金・配当金等の計上等を含みます。)、並びに(ii)(i)のほか、運用対象財産の評価額の計算及びその審査があげられています(金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針(以下「金商業者向け監督指針」といいます。)VI-3-1-1(7)①イ)。)(以下「計理業務」といいます。)
  • 法令等(法令、法令に基づく行政官庁の処分又は定款その他の規則をいいます。)を遵守させるための指導に関する業務(具体的には、(i)法令等遵守の観点から定期的な業務実態の把握、課題の指摘及び対応策の検討その他これに関連する業務、(ii)コンプライアンスに関する社内規則その他マニュアル等の案文作成・管理、並びに(iii)コンプライアンス研修の定期的な企画・実施その他コンプライアンスに関する情報の提供があげられています(金商業者向け監督指針VI-3-1-1(7)①ロ)。)(以下「コンプラ業務」といいます。)

投資運用関係業務受託業は登録を受けなくても行うことは可能ですが、2でご紹介するように、投資運用関係業務受託業者に投資運用関係業務を委託した場合に限り、投資運用業の登録要件が緩和されますので、人的体制整備に係る登録要件の緩和の適用を受けることを前提に投資運用業に参入しようとする事業者から投資運用関係業務を受託するためには、投資運用関係業務受託業の登録が必要となります。

(2) 登録
投資運用関係業務受託業者としての登録を受けようとする場合、以下の①の事項を記載した登録申請書を、以下の②の書類を添付して、提出する必要があります(金商法第66条の72、金融商品取引業等に関する内閣府令(平成19年内閣府令第52号、その後の改正を含み、以下「業府令」といいます。)第348条から第350条)

①登録申請書記載事項

  • 商号、名称又は氏名
  • (法人の場合)資本金額又は出資の総額
  • (法人の場合)役員の氏名又は名称
  • 主たる営業所又は事務所(外国法人又は外国に住所を有する個人の場合、主たる営業所又は事務所及び国内における主たる営業所又は事務所)の名称及び所在地
  • 登録申請の対象となる投資運用関係業務受託業を行う営業所又は事務所の名称及び所在地
  • 業務の種別(計理業務又はコンプラ業務の別)
  • 他に事業を行っているときは、その事業の種類
  • 登録申請の対象となる投資運用関係業務受託業に係る投資運用関係業務の内容
  • (登録申請者が外国法人であって国内における代表者を定めていない者又は外国に住所を有する個人である場合)国内における代理人の氏名、商号又は名称

②添付書類

 (i)法人・個人共通の添付書類

  • 登録拒否事由(金商法第66条の74各号(但し、第2号から第5号まで、第7号ハ及び第8号ハを除きます。))に該当しないことの誓約書
  • 以下を記載した投資運用関係業務受託業の業務方法書
    • 業務運営に関する基本原則
    • 業務執行の方法
    • 業務分掌の方法
    • 投資運用関係業務受託業に係る投資運用関係業務の内容
    • 業務管理体制(投資運用関係業務受託業を適確に遂行するための社内規則等の整備及び当該社内規則等の遵守のための従業員に対する研修等の措置(業府令第358条第1号)を除きます。)の内容
    • 投資運用関係業務受託業に係る投資運用関係業務を管理する責任者(以下「投資運用関係業務管理責任者」といいます。)の氏名及び役職名
  • 業務に係る人的構成及び組織等の業務執行体制を記載した書面
  • 投資運用関係業務管理責任者の履歴書
  • 純財産額を算出した書面

 (ii) 法人の場合の添付書類

  • 定款及び登記事項証明書(これらに準ずるものを含みます。)
  • 役員の履歴書(役員が法人であるときは、当該役員の沿革を記載した書面)
  • 役員(登録申請者が外国法人であって国内における代表者を定めていない者であるときは、国内における代理人を含みます。)の住民票の抄本(役員が法人であるときは、当該役員の登記事項証明書)又はこれに代わる書面
  • 役員(登録申請者が外国法人であって国内における代表者を定めていない者であるときは、国内における代理人を含みます。)の旧氏名をあわせて登録申請書に記載した場合で、住民票の抄本等が当該役員の旧氏名を証するものでないときは、当該旧氏及び名を証する書面
  • 役員の身分証明書又はこれに代わる書面
  • 役員が欠格事由(法第29条の4第1項第2号ハからリまで又は第66条の74第7号イ(1))のいずれにも該当しない者であることの当該役員の誓約書
  • 最終の貸借対照表及び損益計算書(いずれも関連する注記を含みます。)

 (iii) 個人の場合の添付書類

  • 登録申請者の履歴書
  • 登録申請者(登録申請者が外国に住所を有する個人であるときは、国内における代理人を含みます。)の住民票の抄本(国内における代理人が法人であるときは、当該国内における代理人の登記事項証明書)又はこれに代わる書面
  • 登録申請者(登録申請者が外国に住所を有する個人であるときは、国内における代理人を含みます。)の旧氏名をあわせて登録申請書に記載した場合において、住民票の抄本等が当該登録申請者の旧氏名を証するものでないときは、当該旧氏名を証する書面
  • 登録申請者の身分証明書又はこれに代わる書面
  • 登録申請者の業府令別紙様式第1号の2による貸借対照表及び損益計算書

金商法第66条の74各号に定める登録拒否事由に該当する場合、又は登録申請書若しくはその添付書類に虚偽の記載若しくは記録があり、若しくは重要な事実の記載若しくは記録が欠けている場合には、投資運用関係業務受託業者の登録は拒否されます(金商法第66条の74)。業務の種別以外の登録申請書の記載事項(上記の①)に変更が生じた場合は、その日から2週間以内に届出が必要であり(金商法第66条の75第1項)、業務の種別を変更しようとする場合は、変更登録を受ける必要があります(同条第4項)。また、登録申請の添付書類として提出した業務方法書に記載した業務の内容又は方法に変更があった場合も、遅滞なく届出を行うことが必要となっています(同条第3項)。以下の各事由に該当する場合には30日以内に届出を行う必要があり、かつ、投資運用関係業務受託業者の登録は効力を失います(金商法第66条の83)。

 (i) 法人・個人共通の届出事由

  • 登録を受けた投資運用関係業務受託業の廃止
  • 投資運用関係業務受託業に係る事業の全部譲渡

 (ii) 法人の場合の届出事由

  • 合併による消滅
  • 破産手続開始の決定による解散
  • 合併及び破産手続開始の決定以外の理由による解散
  • 分割による投資運用関係業務受託業に係る事業の全部の第三者による承継

 (iii) 個人の場合の届出事由

  • 投資運用関係業務受託業者の死亡

(3) 行為規制
投資家保護や業務の質の確保の観点から(資産運用TF報告書6頁)、投資運用関係業務受託業者には以下のような行為規制が課されています。

  • 委託者に対する誠実義務(金商法第66条の76)
  • 忠実義務(金商法第66条の77第1項)及び善管注意義務(同条第2項)
  • 業務管理体制の整備義務(金商法第66条の78)

投資運用関係業務受託業を適確に遂行するための業務管理体制として、以下の事項の整備が求められています(業府令第358条)。なお、各事項に関する留意点は投資運用関係業務受託業者向けの監督指針III-2-1に定められています。

  1. 投資運用関係業務受託業を適確に遂行するための社内規則等(社内規則その他これに準ずるものをいいます。)の整備、及び当該社内規則等を遵守するための従業員に対する研修その他の措置。
  2. 投資運用関係業務受託業者の業務の適正を確保するための措置。
  3. 登録を受けている投資運用関係業務に係る行為のうち、投資運用関係業務を委託する者(以下「投資運用関係業務委託者」といいます。)と投資運用関係業務受託業者又は第三者(当該委託者以外の委託者を含みます。)との利益相反行為の管理。
  4. 投資運用関係業務受託業に係る業務以外の業務に係る行為が投資運用関係業務に不当な影響を及ぼさないための措置。
  5. 投資運用関係業務に関して知り得た情報の管理及び秘密の保持を適切に行うための措置。
  • 名義貸しの禁止(金商法第66条の79)
  • 再委託の原則禁止(金商法第66条の80)
  • 記録保存義務(金商法第66条の81)

投資運用関係業務受託業者は、以下の記録を作成し、当該記録を作成日((ii)については業務終了日)から10年間保存する必要があります(業府令第360条)。

(i)当該投資運用関係業務受託業者が行った投資運用関係業務に関する以下の(a)から(c)に掲げる事項に係る記録

  1. 投資運用関係業務を行った年月日及びその内容
  2. 投資運用関係業務の遂行の過程に関与した役員又は使用人の氏名及び投資運用関係業務の遂行について投資運用関係業務受託業者を代表して責任を有する者の氏名
  3. 投資運用関係業務の遂行に当たって委託者から提供を受けた情報

(ii)その委託を受ける投資運用関係業務に係る契約に関する記録

また、投資運用関係業務受託業者は、事業年度経過後3か月以内に事業報告書を提出する必要があります(金商法第66条の82)。

2.投資運用業に関する規定の整備

(1) 投資運用業の登録要件の緩和
投資運用業を行うためには、原則として「投資運用業」の登録が必要ですが、当該登録を行うためには最低資本金や人的体制の整備等の厳しい要件を満たすことが必要とされており、投資運用業への参入の障壁となっていました。そこで、我が国の経済成長と国民の資産所得の増加に繋げていく観点から、投資運用業者の参入を促進するため、以下の2点について、投資運用業の登録要件が緩和されることになりました。

(i) 人的体制の整備の緩和
従来、投資運用業の登録を行うためには、法令遵守等に関する業務を担う人材(いわゆるコンプライアンスオフィサー)を自社で採用する必要があり(適格投資家向け投資運用業を除き、外部委託は不可とされていました。)、かかる人材の確保が投資運用業の登録にあたり実務上負担となっていました。
そこで、今回の改正では、投資運用業者による当該業務等の外部委託が可能とされました。具体的には、金商法に基づき投資運用関係業務受託業者としての登録を受けた事業者に対し、投資運用関係業務を委託する場合には、当該業務を担う人材を自社で確保することを要せず、当該業務の監督を適切に行う能力を有する役員又は使用人を確保すれば足りることとして(金商法第29条の4第1項第1号の2)、人的体制整備の要件が緩和されました。
「当該業務の監督を適切に行う能力を有する者」とは、投資運用関係業務受託業者に委託する投資運用関係業務の内容を理解し把握するとともに、当該投資運用関係業務受託業者に対して適確に指示を行う能力がある者をいい、当該投資運用関係業務を直接遂行するにあたって必要な知識及び経験並びに過去に投資運用業に関する業務に従事していた経験は問わないとされています(金商業者向け監督指針VI-3-1-1(1)①ニ)。具体的にどのような経験があればこれに該当するといえるのかは明確ではなく、今後の運用が注目されます。投資運用関係業務を委託する場合、登録申請書にその旨並びに委託先の商号、名称又は氏名及び当該委託先に委託する投資運用関係業務の内容、並びに(登録を受けた投資運用関係業務受託業者に委託する場合は)投資運用関係業務の監督を適切に行う能力を有する役員又は使用人を確保する旨及び当該役員又は使用人の氏名又は名称を記載することが必要になります(金商法第29条の2第1項第12号、金融商品取引業等に関する内閣府令第6条の6)。なお、施行の際に現に投資運用関係業務を委託している金融商品取引業者については、施行日に変更があったものとみなして、施行日から6か月以内に変更届を行う必要があります(改正法附則第8条第1項)。
なお、上述のとおり、投資運用関係業務受託業者としての登録は任意で、登録を行わなくても投資運用関係業務を行うことは可能ですが、投資運用業の登録要件が緩和されるのは、投資運用関係業務受託業者としての登録を受けた事業者に投資運用関係業務を委託した場合に限定されていますので、実際には、投資運用関係業務受託業者としての登録を受けた事業者に委託が行われることが多くなるのではないかと推測されます。

(ii) 最低資本金及び純財産額要件の緩和
原則として、投資運用業(適格機関投資家向け投資運用業を除きます。)の登録を行うためには、資本金額及び純財産額が5000万円以上であることが必要とされていますが、今回の改正に伴い、顧客から金銭又は有価証券の預託を受けず、かつ、自己と密接な関係を有する者[1]にもかかる預託をさせない場合には、最低資本金及び最低純財産の額が1000万円以上に緩和されました(金商法第29条の4第1項第4号イ及び第5号ロ、金融商品取引法施行令(昭和40年政令第321号、その後の改正を含みます。以下「金商法施行令」といいます。)第15条の7第1項第4号及び第15条の9第1項)。また、その前提として、登録申請書に、金銭又は有価証券の預託の有無を記載することになりました(金商法第29条の2第1項第5号の2)。
顧客から金銭又は有価証券の預託を受けないこととは、投資運用業に関して現に顧客から預託を受けず、今後も預託を受ける意思がない場合が想定されています(金融庁「コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」(令和7年3月28日)(以下「パブコメ回答」といいます。)No.22)。
なお、顧客から金銭又は有価証券の預託を受けない既存の金融商品取引業者が、かかる例外の適用を受けるためには、施行日から6か月以内に変更登録の申請を行う必要があります(改正法附則第7条)。

(2) 運用権限の全部委託の許容
従来、投資運用業者は、すべての運用財産につき、その運用に係る権限の全部を委託することが禁止されていました(改正前の金商法第42条の3第2項)。しかしながら、欧米では運用の企画・立案をする事業者がファンドの運営機能に特化し、運用(投資実行)を全部委託する形態が一般的になっています(金融庁2024年3月「金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律案 説明資料」3頁)。日本においても、かかるファンドの運営機能(企画・立案)に特化することを可能とすべく、今回の改正により、運用権限の全部委託を禁止する規定が撤廃され、運用権限の他の登録投資運用業者への全部委託が可能となりました。
運用権限の外部委託を行う場合、委託先の品質管理を適切に行うことが重要であることから(資産運用TF報告書7頁)、かかる外部委託を認める前提として、投資運用業者は、外部委託を行う場合、受託者に対し、運用の対象及び方針を示し、以下の①から③記載の、運用状況の管理その他の当該委託に係る業務の適正な実施を確保するための措置を講じなければなりません(金商法第42条の3第2項、業府令第131条第2項、金商業者向け監督指針VI-2-2-1(1)④、VI-2-3-1(1)④及びVI-2-5-1(1)④)。
①委託先の選定の基準及び委託先との連絡体制の整備
②委託先の業務遂行能力及び委託契約の遵守の状況を継続的に確認するための体制の整備
③委託先が当該委託に係る業務を適正に遂行することができないと認められる場合の対応策(業務の改善の指導、委託の解消等)の整備

(3) 投資助言業の規制との比較
今回の改正により、投資運用業の規制が一部緩和されたことから、投資助言業の登録を行わず、又は投資助言業とあわせて投資運用業の登録を行うことを検討される事業者もいると推測されます。そこで、今回の改正により規制が一部緩和された事項が、投資助言業の規制と比較して、より緩和されたのかについて検討します。

(ii)投資運用業の方が規制が厳しい点
他方、今回の改正で緩和された以下の点については、改正後も投資運用業の方が、投資助言業より厳しくなっています。ただし、二点目については、外部委託を許容する以上、委託元である投資運用業者による外部委託先の投資運用業者の監督が適正になされなければならないことは自明であり、必ずしもそれ自体が重大なハードルになる可能は高くないと思われます。
・最低資本金及び純財産要件
金銭又は有価証券の預託を受けない場合、最低資本金及び純財産の額が緩和されましたが、最低資本金額及び純財産の要件自体は維持されます。これに対し、投資助言業については最低資本金及び純財産の要件はありません。
・運用権限の全部委託
今回の改正で運用権限の全部委託が可能となりましたが、委託を行う場合、委託に係る業務の適正な実施を確保するための措置等を講じる等の義務が課されています。これに対し、投資助言業については外部への委託について特に制限はありません。

留保事項

  • 本書の内容は関係当局の確認を経たものではなく、本書作成日現在、法令上、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。
  • 本書は当事務所ウェブサイト掲示用に纏めたものに過ぎません。具体的案件の法律アドバイスが必要な場合には、各人の法律顧問にご相談下さい。

[1] 有価証券等管理業務を行う金融商品取引業者、銀行、協同組織金融機関、保険会社(外国保険会社等を含みます。)、信託会社及び株式会社商工組合中央金庫以外の者で、以下に該当する者をいいます(金商法施行令第15条の4の2、業府令第6条の2)。

・当該登録申請者の役員(役員が法人の場合の職務執行を行う社員を含みます。)又は使用人

・当該登録申請者の親法人等又は子法人等

・当該登録申請者の総株主等の議決権の50%を超える議決権を保有する個人

1. はじめに

斎藤は、現在、大阪関西万博に行くことにはまっています。
先日、社外役員をしている会社のご招待を受け、アンドロイドで著名な石黒浩教授のパビリオン「いのちの未来」(公式HP:https://expo2025future-of-life.com/)を観覧し、法的問題を深く考えさせられました。

若干ネタバレになりますが、人間がアンドロイド化することができる未来、おばあちゃんと孫娘が親しくしている、おばあちゃんが健康を害していく、その中でそのまま死ぬか、アンドロイド化して存命するか、という展示があります。その他にも多数のアンドロイドが登場し、「いのち」とは何を指すのかを考えさせられる展示でした。なお、斎藤はこれまでに40以上のパビリオンを訪れていますが、「いのちの未来パビリオン」はその中でも特におすすめです!

そこで法律家として一つの疑問が浮かびました。もし人間が自らの意識や記憶をアンドロイドに移し、生物学的な寿命を超えて100年、500年、1000年と「生き続ける」ことができるようになったとき、法律はどのように対応すべきなのでしょうか。
特に、元の人間とアンドロイド化後の存在を、法的に同一の人格として扱うことができるのでしょうか。

鏡の前で自らの姿を見つめるアンドロイド – それは本当に”かつての私”と呼べるのか

2. 現行法の限界 – 「人」とは何か

現在の民法では、人は出生により権利能力を取得し、死亡により権利能力を失います(民法第3条)。この「生物学的な死亡=法的人格の消滅」という大原則は、何百年もの間、法制度の基盤となってきました。

しかし、意識や記憶が電子的に保存され、別の身体(アンドロイド)に移植される技術が実現すれば、この原則は根本的な見直しを迫られることになります。生物学的には死亡しているが、人格や記憶は継続している存在を、法はどう扱うべきなのでしょうか。

※本稿では、脳の物理的移植ではなく、意識・記憶のデジタル転写によるアンドロイド化を前提として論じます。また、サイボーグ化(生体の一部を機械で代替)とは区別し、完全に人工的な身体への人格転移を扱います。

3. 4つの法的アプローチ

この問題に対する法的アプローチは、大きく4つに分けられると考えられます。

(1) 無人格説

物理的身体の消滅をもって法的人格も終了し、アンドロイドは権利能力を持たない「物」として扱う立場です。現行法の立場に立てば、基本的にこの見解になるでしょう。

アンドロイドは相続財産として相続人が所有し、元の人間の権利義務は通常の相続手続きによって処理されます。この場合、相続人である孫がおばあちゃんのアンドロイドを「物」として所有することになり、フリマアプリで出品したり、粗大ごみとして廃棄したりすることも法的には可能という、ブラックユーモアのような帰結を招きます。

法的安定性は保たれる一方で、アンドロイド化を選択する動機は大幅に損なわれるでしょう。自らが「物」として扱われ、売却や廃棄の対象となる可能性があるのでは、積極的にアンドロイド化を望む人はごく少数にとどまるはずです。また、財産権や契約上の地位もすべて失うため、それまで築いてきた社会的な地位や関係性からも完全に切り離されることになります。

おばあちゃんは”物”なの?

(2) 人格連続説

記憶、人格、自意識の連続性を重視し、アンドロイドを元の人間と同一の法的主体として扱う立場です。この場合、財産権、親族関係、契約上の地位はすべてそのまま承継され、戸籍上も「生存」として扱われることになります。
本人にとっては最も望ましい結果ですが、法制度全体への影響は甚大です。

(3) 新たな人格説

アンドロイドに人格を認めるが、アンドロイドは全く新しい法的主体として登録され、元の人間の権利義務は通常の相続手続きによって処理されます。
この立場では、アンドロイドは「生まれたばかりの成人」として、新たな人生をゼロから始めることになります。過去のしがらみから解放される一方で、これまで築いた人間関係や社会的地位も失うことになります。

(4) 制限承継説

一定の権利のみを特別法により承継させる折衷的な立場です。例えば、人格的権利や家族関係は承継するが、財産権については相続手続きを経るといった制度設計が考えられます。
具体的には、氏名権や肖像権などの人格的権利、配偶者や親子としての身分関係、扶養請求権などは承継を認める一方で、不動産所有権、株式、預金などの財産権は従来通り相続手続きを要するという区分です。 この制限承継説の意義は、家族の感情的なつながりや人格的アイデンティティを法的に保護しつつ、社会経済システムの安定性を確保する点にあります。完全な断絶では失われてしまう人間関係の継続性を、限定的ながら法的に担保することができるのです。

アンドロイド化に関する法的立場の比較

項目 無人格説 人格連続説 新たな人格説 制限承継説
基本的考え方 物理的身体の消滅で人格終了、物として扱う 記憶・人格の連続性を重視 新しい法的主体として人格付付与 一定権利のみ特別法で承継
法的地位 権利能力なし(物) 同一人格として継続 新しい自然人 限定的な権利主体
財産権 相続手続きで処理 全て承継 相続手続きで処理 相続手続きを経る
人格的権利(氏名権・肖像権等) 承継なし 全て承継 新規取得 承継あり
家族関係 家族の所有物 継続 新たに構築 継続
戸籍上の扱い 死亡届提出、物として登録 生存として継続 新規出生届 特別登録制度
相続税 通常通り課税 課税されない 通常通り課税 財産部分のみ課税
本人のメリット 最小(物扱い) 最大(全権利継続) 小(新しい人生だが権利なし) 中程度(人格的権利保護)
社会的影響 最小(現行制度維持) 甚大(制度の根本的変更) 中程度(戸籍制度拡張) 中程度(部分的制度変更)
実現可能性
最も容易(現行法そのまま) 困難(法制度の抜本改正) やや困難(新制度創設) 中程度(特別法制定)

4. 超寿命社会がもたらす法的混乱

アンドロイド化により人間が1000年生きられるようになったとき、現在の法制度は機能するのでしょうか。仮にアンドロイド化による事実上の不老不死が実現した場合、現在の法制度の多くが機能不全に陥る可能性があります。

(1) 民事法への影響

相続制度が根本的に変質します。人が死なないのであれば、相続は発生しません。その結果、不動産や株式などの資産が永続的に同一人物に占有され続け、社会の流動性が著しく阻害される恐れがあります。
また、契約関係も異常に長期化し、社会経済システム全体の硬直化を招く可能性があります。

(2) 家族法への影響

もし配偶者の一方がアンドロイド化した場合、婚姻関係はどうなるのでしょうか。アンドロイド化した配偶者は法的に「生存」しているため、他方の配偶者の再婚には重婚の問題が生じます。
また、親子関係も複雑化します。アンドロイド化した親と、その後に生まれた子との関係、さらには世代を超えた扶養義務の範囲など、従来の家族法では想定していない問題が続出するでしょう。

(3) 刑事法への影響

刑罰制度も根本的な見直しが必要になります。終身刑の意味が相対化され、時効制度との整合性も問題となります。また、刑罰の根拠の一つである「更生可能性」という概念も、数百年の寿命を前提とすれば大きく変わることになるでしょう。

5. 政治・社会制度への影響

永続的に生きる存在が政治権力を握り続けたら、民主主義は成り立つのでしょうか。法律問題にとどまらず、民主主義制度そのものへの影響も深刻です。

一部の富裕層のみがアンドロイド化を選択できる社会では、彼らが数百年にわたって政治的・経済的影響力を行使し続けることになります。選挙権、被選挙権を持つ「超長寿層」が意思決定を独占し、世代交代による社会の刷新が阻害される恐れがあります。ピケティが「資本収益率は経済成長率を上回る(r > g)」と指摘したように、一度財産を築くとそれがずっと拡大していくという現象が、超富裕層の永続的なアンドロイド化によってさらに加速される可能性があります。

年金制度、医療制度、教育制度など、現在の社会保障制度は人間の平均寿命を前提として設計されています。これらの制度も抜本的な見直しが必要になるでしょう。

【コラム:複数アンドロイド問題 ―「本物」は誰か?】

技術が進歩すれば、1人の人間の意識や記憶から、複数のアンドロイドが同時に作られることもあり得ます。例えば、Aさんの記憶を転写した「アンドロイド1」と、バックアップから後に復元された「アンドロイド2」が存在するとしましょう。さらに、生物学的Aさんがまだ存命であれば、「A本人+アンドロイド1+アンドロイド2」という三者併存の状態が発生します。

この場合、次のような法的問題が生じます。

◆権利主体の特定

  • 誰が「本物のA」として、財産権や契約上の地位を引き継ぐのか?
  • 記憶の「新しさ」で判断するのか、それとも「最初に作られた方」か?

◆ 財産・契約上の混乱

  • 不動産の所有権は誰に帰属するか?
  • 銀行口座や有価証券の解約指図権はどの人格に属するか?
  • 同一人物を称する複数アンドロイドが同じ契約を主張した場合、法的効力はどうなるのか?

◆ 家族関係の重複

  • 配偶者や子から見たとき、誰と婚姻・親子関係を結ぶのか?
  • 扶養義務者が複数化し得るのか?

このような問題は、単一の人格がデジタル的に「複製」されうる未来において、法制度の根本を揺るがす可能性があります。
現行法ではこのような事態は想定されていませんが、制度設計の前提として「唯一性の保障」「同一性の公証」「デジタル人格の一元管理」などが将来的に求められることになるかもしれません。

俺が”本物”だ!

6. 法制度設計の可能性

このような未来社会に対応するため、法制度はどのように進化すべきなのでしょうか。

(1) デジタル人格登録制度

アンドロイド専用の新しい戸籍制度を創設し、生前の明確な意思表示に基づいて人格の承継を認める制度です。承継可能な権利の範囲を明文で定め、法的予測可能性を確保します。

デジタル人格登録制度の手続きフロー

(2) 時限的人格制度

社会の流動性を確保するため、人格承継を一定期間(例えば50年)に限定する制度です。期間終了後は強制的に地位移転を行い、世代交代を法的に担保します。

(3) 複合的法人格制度

個人と法人の中間的な存在として「アンドロイド法人」を創設し、特定の権利のみを承継する限定的な法人格を認める制度です。社会的役割の継続と法的安定性の両立を図ります。

(4) 信託・法人スキームの活用

なお、私はもともと金融弁護士としてケイマン諸島などでCharitable Trustを作り、誰も株主がいない法人を作る等の業務もしていました。仮に、アンドロイドの人格権を制限したとしても、会社と財団を作り、そこに財産を全て移す、その指図は、自分が化身したアンドロイドが行う、という仕組みを作ることができれば、1000年、2000年でも、財産を維持しながら生存できるかもしれません。 このような既存の法的スキームを応用することで、アンドロイド化後の実質的な権利承継を実現する道筋も考えられ、そのようなスキームを排除する必要があるかも検討する必要があるかもしれません。

アンドロイドの実質的権利保持構造(ケイマン諸島型スキーム例)

【コラム:AIに人格は認められるか? ―「身体なき知性」の法的位置づけ】

アンドロイド化による人格の承継を議論する際、もう一つ興味深い問いが浮かび上がります。 「純粋なAI(人工知能)に、法的人格を認めることはできるのか?」という問題です。 アンドロイドの場合は、人間の記憶や人格を転写し、身体を伴って社会と接するため、「かつての私」としての延長線に位置づけやすい一方、AIはそのような身体性や過去の人格との連続性を持たない存在です。むしろ、ゼロから学習し、独自の意思決定を行う、「新しい知性」です。

◆ AIと人格 ― 承継か創設か

この点、アンドロイドが「人格を引き継ぐ」主体であるのに対し、AIは「人格を創設するか否か」の対象となります。つまり、法的に全く新たな権利主体を認めるかという、より根本的な議論です。 過去には、EUの一部で「electronic person(電子的人格)」という法的構想が議論されたこともありましたが、最終的には否定的な意見が主流を占めました。理由はシンプルです:

* 倫理的責任を担えない
* 自律性に限界がある
* 人間によるコントロールが前提
こうした要素は、現在のAIに対し、法人のような権利能力や義務能力を付与することへの大きな壁となっています。

◆ ただし、「記憶を持つAI」への応用は可能か?

 一方で、ある人間の声、発言傾向、価値観などを学習した「追憶AI」や、「死後の遺志を実現するAI」(Digital Executor)のようなシステムは、現実の技術課題として進みつつあります。 こうしたAIに、民法上の契約締結能力や意思表明代理が認められるとしたらどうなるか。 これはアンドロイドとは異なり、あくまで「代理人」や「機能主体」としての限定的地位にとどめるのが現実的でしょう。

◆ 法的整理の方向性

項目 アンドロイド 純粋AI(ChatGPT的存在)
身体 あり(人間類似) なし(物理的にはサーバ上の処理)
人格の連続性 (元の人間と)あり なし
承継可能性 一部承継の余地あり 原則なし
法的地位の付与 特別法による限定的付与の可能性 独立人格としては否定的
想定される法的位置づけ 制限的主体、代理人、信託受益指図者等 契約代理ツール、システムの一部

このように、AIとアンドロイドは「人格のあり方」や「法的役割」が本質的に異なる存在です。 本稿では「人格をどう引き継ぐか」を主題としていますが、それとは別に、「新たな知性に人格を与えるか」という問題もまた、将来的な法制度の設計において避けて通れない論点となるでしょう。

7. 弁護士実務への影響

このような技術が実現すれば、弁護士実務にも大きな変化が求められます。
アンドロイド化に関する生前の意思表示書面の作成、デジタル資産の管理・承継契約の整備、家族間での合意形成支援など、新しい法的サービスの需要が生まれるでしょう。
また、法曹界としても、新技術に対応した倫理規程の策定や、継続的な研修制度の整備が急務となります。

デジタル情報としての人間

8. 結論

石黒教授の展示を見て感じたのは、技術の進歩が法制度に与える影響の大きさです。アンドロイド化による人格の承継という問題は、現時点では思考実験の域を出ませんが、技術発展のスピードを考えると、法曹界としても早期の議論開始が必要な分野といえるでしょう。

人間とは何か、人格とは何か、社会における個人の位置づけとは何かという根本的な問いに、法学は答えを見つけなければなりません。技術が社会を変える時代において、法律家には新しい挑戦が待っているのです。

※本稿は、筆者個人の見解に基づく思考整理の一環であり、将来の法制度を予測・保証するものではありません。また、斎藤はアンドロイド化にはそれなりに前向きですが、読者の皆様に「ぜひアンドロイドになりましょう!」と勧誘する意図は一切ありません。

本書のまとめ
・Web3プロジェクトにおいてトークンを用いた資金調達を行う場合、主な手法として SAFT・海外IEO・国内IEO・DEX上場 の4つがあり、それぞれに法的リスク・コスト・調達規模・市場適合性が異なります。
・SAFT はプロジェクト初期における関係者向け調達手段として機能しますが、「業」該当性に注意が必要です。
・海外IEO は大規模調達に適しますが、多国籍ストラクチャーと各国規制への対応が前提となります。
・国内IEO は規制適合性と信頼性が高く、日本市場向けには有効ですが、審査負担と調達規模に限界があります。
・DEX上場 は技術的には簡便ですが、プロモーション等を通じた違法勧誘リスクが高く、慎重な運用が求められます。
・これらは排他的な選択肢ではなく、シード期:SAFT → 成長期:IEO → 展開期:DEX といった段階的・併用的活用が実務上有効です。
・なお、上場企業やIPO準備企業がトークン発行を行う場合には、会計処理や監査法人との調整が極めて重要な検討項目となります。特に、発行体の連結可否やトークンの性質整理(収益認識を含む)を巡って、プロジェクト初期からの設計と監査対応方針の明確化が求められます(詳細は末尾コラム参照)。
・成功には、初期設計時からの専門家関与と、将来的な変更に耐えうる柔軟な設計、継続的な規制・税務モニタリング体制の構築が不可欠です。プロジェクトの特性と目的に応じたスキーム選択が、中長期的な成功を左右します。

1 はじめに

Web3プロジェクトにおいては、トークンを利用して資金調達がなされることがあります。
この方法としては、初期段階でSAFT(Simple Agreement for Future Tokens)により関係者から資金調達を行い、その後、海外IEO、国内IEO、DEX上場を行うなど、複合的、段階的な資金調達をする実務が多く見られます。
これらの手段は、それぞれにメリット・デメリットがあるほか、規制上の論点も異なります。設計段階での検討不足は事後的な重大な規制対応を要する結果を招きかねません。
本稿では、トークン発行をめぐる資金調達スキームについて、その経済的構造と法的考慮事項を整理して検討します。

2 SAFT:将来のトークンを引き渡す投資契約

(1)SAFTの概要

SAFT(Simple Agreement for Future Tokens)は、「将来発行されるトークンの引渡しを約束する投資契約」です。米国の著名VCであるY Combinatorが開発したSAFE(Simple Agreement for Future Equity)を暗号資産業界向けに応用したもので、Web3プロジェクトの資金調達で広く利用されています。
SAFTは資金調達の初期段階で使用され、この時点ではトークンはまだ存在しません。出資者は、将来発行されるトークンを一定条件下で受け取る権利を得ます。契約には通常、トークン引渡条件、ロックアップ期間、価格算定方法、クローズ要件等が規定されます。

(2) 日本法上の位置づけ

SAFTは、契約内容によって暗号資産の売買(暗号資産交換業)または集団投資スキーム(第二種金融商品取引業)として規制対象となる可能性があります。
将来の一定時期にトークンを付与し、対価を先履行で受け取る契約と捉えれば暗号資産の売買に該当します。他方、資金を集めてトークンの開発を行い、将来、配当や元本償還としてトークンを渡す契約と捉えれば集団投資スキームに該当すると考えられます。前者の場合には「業として」行う場合には暗号資産交換業の登録が、後者の場合には「業として」行えば第二種金融商品取引業の登録が必要となる可能性があります。
このような登録なしでSAFTを日本で一般募集することは極めて困難です。

(3) 「業」該当性の判断要素

上述の「業として行う」とは対公衆性と反復継続性を要する概念です。現実に対公衆性ある行為が反復継続して行われている場合のみならず、対公衆性や反復継続性が想定されている場合も含まれます。
対公衆性の判断においては、不特定多数者という要素に加え、取引相手方の要保護性も重要な考慮要素となります。この解釈は明確ではありませんが、筆者らとしては以下の要素が総合的に判断されると考えます:

「業」に関する実務上の留意点

筆者らとしては、複数の関係者が集まってプロジェクトを開発・運用する場合において、その関係企業や主要メンバー等、販売先を限定してSAFTを販売するケースでは、「業」に該当せず、金融規制に服さない可能性があると考えています。

もっとも、「業」概念には法的不確実性があるため、どの程度の規模・頻度であれば問題ないか、販売先の限定がどこまで有効かといった点については、個別案件ごとに慎重な検討が必要です。特に将来的な展開を視野に入れると、初期段階での設計が後の規制判断に大きく影響する場合があります。

また、取得目的が純投資である場合と、事業協力目的である場合とでは、特定性や要保護性の観点から異なる評価がなされる可能性があり、当事者がどこまでリスクを取るかという点とも関係してきます。明確な判断基準が存在しない領域であるため、法的な不確実性を踏まえたうえでの検討が不可欠です。

3 海外IEO:グローバル展開と複合的リスク

(1) 海外IEOの概要

海外IEO(Initial Exchange Offering)は、グローバル暗号資産取引所において、発行体が自らのトークンを新規上場(リスティング)させ、パブリック販売する資金調達手法です。実務上は、Binance、Gate.io、Bitget、MEXC、OKX、Bybit等の取引所が頻繁に利用されており、形式上は取引所がトークンを引受け、販売を行う構造を取ることが一般的です。
特に、2020年頃までは国内にIEO制度が整備されておらず、事実上、選択肢は海外IEOに限られていました。現在においても、大規模な資金調達やグローバル展開を志向するプロジェクトにとっては、海外IEOが依然として有力な選択肢となっています。

(2) 海外IEOのメリット

海外IEOには以下のような利点があります:

筆者が関与した案件においても、日本市場の規模的制約やIEOスキームの柔軟性の観点から、海外IEOが選択された事例が多数存在します。

(3) 海外IEOの主なリスク
①ストラクチャー構築と高コスト

海外IEOの実施には、複数の海外法人を設立する必要があり、いわゆる多国籍ストラクチャーが前提となります(詳細は下記(4)参照)。これにより、海外法人の設立・維持管理費用、法務・会計体制の整備など、初期段階でのコストは数千万円〜数億円規模に達することもあります。
例えば、BVIやケイマン等のタックスヘイブンに現地法人を設立し、形式的に現地ディレクターを雇用することで実体性を確保するケースもあります。ただし、トークン発行事業に対してはリスクを懸念する現地人材も多く、報酬が年間数百万円に達することもあり、費用対効果の観点からも慎重な判断が求められます。

また、多くの海外取引所ではリスティング費用が高額に設定されており、法定通貨またはUSDC/USDT等のステーブルコインによる支払いが一般的です。その金額は、数億円から10億円規模に達する事例も見られます。
さらに、海外IEOではコミュニティ規模やマーケティング能力が重視される傾向が強く、上場予定トークンの一部をマーケティング目的や取引所インセンティブとして、無償または極めて低額で提供することが求められるケースもあります。中には、調達額の相当部分が手数料やマーケティング原資として消化される設計のスキームも存在します。

② 取引所選定の重要性

IEOの成否は、どの取引所を選定するかによって大きく左右されます。取引所の信頼性、既存ユーザー層、IEO後のマーケット支援の有無、上場の審査水準などを総合的に検討しなければなりません。
日本の取引所と異なり、海外取引所については透明性や情報開示が限定的であり、事前調査と取引条件の確認が不可欠です。

③規制不透明性と日本法リスク

海外IEOを行う取引所の中には、当該国や第三国において暗号資産規制の適用が明確でないケースが多く、規制変更によって販売停止や流通停止といった事態が生じる可能性もあります。
また、日本法の観点からは、たとえ発行体が海外法人であっても、日本居住者が販売やプロモーションに関与すれば、暗号資産交換業・有価証券の規制対象となる可能性があります。

(4) 多国籍ストラクチャーの構成と理由

典型的な構成モデル
海外IEOの実施にあたっては、以下のような多国籍ストラクチャーが、実務上しばしば採用される典型的なスキームです:

この構成は、各地域の制度的・実務的な特性を踏まえたものであり、プロジェクトの実行可能性・ガバナンス設計・規制対応を支える基盤として機能します。

各法人の役割・意義
それぞれの法人の役割は下記のようになります。これらのストラクチャーは、単なる節税スキームではなく、規制順守、事業の実体確保、DAOに適したガバナンス、中立的な資金管理体制、国際法務との整合性といった観点から総合的な合理性を備えていると考えられます。
そのため、暗号資産関連の国際的プロジェクトでは、本構成が事実上の業界標準として採用されている実態があります。

BVI法人の活用理由
BVI(英領バージン諸島)は、英米法を基礎とする法制度を採用しており、暗号資産ビジネスに対して一定の制度整備が進んでいます。トークン発行体法人の設立先として、実務上は以下の理由で評価されています:
・制度的透明性の確保:Virtual Assets Service Providers Act 2022(VASP法)により、暗号資産関連ビジネスに対する登録制度が整備されており、一定の法的予見可能性が認められます。
・開示負担の軽減:登記上の情報開示要件が限定的であり、投資家以外に対する開示負担が相対的に軽く、匿名性も一定程度維持可能です。
・国際法務との整合性:英米法ベースの法体系であるため、SAFT契約・Token Terms・ホワイトペーパー等を英語・コモンロー前提で設計しやすく、グローバルな実務との親和性が高いです。
・実務体制の整備:現地において弁護士・会計士・登記エージェント等との連携体制が整っており、法人設立・維持管理の手続も比較的スムーズです。

なお、BVIにはファウンデーション制度(財団型法人格)が存在しないため、トークン管理やDAOガバナンスといった用途には不向きであり、別途ケイマンでファウンデーションを設立するのが一般的です。
 
ケイマン・ファウンデーション・カンパニーの活用理由
ケイマン諸島も英米法系の法制度を採用しており、国際的な信託・ファンドビークルの設立先として知られています。とりわけ、Foundation Companies Act 2017により、DAOや中立的なトークン管理主体としての活用が可能です。主な活用意義は以下のとおりです:
・ガバナンスの中立性:株主や役員の意向に左右されず、特定のトークンホルダーやステークホルダーによる分散的ガバナンス設計が可能です。
・DAO設計への柔軟な対応:投票権、意思決定機構、目的条項などを定款で自由に設計できるため、スマートコントラクトとの整合性がとりやすく、DAO体制の中核母体となり得ます。
・法的安定性と柔軟性の両立:財団でありながら法人格を有し、トークンの発行・管理・バーン等に関する実務的な契約主体として機能できます。
・CFC税制等への備え:発行体法人(例:BVI)との間でガバナンス・経済的独立性を制度的に確保でき、日本法人からみた場合の外国子会社合算税制(CFC)の適用回避にも資する構造です。

ただし、ケイマンではトークンの発行・販売自体を同財団が担うことには慎重な運用が必要とされ、一般にはトークン発行はBVI等の法人が担い、ケイマン財団はガバナンスや資金管理、投票機能の母体として補完的に機能する構成が多く採られます。
 
シンガポール/香港法人の設置理由
実際の技術開発・マーケティング活動・カスタマーサポート等の実働部隊は、以下の理由からシンガポールや香港等に設置されるケースが多く見られます:
・実体のある事業活動の確保:現地にエンジニアやマーケティング人員を配置することで、名目的でない実働体制を整備できる。
・制度環境の整備:ビザ、知財、法人登記等の制度整備が進んでおり、暗号資産事業者にとって友好的な規制環境が整っている。
・継続的活動の基盤整備:必要に応じて金融ライセンスの取得も可能であり、将来的な事業のスケーラビリティにも対応しやすい。

(5) 実務上の運営課題と体制整備

(6) 税務・監査面での論点

(7) 総括:海外IEOは「実務力の試金石」が要求される

海外IEOは、調達規模・市場展開・分散型設計の観点から極めて魅力的ですが、その実現には、多額の初期コスト、高度な法務・税務・ガバナンス設計能力と、長期的な運営体制の構築力が求められます。
プロジェクトの特性・資金・人材・リスク耐性に応じて、安易な期待感ではなく、現実的な執行可能性に基づいた意思決定が必要です。

4 国内IEO:規制への適合と実務上の課題

(1) 国内IEOの概要と実施プロセス

国内IEOは、日本の暗号資産交換業者において、発行体がトークンを新規に上場させ、パブリック販売する手法です。
実施プロセスは以下の段階的な手順を経る必要があります:

プロセス 内容
①暗号資産交換業者との契約締結 発行体と交換業者間での基本契約(「IEO支援契約」や「基本業務委託」)
②暗号資産交換業者によるJVCEAへの審査依頼 日本暗号資産取引業協会への正式申請
③暗号資産交換業者による金融庁への届出 監督官庁への最終届出

(2) 国内ICO及びIEOの歴史的経緯

ICOブーム期(2017年)
2017年にICOブームが到来し、暗号資産交換業者が発行体となったCOMSAやQASHを初め、相当数のICOが実施されました。

冬の時代(2018-2020年)
2017年末以降、国内で暗号資産を販売する際には原則として暗号資産交換業者を通じて行うことが必要となり、かつ、2018年から2020年頃まで、いわゆる「暗号資産の冬の時代」が継続し、国内IEOの実施は事実上困難な状況にありました。

市場復活期(2020年以降)
2020年にHashPort社によるパレットトークン(PLT)が第一号IEOとして実現して以降、徐々に市場環境が整備されてきています。現在までにフィナンシェトークンやNippon Idle Token、Not A Hotel Tokenなどを含め約10件弱 の国内IEOが実施されており、制度的な成熟度も向上しています。主要な国内暗号資産取引所がそれぞれIEOサービスを提供し、競争環境も形成されています。

(3) 国内IEOの審査体制
国内IEOにおける主要な審査項目(分類別)

項目 審査内容
① 勧誘・広告関連 トークンの販売前に行うマーケティング活動、広告表示、SNS等を通じた広報内容が、誤認を招いたり、過度な期待を煽るものでないかを審査。
② ホワイトペーパーの記載内容 トークンの機能、技術仕様、分配計画、リスク要因などが適切に記載され、投資判断に必要な情報が網羅されているかを確認。
③ 内部統制・コンプライアンス体制 発行体と取引所との情報遮断措置(Chinese Wall)、トークンの鍵管理、社内統制体制の整備状況を点検。
④ 価格操作防止策 初期保有者の分布、自己取引制限、価格形成の公平性(市場価格との乖離防止)など、市場操作リスクを抑止する仕組みの有無を確認。
⑤ マネーロンダリング対策(AML/CFT) トランザクション追跡体制、KYC(本人確認)、トラベルルール対応等、犯罪収益移転防止のための措置を審査。
⑥ 技術的要件 スマートコントラクトコードの監査証明、脆弱性報告対応体制、ネットワーク構成や依存性など、技術的な信頼性を評価。
⑦ 事業計画の妥当性・財務基盤の安定性 トークン発行の資金使途、収益構造、将来の運営体制、発行体の財務健全性・継続企業性を含めた事業の実現可能性を確認。

審査の特徴
これらの審査は、発行体と取引所の間で十分な準備と調整を要することが多く、複数回の修正・補足対応を経て、ようやくJVCEAに申請されるケースが一般的です。
海外のIEOにおいても一定の審査は存在しますが、筆者の関与経験上、ガバナンス体制や投資家保護の観点からは、国内IEOにおけるJVCEA審査の方が一般的により詳細かつ厳格に実施されていると考えられます。この厳格性は投資家からの信頼性向上には寄与しますが、その反面、準備期間の長期化や実務負担の増大といったハードルを伴います。

(4) 国内IEOの主な検討要素

検討内容 詳細内容
①調達規模に関する考慮 ・現在の調達額:数億円〜10億円程度が標準的
・大規模調達の制約:数十億円を超える場合、投資家層の厚みの観点から制約となる可能性
・投資家の質:国内市場は質の高い投資家層を有している
②交換業者との戦略的連携 ・提出案件数の制限:実務上JVCEAへの同時提出可能数に制限
・交換業者の特性:ユーザー数、得意分野(ゲーム、エンタメ、実物資産等)、審査アプローチに特徴
・関係構築の重要性:早期からの関係構築と綿密なコミュニケーションが成功要因
③審査期間とスケジュール管理 ・標準的審査期間:数ヶ月〜半年程度
・追加対応の可能性:審査過程で追加対応が求められる場合があるため、余裕を持った計画が推奨
④税務上の考慮事項 従来の問題
いわゆる「Astar問題」: 例えば時価総額100億円のトークンで10億円を調達した場合、残る90億円分についても期末時価評価し27億円の課税。これにより国内トークン発行は事実上困難とされ、起業家の海外流出が相次いだ

現在の状況
・令和5年度(2023年度)税制改正:自己発行暗号資産について
・令和6年度(2024年度)税制改正:第三者発行暗号資産について
→適切なロックアップ措置等により期末時価評価課税を回避可能

(5) 国内IEOの優位性

審査ルールの明確化、予見可能性の向上、投資家保護制度の確立等、国内IEOの制度的基盤は着実に整備されつつあります。特に以下の要素を重視するプロジェクトにとっては、国内IEOは有力な選択肢となりえます。

国内IEOの5つの優位性

項目 内容説明
①規制への適合性の確保 日本居住者をメインターゲットとするプロジェクトの場合、規制を順守した販売チャネルの確保は不可欠です。国内IEOを通じた調達は、資金決済法・金融商品取引法等の適用を前提に適法性を担保する仕組みとして機能します。
②当局との関係構築 長期的な事業展開において、関係当局や自主規制機関(JVCEA等)との建設的な関係性は、将来的な制度変更や許認可の必要性が生じた際にも大きな資産となります。
③投資家保護と信頼性 国内IEO案件は、JVCEAによる審査を経て上場されるため、発行体の体制整備やホワイトペーパーの記載内容が一定の基準に適合していることが確認され、投資家にとって安心材料となります。
④税務・会計の簡素化 多国籍ストラクチャーを採用する海外IEOと比べ、国内法人ベースでの資金調達であれば、税務・会計処理が相対的に単純化され、実務負担が軽減されます。
⑤日本語でのコミュニケーション 情報開示、ホルダー対応、カスタマーサポート等を日本語で一貫して実施でき、日本人ユーザーとの信頼構築やエンゲージメント強化が容易になります。

(6) 海外IEOとの比較における国内IEOの位置づけ

比較項目 国内IEO 海外IEO
調達規模 数億円〜10億円程度 数十億円規模も可能
審査の厳格性 JVCEA基準により詳細かつ厳格 相対的に緩やか、取引所により差が大きい
ストラクチャー 日本法人での実施が可能 多国籍ストラクチャーが前提
コスト構造 審査コスト、比較的予見可能 設立・維持費用、リスティング手数料が高額
規制リスク 明確な規制フレームワーク 規制不透明性、複数法域への対応が必要

これらの比較を踏まえ、プロジェクトの性質、調達目標、チーム体制、リスク許容度等に応じた適切な選択が重要となります。

5 DEX上場:技術的簡便性と法的リスクの乖離

(1) DEX上場の基本的仕組み

DEX(分散型取引所)上場は、中央集権的な取引所(CEX)を介さず、ブロックチェーン上のスマートコントラクトを通じてトークンの取引を可能にする手法です。代表的なDEXとしては、Ethereum上のUniswap、BSC上のPancakeSwap、Polygon上のQuickSwap等が挙げられます。
DEXでは、CEXとは異なり、流動性プールと呼ばれる仕組みを通じて取引が実行されます。発行体またはコミュニティが流動性プール(例:ETH/新規トークンのペア)に資金を提供することで、自動マーケットメーカー(AMM)のアルゴリズムにより価格が決定され、取引が可能となります。

(2) DEX上場の特徴と実務上の留意点

DEXを通じたトークン上場は、手続きの簡易さやコスト面での優位性がある一方、流動性確保や法的リスクにおいて課題も多く、十分な理解と準備が必要です。

<① DEX上場のメリット>

観点 内容
手続きの簡素性 審査や中央管理者の承認が不要で、即時上場が可能。スマートコントラクトのデプロイと流動性の提供のみで取引を開始できる。
コスト構造の簡素性 上場に関する費用が極めて低く、ガス代および開発費程度で済む。取引所への上場手数料なども不要。
アクセスの開放性 地域や投資家属性を問わず、誰でもウォレット経由でトークンを取引可能。グローバルなアクセス性が確保される。
検閲耐性 一度デプロイされたスマートコントラクトは原則として変更・削除ができず、特定の主体による制御が困難。

<② 実務上の課題>

観点 内容
流動性の確保 十分な流動性を自己資金で提供する必要があり、不足すると価格の乱高下や取引不能リスクが高まる。
マーケティングの難しさ 取引所の支援がないため、初期の認知獲得・コミュニティ形成に高度な戦略が必要。
技術的リスク スマートコントラクトの実装ミスや監査不備によるバグ・ハッキング等のリスクを自ら管理する必要がある。
価格操作リスク 板が薄く、ボラティリティが高いため、悪意ある市場操作(例:フロントランニング)に弱い傾向がある。

<③ 法的・規制リスク>

観点 内容
日本居住者の排除困難性 DEXの構造上、地域制限の実装が困難であり、日本居住者への提供リスクを回避しにくい。
実効性に乏しい対応策 「日本居住者向けではない」との免責表示や日本語UIの排除といった措置は、形式的に留まりがちで、法的リスクを十分に低減しない。
将来的な規制対象化 「誰でもアクセス可能」という構造が、かえって当局の規制強化対象となる可能性を高める。
スマートコントラクトの変更不能性 一度上場したスマートコントラクトは変更が困難であり、将来的な規制対応に柔軟に追随できない。

(3) DEX上場の戦略的位置づけと留意点

DEX上場は、技術的には最も簡便かつ迅速な資金調達手法の一つですが、法的リスクの管理が最も難しい選択肢でもあります。特に日本法人や日本居住者が関与するプロジェクトにおいては、「DEXなら問題ない」といった形式的理解は誤解を招きやすく、実務上極めて危険です。

とりわけ重要なのは、プロジェクトによるマーケティング活動との関係です。上場後は、流動性確保やユーザー獲得のため、SNSやAMA、広告等による積極的な情報発信が不可避となりますが、これらが日本居住者に対する投資勧誘と評価される可能性があり、無登録営業や表示規制違反といった法的リスクを伴います。

また、DEXはその構造上、日本からのアクセス制限や販売対象者の制御が困難であり、「日本居住者を対象としない」といった免責表示や、UI上の制限だけでは実効性に乏しいのが現実です。英語のみでの情報発信、日本向けプロモーションの回避といった一定の配慮は可能ですが、法的リスクを実質的に排除する手段とはなり得ません。

このような状況を踏まえると、DEX上場は、あくまで補完的・段階的な手段としての活用が現実的であり、単独での資金調達手法として依拠するのは推奨されません。採用にあたっては、プロジェクトの性質、フェーズ、他スキームとの併用可能性等を踏まえた総合的な検討が必要です。

以上から、DEX上場は技術的利便性に優れる一方で、法的持続性の観点からは極めて慎重な取り扱いが求められるスキームであり、初期設計段階から法的助言を得た上で、マーケティング方針や情報発信方法を含めた実態整備を行うことが不可欠です。

6 SAFT、海外IEO、国内IEO、DEX上場の選択と判断要素

ここまでに述べた各スキームの特徴を踏まえ、実務上の選択にあたって考慮すべき要素を整理します。プロジェクトの類型、調達規模、法的スタンス等に応じて、各手法の採用・併用・段階的活用をどう位置づけるかが重要な検討課題となります。
以下では、「①プロジェクト類型」「②調達規模」「③法的スタンス」の3つの視点からの傾向整理に加え、選定マトリクスや実務的戦略を提示します。

(1) 選択指針マトリックス
プロジェクト類型×調達規模による適用可能性

プロジェクト類型 / 調達規模 数千万円以下 5-10億円 数十億円以上
グローバル向けインフラ系
(L1/L2、DeFi等)
DEX上場※
SAFT(関係者向け)
海外IEO
SAFT→海外IEO
海外IEO
(多国籍ストラクチャーにより対応)
日本市場向けサービス型
(ゲーム、IP活用等)
国内IEO
DEX上場※
国内IEO
+海外IEO検討
海外IEO
但し、国内利用に関する規制を要検討)
実験的・小規模コミュニティ型 DEX上場※
SAFT(小規模)
国内IEOまたはDEX併用 海外IEO(段階的拡張)

※DEX上場には法的リスク評価・プロモーション制限の検討が不可欠

各手法の特性比較

手法 審査期間 コスト水準 法的リスク 調達可能規模 主な適用場面
SAFT 1-2ヶ月 中(業該当性) 限定的 立上げ期、関係者資金調達
海外IEO 2-4ヶ月 中(多法域対応) 10億円以上 グローバル展開、大規模調達
国内IEO 3-6ヶ月 低(明確な法適用) 数億~10億円 日本市場に特化、信頼性重視
DEX上場 即時 極低 高(居住者向け違法韓勧誘リスク) 不確定 初期流動性確保、試験導入

(2) 段階的な資金調達戦略

各手法は「排他的選択」ではなく、「段階的活用」や「役割分担による併用」が実務上効果的です。

フェーズ 手法 目的 調達規模目安
Phase 1: シード期 SAFT(関係者限定) プロジェクト初期立ち上げ、チーム形成 数千万~数億円
Phase 2: 成長期 国内IEO/海外IEO 本格開発・認知獲得・マーケティング 5~50億円
Phase 3: 展開期 DEX上場 流動性確保、グローバル市場参加 上限なし(変動)

(3) 選択基準フローチャート

(4) 成功のための選択原則

トークン発行スキームは、選択後に後戻りが困難となる構造的特徴を持ちます。したがって、プロジェクト初期段階から、以下の原則を踏まえた意思決定が不可欠です。

7 トークン発行の実務上の留意点とベストプラクティス

トークン発行スキームは、一度設計・実装されると修正が困難であり、初期段階での的確な設計が成功の可否を大きく左右します。以下では、実務で頻出する課題と対応策を、プロジェクトのフェーズに沿って整理します。

(1)典型的な失敗と対応策

主な失敗 問題の所在 実務上の対応
法務が回し SAFTやIEOの構造が後付けになり、規制に抵触 トークン設計段階から弁護士が関与し、規制対応を事前検討
税務設計の甘さ CFC税制・期末評価課税など想定外の課税が発生 設立地・キャピタルゲイン課税・移転価格の整理と事前シミュレーション
コミュニティ戦略不足 技術水準は高いが支持基盤がなく、上場後の流動性が形成されない トークンのユーティリティ設計、報酬・投票設計等の導入
規制対応が断片的 制度改正・運用変更に追随できず違法状態に陥る 継続的な規制フォローと、見直し体制の構築

(2)フェーズ別の要点チェック

Phase 1:企画・構想

Phase 2:調達準備・実行

Phase 3:上場・運営段階

(3)専門家関与タイミングの例

フェーズ 専門家 主な役割
企画段階 弁護士・税理士 スキーム構築、規制・税務対応の基本設計
設計段階 弁護士(多法域)・会計士・技術監査会社 規制適合性チェック、会計処理、コード監査
調達段階 弁護士(募集規制)・マーケター 勧誘規制、販売体制整備、プロモーション対応
運営段階 弁護士・コンプラ担当 継続的法令対応、投資家対応

(4)実務設計の3原則

  1. 後戻り困難性の前提
    • 一度デプロイしたスマートコントラクトや構造は、後からの変更が実務的に困難。
    • 将来的な制度・仕様変更に耐えうる柔軟性をもった初期設計が不可欠。
  2. 情報開示の整合性
    • ホワイトペーパー、配布計画、マーケティング資料は投資家の信頼に直結。
    • 「誇大でない」「正確かつタイムリーな更新」が重要。
  3. 継続的な規制フォロー体制の構築
    • 規制・税制・ガイドラインは継続的に変化。
    • 実務慣行、行政解釈、海外動向も含めた多面的なアップデート体制を整備。
《コラム》上場企業によるトークン発行と連結・監査対応の実務的課題
※本コラムについては、公認会計士齊藤洸氏および同柚木庸輔氏よりご助言をいただきました。但し、ありうべき誤りは全て筆者らに帰します。

近年、上場企業がトークン発行を検討するケースが徐々に増えていますが、特に課題となるのが「会計監査・連結財務諸表上の取り扱い」です。特にトークンの法的性質が明確でない場合、会計基準上の評価が困難となり、監査法人の了承が得られず、プロジェクトが頓挫する事例も少なくありません。

◆ 主な論点:トークンの法的性質と連結可
監査上の懸念点は、主に以下の2点に集約されます:
1. 発行体の連結対象該当性
 上場企業自体が発行体とならず、発行体を別に設ける場合、当該発行体が連結対象と判定されるのかが問題となります。連結対象とされた場合、当該発行体のトークンの発行に関する会計処理や期末に保有するトークンの会計処理(期末評価、損益処理等)について、上場企業の監査上の説明責任が発生します。
2. トークンの法的性質が確定しておらず、会計処理が不透明
 トークンが暗号資産、前払式支払手段、有価証券、ポイント等のいずれに該当するかが問題となることが多く、資金決済法上「暗号資産」と分類される場合でも、私法上の権利義務関係(何の対価として発行されるか、いかなる機能・価値を持つか)が曖昧な場合には、会計処理の前提が不明確となります。
 暗号資産であるトークンの販売による資金調達においては、調達額の全額を「売上」として計上することが通例です。しかし、いつの時点で収益を認識すべきかについては、発行に係る会計処理が「資金決済法における暗号資産の会計処理等に関する当面の取扱い」で明示されておらず、「収益認識に関する会計基準」も暗号資産を対象外としていることから、適用するべき会計基準が不透明です。
仮に「収益認識に関する会計基準」の考え方を適用した場合でも、トークン販売が将来のサービス提供と結びつく場合、その履行義務の有無や履行時点の判断が求められます。この点は会計士にとっても判断が難しく、私法上の性質整理が不可欠となる場面が多いのが実情です。
 
【対応方針①】連結回避の構造設計
日本基準やUS-GAAPにおける連結範囲の決定ルールでは、支配力の有無で連結対象が決まります。実務では、発行体を連結対象外とするために独立した法人設計を行ったり、トークンの表章する権利・義務の内容を決めたりする方針が取られることもあります。
 
<代表的な手法>
・発行体との資本関係を排除(完全な第三者法人とする)
・発行体の役員に上場企業の関係者を関与させない(OBの起用、形式分離)
・発行体と上場企業の間に重要な契約を締結しない
 
こうした設計により、連結回避の可能性を高めることができます。実務上は、ファウンデーションや第三者法人を株主とし、開発・運営等の業務を別会社で担い、サービス契約等で報酬を受け取るといった手法も検討されます。
ただし、大企業の場合には「自社グループと無関係な法人がトークンを発行する」こと自体に対する社内の説明責任もあり、設計には慎重な配慮が必要です。また、US-GAAPにおいては「変動持分事業体(VIE)」等の具体的なルールがあり、経済的実態を個別具体的に設計する必要があります。いずれの会計基準でも単純な形式分離では対応できない点に留意が必要です。
 
【対応方針②】トークン性質整理と連結前提の対応
他方で、「連結対象とする前提で、トークンの性質と会計処理を構築する」アプローチもあります。この場合には:
・トークンの利用目的・設計内容に基づく明確な法的整理(→ 会計整理)
・法務・税務・会計・監査法人が初期段階から連携して論点整理・対応方針を作成
 
この方法は一定の準備・コストを要しますが、Web3事業を自社グループ内に中核事業として位置づけたい場合には、現実的かつ堅実な対応策といえます。
暗号資産の発行について明示的に定めた会計基準はないため、企業の判断で会計方針を定めて会計処理を行うことが考えられます(「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」参照)。会計方針を定める際、暗号資産を販売したという実態をとらえて「収益認識に関する会計基準」を参照することも考えられます。この場合においては、「履行義務の識別と充足」に関する判断が求められ、トークンが何らかのサービス提供義務と結びつく場合、受領した対価を一括で収益に計上できず、一旦契約負債に計上の上、段階的に収益認識されることもあると考えられます(結果として売上計上が後ろ倒しとなる)。この際、会計士からは「どのような法的整理がなされているか」が重要な論点とされ、弁護士による意見書提出が要請される場面も少なくありません。
筆者らとしては、トークンの性質整理は、設計初期段階から法的観点で丁寧に構築すれば比較的明確にできると考えますが、会計士・監査法人の理解と納得を得るためには、事前協議と一貫した整理が不可欠です。
 
◆ 参考資料
本論点については、一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)および一般社団法人日本暗号資産取引業協会(JVCEA)が共同で公表した「暗号資産発行者の会計処理検討にあたり考慮すべき事項」30頁以降、《付録:法的義務の明確化と会計判断の例》も参考になります(※下記リンクの「資料2」)。
https://cryptocurrency-association.org/news/release-info/20230906-001/
 
また、同日には日本公認会計士協会(JICPA)から「Web3.0関連企業における監査受嘱上の課題に関する研究資料(公開草案)」が発出されており、
その最終公表版も以下からご覧いただけます:
https://jicpa.or.jp/specialized_field/20231120aef.html
 
◆ 結論
このように、上場企業にとってトークン発行における最大のリスクは「監査対応」であり、初期段階から法務・会計・税務の横断的な連携による設計が不可欠です。Web3領域への進出を戦略的に位置づける場合には、社内の会計・監査体制と整合的なトークン設計こそが、成功の鍵となります。

留保事項
・本書の内容は、関係当局の確認や承認を得たものではなく、現行法令に基づき合理的に構成し得る議論を筆者らの見解として記載したにすぎません。今後の法令改正や実務運用の変化等により、見解は変更される可能性があります。
・本稿は、トークンを用いた資金調達または投資を推奨するものではありません。
・本書は一般的な理解を目的としてBlog向けに簡潔に取りまとめたものであり、特定の案件への法的・税務的・会計的アドバイスを構成するものではありません。個別案件については必ず弁護士、税理士、公認会計士等の専門家にご相談ください。

◆付録:チェックリストと個別相談のご案内

本稿本文では、トークン発行における代表的な資金調達手法と、それぞれの法的・実務的検討事項について概観しました。
実際のプロジェクトでは、トークンの性質や対象地域、関係者構成に応じて、規制の適用関係や対応方針が大きく異なります。当事務所では、これまで以下のようなご相談を数多くいただいています:

・関係者向けに日本国内でSAFTを発行したいが、規制対象となる「業」に該当するか懸念がある
・国内IEOを見据えて、JVCEA審査の準備を進めたい
・海外IEOに向けたストラクチャー構築や規制対応を検討している
・複数の調達手法を組み合わせたスキーム設計を相談したい

プロジェクトの段階やご相談内容に応じて、以下の方法でサポートしております。

【1】検討初期の方向け実務チェックリストのご案内
▶    トークン発行をご検討中の方向けに、初期段階で確認すべき法務・税務・ストラクチャー上の論点を整理した A4・全3ページの「トークン発行法務チェックリスト(2025年版)」をご用意しています
 
📥 お申込みはこちら →  https://forms.gle/dAG1aYv1VS9oxDsF9   
 ※お申し込み後、2〜3営業日以内にPDFをメールにてお送りします。
 
✓ 主なチェック内容:
–   スキーム選択と実行可能性の判断基準
–    SAFT発行時の「業」該当性と販売制限
–    国内・海外IEOの準備と取引所選定
–    勧誘規制・AML/CFT等のコンプライアンス対応 
–    期末評価課税・CFC税制等の税務対応
–    技術監査・流動性管理・情報開示の運営面
 
【2】すでに具体的なご相談がある方へ 
▶   弁護士による個別の法的アドバイスをご希望の方は、以下の連絡先までご相談ください: s.saito@innovationlaw.jp
初回のご相談は無料です(30分程度/オンライン対応可)
 
ご連絡の際には、可能な範囲で以下の情報をご記載いただけますと、より的確な対応が可能です:
–   プロジェクトの概要(事業内容、トークンの性質など) 
–   ご検討中のスキーム(SAFT、IEO、DEX等)と現在の検討段階 
- 特にご懸念のある論点(業規制、日本居住者への販売制限、税務など)

※詳細な調査や継続的なサポートが必要な場合には、別途お見積りをご提示いたします。

近年、量子コンピューターをはじめとする「量子技術」が急速に注目を集めています。具体的には、従来の情報技術を超える高い演算能力や暗号技術の革新などが期待され、実用化に向けて国内外で様々な主体による開発が進んでいます。

一方で、既存の暗号が破られるリスクなど新たな課題も顕在化しつつあり、安全保障やサイバーセキュリティ、契約実務においても、量子技術への対応が問われる局面が増えると想定されます。本記事では、量子技術の代表として量子コンピューターに焦点を当て、その概要と現時点での日本法上の主要な論点を整理します。

【筆者略歴】
2010年に司法試験合格後、日本銀行にて勤務。システム部署においてシステムの調達やリスク管理を長く担当したほか、金融部署や国際関係部署などへの所属、海外MBA(INSEAD)への留学経験を有する。創・佐藤法律事務所においては、Web3、フィンテック、その他スタートアップ法務や企業法務を取り扱っている。
量子技術に関しては、文部科学省の「光・量子飛躍フラッグシッププログラム」の助成を受けた人材育成プログラム(「Q-Quest」)に参加し、同プログラムのビジネスコンテストにおいて受賞経験がある。同プログラム終了後も量子ビジネスの立ち上げに向けた検討を進めており、ビジネスサイドから見た量子技術に関する知見も深めている。

I. 法律整理の纏め

1. 国家安全保障関連法制
・外為法
2024年、2025年の政省令改正で、量子コンピューター本体や関連品目が輸出・技術提供の許可対象に。現在進行形で規制が拡大しつつあり、メーカー等は規制対象について継続的な注意が必要。
・経済安全保障推進法
「量子情報科学」が「特定重要技術」に指定され、官民協議会や大型補助金を通じた研究開発支援の対象に。また、現時点で量子技術は「特許非公開制度」の対象外だが、将来指定の可能性も否定できない。
・重要経済安保情報保護活用法
2025年5月施行。重要インフラ・重要物資サプライチェーン関連情報を保護・利活用する仕組みを定める。これらに関連すれば、量子技術関連情報も「重要経済安保情報」として厳格管理の対象となりうる(ただし政府保有情報に限る)。

2. サイバーセキュリティ法制
現行法には量子技術や量子耐性暗号への直接言及はないものの、量子コンピューター普及による脅威が高まれば既存法に基づく対応が求められ得る。
ガイドラインレベルでは動きが始まっており、2024年10月には金融庁ガイドラインにおいて量子コンピューターへの留意が明記され、2025年5月には大手銀行・地方銀行に量子耐性暗号への速やかな移行の要請が出されている。

3. 量子コンピューター利用に関する契約上の論点
量子計算固有の課題・特性について、古典コンピューターとは異なる責任範囲や免責条項(確率的結果、潜在エラー等)を契約で定めることが必要となる可能性。
実機の大規模・高額化を踏まえ、クラウド型量子コンピューティングによる利用が一般的な利用方法だが、品質保証(エラー率や稼働率等)については標準的な取扱いが未確立。各社は品質に関する様々な指標を公表している。

II. 量子コンピューターの概要

1. 基礎原理

量子コンピューターは、量子の「重ね合わせ」、「もつれ」、「量子トンネリング」といった特性を利用して計算を行います。これにより、特定の問題に関して従来型コンピューター(=「古典コンピューター」)よりも非常に高速な計算が期待されています。

【用語説明】
・重ね合わせ(Quantum Superposition)
古典コンピューターのビットは「0」か「1」の状態しか取れませんが、量子ビットは同時に「0でもあり1でもある」状態を作れます。例えばコインが回転している間は、まだ表とも裏とも決まっていないようなイメージです。この重ね合わせにより、量子コンピューターは1つの量子ビットで複数の計算パターンを並行処理でき、特定の課題で古典コンピューターより大幅に高速な演算を実現します。
・もつれ(Quantum Entanglement)
複数の量子ビットが互いに状態を連携させたまま存在する現象です。たとえば2つの量子ビットがもつれた場合、一方を測定すると瞬時に、かつ距離に関係なく、もう一方の状態が確定します。この性質を利用して、ビット同士を結びつけて複雑な並列計算を行ったり安全性の高い量子暗号通信を実現できると期待されています。
・トンネル効果(Quantum Tunneling)
古典物理で越えられないエネルギー障壁を、量子力学的な性質により「すり抜ける」現象です。最適化問題では、谷間に挟まれた「山」を乗り越えるのではなくすり抜けることによって最適解へ到達しやすくなり、効率的な探索が可能になります。

量子コンピューターには大きく「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」の2種類があります。

方式 基本原理・性質 主な用途 代表的な企業
量子ゲート方式 量子の「重ね合わせ」「もつれ」を利用し、複雑な問題を並行的に計算することで高速に処理 汎用的な量子アルゴリズムにより多用途(化学シミュレーションや機械学習など)に対応 Google(超電導)、Intel(半導体)、IonQ(イオントラップ)、PsiQuantum(光)、QuEra Computing(中性原子)
量子アニーリング方式 量子の「トンネル効果」を利用し、エネルギーの最も低い状態を探索 最適化問題(物流ルート最適化、ポートフォリオ最適化など)に特化 D-Wave Systems

量子ゲート方式は、汎用的な量子アルゴリズムを実行できる“汎用量子コンピューター”であり、超電導、半導体、イオントラップ、光、中性原子などさまざまな方式が研究されています。しかし、まだ主流となる技術は確立しておらず、実用化には誤り訂正などの課題があります。これに対して量子アニーリング方式は組み合わせ最適化問題に特化しており、D-Wave Systemsが商用機を提供しています。一般に「量子コンピューター」という場合は量子ゲート方式を指すことが多いものの、用途や実装技術によって使い分けが生じています。

方式 量子ビットの仕組み 利点 課題 代表的な企業・研究機関・大学
超電導方式

超伝導回路にマイクロ波を流し、電流や磁束の2状態を量子ビット化

・ゲート操作が高速

・既存の半導体製造技術の応用が可能

・ノイズやエラーが起きやすい

・極低温(絶対零度近く)環境が必要

[海外]
Google、IBM、Rigetti

[日本]
富士通、NEC、理化学研究所、産業技術総合研究所

半導体方式 シリコンなどの半導体中の電子やスピンの状態を利用 ・CMOS技術との互換性が高く、将来的に大規模集積化しやすい ・量子ビットの一貫性(コヒーレンス時間)が短く、制御が困難

[海外]
Intel、Equal1、Diraq、UNSWシドニー大学

[日本]
日立製作所、理化学研究所、産業技術総合研究所、blueqat

イオントラップ方式 真空中に浮かせたイオンをレーザーで操作し、内部状態を量子ビットにする ・コヒーレンス時間が長く、ゲートの精度が高い ・装置が大きくなりやすく、多くの量子ビットを並べるのが難しい

[海外]
IonQ、Quantinuum、AQT、Oxford Ionics、Universal Quantum

[日本]
理化学研究所、産業技術総合研究所、Qubitcore

光方式 光子の偏光や経路などの状態を量子ビットにする

・常温動作が可能

・量子通信やネットワークとの親和性が高い

・大規模な集積やエラー訂正技術が発展途上

・光子源・検出器が課題

[海外]
PsiQuantum、Xanadu

[日本]
NTT、理化学研究所、東京大学、OptQC、

中性原子方式 レーザーで冷却・配列した中性原子の内部状態や配置を利用 ・多数の量子ビットを比較的容易に並べられ、スケーラビリティが高い

・ゲート動作が遅め

・レーザー制御の精度が求められる

[海外]
QuEra Computing、Pasqal、Infleqtion、Atom Computing

[日本]
産業技術総合研究所、分子科学研究所、京都大学、Yaqumo

※ゲート操作:量子ビットに一定の刺激(マイクロ波パルスやレーザーパルスなど)を与えて状態を変える基本動作で、古典コンピューターの論理ゲート(AND/OR/NOTなど)に相当します。例えば、Xゲート(量子ビットの0と1を入れ替える)や、H(アダマール)ゲート(量子ビットを重ね合わせ状態にする)といったゲートがあります。これらのゲート操作を高速かつ高精度に実行することが、量子ハード開発の鍵となります。

一方、量子アニーリング方式は「組み合わせ最適化」に特化しており、汎用演算はできませんが、実用化はゲート方式よりも進んでいます。カナダのD-Wave社が商用機を提供するほか、古典コンピューターで疑似的に挙動を再現する「量子インスパイアード・アニーリング」(Fixstars Amplify AE、富士通Digital Annealerなど)も開発されています。

2. 量子コンピューターの現状

2025年1月、NVIDIAのJensen Huang CEOが「実用的な量子コンピューターの実現には20年程度かかる」と発言したことで米国の量子関連株が急落しました。これは主にゲート型量子コンピューターを指した見通しと考えられ、本記事作成時点(2025年5月末)において、多くの専門家は実用化までにまだ相応の時間を要すると考えています。主な理由は、ゲート型で「重ね合わせ」や「もつれ」を維持する過程で発生するエラー(外部ノイズによるデコヒーレンス)が深刻であり、この解決には高度な「誤り訂正」技術が不可欠だからです。しかし、誤り訂正技術の確立にはまだ相応の期間が必要とされ、10~20年という見方が出る背景となっています。

もっとも、量子ゲート方式の各種アプローチは世界中で研究開発が加速しており、日本でも大企業やスタートアップ、研究機関・大学が競って実機開発を進めています。また、量子アニーリング方式はすでに商用機が普及しており、オンラインで利用できる環境も整備済みです。このように、量子技術は“遠い未来の話”ではなく、現在進行形で社会実装が進んでいるテクノロジーと言えます。

3. 量子コンピューターの活用場面、既存技術に対するリスク

量子コンピューターの活用場面としては、例えば以下のような分野が見込まれています。

分野 利用場面の例
金融・経済 ・ポートフォリオ最適化(膨大な組み合わせから最適配分を瞬時に算出)
・リスク評価や価格シミュレーションの高速化
物流・サプライチェーン ・車両ルートや倉庫配置の最適化
・災害時やピーク需要時の最適な輸送・移動ルートの計画
エネルギー・スマートグリッド ・電力網の需給最適化
・再エネ変動を考慮したリアルタイム制御
材料設計・創薬 ・電池材料や医薬候補分子の性質を量子化学計算で高精度に予測
ヘルスケア・ゲノミクス ・遺伝子配列解析の高速化
・タンパク質構造の高精度予測
気象・気候シミュレーション ・大気海洋モデルの高解像度計算
・温室効果ガス削減策のシナリオ評価
機械学習・AI ・小規模データでも高精度を狙う量子強化学習
・生成 AI の学習高速化

上記のような分野において、古典コンピューターでは何年もかかる計算を短時間で処理できる「量子超越性」の実現が期待されています。しかし、量子超越性は必ずしもメリットだけでなく、既存技術へのリスクも伴います。代表例は暗号技術の脆弱化であり、量子によって従来の公開鍵暗号が解読される可能性が懸念されています。

暗号解読 実用規模の量子コンピューターが登場すれば、RSA や楕円曲線暗号など現在広く使われている公開鍵暗号は短時間で解読され、インターネット通信や電子決済など社会のあらゆる場面で安全性が一気に揺らぐおそれがある。

現在の暗号技術は、古典コンピューターでは解読が困難な数学的問題を前提にしていますが、量子コンピューターが実用化されると、「Shorのアルゴリズム」などを使って短時間で解読される可能性があります。これはビジネスや日常のあらゆる場面で使われる公開鍵暗号を危険にさらし、改ざん耐性を前提とするブロックチェーンにも影響を与えると考えられています。さらに、「Harvest Now, Decrypt Later攻撃」と呼ばれる手口では、現時点でデータを傍受・保存し、将来量子コンピューターが実用化された段階でまとめて解読するリスクが指摘されています。

このため、量子コンピューターでも解読が難しい「量子耐性暗号(Post-Quantum Cryptography : PQC)」への移行が急務となっています。米国では国立標準技術研究所(NIST)が2024年8月に複数のPQCを標準化候補に選び、その後も検討を続けています。日本では暗号技術の評価やモニタリングを行うCRYPTREC(暗号技術評価委員会)が2025年3月末に「CRYPTREC 暗号技術ガイドライン(耐量子計算機暗号)2024年度版」7を公表し、各種PQCの技術解説や評価、導入ガイダンスを示しています。暗号技術はあらゆるサービスの基盤であり、各事業者はこうしたPQCの標準化動向を注視し、早めに準備を進める必要があります。

4. 量子技術に対する海外政府の動向

海外では、主要国が量子技術に対して大規模な投資を行い、一部の国では法的インフラの整備にも注力しつつあります。日本もこれらの動向を注視しつつ、国際競争力の確保とサイバーセキュリティや安全保障といった課題との両立を図る必要があります。

動向
米国 2018年に「National Quantum Initiative Act(国家量子イニシアティブ法)」を成立させ、連邦政府が一体となって量子R&D推進と人材育成体制を構築
EU 「Quantum Flagship」と呼ばれる10億ユーロ規模の大型プロジェクトを立ち上げ、量子コンピューターや量子通信の研究開発を主導。
中国 国家を挙げて量子通信や量子コンピューターの研究開発に多額の投資を行っており、特に軍事・安全保障分野での応用を重視。

III. 量子技術と日本法

日本では、本記事作成時点(2025年5月末)では量子技術を対象とする専用法は存在しません。この点、他の先端技術分野の例をみると、ブロックチェーン(暗号資産等)については既に各種の規制が課されており、またAIでは2025年5月に利活用とリスク抑制を目的とした「AI関連技術の研究開発・活用推進法」が可決されています89。量子技術についても、将来的に専用法が制定される可能性はありますが、現状は利用場面ごとに既存法令の適用可否を検討する必要があります。具体的には、①国家安全保障関連法が量子機器や技術の輸出管理や開発支援にどう関わるか、②サイバーセキュリティ法制が量子技術による既存暗号への影響をどのように扱うかを確認します。さらに、③量子サービスを提供・利用する際には、契約上の責任分担や免責、品質保証のあり方など、新たに検討すべき論点が生じます。これらについて、法的枠組みを概観します。

1. 量子技術と国家安全保障

⑴ 量子技術による国家安全保障へのリスク
量子技術は既存暗号技術の無効化や傍受困難な通信などの点で安全保障に直結するため、米国や中国が国家規模で巨額投資を行っています。米国では経済競争力と国家安全保障の両方を維持・強化する目的から2018年に「National Quantum Initiative Act(国家量子イニシアティブ法)」を成立させ、大学・企業・研究機関の連携と大規模予算投入による量子R&D体制を構築しました。日本には量子専用の法律はありませんが、既存の安全保障関連法令(外為法、経済安全保障推進法、重要経済安保情報保護活用法)において先端量子分野が対象となり得ます。これら既存法令の枠組みで、量子計算や量子センサーの研究・開発が安全保障面からどのように規制・支援されるか、検討します。

⑵ 外為法
(i) 外為法の概要
外為法(「外国為替及び外国貿易法」)は、安全保障等の観点から、物品・技術の海外提供や外国からの投資を管理する法律です。具体的には、①輸出規制(海外流出防止)、②役務取引規制(無形技術の提供も含む)、③対内直接投資規制(外国資本による出資・買収時の事前届出)を定めています。

(ii) 量子技術に適用される外為法上の規制
量子技術はまさに物品・技術の海外流出リスクが懸念される分野の一つです。このため、2024年9月の政省令改正により量子コンピューターが輸出管理の対象とされ、全地域への輸出に許可が必要とされています10。さらに、2025年5月28日施行の改正で、実用規模の量子コンピューターに不可欠なキー技術・材料も同様に規制対象として追加されています1112。なお、これら輸出管理の対象となる量子コンピューター及び関連品目については、技術提供も同様に規制対象となります13

規制対象(2025年5月末時点) 仕向地
量子コンピューター 全地域
量子コンピューター関連品目 極低温冷凍機
極低温アンプ
極低温ウエハープローバ
同位体分離シリコン/ゲルマニウム基板・原料
全地域

量子関連企業は、外為法による輸出・技術提供規制が現在進行形で拡大していることを踏まえ、自社の製品や技術が規制対象となるかどうかを常に確認できる体制を整える必要と考えられます。

⑶ 経済安全保障推進法
(i) 経済安全保障推進法の概要

2022年に成立した経済安全保障推進法(「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」)は、国内企業・研究機関の技術・物資を支え、経済面から国家安全保障を強化することを目的としています。具体的な仕組みとしては以下の4つを柱とし、直接規制ではなく14公的支援や情報共有を通じてリスクを低減します。

  1. 重要物資の安定的な供給の確保
  2. 基幹インフラ役務の安定的な提供の確保
  3. 先端的な重要技術の開発支援
  4. 特許出願の非公開制度

(ii) 量子技術との関係
第三の柱である先端技術支援では、「量子情報科学」が特定重要技術に指定され15、資⾦⽀援や官⺠連携を通じた伴走支援のための協議会設置、調査研究業務の委託などを通じた研究開発の促進・活用が図られます。

また、第四の柱である特許非公開制度では、安全保障上問題となる発明の公開保留や外国出願禁止等の措置が可能です。本記事作成時点(2025年5月末)では、同制度の対象となる「特定技術分野」に量子コンピューターや量子暗号通信は指定されていません。しかし、法の趣旨からすれば今後指定される可能性も否定できず、開発者としては留意すべき制度と言えます。

⑷ 重要経済安保情報保護活用法
(i) 重要経済安保情報保護活用法の概要
2025年5月16日、「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」が施行されました。従来、特定秘密保護法が防衛・外交・テロ・スパイ関連情報を対象にセキュリティ・クリアランス制度16を定めていましたが、本法はそれを経済安全保障の領域に拡張し、重要な経済基盤に関わる情報を保護・活用するための体制を整備することを目的としています。

同法では、まず重要インフラの提供体制及び重要物資のサプライチェーンを「重要経済基盤」として定めています(2条3項)。そのうえで、重要経済基盤を保護するための措置、安全保障に関する重要経済基盤の脆弱性や革新的な技術等の情報など4つの類型を「重要経済基盤保護情報」と定義します(2条4項)。そして、重要経済基盤保護情報に該当する情報のうち、非公知性及び秘匿必要性が満たされる情報について、政府が「重要経済安保情報」として指定する仕組みとなっています(3条1項)。

同法は、指定された重要経済安保情報の「保護」と「活用」の両面を目的としています。具体的には、政府が持つ安全保障上重要な経済情報を適切に扱うために、重要経済安保情報に指定された情報について、情報提供が認められる事業者の要件や情報を取り扱う個人の適性評価方法などを定めています。なお、指定対象はあくまで政府保有情報に限られ、民間企業が独自に開発した技術情報が一方的に指定され、その取扱いに制約がかかるというものではありません。

(ii) 量子技術との関係
(i)で述べたように、重要経済安保情報保護活用法が対象とするのは重要経済基盤(重要インフラや重要物資サプライチェーン)の保護に関する4つの情報類型です。具体的には、インフラを外部脅威から守る対策や計画・研究、インフラの脆弱性や革新的技術など、安全保障に直結する情報が含まれます。なお、対象となるインフラや物資は、経済安全保障推進法や「重要インフラのサイバーセキュリティに係る行動計画」に定められたものを参照することとされており17、電力・ガス・水道・通信・交通・物流・金融・化学・医療などのインフラ、半導体や先端電子部品などの重要物資が含まれます。

量子技術は、既存暗号を破るリスクをもたらす量子コンピューターや、安全性を高める量子暗号通信など、上述の重要経済基盤の保護に関する情報に該当する可能性が高く、今後重要経済安保情報として指定される可能性は十二分に考えられます。もっとも、(i)で述べたことの繰り返しとなりますが、実際に重要経済安保情報に指定され得るのは政府保有情報だけであり、民間企業が自社開発した技術が一方的に指定されるわけではありません。

2. 暗号技術とサイバーセキュリティ法制

量子技術に関する日本法の論点としては、安全保障のほかに、サイバーセキュリティとの関係が考えられます。すなわち、II 3.で述べたように、量子コンピューターの発展により、従来の暗号技術が解読されるリスクが指摘されています。

(1) 法令レベル
日本ではサイバーセキュリティ基本法が国や事業者に対してセキュリティ確保の責務を課し、個人情報保護法が個人データの適切な管理を義務づけています。本記事作成時点(2025年5月末)では、これらの法令に量子技術や量子耐性暗号への具体的な言及はありません。ただし、量子コンピューターの普及で既存暗号が危殆化しセキュリティリスクが高まれば、条文上の明示がなくともこれらの法律に基づき必要な対策を講じることが求められる可能性はあります。

(2)ガイドラインレベル
これに対し、ガイドラインレベルでは既に量子技術への言及が始まっています。金融庁が金融機関向けに公表する「金融分野におけるサイバーセキュリティに関するガイドライン18」(2024年10月4日公表)では、脅威情報や脆弱性情報を収集・分析する際に「新技術(AI、量子コンピューター等)、地政学的動向、偽情報、業界動向などの組織を取り巻く状況に留意し情報収集を行うこと」が「対応が望ましい事項」として明記されました。

さらに、日本経済新聞(2025年5月14日付)19によると、金融庁は大手銀行や地方銀行に対し、量子耐性暗号(PQC)へ移行するための準備を直ちに始めるよう要請しています。PQC対応にはシステム改修などで数年単位・多額のコストがかかるため、早急な対応を求めたものとみられます。

3. 量子コンピューター利用に関する契約上の論点

ユーザーが量子コンピューターを利用する場合、得られた量子計算結果に存在し得る誤りや揺れについて契約上どのように対応するべきか、という問題が浮上すると考えられます。こうした問題は、量子計算固有の課題・特性から生じ得るものです。

(1) 量子計算固有の課題・特性(エラー、アルゴリズムレベルの確率性、演算結果検証の困難性)
前述したように、ゲート型量子コンピューターでは、演算中に発生するエラーが大きな課題となっています。加えて、量子アルゴリズムによっては繰り返し実行して統計的に最良解を抽出する性質があり、同じ入力から常に同じ出力が得られるとは限りません。量子アニーリング方式も、その原理の性質(確率的にエネルギーの低い解を探索する)やハードウェアのノイズ、熱雑音等により実行の度に解が異なる場合があります。また、量子超越性を伴う大規模計算は、古典コンピューターでの再現・検証が困難20なため、出力の正当性を完全には保証できません。

これらの理由から、量子計算の結果には誤りや揺れが残り、その後の予測やシミュレーションに影響を与えるリスクがあります。量子コンピューター利用サービスが増える中では、ハード(量子プロセッサ)、ソフト(アルゴリズム)、ユーザー回路・データの責任範囲を明確化し、結果が確率的であることや潜在的エラーを前提とした免責条項など、従来のIT契約とは異なる条項の導入が必要となる可能性があります。

⑵ クラウド型量子コンピューティングに関する契約上の留意点
量子ゲート方式・アニーリング方式いずれも実機は大規模・高額なため、当面はハードウェアベンダーが提供する機器をクラウド経由で利用するクラウド型量子コンピューティングが一般的な利用方法になると考えられます。

従来のクラウドではSLA(Service Level Agreement)で一定の稼働率などが保証されますが、クラウド型量子コンピューティングの場合には、どのような品質保証(エラー率や稼働率等)を行うべきなのかが論点となり得ます。例としてIBM Quantum Platform(量子ゲート型)、D-Wave Leap(量子アニーリング)、Amazon Braket(外部の複数の量子ゲート型・量子アニーリングをAPIで扱う)では、各社様々な指標(ゲート誤差率、コヒーレンス時間、ジョブ処理に要する時間など)を公表していますが、未だ標準的な考え方が確立していないと考えられます。

留保事項
・本書の内容は関係当局の確認を経たものではなく、法令上、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。また、当職らの現状の考えに過ぎず、当職らの考えにも変更がありえます。
・本書はBlog用に纏めたものに過ぎません。具体的案件の法律アドバイスが必要な場合には各人の弁護士にご相談下さい。