本稿では、DeFiの中でも、近時、急速に注目を集めるEigenLayer(アイゲンレイヤー)の仕組み、日本法の考察を記載します。
なお、EigenLayerを理解するためには、前提知識としてProof of Stake(以下「POS」)の仕組みとリキッドステーキングについても理解することが必要なため、それらについても若干触れます。また、関連する範囲でリキッドリステーキングやポイントサービスについても触れます。
(参考) EigenLayerについて特に詳しい資料
・やさしいDeFi「EigenLayerの可能性とリスクを考えよう」
・DeFi Japan「EigenLayerをエイゲンレイヤーって読んでいるお前、ガチで危機感を持ったほうがいいと思う」(上記資料の解説YouTube)
・Turingum「基礎からわかるEingenLayer」(閲覧にはメアド等の入力が必要)
→ 本書での仕組みの概要の解説は上記の資料に多くを拠っています。上記の資料の方が更に詳細で判りやすいので、更にご関心のある方は上記の資料もご覧になることをお勧めします。
(参考)ステーキングに関する当事務所の以前のArticle
・ステーキングに関する法的論点の整理(2020.3.17)
・DeFiと法律 – LIDOやリキッドステーキングの仕組みと日本法(2023.10.17)
法律整理の纏め
EigenLayrerなどリステーキング (1) EigenLayerなどリステーキングでは、主として①暗号資産法(資金決済法のうちの暗号資産規制部分をそのように呼ぶ)のカストディ規制、②金商法のファンド規制、③景表法の規制、の適用の有無を考える必要がある。 (2) EigenLayerにETH等がデポジットされる行為が、暗号資産の預託と見られる場合、暗号資産法のカストディ規制の適用が問題となる。しかしながら、預託がスマートコントラクトに対して行われ、EigenLayer、AVS、オペレーター等が技術的にETH等を移転することができない場合には、カストディ規制は適用されない。 (3) EigenLayerがETH等のデポジットを受け、オペレーターがAVSを選択し、その結果、AVSから報酬を受け取る、ユーザーに対して報酬の一部の分配を行う、またユーザーはスラッシングリスク等のペナルティリスクを負担する、という仕組みに関し、金商法のファンド規制が適用されないか問題となる。この点、デポジットされたETH等は事業に充てるために拠出されているのではなく、あくまでスラッシング等のペナルティーに対処するための一種の物上保証としてスマートコントラクトにロックされているに過ぎない、と考えられる仕組みの場合、金商法のファンド規制は適用されないと考えられる。 (4) EigenLayerなどリステーキングでは、利用の報酬としてポイントが付与されることがある。また、そのポイントの量に応じて将来的にAirDropがなされることがある。これらについては景表法の適用可能性の検討が必要となる。この点、ユーザーはこうしたポイントまで含めてリステーキングに伴う報酬として認識し、その利回りの高さゆえにEigenLayerでのリステーキングを行っていると考えられる。そうすると、EigenLayerポイントは取引の本来の内容であり、取引に付随して提供される「景品」ではないという見方ができると思われる。 リキッドリステーキング (5) 外部業者であるリキッドリステーキング業者には様々な仕組みがあると思われるが、主として①暗号資産法のカストディ規制、②同法の売買規制、③金商法のファンド規制、④景表法の規制、の適用の有無を考える必要がある。 (6) リキッドリステーキングに関し、ETHをデポジットする行為がカストディではないかという点については、秘密鍵の管理の点が問題となるが、基本的には問題ないように思われる。 (7) ETHをデポジットしてLiquid Restaking Tokenを発行する行為が暗号資産の交換にならないか、という問題がある。法的にはデポジットの証拠としてトークンが出されるということであれば暗号資産法の売買でも交換でもなく、暗号資産法の売買交換規制は適用されないと思われる。 (8) リキッドリステーキング業者についてもファンド規制を検討する必要がある。秘密鍵の管理がどのようになっているか等、検討する必要があると思われるが、スマートコントラクトによりあくまで担保のためにしか使用できないようになっている場合、ファンドには該当しないのではないか、と思われる。他方、スマートコントラクトが適切に設定されず、業者が秘密鍵を流用できるような形で運営がなされている場合、ファンド規制に服する可能性がある。 |
用語の纏め
リステーキング関係の用語は非常に複雑なため、概要理解のため、当職らが理解している限りで用語の整理をします。
(1) 主としてETHステーキング関係の用語 | |
POS | Proof of Stake。暗号資産について一定の関与(ステーク)をしている者にブロックチェーンの認証を行わせる仕組み |
ステーキング | POSのブロックチェーンに関し、自身が認証者(バリデーター)になるために、保有トークンを預託等すること。ETHの場合、32ETHをステークすることによりステーキングが可能。ステーキングや認証の対価として、ステーキング報酬を得られる |
バリデーター | POSにおいて認証を行う者 |
デリゲータ― | POSバリデーターに認証を委託する一般ユーザー |
EVM | Ethereum Virtual Machine、イーサリアム仮想マシン。イーサリアムブロックチェーン上でスマートコントラクトを実行するソフトウェアによる仮想マシン環境であり、イーサリウムブロックチェーンによるセキュリティーが担保されている |
(2) 主としてリキッドステーキング関係の用語 | |
リキッドステーキング | 自分自身が32ETHを保有しなくても業者に委託を行いETHのバリデーターに成れる仕組み。かつ、その対価としてLSTが得られ、LSTについてもDeFiで再利用できる、というもの |
LIDO | リド又はライド。リキッドステーキングサービスの最大手 |
LST | Liquid Staking Token。リキッドステーキングを行ったユーザーに対して提供されるトークン。例えばLIDOではstETHというトークンが出される |
(3) 主としてEigenLayerやリステーキング関係の用語 | |
EigenLayer | EVM(Ethereum Virtual Machine)以外で動作するプログラムに対してETHを使ってセキュアな実行を担保するための仕組み。ETH等をイーサリウムのみにステークするのではなく、他の無関係なサービス(後述のAVS)に対しても安全性の担保提供を行うことにより、ユーザーは二重三重の収益を得られる特徴がある |
リステーキング | EigenLayerや類似の仕組みを利用し、イーサリウムへのステークに加え、他のサービスにもステークすることにより、追加報酬を得る行為 |
ネイティブステーキング/ネイティブリステーキング | 自分自身が32ETHを用意し、自分自身がイーサリウムのPOSにおいてバリデーターになるステーキング。この者がリステーキングを行うことをネイティブリステーキングという |
EigenPods | ユーザーがネイティブステーキングを行った場合に、EigenLayerにおいてリステーキングする際に使用されるスマートコントラクト。ネイティブステーキングの際にクルデンシャル(引出先)としてEigenPodsのアドレスを指定することにより、EigenLayerでのリステーキングが可能となる |
LSTリステーキング | LIDOなどで出されるLiquid Staking Token(stETHなど)をリステーキングすること |
AVS | Actively Validated Serviceの略。リステーキングサービス上で、安全性の担保を受けるサービスやアプリケーションのこと |
オペレーター | EigenLayer上にステークされたETH等を利用してAVSにセキュリティー提供を行うに際し、セキュリティー提供先となるAVSを実際に選定する者。ユーザーはオペレーターを選択し、AVS選定を委託する。ファンドで言うと一種のファンドマネージャーか |
セキュリティー | 有価証券という趣旨ではなく、安全性の担保、という趣旨 |
(4) 主としてリステーキング関係の用語 | |
リキッドリステーキング | 単独で32ETHを有していないユーザーのETHを取りまとめ、EigenLayerでのリステーキングを可能とするサービス |
LRT | Liquid Restaking Token。リキッドリステーキングを行ったことの証明として得られるトークン |
(5) 主としてポイント関係の用語 | |
EigenLayerポイント | ユーザーがEigenLayerでリステーキングすることで得られるポイントであり、EigenLayerによる独自トークン(EIGEN)との交換が可能 |
Pendle | トークンを元本部分のトークン(Principal Token=PT)と利回り部分のトークン(Yield Token=YT)に分割し、それぞれ取引可能とするDeFiプロトコル。Pendle経由でリキッドリステーキングをすることでポイントを何度も取れる等でEigenLayerへの流入が加速した |
EigenLayerは、EVM(Etherium Virtual Machine)以外で動作するプログラムに対し、ETHを使ったセキュアな実行を担保するための仕組みです。
例えば、イーサリウムブロックチェーンを利用したDeFiが、EVM部分とEVM以外で動作する部分をそれぞれ有する場合、EVM部分についてはイーサリウムブロックチェーンのセキュリティーが担保されています。しかし、EVM以外で動作する部分についてはイーサリウムブロックチェーンのセキュリティーの担保を受けられず、脆弱性を抱えるという問題があり、EigenLayerはこれに対する解決方法の提供を図るものです。
ユーザーとしては、単純なETHステーキングに比べて、二重三重の報酬を得られる、という点にメリットがあります。
(1) Proof of Stakeとステーキング
Proof of Stake(POS)とは、暗号資産について一定の関与(ステーク)をしている者にブロックチェーンの認証を行わせるものです。
ビットコイン等で使われてきたProof of Work(POW)という仕組みと異なり、コンピューターが膨大な計算をすることなく認証ができ、そのため電気の消費量が少なく、地球環境に優しいことがメリットとされます。
(2) ETHのステーキング
イーサリウムはETH2.0から、POWではなくPOSを利用した仕組みとなっています。イーサリウムのステーキングでは、①32ETH(2024年4月現在の価格で約1600万円)をデポジットすることで バリデーターになれる、②バリデーターがイーサリウムの各トランザクションの認証を行い、それにより報酬として一定のETHを受領できる、③但し、バリデーターが意図的に虚偽の情報を出した場合にはデポジットしたETHの一部没収というペナルティー(スラッシング)を受ける、④またバリデーターは必ず Online であることが求められ、もしダウンした場合にも一定のペナルティーを被る、という仕組みとなります。
(3) リキッドステーキングとLIDO
リキッドステーキングとは、暗号資産のステーキング報酬を受け取りながら、その代替資産(ステーキング証明トークン=Liquid Staking Token=LSTと呼ばれます)を更に受領し、当該代替資産を運用できるDeFi(分散型金融)の仕組みを言います。
自分自身で32ETH(約1600万円)の資産を有していなくてもLIDOに参加することにより少額からステーキング報酬を得られる、といいう特徴があり、爆発的にヒットしています。
その最大手、LIDOの仕組みについては「DeFiと法律 – LIDOやリキッドステーキングの仕組みと日本法」をご覧ください。
(1) ブロックチェーン上で必要なセキュリティーと問題点
独自のL1チェーンを作成する場合や、ブロックチェーン上で何らかの認証が必要なサービスを作成する場合、その信頼性や安全性を如何に担保するのか、という問題が生じます。
例えば、定期的に多数の暗号資産取引所やDeFiプロトコルを巡回し、そこでトークンの価格情報を収集して、その平均値を出す、といったようなサービスを提供することを考えます。このような情報収集はDeFi上で暗号資産デリバティブ等を自動実行したい場合に必須となりますが、虚偽の情報を提供していないのか等をどう確保するのか問題が生じます。
そのようなセキュリティーを担保するための一つの手段として、①独自トークンを発行、②その独自トークンをロックさせ、③虚偽の情報を提供した者がロックしたトークンは没収(スラッシング)する、④他方、正確な情報を出した者には報酬を出す、というような仕組みが考えられます。情報収集のための巡回を分散化された無関係の多数の者に行わせ、外れ値を出した者のロックトークンを没収する、というような仕組みを構築した場合、情報提供者は虚偽情報を伝えるインセンティブが減少することになります。
このような独自トークンのロックの方法によるセキュリティーも一定程度の効果はありますが、(i)独自トークンの価値が低い場合には機能しにくい、(ii)独自トークンの保有者が分散していない場合(例えば当初開発者が多数のトークンを保有している場合)機能しない、(iii)情報提供者にわざわざ独自トークンを購入させる必要性があるがそのインセンティブが少なく、そうすると情報提供者が増えない、等の問題があります。
(2) EigenLayerが提供するセキュリティー
これに対し、EigenLayerでは、イーサリウムという巨大な仕組みを利用することにより、セキュリティーを確保します。
EigenLayerでは、既にイーサリウム上でステーキングされているETHを再利用してセキュリティーを提供します。上記(1)の価格提供の事例でいうと、①ETHを一定以上ステークしている者のみ価格情報を提供できる、②虚偽情報を提供した場合、ETHをスラッシュする、③正確な情報を提供した場合、何らかの報酬を付与する、という仕組みとなります。
特徴的なのは、イーサリウムの通常のPOSのためにステーキングをして報酬を得た上で、更に別の幾つものプロジェクトのためにも担保として提供可能、としている点です。
イーサリウムは2024年4月現在の時価総額で約60兆円という巨額の資金があり、かつETH保有者も大きく分散しています。また、EigenLayerに対しては2024年4月現在で約15 Bドル(約2.2兆円)もの資金がデポジットされています。
これにより、上記(1)で記載した(i)(ii)(iii)の問題につき、(i)独自トークンと異なりETHの価値は高い、(ii)ETHの保有者は分散している、(iii)情報提供者にはわざわざ独自トークンを買わせる必要はなくETH保有者であれば良い、また、通常のPOSに加えて追加で参加できるので、参加が容易、という解決策を提供する点が、特徴となります。
(1) EigenLayer上でのリステーキングの実際のやり方
ユーザーがEigenLayerを利用する方法としては、①ネイティブステーキングでのリステーキング、②LIDOなどリキッドステーキングで出されたLSTに関するリステーキング、③リキッドリステーキングサービスによるリステーキング、など各種方法があります。
① ネイティブステーキングとリステーキング
ネイティブステーキングとは、自分自身が32ETHを用意し、自分自身がイーサリウムのバリデーターになることを指します。
このネイティブステーキングの際にクルデンシャル(引出先)としてEigenLayerが用意するEigenPodsというアドレスを指定することにより、リステーキングが可能となります。
具体的には、イーサリウムのコンセンサスレイヤーであるBeacon Chainにおいて、バリデーターはステーキングする32ETHおよびステーキング報酬として受領するETHの引出先アドレスを指定する必要があります。EigenLayerを利用してリステーキングする場合、ユーザーはこの引出先アドレスをEigenPodsに指定します。これにより、ステーキング情報がEigenLayerに連携され、ETHによるリステーキングが可能となります。
② LSTのリステーキング
EigenLayerでは、LIDOなどで発行されるLiquid Staking Token(LST、stETHなど)をリステーキングすることも可能としています。この場合のEigenLayerでのスラッシング対象はLST (stETHなど)になります。
LIDOを例にとれば、自ら32ETHを用意してバリデーターになることができない(あるいは32ETHは用意できるが自らバリデーターになろうとはしない)ユーザーは、保有するETHをLIDOに送付し、LIDO経由でETHのステーキングを行うことが可能です。この場合、ユーザーはLIDOに送付したETHの代替資産(ステーキング証明トークン)としてstETHを受領します。
EigerLayerを利用すると、ユーザーはETHのステーキング報酬(正確にはLIDOおよびバリデーターの取り分を控除した残額)を受け取り、さらにLIDOから受領したstETHをリステーキングして報酬を獲得することが可能となります。
③ リキッドリステーキング
EigenLayerの外部サービスとしてリキッドリステーキングというサービスも存在します。
リキッドリステーキング業者に預託をすると、当該業者が32ETH集まるごとに、EigenLayerの上記①の方法を利用してリステーキングを行ってくれる、というサービスになります。すなわち、単独では32ETHを用意できないユーザー向けに、リキッドリステーキング業者がETHを取りまとめてETHのネイティブステーキングとEigenLayerでのリステーキングを行うものです。
なお、LSTのリステーキングとリキッドリステーキングとの比較ですが、(a)前者ではEigenLayerへのデポジット対象はstETHなどのLSTであり、スラッシングの対象もLSTなのに対し、後者ではETH自体がスラッシング対象、(b)EigenLayerはリステーキングの受入額に上限を設ける場合があり、LSTのリステーキングの上限額とネイティブステーキングの上限額とは別建てで設定されることがあり、後者では後者の枠を利用できる、(c)前者の場合、EigenLayerのオペレーターは自分で選ぶ(各オペレーターがどのAVSに対してセキュリティー提供しているのかを確認し、ユーザー自らオペレーターを選択)のに対し、後者では、その選択をリキッドリステーキング業者に委託する、という差異があります。
方法の比較(暫定版)
仕組み | イーサリウムでのステーキング | EigenLayerでのオペレーターの選定 | EigenLayerでの上限枠 | |
ネイティブステーキングのリステーキング | イーサリウムでステーク済みの自己保有32ETHをEigenLayerでリステーキング | 自分で行う | 自分で行う | 独自の上限枠 |
stETHのリステーキング | 少額ETHをLIDOに送付し、LIDOから受領したstETHをEigenLayerでリステーキング | LIDOが選んだバリデーターが行う | 自分で行う | ネイティブステーキングとは別枠 |
リキッドリステーキング | 少額ETHをリキッドリステーキング業者にデポジット。業者がEigenLayerでリステーキング | リキッドリテーキング業者が選んだバリデーターが行う | リキッドリステーキング業者が行う | ネイティブステーキングと同枠 |
(1) AVS
Actively Validated Services (AVS)とは、EigenLayer上に構築され、セキュリティー提供を受ける対象となるサービスやアプリケーションのことを指します。
イーサリウムブロックチェーン上のアプリケーションでは多くの場合セキュリティーが担保されているEVM部分と、EVM以外で動作する部分(イーサリウムブロックチェーンによるセキュリティーが担保されない)で構成され、非EVM部分について脆弱性を抱えています。従来、こうしたアプリケーションが非EVM部分の脆弱性に対応するためには、例えば3(1)で述べたように自ら独自トークンを発行してPOSを行う等により対応する必要がありました。EigenLayerの利用により独自トークン発行の必要性が解消されることになります。
もっとも、セキュリティーを確保するためには、各AVSはEigenLayer経由でなるべく多くのリステーキングを集めてPOSを行う必要があります。そのため、高いリターンを提示することなどにより、セキュリティー提供先を選定するオペレーターに対してアピールを行うことが想定されます。
(2) オペレーター
EigenLayerの仕組みを利用し、どのAVSへセキュリティー提供を行うかは、ユーザーにとってリターンの高低や、スラッシング(AVSへ虚偽情報を提供した場合に、ステーキングしているETH/LSTの一部を没収するペナルティー)リスクの大小に関わる重要な判断となります。もっとも、必ずしも各AVSの内容について精通しているわけではないユーザーにとって、適切なAVSを自ら選定することは困難である可能性があります。このためEigenLayerでは、ユーザーからの委任を受けたオペレーターが、セキュリティー提供先となるAVSを選定するという仕組みが用意されています。
なお、オペレーターはユーザーから委任を受けたETH/LSTを、同時に複数のAVSへのセキュリティー提供のために利用することが可能です。例えばユーザーから100ETH分のセキュリティー提供について委任を受けていた場合に、5つのAVSに対して当該100ETH分のセキュリティー提供を行う、といったイメージです(100ETHの委託を受けながら、合計500ETH分を運用していることとなります)。各AVSからのリターンが得られるため、ユーザーにとっては、セキュリティー提供先であるAVSが増えれば増えるほど利回りは高くなることになります。もっとも、多くのAVSを対象とするほどスラッシングリスクは高まるため、積極的なリスクを取って高い利回りを狙うのか、それとも低リスクで相応の利回りを取るのか、オペレーターごとの戦略が表れる可能性があります。
(1) EigenLayerポイント
EigenLayerでは「ポイント」が設定されています。具体的には、ユーザーは1ETH(LSTの場合にはETHに換算)を1時間リステーキングすることで1ポイントを獲得できます。そして、1ポイント1トークン換算で、EigenLayerによる独自トークン(EIGEN1)との交換が可能です。2024年4月29日にEigen Foundationが公表2したところによれば、EIGENの総発行トークン数(約16億7364万)のうち15%がAirDropされる予定とのことであり、2024年5月10日から実際にAirDropが開始されます。
こうしたポイントをEigenLayerを用意することのメリットは、EigenLayerでのリステーキング残高を増加させることでセキュリティー提供の実効性を高めることに加え、EIGENトークンを一気に普及させることができる、ということにあると思われます。
(2) Pendle経由でのリステーキング
EigenLayerの残高の増額と大きく関係するDeFiとしてPendleがあります。
Pendleは元々は金利のつくものを分割して取引する金利売買のDeFiです。具体的にはPendleではトークンを元本部分のトークン(Principal Token=PT)と利回り部分のトークン(Yield Token=YT)に分割して取引することができます。Pendleが各LRTと提携して行う「Pendle Point Party」では、Pendle経由でLRTをStakeすると、通常より多くのポイントがLRTからもらえる、という仕組みを導入し、これにより、EigenLayerへのリステーキングが加速したようです。
例えばETHをPendle経由→LRT経由→EigenLayer、とリキッドリステーキングする場合、YTに「LRTのstake報酬 + LRTのポイント + EigenLayerのポイント」を受け取れる、という仕組みのようです。
EigenLayerのようなリステーキングを提供する場合、暗号資産法のカストディ規制の適用の有無、金商法のファンド規制の適用の有無を考える必要があります。
EigenLayerに対するETHやLSTのデポジットがEigenLayerに対する暗号資産の寄託と考えられ、EigenLayerに暗号資産法のカストディ規制が適用されないか問題となります。
本邦のカストディ規制では下記のパブリックコメント等から、仕組み上、秘密鍵を利用して移転ができるシステムなのかが問題になります。
令和元年資金決済法等改正に係る政令・内閣府令案等に対するパブリックコメント結果39番 事業者が利用者の暗号資産を移転するために必要な秘密鍵を一切保有していない場合には、当該事業者は、主体的に利用者の暗号資産の移転を行い得る状態にないと考えられますので、基本的には、資金決済法第2条第7項第4号に規定する「他人のために暗号資産の管理をすること」に該当しないと考えられます。 |
この点、EigenLayerが公表しているドキュメントでは、従来の金融業界における「リハイポセケーション」(顧客からの預かり資産を担保に再利用すること)の仕組みとの類似性を否定しつつ、「ステイカーはステイクされたトークンについて 完全なコントロールを有する」ことが示されています4。すなわち、EigenLayer側ではユーザーから受け入れたETH/LSTについて、(スラッシングを除き)勝手に移転できないことが前提となっているものと思われます。この理解が正しい場合、EigenLayer側では秘密鍵の管理は行っていないのでは、と考えられます。
この点について具体的なリステーキングの場面からも確認をすると、まずEigenLayerでのネイティブステーキングでは、ETHのステーキング時の引出先(クルデンシャル)としてEigenPodsを指定することによりリステーキングが行われます。EigenLayerが公表するドキュメントでは、リステーキングの実施及びEigenPodsへの引出しはすべてユーザーの操作によって行われます5。また、EigenPodsに引出後のユーザーのETHについても、EigenLayerのスマートコントラクトにおいてあくまで担保提供目的/スラッシングにのみ利用できるようになっているのでは、と思われます。なお、スラッシングは2024年4月現在では、EigenLayerにおいてまだ実装されておらず、その詳細な仕組みについては確認できません。
次に、LSTのリステーキングの場合、LSTをEigenLayerにロックすることにより、リステーキングが行われるようです。ここでも、LSTのロックや引出しはすべてユーザーによって行われ6、セキュリティー提供のため以外にはロックされた当該LSTを利用できない(=秘密鍵を管理していない)という仕組みのように見受けられます。
このようにETHやLSTの自由な移転が行えないとされている場合、暗号資産法上のカストディ規制には服さないと考えられます。
ETH等のデポジットを受け、EigenLayerのオペレーターがそれを運用し、ユーザーに報酬の一部の分配を行う、また、ユーザーがスラッシングリスク等のペナルティリスクを負担する、という仕組みからは、EigenLayerがファンドに該当しないかが問題となります。
日本法でのファンド(集団投資スキーム)の定義は、概ね下記となります(金商法第2条第2項第5号、第6号)。仮にファンドに該当した場合、当該ファンドの権利を表彰するトークンは、電子記録移転権利になり(同法第2条第3項柱書)、その募集の取扱いや販売には第一種金商業の登録が必要になり(同法第28条第1項第1号、第29条)、トークンの発行者自身が募集又は私募を行う場合には、第二種金商業の登録が必要となります(同法第2条第8項第7号ト、第28条第2項第1号、第29条、金商法施行令第1条の9の2第2号)。
日本法によるファンド (A) ①組合契約、②匿名組合契約、③投資事業有限責任組合契約、④有限責任事業組合契約、⑤社団法人の社員権、⑥その他の権利(外国の法令に基づくものを除く。) (B) 当該権利を有する者(「出資者」)が出資又は拠出をした金銭(これに類するものとして政令で定めるもの=暗号資産を含む。)を充てて行う事業(「出資対象事業」)から生ずる収益の配当又は当該出資対象事業に係る財産の分配を受けることができる権利 (C) 次のいずれにも該当しないもの イ 出資者の全員が出資対象事業に関与する場合として政令で定める場合における当該出資者の権利 ロ 出資者がその出資又は拠出の額を超えて収益の配当又は出資対象事業に係る財産の分配を受けることがないことを内容とする当該出資者の権利(以下略) 外国法によるファンド (D) 外国の法令に基づく権利であって、上記の権利に類するもの |
上記(A)の「その他の権利」の概念は非常に広く、法形式の如何は問わず、①~⑤は例示列挙に過ぎないとされています。法文上は「権利」とされ、完全な分散型金融で発行されたトークンは「権利」に該当しないという議論はありえますが、しかし、発行体がいないという点で同様であるビットコインに関し、現在では何らかの権利性を認める見解が有力であり7、本稿との関係では、スマートコントラクトに対しても一応は何らかの権利が成り立つ、という前提で検討することとします。
また、上記(C)の例外事由にも該当しません。
問題は、上記(B)のうち、「出資又は拠出をした」、「充てて行う事業」、「収益の配当又は財産の分配を受ける」という点の解釈です。ETH/LSTがスマートコントラクトに拠出され、それがPOSの事業に利用され、その結果、得られた報酬(ETH)がユーザーに配分される、という点を単純に捉えると、「出資又は拠出をした」、「充てて行う事業」、「収益の配当又は財産の分配を受ける」のいずれも満たしそうにも見えます。
しかしながら、リステーキングの場合、通常のファンドとは以下のような点で大きく異なり、金商法の適用あるファンドではない、と議論可能と思われます。
① 通常のファンドの場合、出資を受けた金銭等は、ファンド運営者に完全に所有権が移転し、ファンド運営者は契約上の縛りはあるものの技術的には様々に使用できるのに対し、リステーキングの場合は、ETH/LSTの拠出はスマートコントラクトに対して行われ、EigenLayerやオペレーターが自由に使えるものではない。ETH等に対するオーナーシップ(所有権類似の権利)はユーザーが常に保有していると考えられる。
② 通常のファンドの場合、受け取った金銭等は株式の購入や事業資金等に使用され形を変えるのに対し、リステーキングでは、スマートコントラクトに送付されたETH/LSTは特に他のものに変えられることはなく、そのまま維持される。
③ ETH/LSTがロックされる理由は、バリデート作業やオラクル作業にあたり不正申告をした場合のスラッシング等を担保するために過ぎない。③ ETH/LSTがロックされる理由は、バリデート作業やオラクル作業にあたり不正申告をした場合のスラッシング等を担保するために過ぎない。
④ 上記①~③を踏まえ、リステーキングの法的性質を従来からの経済行為に例えると、ユーザーは一種の債務不履行責任を担保するための物上保証としてETH等をスマートコントラクトにロックしているに過ぎず、複数の相手方に対して物上保証を提供したことに対する報酬を受け取っているに過ぎない、と考えることができる。そしてこのような物上保証の提供や報酬の受領は、ファンドにいう「出資や拠出」、「充てて行う事業」という要件を満たすものではない。
前述(II 6)したように、EigenLayerではリステーキングの報酬としてポイントが付与され、そのポイントの量に応じてEIGENトークンのAirDropがなされます。こうしたリステーキングに伴うポイント配布について、日本法上は景表法の適用についての検討が必要となります。
景表法では、過大な景品類の提供が禁止されています。景品類とは、①顧客を誘引する手段として、②取引に付随して提供する、③物品や金銭など経済上の利益をいいます。また、経済的利益には(a)物品及び土地、建物その他の工作物、(b)金銭、金券、預金証書、当選金付証票及び公社債、株券、商品券その他の有価証券、(c)きょう応(映画、演劇、スポーツ旅行その他の催物等への招待又は優待を含む)、(d)便益、労務その他の役務、を幅広く含みます。この点、リステーキングによって得られるポイントは「景品類」に該当するかが問題となります。
EigenLayerポイントは、EigenLayerでのリステーキングへの強力な誘因効果を発揮しているとみられ、①顧客誘引性を当然満たすと思われます。また、③の経済上の利益については、上記(d)の「便益、労務その他の役務」は幅広く解釈されており、財産的価値があるものは当然として、通常、ユーザーがお金を払っても良いと思うようなものは全て「景品類」に該当しうると解釈されています。EigenLayerポイントはEIGENトークンのAirDropに紐づいており、ポイント自体がポイントマーケットプレイス(Whales Marketなど)において取引の対象となっています。このため、③も満たすと思われます。
これに対し、②取引付随性については該当しない可能性があると思われます。消費者庁は「正常な商慣習に照らして取引の本来の内容をなすと認められる経済上の利益の提供」(例:宝くじの当せん金、パチンコの景品、喫茶店のコーヒーに添えられる砂糖・クリーム)について、取引付随性を否定しています8。EigenLayerにてリステーキングを行うユーザーは、リステーキングに伴う報酬を目的として取引を行っていると思われます。そして、ユーザーはリステーキングに伴ってAVSから交付されるリターンだけでなく、EigenLayerから交付されるポイントまで含めて、リステーキングに伴う報酬として認識し、その利回りの高さゆえにEigenLayerでのリステーキングを行っていると考えられます。そうだとすると、EigenLayerポイントもまさに取引の本来の内容であり、取引に付随して提供される「景品」ではないという見方ができるのでは、と思われます。
なお、リステーキングの外部業者であるリキッドリステーキングについても法的論点を若干検討します。ただ、リキッドリステーキングの仕組みには様々なものがあると思われること、仮にスマートコントラクトを適切に設定している場合、論点としてはEigenLayerと同様になると思われること、から簡単にのみ記載します。
リキッドリステーキングサービスでは、それに対してETHを拠出すると、LRTが交付され、逆にLRTをリキッドリステーキングサービスに対して送付すると、ETHが得られる、と言う仕組みがとられます。
この行為が、ETHとLRTとの交換となり、暗号資産交換業の規制に服さないか問題となります。
しかしながら、LRTはETHの預託を証明するために交付されるものであり、このようなLRTの発行は、民法上の売買や交換には該当せず、よって、暗号資産の交換には該当しない(逆の場合も同様)のでは、と思われます。
リキッドリステーキングにおいても、ETHのデポジット等がカストディ規制に反しないか、という問題がありますが、秘密鍵の利用ができるシステムを検討する必要があります。
通常は秘密鍵を利用できないシステムだと思われ、その場合、暗号資産交換業規制は適用されません。
リキッドリステーキングについても金商法のファンド規制を検討する必要があります。
秘密鍵の管理がどのようになっているか等、検討する必要があると思われるが、スマートコントラクトによりあくまで担保のためにしか使用できないようになっている場合、EigenLayerやLIDO同様、ファンドには該当しないのではないか、と思われます。
ただ、業者が秘密鍵を流用できるような仕組みでETH等を集め、その上でEigenLayerにロックして収益を得ている、というような場合、ファンドに該当する可能性はあると思われます。
留保事項
・本書の内容は関係当局の確認を経たものではなく、法令上、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。また、当職らの現状の考えに過ぎず、当職らの考えにも変更がありえます。
・本稿は、ステーキング、リキッドステーキング、リキッドリステーキング、EigenLayer、LIDO等の利用を推奨するものではありません。
・本書はBlog用に纏めたものに過ぎません。具体的案件の法律アドバイスが必要な場合には各人の弁護士にご相談下さい。