本書のまとめ ・Web3プロジェクトにおいてトークンを用いた資金調達を行う場合、主な手法として SAFT・海外IEO・国内IEO・DEX上場 の4つがあり、それぞれに法的リスク・コスト・調達規模・市場適合性が異なります。 ・SAFT はプロジェクト初期における関係者向け調達手段として機能しますが、「業」該当性に注意が必要です。 ・海外IEO は大規模調達に適しますが、多国籍ストラクチャーと各国規制への対応が前提となります。 ・国内IEO は規制適合性と信頼性が高く、日本市場向けには有効ですが、審査負担と調達規模に限界があります。 ・DEX上場 は技術的には簡便ですが、プロモーション等を通じた違法勧誘リスクが高く、慎重な運用が求められます。 ・これらは排他的な選択肢ではなく、シード期:SAFT → 成長期:IEO → 展開期:DEX といった段階的・併用的活用が実務上有効です。 ・なお、上場企業やIPO準備企業がトークン発行を行う場合には、会計処理や監査法人との調整が極めて重要な検討項目となります。特に、発行体の連結可否やトークンの性質整理(収益認識を含む)を巡って、プロジェクト初期からの設計と監査対応方針の明確化が求められます(詳細は末尾コラム参照)。 ・成功には、初期設計時からの専門家関与と、将来的な変更に耐えうる柔軟な設計、継続的な規制・税務モニタリング体制の構築が不可欠です。プロジェクトの特性と目的に応じたスキーム選択が、中長期的な成功を左右します。 |
Web3プロジェクトにおいては、トークンを利用して資金調達がなされることがあります。
この方法としては、初期段階でSAFT(Simple Agreement for Future Tokens)により関係者から資金調達を行い、その後、海外IEO、国内IEO、DEX上場を行うなど、複合的、段階的な資金調達をする実務が多く見られます。
これらの手段は、それぞれにメリット・デメリットがあるほか、規制上の論点も異なります。設計段階での検討不足は事後的な重大な規制対応を要する結果を招きかねません。
本稿では、トークン発行をめぐる資金調達スキームについて、その経済的構造と法的考慮事項を整理して検討します。
SAFT(Simple Agreement for Future Tokens)は、「将来発行されるトークンの引渡しを約束する投資契約」です。米国の著名VCであるY Combinatorが開発したSAFE(Simple Agreement for Future Equity)を暗号資産業界向けに応用したもので、Web3プロジェクトの資金調達で広く利用されています。
SAFTは資金調達の初期段階で使用され、この時点ではトークンはまだ存在しません。出資者は、将来発行されるトークンを一定条件下で受け取る権利を得ます。契約には通常、トークン引渡条件、ロックアップ期間、価格算定方法、クローズ要件等が規定されます。
SAFTは、契約内容によって暗号資産の売買(暗号資産交換業)または集団投資スキーム(第二種金融商品取引業)として規制対象となる可能性があります。
将来の一定時期にトークンを付与し、対価を先履行で受け取る契約と捉えれば暗号資産の売買に該当します。他方、資金を集めてトークンの開発を行い、将来、配当や元本償還としてトークンを渡す契約と捉えれば集団投資スキームに該当すると考えられます。前者の場合には「業として」行う場合には暗号資産交換業の登録が、後者の場合には「業として」行えば第二種金融商品取引業の登録が必要となる可能性があります。
このような登録なしでSAFTを日本で一般募集することは極めて困難です。
上述の「業として行う」とは対公衆性と反復継続性を要する概念です。現実に対公衆性ある行為が反復継続して行われている場合のみならず、対公衆性や反復継続性が想定されている場合も含まれます。
対公衆性の判断においては、不特定多数者という要素に加え、取引相手方の要保護性も重要な考慮要素となります。この解釈は明確ではありませんが、筆者らとしては以下の要素が総合的に判断されると考えます:
「業」に関する実務上の留意点
筆者らとしては、複数の関係者が集まってプロジェクトを開発・運用する場合において、その関係企業や主要メンバー等、販売先を限定してSAFTを販売するケースでは、「業」に該当せず、金融規制に服さない可能性があると考えています。
もっとも、「業」概念には法的不確実性があるため、どの程度の規模・頻度であれば問題ないか、販売先の限定がどこまで有効かといった点については、個別案件ごとに慎重な検討が必要です。特に将来的な展開を視野に入れると、初期段階での設計が後の規制判断に大きく影響する場合があります。
また、取得目的が純投資である場合と、事業協力目的である場合とでは、特定性や要保護性の観点から異なる評価がなされる可能性があり、当事者がどこまでリスクを取るかという点とも関係してきます。明確な判断基準が存在しない領域であるため、法的な不確実性を踏まえたうえでの検討が不可欠です。
海外IEO(Initial Exchange Offering)は、グローバル暗号資産取引所において、発行体が自らのトークンを新規上場(リスティング)させ、パブリック販売する資金調達手法です。実務上は、Binance、Gate.io、Bitget、MEXC、OKX、Bybit等の取引所が頻繁に利用されており、形式上は取引所がトークンを引受け、販売を行う構造を取ることが一般的です。
特に、2020年頃までは国内にIEO制度が整備されておらず、事実上、選択肢は海外IEOに限られていました。現在においても、大規模な資金調達やグローバル展開を志向するプロジェクトにとっては、海外IEOが依然として有力な選択肢となっています。
海外IEOには以下のような利点があります:
筆者が関与した案件においても、日本市場の規模的制約やIEOスキームの柔軟性の観点から、海外IEOが選択された事例が多数存在します。
海外IEOの実施には、複数の海外法人を設立する必要があり、いわゆる多国籍ストラクチャーが前提となります(詳細は下記(4)参照)。これにより、海外法人の設立・維持管理費用、法務・会計体制の整備など、初期段階でのコストは数千万円〜数億円規模に達することもあります。
例えば、BVIやケイマン等のタックスヘイブンに現地法人を設立し、形式的に現地ディレクターを雇用することで実体性を確保するケースもあります。ただし、トークン発行事業に対してはリスクを懸念する現地人材も多く、報酬が年間数百万円に達することもあり、費用対効果の観点からも慎重な判断が求められます。
また、多くの海外取引所ではリスティング費用が高額に設定されており、法定通貨またはUSDC/USDT等のステーブルコインによる支払いが一般的です。その金額は、数億円から10億円規模に達する事例も見られます。
さらに、海外IEOではコミュニティ規模やマーケティング能力が重視される傾向が強く、上場予定トークンの一部をマーケティング目的や取引所インセンティブとして、無償または極めて低額で提供することが求められるケースもあります。中には、調達額の相当部分が手数料やマーケティング原資として消化される設計のスキームも存在します。
IEOの成否は、どの取引所を選定するかによって大きく左右されます。取引所の信頼性、既存ユーザー層、IEO後のマーケット支援の有無、上場の審査水準などを総合的に検討しなければなりません。
日本の取引所と異なり、海外取引所については透明性や情報開示が限定的であり、事前調査と取引条件の確認が不可欠です。
海外IEOを行う取引所の中には、当該国や第三国において暗号資産規制の適用が明確でないケースが多く、規制変更によって販売停止や流通停止といった事態が生じる可能性もあります。
また、日本法の観点からは、たとえ発行体が海外法人であっても、日本居住者が販売やプロモーションに関与すれば、暗号資産交換業・有価証券の規制対象となる可能性があります。
典型的な構成モデル
海外IEOの実施にあたっては、以下のような多国籍ストラクチャーが、実務上しばしば採用される典型的なスキームです:
この構成は、各地域の制度的・実務的な特性を踏まえたものであり、プロジェクトの実行可能性・ガバナンス設計・規制対応を支える基盤として機能します。
各法人の役割・意義
それぞれの法人の役割は下記のようになります。これらのストラクチャーは、単なる節税スキームではなく、規制順守、事業の実体確保、DAOに適したガバナンス、中立的な資金管理体制、国際法務との整合性といった観点から総合的な合理性を備えていると考えられます。
そのため、暗号資産関連の国際的プロジェクトでは、本構成が事実上の業界標準として採用されている実態があります。
BVI法人の活用理由 BVI(英領バージン諸島)は、英米法を基礎とする法制度を採用しており、暗号資産ビジネスに対して一定の制度整備が進んでいます。トークン発行体法人の設立先として、実務上は以下の理由で評価されています: ・制度的透明性の確保:Virtual Assets Service Providers Act 2022(VASP法)により、暗号資産関連ビジネスに対する登録制度が整備されており、一定の法的予見可能性が認められます。 ・開示負担の軽減:登記上の情報開示要件が限定的であり、投資家以外に対する開示負担が相対的に軽く、匿名性も一定程度維持可能です。 ・国際法務との整合性:英米法ベースの法体系であるため、SAFT契約・Token Terms・ホワイトペーパー等を英語・コモンロー前提で設計しやすく、グローバルな実務との親和性が高いです。 ・実務体制の整備:現地において弁護士・会計士・登記エージェント等との連携体制が整っており、法人設立・維持管理の手続も比較的スムーズです。 なお、BVIにはファウンデーション制度(財団型法人格)が存在しないため、トークン管理やDAOガバナンスといった用途には不向きであり、別途ケイマンでファウンデーションを設立するのが一般的です。 ケイマン・ファウンデーション・カンパニーの活用理由 ケイマン諸島も英米法系の法制度を採用しており、国際的な信託・ファンドビークルの設立先として知られています。とりわけ、Foundation Companies Act 2017により、DAOや中立的なトークン管理主体としての活用が可能です。主な活用意義は以下のとおりです: ・ガバナンスの中立性:株主や役員の意向に左右されず、特定のトークンホルダーやステークホルダーによる分散的ガバナンス設計が可能です。 ・DAO設計への柔軟な対応:投票権、意思決定機構、目的条項などを定款で自由に設計できるため、スマートコントラクトとの整合性がとりやすく、DAO体制の中核母体となり得ます。 ・法的安定性と柔軟性の両立:財団でありながら法人格を有し、トークンの発行・管理・バーン等に関する実務的な契約主体として機能できます。 ・CFC税制等への備え:発行体法人(例:BVI)との間でガバナンス・経済的独立性を制度的に確保でき、日本法人からみた場合の外国子会社合算税制(CFC)の適用回避にも資する構造です。 ただし、ケイマンではトークンの発行・販売自体を同財団が担うことには慎重な運用が必要とされ、一般にはトークン発行はBVI等の法人が担い、ケイマン財団はガバナンスや資金管理、投票機能の母体として補完的に機能する構成が多く採られます。 シンガポール/香港法人の設置理由 実際の技術開発・マーケティング活動・カスタマーサポート等の実働部隊は、以下の理由からシンガポールや香港等に設置されるケースが多く見られます: ・実体のある事業活動の確保:現地にエンジニアやマーケティング人員を配置することで、名目的でない実働体制を整備できる。 ・制度環境の整備:ビザ、知財、法人登記等の制度整備が進んでおり、暗号資産事業者にとって友好的な規制環境が整っている。 ・継続的活動の基盤整備:必要に応じて金融ライセンスの取得も可能であり、将来的な事業のスケーラビリティにも対応しやすい。 |
海外IEOは、調達規模・市場展開・分散型設計の観点から極めて魅力的ですが、その実現には、多額の初期コスト、高度な法務・税務・ガバナンス設計能力と、長期的な運営体制の構築力が求められます。
プロジェクトの特性・資金・人材・リスク耐性に応じて、安易な期待感ではなく、現実的な執行可能性に基づいた意思決定が必要です。
国内IEOは、日本の暗号資産交換業者において、発行体がトークンを新規に上場させ、パブリック販売する手法です。
実施プロセスは以下の段階的な手順を経る必要があります:
プロセス | 内容 |
①暗号資産交換業者との契約締結 | 発行体と交換業者間での基本契約(「IEO支援契約」や「基本業務委託」) |
②暗号資産交換業者によるJVCEAへの審査依頼 | 日本暗号資産取引業協会への正式申請 |
③暗号資産交換業者による金融庁への届出 | 監督官庁への最終届出 |
ICOブーム期(2017年)
2017年にICOブームが到来し、暗号資産交換業者が発行体となったCOMSAやQASHを初め、相当数のICOが実施されました。
冬の時代(2018-2020年)
2017年末以降、国内で暗号資産を販売する際には原則として暗号資産交換業者を通じて行うことが必要となり、かつ、2018年から2020年頃まで、いわゆる「暗号資産の冬の時代」が継続し、国内IEOの実施は事実上困難な状況にありました。
市場復活期(2020年以降)
2020年にHashPort社によるパレットトークン(PLT)が第一号IEOとして実現して以降、徐々に市場環境が整備されてきています。現在までにフィナンシェトークンやNippon Idle Token、Not A Hotel Tokenなどを含め約10件弱 の国内IEOが実施されており、制度的な成熟度も向上しています。主要な国内暗号資産取引所がそれぞれIEOサービスを提供し、競争環境も形成されています。
項目 | 審査内容 |
① 勧誘・広告関連 | トークンの販売前に行うマーケティング活動、広告表示、SNS等を通じた広報内容が、誤認を招いたり、過度な期待を煽るものでないかを審査。 |
② ホワイトペーパーの記載内容 | トークンの機能、技術仕様、分配計画、リスク要因などが適切に記載され、投資判断に必要な情報が網羅されているかを確認。 |
③ 内部統制・コンプライアンス体制 | 発行体と取引所との情報遮断措置(Chinese Wall)、トークンの鍵管理、社内統制体制の整備状況を点検。 |
④ 価格操作防止策 | 初期保有者の分布、自己取引制限、価格形成の公平性(市場価格との乖離防止)など、市場操作リスクを抑止する仕組みの有無を確認。 |
⑤ マネーロンダリング対策(AML/CFT) | トランザクション追跡体制、KYC(本人確認)、トラベルルール対応等、犯罪収益移転防止のための措置を審査。 |
⑥ 技術的要件 | スマートコントラクトコードの監査証明、脆弱性報告対応体制、ネットワーク構成や依存性など、技術的な信頼性を評価。 |
⑦ 事業計画の妥当性・財務基盤の安定性 | トークン発行の資金使途、収益構造、将来の運営体制、発行体の財務健全性・継続企業性を含めた事業の実現可能性を確認。 |
審査の特徴
これらの審査は、発行体と取引所の間で十分な準備と調整を要することが多く、複数回の修正・補足対応を経て、ようやくJVCEAに申請されるケースが一般的です。
海外のIEOにおいても一定の審査は存在しますが、筆者の関与経験上、ガバナンス体制や投資家保護の観点からは、国内IEOにおけるJVCEA審査の方が一般的により詳細かつ厳格に実施されていると考えられます。この厳格性は投資家からの信頼性向上には寄与しますが、その反面、準備期間の長期化や実務負担の増大といったハードルを伴います。
検討内容 | 詳細内容 |
①調達規模に関する考慮 | ・現在の調達額:数億円〜10億円程度が標準的 ・大規模調達の制約:数十億円を超える場合、投資家層の厚みの観点から制約となる可能性 ・投資家の質:国内市場は質の高い投資家層を有している |
②交換業者との戦略的連携 | ・提出案件数の制限:実務上JVCEAへの同時提出可能数に制限 ・交換業者の特性:ユーザー数、得意分野(ゲーム、エンタメ、実物資産等)、審査アプローチに特徴 ・関係構築の重要性:早期からの関係構築と綿密なコミュニケーションが成功要因 |
③審査期間とスケジュール管理 | ・標準的審査期間:数ヶ月〜半年程度 ・追加対応の可能性:審査過程で追加対応が求められる場合があるため、余裕を持った計画が推奨 |
④税務上の考慮事項 | 従来の問題 いわゆる「Astar問題」: 例えば時価総額100億円のトークンで10億円を調達した場合、残る90億円分についても期末時価評価し27億円の課税。これにより国内トークン発行は事実上困難とされ、起業家の海外流出が相次いだ 現在の状況 |
審査ルールの明確化、予見可能性の向上、投資家保護制度の確立等、国内IEOの制度的基盤は着実に整備されつつあります。特に以下の要素を重視するプロジェクトにとっては、国内IEOは有力な選択肢となりえます。
項目 | 内容説明 |
①規制への適合性の確保 | 日本居住者をメインターゲットとするプロジェクトの場合、規制を順守した販売チャネルの確保は不可欠です。国内IEOを通じた調達は、資金決済法・金融商品取引法等の適用を前提に適法性を担保する仕組みとして機能します。 |
②当局との関係構築 | 長期的な事業展開において、関係当局や自主規制機関(JVCEA等)との建設的な関係性は、将来的な制度変更や許認可の必要性が生じた際にも大きな資産となります。 |
③投資家保護と信頼性 | 国内IEO案件は、JVCEAによる審査を経て上場されるため、発行体の体制整備やホワイトペーパーの記載内容が一定の基準に適合していることが確認され、投資家にとって安心材料となります。 |
④税務・会計の簡素化 | 多国籍ストラクチャーを採用する海外IEOと比べ、国内法人ベースでの資金調達であれば、税務・会計処理が相対的に単純化され、実務負担が軽減されます。 |
⑤日本語でのコミュニケーション | 情報開示、ホルダー対応、カスタマーサポート等を日本語で一貫して実施でき、日本人ユーザーとの信頼構築やエンゲージメント強化が容易になります。 |
比較項目 | 国内IEO | 海外IEO |
調達規模 | 数億円〜10億円程度 | 数十億円規模も可能 |
審査の厳格性 | JVCEA基準により詳細かつ厳格 | 相対的に緩やか、取引所により差が大きい |
ストラクチャー | 日本法人での実施が可能 | 多国籍ストラクチャーが前提 |
コスト構造 | 審査コスト、比較的予見可能 | 設立・維持費用、リスティング手数料が高額 |
規制リスク | 明確な規制フレームワーク | 規制不透明性、複数法域への対応が必要 |
これらの比較を踏まえ、プロジェクトの性質、調達目標、チーム体制、リスク許容度等に応じた適切な選択が重要となります。
DEX(分散型取引所)上場は、中央集権的な取引所(CEX)を介さず、ブロックチェーン上のスマートコントラクトを通じてトークンの取引を可能にする手法です。代表的なDEXとしては、Ethereum上のUniswap、BSC上のPancakeSwap、Polygon上のQuickSwap等が挙げられます。
DEXでは、CEXとは異なり、流動性プールと呼ばれる仕組みを通じて取引が実行されます。発行体またはコミュニティが流動性プール(例:ETH/新規トークンのペア)に資金を提供することで、自動マーケットメーカー(AMM)のアルゴリズムにより価格が決定され、取引が可能となります。
DEXを通じたトークン上場は、手続きの簡易さやコスト面での優位性がある一方、流動性確保や法的リスクにおいて課題も多く、十分な理解と準備が必要です。
観点 | 内容 |
手続きの簡素性 | 審査や中央管理者の承認が不要で、即時上場が可能。スマートコントラクトのデプロイと流動性の提供のみで取引を開始できる。 |
コスト構造の簡素性 | 上場に関する費用が極めて低く、ガス代および開発費程度で済む。取引所への上場手数料なども不要。 |
アクセスの開放性 | 地域や投資家属性を問わず、誰でもウォレット経由でトークンを取引可能。グローバルなアクセス性が確保される。 |
検閲耐性 | 一度デプロイされたスマートコントラクトは原則として変更・削除ができず、特定の主体による制御が困難。 |
観点 | 内容 |
流動性の確保 | 十分な流動性を自己資金で提供する必要があり、不足すると価格の乱高下や取引不能リスクが高まる。 |
マーケティングの難しさ | 取引所の支援がないため、初期の認知獲得・コミュニティ形成に高度な戦略が必要。 |
技術的リスク | スマートコントラクトの実装ミスや監査不備によるバグ・ハッキング等のリスクを自ら管理する必要がある。 |
価格操作リスク | 板が薄く、ボラティリティが高いため、悪意ある市場操作(例:フロントランニング)に弱い傾向がある。 |
観点 | 内容 |
日本居住者の排除困難性 | DEXの構造上、地域制限の実装が困難であり、日本居住者への提供リスクを回避しにくい。 |
実効性に乏しい対応策 | 「日本居住者向けではない」との免責表示や日本語UIの排除といった措置は、形式的に留まりがちで、法的リスクを十分に低減しない。 |
将来的な規制対象化 | 「誰でもアクセス可能」という構造が、かえって当局の規制強化対象となる可能性を高める。 |
スマートコントラクトの変更不能性 | 一度上場したスマートコントラクトは変更が困難であり、将来的な規制対応に柔軟に追随できない。 |
DEX上場は、技術的には最も簡便かつ迅速な資金調達手法の一つですが、法的リスクの管理が最も難しい選択肢でもあります。特に日本法人や日本居住者が関与するプロジェクトにおいては、「DEXなら問題ない」といった形式的理解は誤解を招きやすく、実務上極めて危険です。
とりわけ重要なのは、プロジェクトによるマーケティング活動との関係です。上場後は、流動性確保やユーザー獲得のため、SNSやAMA、広告等による積極的な情報発信が不可避となりますが、これらが日本居住者に対する投資勧誘と評価される可能性があり、無登録営業や表示規制違反といった法的リスクを伴います。
また、DEXはその構造上、日本からのアクセス制限や販売対象者の制御が困難であり、「日本居住者を対象としない」といった免責表示や、UI上の制限だけでは実効性に乏しいのが現実です。英語のみでの情報発信、日本向けプロモーションの回避といった一定の配慮は可能ですが、法的リスクを実質的に排除する手段とはなり得ません。
このような状況を踏まえると、DEX上場は、あくまで補完的・段階的な手段としての活用が現実的であり、単独での資金調達手法として依拠するのは推奨されません。採用にあたっては、プロジェクトの性質、フェーズ、他スキームとの併用可能性等を踏まえた総合的な検討が必要です。
以上から、DEX上場は技術的利便性に優れる一方で、法的持続性の観点からは極めて慎重な取り扱いが求められるスキームであり、初期設計段階から法的助言を得た上で、マーケティング方針や情報発信方法を含めた実態整備を行うことが不可欠です。
ここまでに述べた各スキームの特徴を踏まえ、実務上の選択にあたって考慮すべき要素を整理します。プロジェクトの類型、調達規模、法的スタンス等に応じて、各手法の採用・併用・段階的活用をどう位置づけるかが重要な検討課題となります。
以下では、「①プロジェクト類型」「②調達規模」「③法的スタンス」の3つの視点からの傾向整理に加え、選定マトリクスや実務的戦略を提示します。
プロジェクト類型 / 調達規模 | 数千万円以下 | 5-10億円 | 数十億円以上 |
グローバル向けインフラ系 (L1/L2、DeFi等) |
DEX上場※ SAFT(関係者向け) |
海外IEO SAFT→海外IEO |
海外IEO (多国籍ストラクチャーにより対応) |
日本市場向けサービス型 (ゲーム、IP活用等) |
国内IEO DEX上場※ |
国内IEO +海外IEO検討 |
海外IEO 但し、国内利用に関する規制を要検討) |
実験的・小規模コミュニティ型 | DEX上場※ SAFT(小規模) |
国内IEOまたはDEX併用 | 海外IEO(段階的拡張) |
※DEX上場には法的リスク評価・プロモーション制限の検討が不可欠
各手法の特性比較
手法 | 審査期間 | コスト水準 | 法的リスク | 調達可能規模 | 主な適用場面 |
SAFT | 1-2ヶ月 | 低 | 中(業該当性) | 限定的 | 立上げ期、関係者資金調達 |
海外IEO | 2-4ヶ月 | 高 | 中(多法域対応) | 10億円以上 | グローバル展開、大規模調達 |
国内IEO | 3-6ヶ月 | 中 | 低(明確な法適用) | 数億~10億円 | 日本市場に特化、信頼性重視 |
DEX上場 | 即時 | 極低 | 高(居住者向け違法韓勧誘リスク) | 不確定 | 初期流動性確保、試験導入 |
各手法は「排他的選択」ではなく、「段階的活用」や「役割分担による併用」が実務上効果的です。
フェーズ | 手法 | 目的 | 調達規模目安 |
Phase 1: シード期 | SAFT(関係者限定) | プロジェクト初期立ち上げ、チーム形成 | 数千万~数億円 |
Phase 2: 成長期 | 国内IEO/海外IEO | 本格開発・認知獲得・マーケティング | 5~50億円 |
Phase 3: 展開期 | DEX上場 | 流動性確保、グローバル市場参加 | 上限なし(変動) |
トークン発行スキームは、選択後に後戻りが困難となる構造的特徴を持ちます。したがって、プロジェクト初期段階から、以下の原則を踏まえた意思決定が不可欠です。
トークン発行スキームは、一度設計・実装されると修正が困難であり、初期段階での的確な設計が成功の可否を大きく左右します。以下では、実務で頻出する課題と対応策を、プロジェクトのフェーズに沿って整理します。
主な失敗 | 問題の所在 | 実務上の対応 |
法務が回し | SAFTやIEOの構造が後付けになり、規制に抵触 | トークン設計段階から弁護士が関与し、規制対応を事前検討 |
税務設計の甘さ | CFC税制・期末評価課税など想定外の課税が発生 | 設立地・キャピタルゲイン課税・移転価格の整理と事前シミュレーション |
コミュニティ戦略不足 | 技術水準は高いが支持基盤がなく、上場後の流動性が形成されない | トークンのユーティリティ設計、報酬・投票設計等の導入 |
規制対応が断片的 | 制度改正・運用変更に追随できず違法状態に陥る | 継続的な規制フォローと、見直し体制の構築 |
Phase 1:企画・構想
Phase 2:調達準備・実行
Phase 3:上場・運営段階
フェーズ | 専門家 | 主な役割 |
企画段階 | 弁護士・税理士 | スキーム構築、規制・税務対応の基本設計 |
設計段階 | 弁護士(多法域)・会計士・技術監査会社 | 規制適合性チェック、会計処理、コード監査 |
調達段階 | 弁護士(募集規制)・マーケター | 勧誘規制、販売体制整備、プロモーション対応 |
運営段階 | 弁護士・コンプラ担当 | 継続的法令対応、投資家対応 |
《コラム》上場企業によるトークン発行と連結・監査対応の実務的課題 |
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※本コラムについては、公認会計士齊藤洸氏および同柚木庸輔氏よりご助言をいただきました。但し、ありうべき誤りは全て筆者らに帰します。 近年、上場企業がトークン発行を検討するケースが徐々に増えていますが、特に課題となるのが「会計監査・連結財務諸表上の取り扱い」です。特にトークンの法的性質が明確でない場合、会計基準上の評価が困難となり、監査法人の了承が得られず、プロジェクトが頓挫する事例も少なくありません。 ◆ 主な論点:トークンの法的性質と連結可 監査上の懸念点は、主に以下の2点に集約されます: 1. 発行体の連結対象該当性 上場企業自体が発行体とならず、発行体を別に設ける場合、当該発行体が連結対象と判定されるのかが問題となります。連結対象とされた場合、当該発行体のトークンの発行に関する会計処理や期末に保有するトークンの会計処理(期末評価、損益処理等)について、上場企業の監査上の説明責任が発生します。 2. トークンの法的性質が確定しておらず、会計処理が不透明 トークンが暗号資産、前払式支払手段、有価証券、ポイント等のいずれに該当するかが問題となることが多く、資金決済法上「暗号資産」と分類される場合でも、私法上の権利義務関係(何の対価として発行されるか、いかなる機能・価値を持つか)が曖昧な場合には、会計処理の前提が不明確となります。 暗号資産であるトークンの販売による資金調達においては、調達額の全額を「売上」として計上することが通例です。しかし、いつの時点で収益を認識すべきかについては、発行に係る会計処理が「資金決済法における暗号資産の会計処理等に関する当面の取扱い」で明示されておらず、「収益認識に関する会計基準」も暗号資産を対象外としていることから、適用するべき会計基準が不透明です。 仮に「収益認識に関する会計基準」の考え方を適用した場合でも、トークン販売が将来のサービス提供と結びつく場合、その履行義務の有無や履行時点の判断が求められます。この点は会計士にとっても判断が難しく、私法上の性質整理が不可欠となる場面が多いのが実情です。 【対応方針①】連結回避の構造設計 日本基準やUS-GAAPにおける連結範囲の決定ルールでは、支配力の有無で連結対象が決まります。実務では、発行体を連結対象外とするために独立した法人設計を行ったり、トークンの表章する権利・義務の内容を決めたりする方針が取られることもあります。 <代表的な手法> ・発行体との資本関係を排除(完全な第三者法人とする) ・発行体の役員に上場企業の関係者を関与させない(OBの起用、形式分離) ・発行体と上場企業の間に重要な契約を締結しない こうした設計により、連結回避の可能性を高めることができます。実務上は、ファウンデーションや第三者法人を株主とし、開発・運営等の業務を別会社で担い、サービス契約等で報酬を受け取るといった手法も検討されます。 ただし、大企業の場合には「自社グループと無関係な法人がトークンを発行する」こと自体に対する社内の説明責任もあり、設計には慎重な配慮が必要です。また、US-GAAPにおいては「変動持分事業体(VIE)」等の具体的なルールがあり、経済的実態を個別具体的に設計する必要があります。いずれの会計基準でも単純な形式分離では対応できない点に留意が必要です。 【対応方針②】トークン性質整理と連結前提の対応 他方で、「連結対象とする前提で、トークンの性質と会計処理を構築する」アプローチもあります。この場合には: ・トークンの利用目的・設計内容に基づく明確な法的整理(→ 会計整理) ・法務・税務・会計・監査法人が初期段階から連携して論点整理・対応方針を作成 この方法は一定の準備・コストを要しますが、Web3事業を自社グループ内に中核事業として位置づけたい場合には、現実的かつ堅実な対応策といえます。 暗号資産の発行について明示的に定めた会計基準はないため、企業の判断で会計方針を定めて会計処理を行うことが考えられます(「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」参照)。会計方針を定める際、暗号資産を販売したという実態をとらえて「収益認識に関する会計基準」を参照することも考えられます。この場合においては、「履行義務の識別と充足」に関する判断が求められ、トークンが何らかのサービス提供義務と結びつく場合、受領した対価を一括で収益に計上できず、一旦契約負債に計上の上、段階的に収益認識されることもあると考えられます(結果として売上計上が後ろ倒しとなる)。この際、会計士からは「どのような法的整理がなされているか」が重要な論点とされ、弁護士による意見書提出が要請される場面も少なくありません。 筆者らとしては、トークンの性質整理は、設計初期段階から法的観点で丁寧に構築すれば比較的明確にできると考えますが、会計士・監査法人の理解と納得を得るためには、事前協議と一貫した整理が不可欠です。 ◆ 参考資料 本論点については、一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)および一般社団法人日本暗号資産取引業協会(JVCEA)が共同で公表した「暗号資産発行者の会計処理検討にあたり考慮すべき事項」30頁以降、《付録:法的義務の明確化と会計判断の例》も参考になります(※下記リンクの「資料2」)。 https://cryptocurrency-association.org/news/release-info/20230906-001/ また、同日には日本公認会計士協会(JICPA)から「Web3.0関連企業における監査受嘱上の課題に関する研究資料(公開草案)」が発出されており、 その最終公表版も以下からご覧いただけます: https://jicpa.or.jp/specialized_field/20231120aef.html ◆ 結論 このように、上場企業にとってトークン発行における最大のリスクは「監査対応」であり、初期段階から法務・会計・税務の横断的な連携による設計が不可欠です。Web3領域への進出を戦略的に位置づける場合には、社内の会計・監査体制と整合的なトークン設計こそが、成功の鍵となります。 |
留保事項
・本書の内容は、関係当局の確認や承認を得たものではなく、現行法令に基づき合理的に構成し得る議論を筆者らの見解として記載したにすぎません。今後の法令改正や実務運用の変化等により、見解は変更される可能性があります。
・本稿は、トークンを用いた資金調達または投資を推奨するものではありません。
・本書は一般的な理解を目的としてBlog向けに簡潔に取りまとめたものであり、特定の案件への法的・税務的・会計的アドバイスを構成するものではありません。個別案件については必ず弁護士、税理士、公認会計士等の専門家にご相談ください。
本稿本文では、トークン発行における代表的な資金調達手法と、それぞれの法的・実務的検討事項について概観しました。
実際のプロジェクトでは、トークンの性質や対象地域、関係者構成に応じて、規制の適用関係や対応方針が大きく異なります。当事務所では、これまで以下のようなご相談を数多くいただいています:
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プロジェクトの段階やご相談内容に応じて、以下の方法でサポートしております。
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※詳細な調査や継続的なサポートが必要な場合には、別途お見積りをご提示いたします。
近年、量子コンピューターをはじめとする「量子技術」が急速に注目を集めています。具体的には、従来の情報技術を超える高い演算能力や暗号技術の革新などが期待され、実用化に向けて国内外で様々な主体による開発が進んでいます。
一方で、既存の暗号が破られるリスクなど新たな課題も顕在化しつつあり、安全保障やサイバーセキュリティ、契約実務においても、量子技術への対応が問われる局面が増えると想定されます。本記事では、量子技術の代表として量子コンピューターに焦点を当て、その概要と現時点での日本法上の主要な論点を整理します。
【筆者略歴】 2010年に司法試験合格後、日本銀行にて勤務。システム部署においてシステムの調達やリスク管理を長く担当したほか、金融部署や国際関係部署などへの所属、海外MBA(INSEAD)への留学経験を有する。創・佐藤法律事務所においては、Web3、フィンテック、その他スタートアップ法務や企業法務を取り扱っている。 量子技術に関しては、文部科学省の「光・量子飛躍フラッグシッププログラム」の助成を受けた人材育成プログラム(「Q-Quest」)に参加し、同プログラムのビジネスコンテストにおいて受賞経験がある。同プログラム終了後も量子ビジネスの立ち上げに向けた検討を進めており、ビジネスサイドから見た量子技術に関する知見も深めている。 |
1. 国家安全保障関連法制 ・外為法 2024年、2025年の政省令改正で、量子コンピューター本体や関連品目が輸出・技術提供の許可対象に。現在進行形で規制が拡大しつつあり、メーカー等は規制対象について継続的な注意が必要。 ・経済安全保障推進法 「量子情報科学」が「特定重要技術」に指定され、官民協議会や大型補助金を通じた研究開発支援の対象に。また、現時点で量子技術は「特許非公開制度」の対象外だが、将来指定の可能性も否定できない。 ・重要経済安保情報保護活用法 2025年5月施行。重要インフラ・重要物資サプライチェーン関連情報を保護・利活用する仕組みを定める。これらに関連すれば、量子技術関連情報も「重要経済安保情報」として厳格管理の対象となりうる(ただし政府保有情報に限る)。 2. サイバーセキュリティ法制 現行法には量子技術や量子耐性暗号への直接言及はないものの、量子コンピューター普及による脅威が高まれば既存法に基づく対応が求められ得る。 ガイドラインレベルでは動きが始まっており、2024年10月には金融庁ガイドラインにおいて量子コンピューターへの留意が明記され、2025年5月には大手銀行・地方銀行に量子耐性暗号への速やかな移行の要請が出されている。 3. 量子コンピューター利用に関する契約上の論点 量子計算固有の課題・特性について、古典コンピューターとは異なる責任範囲や免責条項(確率的結果、潜在エラー等)を契約で定めることが必要となる可能性。 実機の大規模・高額化を踏まえ、クラウド型量子コンピューティングによる利用が一般的な利用方法だが、品質保証(エラー率や稼働率等)については標準的な取扱いが未確立。各社は品質に関する様々な指標を公表している。 |
量子コンピューターは、量子の「重ね合わせ」、「もつれ」、「量子トンネリング」といった特性を利用して計算を行います。これにより、特定の問題に関して従来型コンピューター(=「古典コンピューター」)よりも非常に高速な計算が期待されています。
【用語説明】 ・重ね合わせ(Quantum Superposition) 古典コンピューターのビットは「0」か「1」の状態しか取れませんが、量子ビットは同時に「0でもあり1でもある」状態を作れます。例えばコインが回転している間は、まだ表とも裏とも決まっていないようなイメージです。この重ね合わせにより、量子コンピューターは1つの量子ビットで複数の計算パターンを並行処理でき、特定の課題で古典コンピューターより大幅に高速な演算を実現します。 ・もつれ(Quantum Entanglement) 複数の量子ビットが互いに状態を連携させたまま存在する現象です。たとえば2つの量子ビットがもつれた場合、一方を測定すると瞬時に、かつ距離に関係なく、もう一方の状態が確定します。この性質を利用して、ビット同士を結びつけて複雑な並列計算を行ったり安全性の高い量子暗号通信を実現できると期待されています。 ・トンネル効果(Quantum Tunneling) 古典物理で越えられないエネルギー障壁を、量子力学的な性質により「すり抜ける」現象です。最適化問題では、谷間に挟まれた「山」を乗り越えるのではなくすり抜けることによって最適解へ到達しやすくなり、効率的な探索が可能になります。 |
量子コンピューターには大きく「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」の2種類があります。
方式 | 基本原理・性質 | 主な用途 | 代表的な企業 |
量子ゲート方式 | 量子の「重ね合わせ」「もつれ」を利用し、複雑な問題を並行的に計算することで高速に処理 | 汎用的な量子アルゴリズムにより多用途(化学シミュレーションや機械学習など)に対応 | Google(超電導)、Intel(半導体)、IonQ(イオントラップ)、PsiQuantum(光)、QuEra Computing(中性原子) |
量子アニーリング方式 | 量子の「トンネル効果」を利用し、エネルギーの最も低い状態を探索 | 最適化問題(物流ルート最適化、ポートフォリオ最適化など)に特化 | D-Wave Systems |
量子ゲート方式は、汎用的な量子アルゴリズムを実行できる“汎用量子コンピューター”であり、超電導、半導体、イオントラップ、光、中性原子などさまざまな方式が研究されています。しかし、まだ主流となる技術は確立しておらず、実用化には誤り訂正などの課題があります。これに対して量子アニーリング方式は組み合わせ最適化問題に特化しており、D-Wave Systemsが商用機を提供しています。一般に「量子コンピューター」という場合は量子ゲート方式を指すことが多いものの、用途や実装技術によって使い分けが生じています。
方式 | 量子ビットの仕組み | 利点 | 課題 | 代表的な企業・研究機関・大学 |
超電導方式 |
超伝導回路にマイクロ波を流し、電流や磁束の2状態を量子ビット化 |
・ゲート操作※が高速 ・既存の半導体製造技術の応用が可能 |
・ノイズやエラーが起きやすい ・極低温(絶対零度近く)環境が必要 |
[海外] |
[日本] |
||||
半導体方式 | シリコンなどの半導体中の電子やスピンの状態を利用 | ・CMOS技術との互換性が高く、将来的に大規模集積化しやすい | ・量子ビットの一貫性(コヒーレンス時間)が短く、制御が困難 |
[海外] |
[日本] |
||||
イオントラップ方式 | 真空中に浮かせたイオンをレーザーで操作し、内部状態を量子ビットにする | ・コヒーレンス時間が長く、ゲートの精度が高い | ・装置が大きくなりやすく、多くの量子ビットを並べるのが難しい |
[海外] |
[日本] |
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光方式 | 光子の偏光や経路などの状態を量子ビットにする |
・常温動作が可能 ・量子通信やネットワークとの親和性が高い |
・大規模な集積やエラー訂正技術が発展途上 ・光子源・検出器が課題 |
[海外] |
[日本] |
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中性原子方式 | レーザーで冷却・配列した中性原子の内部状態や配置を利用 | ・多数の量子ビットを比較的容易に並べられ、スケーラビリティが高い |
・ゲート動作が遅め ・レーザー制御の精度が求められる |
[海外] |
[日本] |
※ゲート操作:量子ビットに一定の刺激(マイクロ波パルスやレーザーパルスなど)を与えて状態を変える基本動作で、古典コンピューターの論理ゲート(AND/OR/NOTなど)に相当します。例えば、Xゲート(量子ビットの0と1を入れ替える)や、H(アダマール)ゲート(量子ビットを重ね合わせ状態にする)といったゲートがあります。これらのゲート操作を高速かつ高精度に実行することが、量子ハード開発の鍵となります。
一方、量子アニーリング方式は「組み合わせ最適化」に特化しており、汎用演算はできませんが、実用化はゲート方式よりも進んでいます。カナダのD-Wave社が商用機を提供するほか、古典コンピューターで疑似的に挙動を再現する「量子インスパイアード・アニーリング」(Fixstars Amplify AE、富士通Digital Annealerなど)も開発されています。
2025年1月、NVIDIAのJensen Huang CEOが「実用的な量子コンピューターの実現には20年程度かかる」と発言したことで米国の量子関連株が急落しました。これは主にゲート型量子コンピューターを指した見通しと考えられ、本記事作成時点(2025年5月末)において、多くの専門家は実用化までにまだ相応の時間を要すると考えています。主な理由は、ゲート型で「重ね合わせ」や「もつれ」を維持する過程で発生するエラー(外部ノイズによるデコヒーレンス)が深刻であり、この解決には高度な「誤り訂正」技術が不可欠だからです。しかし、誤り訂正技術の確立にはまだ相応の期間が必要とされ、10~20年という見方が出る背景となっています。
もっとも、量子ゲート方式の各種アプローチは世界中で研究開発が加速しており、日本でも大企業やスタートアップ、研究機関・大学が競って実機開発を進めています。また、量子アニーリング方式はすでに商用機が普及しており、オンラインで利用できる環境も整備済みです。このように、量子技術は“遠い未来の話”ではなく、現在進行形で社会実装が進んでいるテクノロジーと言えます。
量子コンピューターの活用場面としては、例えば以下のような分野が見込まれています。
分野 | 利用場面の例 |
金融・経済 | ・ポートフォリオ最適化(膨大な組み合わせから最適配分を瞬時に算出) ・リスク評価や価格シミュレーションの高速化 |
物流・サプライチェーン | ・車両ルートや倉庫配置の最適化 ・災害時やピーク需要時の最適な輸送・移動ルートの計画 |
エネルギー・スマートグリッド | ・電力網の需給最適化 ・再エネ変動を考慮したリアルタイム制御 |
材料設計・創薬 | ・電池材料や医薬候補分子の性質を量子化学計算で高精度に予測 |
ヘルスケア・ゲノミクス | ・遺伝子配列解析の高速化 ・タンパク質構造の高精度予測 |
気象・気候シミュレーション | ・大気海洋モデルの高解像度計算 ・温室効果ガス削減策のシナリオ評価 |
機械学習・AI | ・小規模データでも高精度を狙う量子強化学習 ・生成 AI の学習高速化 |
上記のような分野において、古典コンピューターでは何年もかかる計算を短時間で処理できる「量子超越性」の実現が期待されています。しかし、量子超越性は必ずしもメリットだけでなく、既存技術へのリスクも伴います。代表例は暗号技術の脆弱化であり、量子によって従来の公開鍵暗号が解読される可能性が懸念されています。
暗号解読 | 実用規模の量子コンピューターが登場すれば、RSA や楕円曲線暗号など現在広く使われている公開鍵暗号は短時間で解読され、インターネット通信や電子決済など社会のあらゆる場面で安全性が一気に揺らぐおそれがある。 |
現在の暗号技術は、古典コンピューターでは解読が困難な数学的問題を前提にしていますが、量子コンピューターが実用化されると、「Shorのアルゴリズム」などを使って短時間で解読される可能性があります。これはビジネスや日常のあらゆる場面で使われる公開鍵暗号を危険にさらし、改ざん耐性を前提とするブロックチェーンにも影響を与えると考えられています。さらに、「Harvest Now, Decrypt Later攻撃」と呼ばれる手口では、現時点でデータを傍受・保存し、将来量子コンピューターが実用化された段階でまとめて解読するリスクが指摘されています。
このため、量子コンピューターでも解読が難しい「量子耐性暗号(Post-Quantum Cryptography : PQC)」への移行が急務となっています。米国では国立標準技術研究所(NIST)が2024年8月に複数のPQCを標準化候補に選び、その後も検討を続けています。日本では暗号技術の評価やモニタリングを行うCRYPTREC(暗号技術評価委員会)が2025年3月末に「CRYPTREC 暗号技術ガイドライン(耐量子計算機暗号)2024年度版」1を公表し、各種PQCの技術解説や評価、導入ガイダンスを示しています。暗号技術はあらゆるサービスの基盤であり、各事業者はこうしたPQCの標準化動向を注視し、早めに準備を進める必要があります。
海外では、主要国が量子技術に対して大規模な投資を行い、一部の国では法的インフラの整備にも注力しつつあります。日本もこれらの動向を注視しつつ、国際競争力の確保とサイバーセキュリティや安全保障といった課題との両立を図る必要があります。
国 | 動向 |
米国 | 2018年に「National Quantum Initiative Act(国家量子イニシアティブ法)」を成立させ、連邦政府が一体となって量子R&D推進と人材育成体制を構築 |
EU | 「Quantum Flagship」と呼ばれる10億ユーロ規模の大型プロジェクトを立ち上げ、量子コンピューターや量子通信の研究開発を主導。 |
中国 | 国家を挙げて量子通信や量子コンピューターの研究開発に多額の投資を行っており、特に軍事・安全保障分野での応用を重視。 |
日本では、本記事作成時点(2025年5月末)では量子技術を対象とする専用法は存在しません。この点、他の先端技術分野の例をみると、ブロックチェーン(暗号資産等)については既に各種の規制が課されており、またAIでは2025年5月に利活用とリスク抑制を目的とした「AI関連技術の研究開発・活用推進法」が可決されています23。量子技術についても、将来的に専用法が制定される可能性はありますが、現状は利用場面ごとに既存法令の適用可否を検討する必要があります。具体的には、①国家安全保障関連法が量子機器や技術の輸出管理や開発支援にどう関わるか、②サイバーセキュリティ法制が量子技術による既存暗号への影響をどのように扱うかを確認します。さらに、③量子サービスを提供・利用する際には、契約上の責任分担や免責、品質保証のあり方など、新たに検討すべき論点が生じます。これらについて、法的枠組みを概観します。
⑴ 量子技術による国家安全保障へのリスク
量子技術は既存暗号技術の無効化や傍受困難な通信などの点で安全保障に直結するため、米国や中国が国家規模で巨額投資を行っています。米国では経済競争力と国家安全保障の両方を維持・強化する目的から2018年に「National Quantum Initiative Act(国家量子イニシアティブ法)」を成立させ、大学・企業・研究機関の連携と大規模予算投入による量子R&D体制を構築しました。日本には量子専用の法律はありませんが、既存の安全保障関連法令(外為法、経済安全保障推進法、重要経済安保情報保護活用法)において先端量子分野が対象となり得ます。これら既存法令の枠組みで、量子計算や量子センサーの研究・開発が安全保障面からどのように規制・支援されるか、検討します。
⑵ 外為法
(i) 外為法の概要
外為法(「外国為替及び外国貿易法」)は、安全保障等の観点から、物品・技術の海外提供や外国からの投資を管理する法律です。具体的には、①輸出規制(海外流出防止)、②役務取引規制(無形技術の提供も含む)、③対内直接投資規制(外国資本による出資・買収時の事前届出)を定めています。
(ii) 量子技術に適用される外為法上の規制
量子技術はまさに物品・技術の海外流出リスクが懸念される分野の一つです。このため、2024年9月の政省令改正により量子コンピューターが輸出管理の対象とされ、全地域への輸出に許可が必要とされています4。さらに、2025年5月28日施行の改正で、実用規模の量子コンピューターに不可欠なキー技術・材料も同様に規制対象として追加されています56。なお、これら輸出管理の対象となる量子コンピューター及び関連品目については、技術提供も同様に規制対象となります7。
規制対象(2025年5月末時点) | 仕向地 | |
量子コンピューター | 全地域 | |
量子コンピューター関連品目 | 極低温冷凍機 極低温アンプ 極低温ウエハープローバ 同位体分離シリコン/ゲルマニウム基板・原料 |
全地域 |
量子関連企業は、外為法による輸出・技術提供規制が現在進行形で拡大していることを踏まえ、自社の製品や技術が規制対象となるかどうかを常に確認できる体制を整える必要と考えられます。
⑶ 経済安全保障推進法
(i) 経済安全保障推進法の概要
2022年に成立した経済安全保障推進法(「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」)は、国内企業・研究機関の技術・物資を支え、経済面から国家安全保障を強化することを目的としています。具体的な仕組みとしては以下の4つを柱とし、直接規制ではなく8公的支援や情報共有を通じてリスクを低減します。
(ii) 量子技術との関係
第三の柱である先端技術支援では、「量子情報科学」が特定重要技術に指定され9、資⾦⽀援や官⺠連携を通じた伴走支援のための協議会設置、調査研究業務の委託などを通じた研究開発の促進・活用が図られます。
また、第四の柱である特許非公開制度では、安全保障上問題となる発明の公開保留や外国出願禁止等の措置が可能です。本記事作成時点(2025年5月末)では、同制度の対象となる「特定技術分野」に量子コンピューターや量子暗号通信は指定されていません。しかし、法の趣旨からすれば今後指定される可能性も否定できず、開発者としては留意すべき制度と言えます。
⑷ 重要経済安保情報保護活用法
(i) 重要経済安保情報保護活用法の概要
2025年5月16日、「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」が施行されました。従来、特定秘密保護法が防衛・外交・テロ・スパイ関連情報を対象にセキュリティ・クリアランス制度10を定めていましたが、本法はそれを経済安全保障の領域に拡張し、重要な経済基盤に関わる情報を保護・活用するための体制を整備することを目的としています。
同法では、まず重要インフラの提供体制及び重要物資のサプライチェーンを「重要経済基盤」として定めています(2条3項)。そのうえで、重要経済基盤を保護するための措置、安全保障に関する重要経済基盤の脆弱性や革新的な技術等の情報など4つの類型を「重要経済基盤保護情報」と定義します(2条4項)。そして、重要経済基盤保護情報に該当する情報のうち、非公知性及び秘匿必要性が満たされる情報について、政府が「重要経済安保情報」として指定する仕組みとなっています(3条1項)。
同法は、指定された重要経済安保情報の「保護」と「活用」の両面を目的としています。具体的には、政府が持つ安全保障上重要な経済情報を適切に扱うために、重要経済安保情報に指定された情報について、情報提供が認められる事業者の要件や情報を取り扱う個人の適性評価方法などを定めています。なお、指定対象はあくまで政府保有情報に限られ、民間企業が独自に開発した技術情報が一方的に指定され、その取扱いに制約がかかるというものではありません。
(ii) 量子技術との関係
(i)で述べたように、重要経済安保情報保護活用法が対象とするのは重要経済基盤(重要インフラや重要物資サプライチェーン)の保護に関する4つの情報類型です。具体的には、インフラを外部脅威から守る対策や計画・研究、インフラの脆弱性や革新的技術など、安全保障に直結する情報が含まれます。なお、対象となるインフラや物資は、経済安全保障推進法や「重要インフラのサイバーセキュリティに係る行動計画」に定められたものを参照することとされており11、電力・ガス・水道・通信・交通・物流・金融・化学・医療などのインフラ、半導体や先端電子部品などの重要物資が含まれます。
量子技術は、既存暗号を破るリスクをもたらす量子コンピューターや、安全性を高める量子暗号通信など、上述の重要経済基盤の保護に関する情報に該当する可能性が高く、今後重要経済安保情報として指定される可能性は十二分に考えられます。もっとも、(i)で述べたことの繰り返しとなりますが、実際に重要経済安保情報に指定され得るのは政府保有情報だけであり、民間企業が自社開発した技術が一方的に指定されるわけではありません。
量子技術に関する日本法の論点としては、安全保障のほかに、サイバーセキュリティとの関係が考えられます。すなわち、II 3.で述べたように、量子コンピューターの発展により、従来の暗号技術が解読されるリスクが指摘されています。
(1) 法令レベル
日本ではサイバーセキュリティ基本法が国や事業者に対してセキュリティ確保の責務を課し、個人情報保護法が個人データの適切な管理を義務づけています。本記事作成時点(2025年5月末)では、これらの法令に量子技術や量子耐性暗号への具体的な言及はありません。ただし、量子コンピューターの普及で既存暗号が危殆化しセキュリティリスクが高まれば、条文上の明示がなくともこれらの法律に基づき必要な対策を講じることが求められる可能性はあります。
(2)ガイドラインレベル
これに対し、ガイドラインレベルでは既に量子技術への言及が始まっています。金融庁が金融機関向けに公表する「金融分野におけるサイバーセキュリティに関するガイドライン12」(2024年10月4日公表)では、脅威情報や脆弱性情報を収集・分析する際に「新技術(AI、量子コンピューター等)、地政学的動向、偽情報、業界動向などの組織を取り巻く状況に留意し情報収集を行うこと」が「対応が望ましい事項」として明記されました。
さらに、日本経済新聞(2025年5月14日付)13によると、金融庁は大手銀行や地方銀行に対し、量子耐性暗号(PQC)へ移行するための準備を直ちに始めるよう要請しています。PQC対応にはシステム改修などで数年単位・多額のコストがかかるため、早急な対応を求めたものとみられます。
ユーザーが量子コンピューターを利用する場合、得られた量子計算結果に存在し得る誤りや揺れについて契約上どのように対応するべきか、という問題が浮上すると考えられます。こうした問題は、量子計算固有の課題・特性から生じ得るものです。
(1) 量子計算固有の課題・特性(エラー、アルゴリズムレベルの確率性、演算結果検証の困難性)
前述したように、ゲート型量子コンピューターでは、演算中に発生するエラーが大きな課題となっています。加えて、量子アルゴリズムによっては繰り返し実行して統計的に最良解を抽出する性質があり、同じ入力から常に同じ出力が得られるとは限りません。量子アニーリング方式も、その原理の性質(確率的にエネルギーの低い解を探索する)やハードウェアのノイズ、熱雑音等により実行の度に解が異なる場合があります。また、量子超越性を伴う大規模計算は、古典コンピューターでの再現・検証が困難14なため、出力の正当性を完全には保証できません。
これらの理由から、量子計算の結果には誤りや揺れが残り、その後の予測やシミュレーションに影響を与えるリスクがあります。量子コンピューター利用サービスが増える中では、ハード(量子プロセッサ)、ソフト(アルゴリズム)、ユーザー回路・データの責任範囲を明確化し、結果が確率的であることや潜在的エラーを前提とした免責条項など、従来のIT契約とは異なる条項の導入が必要となる可能性があります。
⑵ クラウド型量子コンピューティングに関する契約上の留意点
量子ゲート方式・アニーリング方式いずれも実機は大規模・高額なため、当面はハードウェアベンダーが提供する機器をクラウド経由で利用するクラウド型量子コンピューティングが一般的な利用方法になると考えられます。
従来のクラウドではSLA(Service Level Agreement)で一定の稼働率などが保証されますが、クラウド型量子コンピューティングの場合には、どのような品質保証(エラー率や稼働率等)を行うべきなのかが論点となり得ます。例としてIBM Quantum Platform(量子ゲート型)、D-Wave Leap(量子アニーリング)、Amazon Braket(外部の複数の量子ゲート型・量子アニーリングをAPIで扱う)では、各社様々な指標(ゲート誤差率、コヒーレンス時間、ジョブ処理に要する時間など)を公表していますが、未だ標準的な考え方が確立していないと考えられます。
留保事項
・本書の内容は関係当局の確認を経たものではなく、法令上、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。また、当職らの現状の考えに過ぎず、当職らの考えにも変更がありえます。
・本書はBlog用に纏めたものに過ぎません。具体的案件の法律アドバイスが必要な場合には各人の弁護士にご相談下さい。
本稿では、Bitcoin(BTC)ステーキングの先駆的プロジェクトであり、現在の最大手と目される「Babylon」の仕組みと、それに関連する日本法上の論点について解説します。
これまで、ステーキングは主にEthereumなどのProof of Stake(PoS)チェーン上で行われてきました。PoSにおけるステーキングとは、ネットワーク上でトランザクションの検証等に参加することで、そのチェーンのセキュリティを高め、対価として報酬を得る仕組みです。
これに対し、BitcoinはProof of Work(PoW)を採用しているため、従来の意味でのステーキングによる収益機会は原則として存在しないと考えられてきました。BTCを活用した収益化手段としては、これまで、中央集権的な貸付サービスや、wBTC(Wrapped BTC)のようなトークン化ソリューションが主流でした。
Babylonは、このようなBTC活用の制約を克服し、BTCを用いたトラストレスなステーキングの実現を目指すプロジェクトであり、現在この分野において最も注目されているプロトコルの一つといえます。Babylonの仕組みを理解することは、グローバルなWeb3の潮流を読み解くうえでも有用であり、本稿では、その技術的構造と日本法上の課題について検討します。
なお、Bitcoinステーキングの理解にあたっては、前提知識としてPoSチェーンにおける基本的なステーキングの仕組み、LIDO等によるリキッドステーキング、EigenLayerに代表されるリステーキングの概念について、一定の理解が望ましいと考えられます。これらに関しては、当事務所執筆の以下の記事もあわせてご参照ください。
(参考)POSチェーンのステーキングに関する当事務所の以前のArticle ・ステーキングに関する法的論点の整理(2020.3.17) ・DeFiと法律 – LIDOやリキッドステーキングの仕組みと日本法(2023.10.17) ・EigenLayerなどリステーキングの仕組みと日本法(2024.5.10) |
(1) Babylonの仕組み自体は、資金決済法上のカストディ規制には該当しないと考えられます。 (2) 同様に、Babylonの仕組みは、金融商品取引法上のファンド規制(集団投資スキーム等)にも該当しないと解されます。 (3) もっとも、たとえばリキッドステーキング業者等が仮にユーザーのBTC秘密鍵を預かるような場合には、当該業者が資金決済法上のカストディ規制等に該当する可能性もあるため、個別に法的検討を要します。 (4) 日本の暗号資産交換業者が、Babylonを通じたBTCステーキングサービスを提供すること自体は、法的に許容されると考えられます。 (5) Babylonの仕組みにより付与される報酬が、当該業者にとって「取扱暗号資産」に該当しないアルトコインである場合、これをユーザーのためにカストディすることはできません。そのため、①ユーザーのアンホステッドウォレットに送付する、②当該アルトコインをDEXや海外の提携会社等で売却・交換し、BTCや日本円等でユーザーに報酬を支払う、等、対応を検討する必要があります。 |
BitcoinはPoW(Proof of Work)を採用しているため、Ethereumのように自らのネットワーク上でネイティブにステーキングを行う仕組みは存在しません。
Babylonはこの制約を乗り越え、Bitcoinを活用して他のネットワークのセキュリティを担保するという新たな仕組みを提供しています。主な特徴は以下のとおりです:
(1) Bitcoinのネットワーク自体を守るのではなく、他のPoSチェーンやPoS的な構造を持つシステム(広義のPoS系システム、以下単に「PoSネットワーク」といいます。)に対してセキュリティを提供する。 (2) ステーキング報酬は、対象となるネットワークが設定する報酬(例:そのネットワークのネイティブトークン)で支払われる。 (3) 複数のPoSネットワークに対して同時にステーキング(マルチステーク)することが可能であり、収益の向上が見込める一方、リスクも増加する。 (4) ステーキングの際にBTCの秘密鍵を移転する必要はなく、EOTS(Extractable One-Time Signatures)と呼ばれる署名技術を用いることで、トラストレスかつ非カストディアルに参加できる。 |
Babylonの最大の特徴の一つが、Bitcoinを使って「他の」ブロックチェーンのセキュリティを強化するという点です。
対象となるチェーンは、要件を満たすブロックチェーンであり、広義のPoS系システム(独自の検証者セットを持つあらゆるネットワーク)が対象となり、現状では、ロールアップ、データ可用性チェーン、オラクルネットワークとの間でテスト統合およびパートナーシップが発表されています。
これまでのPoS(Proof of Stake)チェーンでは、ネットワークの安全性はバリデーターが担保します。バリデーターは自ら(通常はそのチェーンのネイティブトークン、なお、delegated POSが可能な場合には第三者から委託を受けた資産も含みます。)をステークし、正しいトランザクションの検証とブロック生成を行います。不正行為が発覚すればステークした資産が一部没収(スラッシング)されるため、経済的なインセンティブがネットワークの信頼性を支える仕組みになっています。
しかし、PoSチェーンのステーキングに参加するためにはバリデーター(delegated POSではdelegatorも含みます。)が当該PoSのトークンを購入する必要があり、新興PoSチェーンや小規模チェーンでは、①そもそも当該トークンを持っている人が少ない(ステークのために購入するコスト、価格変動リスク)、②当該トークンを持っている人が分散されていない、③これによりバリデーター数やステーキングに使われるトークンの数が少なくなり、セキュリティが不十分になる場合があるとされていました。例えば、バリデーターが少数に集中していることで、ネットワークの検閲リスクや停止リスクが高まり、攻撃への耐性が弱くなる可能性があります。
Babylonでは、極めて大きな時価総額と流動性を有するBTCを活用し、BTCホルダーによる署名を通じてPoSネットワークのセキュリティに貢献する仕組みを提供することで、こうした課題に対する解決策の一つとなるとされています。
Babylonは、前述のとおり、従来のPoSネットワークが抱えるセキュリティ上の課題に対し、ビットコイン(BTC)という外部資産を活用したセキュリティ提供の仕組みを構築しています。具体的には、BTC保有者が自身のBTCを「経済的担保(economic security)」として提供することにより、PoSネットワークに対して外部からのセキュリティ強化に寄与します。
ここで重要なのは、この「担保」としてのBTCがPoSネットワークに直接移転されるわけではないという点です。BTCは、BTCチェーン上の自己管理スクリプトに保持されたままであり、Babylonプロトコルを通じて暗号署名(デジタル証明)という形でステーキング意思を表明することで、担保提供が成立します。
この仕組みにより、BTCを第三者に預けたりロックアップしたりすることなく、非カストディアルかつトラストレスにセキュリティ提供を実現することが可能となっています。
このような外部的セキュリティの提供により、PoSネットワークは、流動性と時価総額の高いBTCを活用して、ネイティブトークンだけに依存しないセキュリティ基盤の補強を行うことが可能になります。とくに、新興PoSネットワークにおいては、トークン分布の偏在やバリデーター数の少なさに起因する脆弱性を補完する手段として、有効性が期待されています。
Babylonを通じてBTCをステークすることで得られる報酬は、BTCではなく、セキュリティを提供する対象となるPoSネットワークが設定した報酬トークンです。
この報酬トークンは、通常そのPoSネットワークのネイティブトークン(例:ATOM、OSMOなど)である場合が多く(但し、ネイティブトークンがない場合、ETHなどが付与される想定の場合もあるようです)、PoSネットワークが自身のネットワークのセキュリティ強化の対価として、BTCステーカーに報酬を支払います。PoSネットワーク側から見れば、自システムのトークンを利用して外部からセキュリティ資源(BTC)を調達できる仕組みであり、トークンのインフレやインセンティブ設計を通じて調整が可能です。
一方で、BTCステーカー側にとっては、保有しているBTCを動かすことなく、外部のPoSネットワークの報酬トークンを獲得できるというメリットがあります。特にBTCの長期保有者にとっては、新たな収益機会の一つとなり得ます。
報酬トークンが他のPOSトークンであることには幾つかのリスクが存在します。また、後述するように日本では暗号資産交換業者を通じてステークをする際、阻害要因になる可能性があります(後述IV3)。
報酬が他のPOSトークンであることによるリスク • 報酬トークンの価格変動リスク 報酬として受け取るPoSネットワークのトークンは、一般にBTCよりも時価総額や流動性が小さく、価格変動の影響を大きく受ける可能性がある。報酬額の名目値が大きくても、トークン価格が急落した場合、実質的な利回りが大きく低下する可能性がある。 • 報酬トークンの換金性・流動性リスク 得られる報酬トークンがニッチなチェーンのものである場合、市場での換金が難しかったり、スプレッドが大きく実効的な収益性が低くなる可能性がある。 • 報酬設計の継続性・安定性 PoSネットワーク側が将来的に報酬設計を変更・縮小した場合、BTCステーカーにとっての経済的魅力が損なわれる可能性がある。また、当該POSネットワークの運営が不安定な場合、報酬支払が適切に行われないリスクが存在する。 |
Babylonでは、BTCホルダーが自らの資産を「経済的担保」としてPoSネットワークのセキュリティに提供するにあたり、秘密鍵を第三者に移転することなく、自律的かつ非カストディアルな形で参加可能な設計となっています。この仕組みにより、従来のような資産移転やカストディへの信頼を前提としない「トラストレス」なステーキングが実現されます。
従来のステーキングやDeFiにおいては、資産を活用するために、以下のようないずれかの措置が必要でした。
これらはいずれも、実質的に秘密鍵の制御を一時的に外部に委ねることになるため、「資産流出リスク」や「スマートコントラクトバグによる損失リスク」が存在します。
Babylonは、こうしたリスクを回避しつつ、署名ベースの仕組みによって、ステーカーがBTCを保持したままセキュリティ参加を可能にする設計です。
Babylonでは、Extractable One-Time Signatures(EOTS)と呼ばれる技術を用いることで、BTCステーカーが自らのBTC保有を証明すると同時に、PoSネットワークへのセキュリティ提供に対する責任を明確に受け入れる仕組みが構築されています。
本仕組みにおける基本的なフローは以下のとおりです:
1 BTCステーカーは、ファイナリティ・プロバイダーを選定し、ステーキング開始に必要なトランザクションデータを生成します。 2 このトランザクションには以下のような条件が含まれます: ①一定期間(例:3日間)、当該BTCを移動できない旨 ②その期間中に特定の条件が発生した場合には、BTCが指定された別のアドレス(通常はバーンアドレス)に送付される旨(スラッシング) ③一定期間経過前、かつスラッシングが起こっていない場合には、BTCステーカーは自由にこのトランザクションを取り消す(解除する)ことができるという権利 3 ②の「特定の条件」がスラッシングに該当し、たとえばファイナリティ・プロバイダーが不誠実な行動(例:二重署名)を行った場合に、BTCがバーンアドレスに強制送付される構造となります。 4 BTCステーカーはこのトランザクションに対し、EOTSによる一度限りの署名を行うことで、BTC保有の証明およびステーキング意思の表明を完了します。 |
この設計により、PoSネットワーク側は、BTCという流動性の高い外部資産に裏付けられたセキュリティ保証を受け取ることができ、さらにBabylonプロトコル上でスラッシング等の不正検出とペナルティ実行まで一貫して完結できるフレームワークが実現されています。
署名のやり方
Babylonを利用したBTCステーキングの仕組みは、以下の点において、トラストレスかつ非カストディアルな設計を特徴としています:
このように、信頼を要する対象を最小限に抑えた構造は、ビットコインが本来的に志向する非トラスト・分散的原則とも整合的です。
もっとも、完全な「ゼロ信頼(trustless)」というわけではなく、後述するBabylon Genesis Chainが、署名の検証やスラッシングの実行、報酬処理などを担っている点には留意が必要です。
すなわち、BTCを直接預けることはないとはいえ、Babylon Genesis Chainを含むBabylonプロトコル全体の正当な運用と正確な実装に対する一定の信頼(protocol trust)が前提となっている点は理解しておく必要があります。
Babylonエコシステムに関連する登場人物は多岐に渡りますが、主要な登場人物としては下記のような者がいます。
1 Babylonに関する重要なエンティティー
ファイナリティ・プロバイダーとバリデーターの比較
項目 | ファイナリティ・プロバイダー(Babylon) | 一般的なPoSチェーンのバリデーター |
ブロック生成 | ❌行わない | ✅ 実施する |
ファイナリティ観測 | ✅実施する | ❌ 通常は関与しない(ファイナリティは結果として形成) |
署名 | ✅ ファイナリティに関する署名 | ✅ ブロックや投票に関する署名 |
スラッシング | ✅ あり(不正署名) | ✅ あり(二重署名・停止等) |
報酬 | ✅ あり(署名に応じて) | ✅ あり(ブロック生成・委任に応じて) |
機能 | 説明 |
署名の検証 | BTCステーカーやファイナリティ・プロバイダーによる署名の受理・検証を行う |
スラッシング処理 | 不正署名が発覚した場合にスラッシング(罰則)を執行 |
ファイナリティ記録 | PoSネットワーク上のブロックファイナリティをBTC上で確定化する(タイムスタンピング) |
クロスチェーンリレー | BSN(Bitcoin Secured Networks)へセキュリティ情報や署名をリレーする |
BTC保有者に代わり、Babylon経由でのBTCステーキングを効率化し、利便性や流動性を向上させるプロトコル。主にリキッドステーキングを中心としつつ、必要に応じてリステーキング(再活用)も組み合わせるハイブリッドモデルが想定されます。
主な機能:
① オペレーションの簡素化 BTC保有者自身が各PoSネットワークに対して署名やモニタリングを行うのは負担が大きいため、以下を代行: ステーキング先PoSネットワークの選定 EOTS署名の自動生成・管理 報酬の受領・配分 ② リキッドステーキングトークン(LST)の発行と活用 ユーザーがステーキングしたBTCに対して、プロトコルがステーキングポジションを裏付けとするリキッドステーキングトークン(例:stBTC)を発行。これによりステーク中でも資産の流動性を確保でき、DeFiなどで二次利用が可能となります。 ③ リステーキング(Restaking)の補完的活用 同一のBTCを使った署名を、リスク管理を行いながら複数のPoSネットワークに再活用(=マルチステーキング)することで、収益性の最大化を図ります。 |
Babylonエコシステム全体と、Babylon Genesis Chainとの関係はやや複雑であるため、以下に整理します。
Babylon Genesis Chainは、Babylonエコシステムの中核的な役割を担うPoSブロックチェーンですが、エコシステム全体と同一の概念ではありません。Babylonというプロトコル群は、より広範な枠組みを指しており、複数のBitcoin Secured Networks(BSNs)を包含します。
ファイナリティ・プロバイダーとしてBabylonに参加し、Babylon Genesis Chainにファイナリティを提供した場合、報酬としてネイティブトークンである「BABY」を得ることができます。
一方で、ファイナリティ・プロバイダーは、Babylon Genesis Chainに限らず、他のBSN(Bitcoin Secured Networks)にもファイナリティを提供可能であり、その場合には当該BSNが設定する別の報酬トークンを受け取る仕組みとなっています。
なお、Babylon Genesis Chainには、BABYをステークしてネットワークのコンセンサス形成に参加する独自のバリデーターも存在します。これらのバリデーターも、ネットワークへの貢献に応じてBABYを報酬として得ることができます。
項目 | 内容 |
トークン名 | BABY(Babylon Genesis Chainのネイティブトークン) |
獲得手段① | Babylon Genesis ChainのバリデーターとしてBABYをステークし、ブロック生成・検証に参加する |
獲得手段② | ファイナリティ・プロバイダーとして、Babylon Genesis ChainにBTCを用いてファイナリティを提供する |
用途① | バリデーターになるためのステーキング担保 |
用途② | ガバナンストークン(提案・投票への参加) |
用途③ | ネットワーク手数料(将来的に) |
備考 | 他のBSNにおける報酬トークンは、BABYではなく各BSNの独自トークンとなる場合がある |
項目 | ファイナリティ・プロバイダー | バリデーター(Babylon Genesis Chain) |
ステーク対象資産 | BTC(非カストディアル) | BABYトークン(非カストディアル) |
役割 | PoSネットワーク(BSN)へのファイナリティ提供(署名) | Babylon Genesis Chainのブロック生成・検証 |
対象チェーン | Babylon Genesis Chain および他のBSN | Babylon Genesis Chain 限定 |
報酬トークン | 対象チェーンに応じてBABYまたはBSNの独自トークン | BABYトークン |
不正時リスク | 二重署名等で報酬無効・スラッシング(BTCの署名無効化) | 二重署名や停止によるスラッシング(BABYステーク減) |
ステーキング方法 | BTC署名による意思表明(自己管理スクリプトで保有、委任も可能) | オンチェーンでのBABYトークンステーキング(自己管理型、委任も可能) |
以上のような前提知識をもとに、BabylonのようなBitcoinステーキングサービスを提供する場合や利用する場合の法律論点を下記で検討します。
ただ、この点は結論としては、暗号資産法のカストディ規制の適用の有無、金商法のファンド規制の適用の有無を考える必要があります。
Babylonを通じたBTCステーキングにおいて、Babylonに対してBTCのセキュリティを提供することが、暗号資産の「管理」すなわち「カストディ」に該当するのではないか、という論点が生じ得ます。
日本の資金決済法に基づくカストディ規制では、以下のパブリックコメント等から明らかなように、「秘密鍵を保持しているか否か」が重要な判断基準となっています。
令和元年資金決済法等改正に係る政令・内閣府令案等に対するパブリックコメント結果149番 事業者が利用者の暗号資産を移転するために必要な秘密鍵を一切保有していない場合には、当該事業者は、主体的に利用者の暗号資産の移転を行い得る状態にないと考えられますので、基本的には、資金決済法第2条第7項第4号に規定する「他人のために暗号資産の管理をすること」に該当しないと考えられます。 |
この点、Babylonでは、BTCを移転するための秘密鍵は、Babylon Genesis Chainやファイナリティ・プロバイダー等のいかなる主体にも移転されません。
具体的には、以下のような技術的構成となっています:
このように、スラッシングの可能性を含んだ条件付きの署名はBTCステーカー自身によって行われてはいるものの、これは条件付の署名であり、Babylonやその他の第三者が自由に当該資産をコントロールする構造にはなっていないと考えられます。
そのように考えると、Babylonやファイナリティ・プロバイダーは、「暗号資産を移転するための秘密鍵を保有している」とは評価されず、資金決済法上のカストディ規制の対象には基本的に該当しないと考えて良いのではと思われます。
もっとも、Babylon自体が秘密鍵を保持していないとしても、一部のリキッドステーキング事業者においては、ユーザーの秘密鍵を預かる形でサービスを提供している例も存在するようです。このような場合には、当該リキッドステーキング事業者が暗号資産のカストディ規制の対象となる可能性があるため、個別に法的整理・確認が必要となる点に留意が必要です。
Babylonにおいては、BTCのセキュリティ提供を受け、その経済的担保によりBTCステーカーが報酬を受け取る一方、スラッシング等のペナルティリスクを負担する構造となっています。この点から、Babylonが日本法上のファンド(集団投資スキーム)に該当するかが問題となり得ます。
金融商品取引法(以下、金商法)第2条第2項第5号・第6号において、ファンドは概ね次のように定義されています。
(A) 対象となる権利形態(いずれか) 1. 組合契約 2. 匿名組合契約 3. 投資事業有限責任組合契約 4. 有限責任事業組合契約 5. 社団法人の社員権 6. その他これらに類する権利(外国の法令に基づくものを除く) ※上記1〜5は例示列挙であり、形式を問わず広く「その他の権利」が含まれます。 (B) 投資スキームの内容(すべて満たす) • 出資者が、出資または拠出した金銭またはこれに類する財産(政令上「暗号資産」も含む)を原資として • 事業(出資対象事業)を行い • その事業から生じた収益の配当または財産の分配を受ける権利を有すること (C) 以下のいずれにも該当しないこと • イ:出資者全員が事業に実質的に関与する場合(政令に基づく要件あり) • ロ:出資者が出資額を超える分配を受けることがない場合(有限責任型) (D) 外国法に基づく権利(外国ファンド) |
Babylonは、上記(A)の「その他の権利」に該当する可能性があり、また(C)の例外事由にも該当しないと考えられます。
もっとも、(B)の要件との関係では、以下のような点からBabylonはファンドには該当しないと解されると思われます。
• BTCステーカーによる「提供」は、出資や拠出というよりも、経済的セキュリティ(担保)の提供と位置づけられ、Babylonの運営主体に対する資金の移転ではない。 • ステーキングによって得られる報酬は、Babylon自身の事業による収益の配当ではなく、PoSネットワークから付与されるトークン報酬である点で、「出資対象事業に係る収益の配当」とは異なる。 • BTCステーカーは、プロトコル上の署名に基づき自律的にステーク参加しているのみであり、特定の資産運用主体に資産を預けているわけではない。 |
これらの観点からは、BabylonにおけるBTCのセキュリティ提供は、金商法上のファンドには該当しないと考えることが可能です。
Babylonにおいては、BTCステーカーがファイナリティ・プロバイダーにステーキングを委任することが可能ですが、この場合も秘密鍵の移転は行われないため、ファンドの構造には該当しないと考えられます。
一方で、一部のリキッドステーキングプロトコルにおいては、ユーザーから秘密鍵を預かる形でサービスを提供している可能性があります。そのような場合には、当該リキッドステーキングプロトコルのスキームがファンドに該当するか、個別に秘密鍵の管理・拠出の有無などを踏まえて慎重に検討する必要があります。
本章では、日本の暗号資産交換業者が、ユーザーから預託されたBTCを用いてBabylonチェーン上でステーキングを行う場合の法的・実務的な論点を検討します。
日本国内の多くの暗号資産交換業者が、ユーザー向けにステーキングサービスを提供しています。
当職らの理解では、少なくともユーザーにスラッシングリスク(損失リスク)を負担させない限り15、当該サービスは本業である「暗号資産の預託」(資金決済法第2条第15項第4号)と一体として実施可能と整理されていると認識しています。
この点は、Babylonを利用する場合でも同様であり、特段の変更を要するものではないと考えられます16。
Babylonにおいてはバリデーターキーという概念は存在しませんが、Extractable One-Time Signatures(EOTS)と呼ばれる署名によってステーキングが実行され、秘密鍵は常にBTCステーカー(今回の場合は交換業者)が保持しています。
したがって、交換業者が秘密鍵を移動・管理する構成にはなっておらず、コールドウォレット規制との矛盾は生じないと考えられます。
暗号資産交換業者には、ユーザーから預託を受けた暗号資産について、自己の資産と分別したうえでコールドウォレットにて保管する義務が課されています(資金決済法第60条の11第2項、暗号資産交換業等に関する内閣府令第27条第3項第1号)。
PoSチェーンにおける一般的なステーキングでは、資産の移転にかかわる秘密鍵を移す必要はなく、バリデーターキーのみを用いる構成が多いため、当該保管義務との抵触はないと解されています。
Babylonにおいてはバリデーターキーという概念は存在しませんが、Extractable One-Time Signatures(EOTS)と呼ばれる署名によってステーキングが実行され、秘密鍵は常にBTCステーカー(今回の場合は交換業者)が保持しています。
したがって、交換業者が秘密鍵を移動・管理する構成にはなっておらず、コールドウォレット規制との矛盾は生じないと考えられます。
Babylonステーキングにおける実務的な論点の一つは、BTCをステーキングしているにもかかわらず、実際の報酬がPoSネットワークのネイティブトークン(アルトコイン)で支払われることが多いという点です。
例えば、ETHをステーキングする場合、報酬としてもETHが支払われるため、すでに「取扱暗号資産」として届出済の交換業者では問題は生じません。
しかし、Babylonを介したBTCステーキングでは、BABYやその他のPoSトークンといった“非取扱通貨”が報酬として発生する可能性があり、これが法務・運用上の対応を要するポイントとなると思われます。
このような状況に対する取引所の対応案は、以下のとおり整理されます。
この場合、取引所が当該アルトコインを自ら保有し、ユーザーに対して付与・管理を行うことになります。
しかし、当該アルトコインが資金決済法上の「取扱暗号資産」として届出されていない場合、法的にカストディを行うことはできません。
一部の主要トークン(例:BABY)については取扱通貨として届出する可能性もあり、またBabylonのパートナーとして想定される一部のトークンでは既に上場されているものもあるようですが(例:ATOM、SUI)、全ての報酬通貨について個別に届出を行うのは現実的とは言えません。
この方法では、取引所は当該アルトコインのカストディを行わず、報酬としてのトークンをユーザーの自己管理ウォレットに直接送付するのみとなるため、取扱通貨の届出義務は生じないと考えられます。
もっとも、多くのユーザーに対して当該アルトコイン用のウォレット作成・管理を求めることは、UXやカスタマーサポートの観点から現実的とは言い難く、また送付に伴う取引コストやオペレーションリスクも無視できません。
このスキームでは、取引所が報酬として受領したアルトコインを、DEXや海外事業者等で売却・交換し、その対価として得たBTCや円をユーザーに付与します。
この処理については、取引所が非取扱暗号資産の売買を行うこととなり、「暗号資産交換業」に該当するのではないかという懸念が生じます。
しかし、ユーザーとの契約において「ユーザーがBTCを取引所に預託し、取引所がステーキングの結果、ユーザーに報酬としてBTCまたは円を付与する」ことが明確にされている場合おり、Babylonから得た報酬は単にその対価資金として用いられているにすぎないと解釈することも可能です。
このように構成されている限り、取引所が非取扱暗号資産を自己勘定で取得・処分しているに過ぎず、暗号資産交換業に該当するとは言い難いと考えられます。
以上を踏まえると、現行法制のもとでは、取引所としては上記(3)のスキームを前提に実務を設計することが、最も現実的かつ実効的な対応策であると思われます。
もっとも、BSN側にとっては、報酬トークンが継続的に売却されることによる売り圧力などの懸念もあると聞いており、制度としての持続可能性を含めた視点から検討を行う必要があると思われます。
謝辞
なお、本稿の作成にあたっては、Babylonステーキングに精通する株式会社Kudasaiおよび株式会社Next Finance Techの皆様から貴重なご意見を賜ったほか、Babylonプロトコルの関係者の方々からも、非公式ながら有益な示唆を頂戴しました。
ただし、本稿に含まれる見解および誤りは、すべて筆者個人の責任に属するものであり、特定の事業者や団体の公式見解を示すものではありません。
留保事項
・本書の内容は関係当局の確認を経たものではなく、法令上、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。また、当職らの現状の考えに過ぎず、当職らの考えにも変更がありえます。
・本稿は、ステーキング、Bitcoinステーキング、Babylon、リキッドステーキング等の利用を推奨するものではありません。
・本書はBlog用に纏めたものに過ぎません。具体的案件の法律アドバイスが必要な場合には各人の弁護士にご相談下さい。
本稿では2025年に入り急激に盛り上がりを見せるAIエージェントについて、(1)AIエージェントとは何か、(2)特にその中でもWeb3 AIエージェントとは何か、を紹介した上で、(3)AIエージェントに関連する法的論点を記載します。
AIエージェントはあらゆる業務に代替し得るため、AIエージェントと法律の関係を考える場合、本来は、AIエージェントが行うあらゆる業務について法的問題点を検討する必要があります。しかし、blogでそれを網羅することは難しいため、本稿では、AIエージェントの法的問題点を検討する際の基本的な考え方を紹介した後に、規制との関係では特に金融規制を中心に議論しています。ただ、この金融規制に関する考え方は他のAIエージェントに関する法的論点を検討する際にも、一定程度参考になると考えています。
AIエージェント(AI Agent)は、一般に「特定のタスクを自律的に遂行する人工知能システム」を指します。人間が指示を出さなくても、環境からデータを処理し、必要に応じて学習や意思決定を行い、タスクを実行することが可能です。
一般にAIエージェントは、以下の要素を備えています。
①認識: 外部環境や入力データを処理し、現在の状況を理解。 ②意思決定: データに基づき、タスクを遂行するための行動を計画。 ③行動: 計画に基づいて環境に変化を与えるアクションを実行。 ④フィードバック: 実行結果を学習に活用し、次回の行動を改善。 |
これにより、AIエージェントは人間の代わりに反復作業を行ったり、複雑な判断をしたりすることが可能です。
現在、AIエージェントは、私たちの生活やビジネスを変革する存在として、非常に注目を集めています。
AIエージェントは例えば下記のような用途で使用されることが期待されています。
AIエージェントの使用例 (1) ジェネレーティブAIを活用した創造性の支援 文章や画像、動画、音楽の生成など、クリエイティブ分野での活用。メディア、広告、ゲーム業界では、制作の効率化や新たな価値創出が期待されます。 (2) パーソナルアシスタント ライフコーチ、教育支援、ビジネスアシスタントなど、個人のニーズに応じた支援が可能。スケジュール管理や健康アドバイスなど、日常生活をより効率的にする用途が注目されます。 (3) 金融分野での自律的な活用 資産運用や家計管理を支援するAIエージェントは、データを活用して最適な投資戦略や節約方法を提案します。分散型金融(DeFi)でも、自動化された取引や資産管理が進んでいます。 (4) 業務プロセスの自動化 人事や財務、顧客対応などの反復的なタスクを自動化することで、企業の生産性向上に寄与します。また、データ解析や意思決定支援も、AIエージェントの得意分野です。 (5) ヘルスケア AIエージェントは、健康管理や遠隔医療、疾患予測などに活用されます。特に、症状の解析やメンタルヘルスのサポートなど、個人に寄り添ったサービスが期待されます。 (6)自律型システム 倉庫管理や物流、災害対応などにおけるロボットの自律化、自動運転やドローン操作など、物理的なタスクを担うAIエージェントの活躍が期待されます。 |
AIエージェントは、個別化と自律性を強みに、私たちの生活をより豊かに、ビジネスをより効率的にする可能性を秘めています。これらの用途は、今後さらなる進化が期待される分野です。
AIエージェントの国内外での具体的な活用事例として、以下のようなものが挙げられます。
サービス名 | 提供者 | 特徴 |
Fujitsu Kozuchi AI Agent | 富士通株式会社 | 人と協調して自律的に高度な業務を推進するAIエージェント。例えば、会議エージェントとしてAIが自ら会議に参加して情報共有や施策の提案をしたり、現場支援エージェントとして製造や物流の現場でカメラ映像を分析して改善提案をしたり作業レポートを作成します。 |
Agentforce | Salesforce, Inc. | 自律型のAIアシスタント。例えば、Agentforceの一つであるService Agentは、従来のチャットボットを自律型AIに置き換え、事前にシナリオをプログラムしなくても、24時間365日顧客と正確で流暢な会話を行います。 |
Operator | OpenAI, Inc. | AIがユーザーに代わってウェブブラウザを操作し、日常的なタスクを自動化。ユーザーの指示に従って独自のブラウザを使用してウェブページを閲覧し、入力、クリック、スクロールなどの操作を実施。それにより、例えば、レストランの予約やオンラインショッピングなどを自動化。 |
Pactum AI | Pactum AI, Inc, | Walmartでは、自律型交渉AIであるPactum AIを導入し、10万社超のサプライヤーとの交渉を自動化。サプライヤーからの要求に対し、あらかじめ指示された予算額と優先事項に従って自動で提案を行い、Walmartとサプライヤーの双方にとって最適な取引条件を導きます。 |
Waymo Foundation Model | Waymo LLC | 自動運転タクシーを運営するWaymoは、独自開発のWaymo Foundation Modelと呼ばれるAIモデルを用いて、周囲の状況理解から運転計画の生成まで、高度な判断を可能にしています。 |
AIエージェントはWeb3とも親和的と言われています。Web3とAIエージェントの統合は、以下のような新しい可能性を生み出すと考えられます。
Web3 AIエージェントの使用例 (1)分散型AIエージェント ・スマートコントラクトとの統合: AIエージェントがブロックチェーン上のスマートコントラクトを操作し、自律的にトランザクションを実行。例えば、不動産取引や金融取引を仲介者なしで完了。 ・自律分散型組織(DAO)の一部として活動: AIエージェントがDAO内で意思決定プロセスに参加し、提案や投票を実施。 (2)ユーザー主権の強化 ・プライバシー保護: AIエージェントがユーザーのデータをローカルで処理し、個人情報を分散型ストレージ(例:IPFS)に安全に保存。 ・自己所有データ(Self-Sovereign Identity, SSI): AIエージェントがユーザーのSSIを活用して、Web3サービスへのアクセスや認証を簡素化。 (3)トークンエコノミーの自動化 ・トークン取引の自動化: AIエージェントが分散型取引所(DEX)でユーザーの代わりに資産を管理・取引。 ・報酬の分配: AIエージェントがWeb3プラットフォーム上で生成した価値に応じてトークンを受け取り、再分配。 (4)メタバースとAIエージェント ・メタバース内でAIエージェントがバーチャルアシスタントとして活動。例えば、ユーザーのために土地を管理したり、NFTを取引。 (5)ゼロ知識証明(ZKP)の活用 ・AIエージェントがZKPを用いることで、プライバシーを守りつつWeb3アプリケーション上で信頼を提供。 |
なお、Web3 AIエージェントが世界的に大きく話題になった例としてAI16Z(ai16z)があります。ai16zは、Solanaブロックチェーン上に構築された分散型AI投資ファンドであり、AIエージェントを活用して自律的に投資活動を行うプロジェクトです。
プロジェクト名: ai16z 基盤: Solanaブロックチェーン 特徴: ・AIが市場情報を収集・分析し、コミュニティのコンセンサスを考慮して自動的にトークン取引を実行。 ・投資家がトークンを通じてプロジェクトの運営や意思決定に参加可能できる分散型ガバナンスを採用。 ・ブロックチェーン技術により、投資活動の透明性と信頼性を確保。 AIエージェント「Eliza」: ・投資戦略の立案や実行を担当するAIエージェント。 ・オープンソースとして公開されており、第三者による展開も可能。 |
ai16zという名称は、シリコンバレーの著名VCであるAndreessen Horowitz(a16z)をもじって命名されたものですが、ai16zとa16zは無関係です。
しかし、2024年10月27日にa16z創業者の一人であるマーク・アンドリーセン(Marc Andreessen)がX(旧Twitter)で「GAUNTLET THROWN(挑戦状)」と投稿したり、ai16zのメインアバターが来ているTシャツについて言及したりしたことにより、ai16zの名は一気に拡散しました15。
更に、 2024年1月初めには、ai16zの時価総額は一時3000億円を超え3か月で100倍以上の成長を遂げました。そのような事情もあり、2025年1月初頭時点では世界的に大きな話題になり、日本のX(旧twitter)でもAIエージェントの中心的な話題となっていました。
ただし、期待が大きすぎた等の理由によるのかもしれませんが、その後、価格が大幅に下落し、時価総額が500億円程度まで下がるなど、極めて投機的な値動きを見せている状況です。
1 AIエージェントと法規制(考え方の基本) (1)AIエージェントの「エージェント」は日本語に翻訳すると「代理人」となります。AIエージェントと呼ばれるサービスが、法的に厳密な意味で「代理人」に該当しない場合でも、特定のタスクを人間の「代わりに」実行する存在を指すことが通常です。 (2)AIエージェントに適用がある規制を考える場合、①類似行為を人間が行っていればどういう規制等が課されるかを検討し、②その上で、そのような行為をユーザーがAIを利用して行う場合にユーザーに何か規制等が課されるか、③事業者が当該AIをユーザーに提供している場合、事業者には何か規制等が課されるか、を考えます。 (3)なお、DAO等で仮にAIエージェントが、完全に自律的に動いている、人間が関与していない等と言える場合には、そもそも法規制の適用がないと考える余地もあります。しかし、完全に規制対象となる運営者がいないといえるかは不明確なことが多いため慎重に検討する必要があると考えます。 2 AIエージェントとユーザーの関係、AIエージェント提供者とユーザーの関係 (1)業務の一部を人間に委ねる場合、①業務委託(準委任・請負)、②労働者派遣、③雇用、等の形態がとられますが、業務の一部をAIエージェントに委ねる場合、AIエージェントとユーザーの関係において契約関係は生じず、単に人間がAIエージェントを事実上使っている、ということになります。 (2)AIエージェントの提供者とユーザーの関係は、AIエージェントの利用に際して、SaaS等のサービス利用契約や、AIエージェントのシステム開発契約等の契約関係により規律されます。 3 AIエージェントのミスと責任 (1)提供者に対する責任追及の議論 AIエージェントの提供者とユーザーとの間の関係は、契約や規約により規律され、AIエージェントに不具合があればAIエージェントを提供するサービス提供者には債務不履行責任などの問題が生じます。 (2)AIエージェントによる発注ミス(無断発注や無権代理) ①ユーザー自らが管理しているAIエージェントが間違って発注をした場合、基本的には発注の効果がユーザーに帰属することになります。AIエージェントに対する指示内容やAIエージェントの動作、設定・管理状況等によっては理論的には錯誤による発注の取消しを検討する余地がありますが、取引の安全性の観点からはこのような主張は極めて限定的な場合にしか認められないように思われます。 ②他人が管理しているAIエージェントについては、AIエージェントの提供者による無権代理行為の有無が問題となります。表見代理の成否については、例えばAIエージェントにパスワードや発注権限が与えられており、その発注権限を越えて取引をした場合、相手方としては正当な取引があったと考えるしかなく、基本的には表見代理が成立するように思われます。 ③例えば、暗号資産交換業者や証券会社等の金融機関が提供するAIエージェントが誤作動を起こして、誤発注が起こった、という場合には、ユーザーから当該金融機関に対する損害賠償請求や、ユーザーによる錯誤取消の主張が認められるケースがあると考えます。そのため、利便性が落ちることになりますが、最終的な発注内容の人間(ユーザー)自身の確認を必須とする等の措置を取ることが、誤発注リスクへの対策という観点では有効であると思われます。 (3)AIエージェント利用で他者に損害が生じた場合の責任 例えば、自動運転のAIエージェントの利用で他者に損害が生じた場合に、誰が責任を負うかについては、①自ら保有する自動運転車両の運転者等には自賠法や民法に基づく損害賠償責任が生じる可能性があり、②自動車メーカーには製造物責任法(PL法)に基づく損害賠償責任が生じる可能性があり、③AIエージェントを提供するソフトウェア業者には民法に基づく損害賠償責任が生じる可能性があります。 4 Web3 AIエージェントと金融規制 (1)AIエージェントが、DEXで本人に代わって暗号資産やステーブルコインの売買を行う場合、AIエージェントの提供者について暗号資産交換業や電子決済手段等取引業の規制が適用されるか検討が必要となります。ユーザーに対する単なる補助であれば規制対象外ですが、AIエージェントが媒介等を行っているとされる場合、規制対象となりえます。 (2)暗号資産・ステーブルコインの現物取引への投資助言・運用サービスは現在金商法の規制対象外であるため、AIエージェントが行う場合でも基本的には金商法の規制は適用されません。他方、暗号資産・ステーブルコインの「デリバティブ取引」への投資助言・運用サービスについては金商法の規制対象であり、AIエージェントが行う場合にも、その提供者に金融商品取引業の規制が適用される可能性があります。 (3)GK-TKスキームなどでGKがファンド運用業務を行う際にAIエージェントを自ら使用して暗号資産やステーブルコインの現物を取引する場合には、暗号資産交換業や電子決済手段等取引業の規制は適用されないと考えられます。他方で、GKから別の会社が投資一任を受けてAIエージェントを使用してそれらを行う場合には、暗号資産交換業や電子決済手段等取引業の規制が適用される可能性があります。 5 その他の法律 (1)AIエージェントが接客をする場合、個人情報保護委員会がAIに関して示している注意喚起を念頭に対策をする必要があり、消費者保護法4条との関係ではハルシネーションを抑制する策を講じる必要があります。 |
AIエージェントの「エージェント」は、日本語では「代理人」と訳されます。そして、AIエージェントと呼ばれるサービスは、法的に厳密な意味で「代理人」には該当しない場合でも、特定のタスクを人間の「代わりに」実行する存在を指すことが通常です。
AIエージェントに適用がある規制等を考える場合、以下の手順で検討します。
①類似の行為を人間が行った場合、どのような法的問題が生じるのかを検討。
②その上で、そのような行為をユーザーがAIを利用して行う場合にユーザーに何らかの規制等が課されるかを検討。
③当該AIを事業者がユーザーに提供している場合、事業者に何らかの規制等が課されるかを検討。
前述のとおり、AIエージェントは「代理人」と訳されることがありますが、当然、人でも法人でもないため、現行法上は、AIエージェント自体が規制対象になるわけではありません。それを利用し、又は提供する自然人や法人が規制対象になります。
この「自然人や法人が規制対象となる」ということに関連し、特にDAOの文脈において、仮にAIエージェントが完全に自律的に動作し、人間が関与していない等と言える場合には、そもそも法規制の適用がないと考えられないかが問題となります。しかし、完全に規制対象となる運営者がいないといえるかは不明確なことが多いため、慎重に検討する必要があると考えます[\efn_note] 例えばDeFi(分散型金融)に関する議論においては、開発チーム、管理権限保有者、等の「トラストポイント(利用者が無条件に信頼せざるを得ない中央集権的要素)」の存在が指摘されており、これらの者が規制対象になる可能性があります(2022年6月20日金融庁の事務局説明資料「DeFiのトラストポイントに関する分析」https://www.fsa.go.jp/singi/digital/siryou/20220620/jimukyoku2.pdf)。[/efn_note]
現在、AIエージェントの提供や利用を一般的に禁止する法律はないため、個別の行為ごとに自然人や法人を対象とする現行規制の適用の有無を考えることになります。
上記2に関連し、エージェントを「代理人」と訳したとしても、AIは自然人でも法人でもなく、AI自体は権利や義務の帰属主体になりえません。
そのため、例えばAIエージェントがミスをした場合の責任に関し、AI自体は責任の対象とならず、ユーザー又はAIエージェント提供者が責任の主体になります。
AIエージェントでは様々な業務の自動化がなされています。
先ず、人が業務の一部を他者に委ねる場合には、以下のような形態の契約が結ばれます。
人と人との関係 (i)業務委託(準委任・請負) ●一般的には短期的な業務を外部に依頼する場合に適している。 ●特定の成果物や業務の完成を求める場合は請負(民法632条)、特定の業務遂行を求める場合は準委任(同法656条)。 ●主な関連法令:下請法、独占禁止法、フリーランス法など (ii)労働者派遣 ●一般的には自社の人員を一時的に補う場合に適している。 ●労働者は派遣元企業に雇用され、派遣先企業で業務を行う。 ●主な関連法令:労働者派遣法など (iii)雇用(同法623条) ●一般的には継続的な業務に関する安定した労働力を確保する場合に適している。 ●主な関連法令:労働基準法などの労働関連法令。 |
他方、人間(ユーザー)とAIエージェントとの関係は、現行法上は、あくまで人間と(AIエージェントを構築する)ソフトウェア・ハードウェアの関係であり、契約関係ではなく、単に人間がAIエージェントを事実上使っているという関係にとどまります。
AIエージェントの開発は、一般に企業によってなされ、多くのユーザーが当該企業から、既製品のAIエージェントの提供を受け、又は企業にAIエージェントの開発を委託します。
この関係は以下のように整理できます。
(i)SaaS等のサービス利用 企業が提供するAIエージェントの使用許諾を受け、利用規約を遵守しながら利用する。 (ii)システム開発により自社に導入 企業が自社向けのAIエージェントシステムの開発をし、導入・運用する |
AIエージェントの不具合によってユーザーに損害が発生した場合、以下のような責任追及、及び防御がなされることが考えられます。
ユーザー側の主張 ●SLA(サービスレベルアグリーメント)などの内容に基づき、サービス提供者に対し損害賠償請求(民法415条)や契約解除(同法541条、542条) サービス提供者側の考えられる主張 ●利用規約に基づく免責・責任制限があること ●サービス提供者の帰責性の不存在(同法415条1項ただし書) ●ユーザー側にも過失があったこと(過失相殺、同法418条) |
(1) 人間による無権代理の問題
仮に、ある人が他者にビットコインの購入を依頼して代理権を与えたにもかかわらず、代理人がイーサリウムを購入してしまった場合、これは無権代理行為となり、原則として契約の効果は本人に帰属しません。
無権代理が発生した場合の主な法的問題は以下のとおりです。
●無権代理行為の追認(民法113条、116条) ●無権代理人の履行又は損害賠償責任(同法117条) ●表見代理(同法110条)の適用 ➡ 取引相手が、代理権があると信じる「正当な理由」がある場合、契約の効果が本人に帰属することがあります。例えば、代理人に代理権を証明する手段(実印・委任状の所持など)がある場合です。 しかし、以下のようなケースにおいて、相手方が代理権の存在について適当な調査・確認を行わない場合、「正当な理由」がないと判断されて表見代理が成立しない可能性があります。 ✓委任状に改ざんの跡がある場合 ✓委任状の印が三文判である場合 ✓本人にとって不利益な取引である場合 |
(2) AIエージェントによる無断発注や無権代理
(i) ユーザーが管理するAIエージェントの場合
AIエージェントはユーザーの指示に基づいて動作するプログラムであることから、一般的に、AIエージェントの発注はユーザーの意思表示とされ、その効果もユーザーに帰属するものと考えられます。
しかし、AIエージェントがユーザーの真意とは異なる発注をしてしまうケースも想定され、この場合にも発注の効果がユーザーに帰属するかが問題となります。
この点については、「錯誤」(民法95条)としてユーザーが意思表示を取り消すことができるかを検討することが考えられます。錯誤には以下の2つのケースがあります。
①意思表示に対応する意思を欠く錯誤(同条1項1号) 錯誤が重要な事項に関する場合、原則として取消し可能。 ②法律行為の基礎とした事情についてその認識が真実に反する錯誤(同項2号) 錯誤が重要な事項に関するものであり、その事情が相手方に示されていた場合に限り、原則として取消し可能。 |
(a)ユーザーの指示と発注結果が一致する場合
例えば、ユーザーが「AIエージェントの判断で暗号資産を購入する」という意思を持ち、そのような指示を出した結果、想定外の種類・数量の暗号資産の購入がなされた場合、ユーザーの「AIエージェントの判断で暗号資産を購入する」という意思と結果が一致する以上、意思表示(AIエージェントの発注)に対応するユーザーの意思は存在するといえ、「ユーザーの想定内でAIエージェントが動作すると考えていた」という事情が相手に表示されなければ、錯誤による取消しは難しいと思われます(同条2項)。
(b)ユーザーの指示と発注結果が一致しない場合
一方で、ユーザーが種類・数量を指定した具体的な指示を出し、AIエージェントが異なる種類・数量の発注を行った場合、意思表示(AIエージェントの発注)に対応するユーザーの意思を欠くとして、錯誤による取消しを理論的には主張できるように思われます。
もっとも、このような取消が容易に認められるとすれば取引の安全性を大きく害すると思われます。そこで、民法95条3項では、ユーザーに「重大な過失」がある場合には取消しをすることができないと定めています。 例えば、AIエージェントの設定ミスや管理不備があれば、ユーザーに「重大な過失」があるとして取消しが否定され得ますし、企業による発注の場合、そもそもAIエージェントを使用した後に自身で具体的な発注内容を確認していないことが「重大な過失」になる場合もあるのではないかと思われます
(c)電子消費者契約の特例
消費者がAIエージェントを利用して発注する場合には、電子消費者契約法(電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律)第3条が適用されると思われます。この法律は、インターネット取引の場合には発注のミスが多いことから、以下のような場合に原則として取消しを認めるものです。
①誤クリックによる注文(例:「購入する」ボタンを誤って押した) ②誤った入力による注文(例:購入数量を間違えた) ③自動入力や誤操作による意思と異なる注文 |
AIエージェントを利用する場合にも、事業者がコンピュータの映像面に表示する手続に従って消費者がコンピュータを用いて取引を行えば、それは電子消費者契約(同法2条1項)に該当することとなり、AIエージェントを利用した取引にも本条の適用があると考えられます。
ただし、以下のように事業者が消費者の意思確認を求める措置を講じた場合には、この特例の適用を受けることはできません。
①「購入を確定しますか?」と最終確認のポップアップを表示した場合 ②ワンクリック購入ではなく、カートを経由して確認画面を設けた場合 ③二段階認証のような仕組みで購入意思を確認している場合 |
また、消費者がAIエージェントを利用して、これらの確認を求める措置における確認を省いて取引を行った場合、同条の「消費者から当該事業者に対して当該措置を講ずる必要がない旨の意思の表明があった場合」に該当し、特例の適用がなくなる場合があります。この場合、原則として錯誤による取消は認められないと考えられます。
(ii) 他者が提供するAIエージェントの場合
他者が提供するAIエージェントを利用したところ、AIエージェントがユーザーの意図せぬ取引を行ってしまったような場合には、AIエージェントの提供者による無権代理行為の問題が生じ得ます。
AIエージェントの提供者が無権代理人となる場合、表見代理の成否については特に以下のような問題が生じます。
●通常の代理関係では、代理人が実印や委任状などを持っているかどうかが、取引相手について代理権の存在を信じる「正当な理由」を認めるポイント。 ●AIエージェントの場合、取引はデジタル化されており、実印の使用や委任状の提示がないのが一般的。 |
そのため、取引相手にとって何が「正当な理由」となるかが問題になりますが、当該AIエージェントが、例えばパスワードや発注権限を与えられ、それを使用して発注した場合、基本的には相手方は正当な取引がなされたと信じるしかなく、表見代理が成立するように思われます。
コラム ●暗号資産交換業者や証券会社などの金融機関が提供し、当該金融機関のサービス内で利用できるAIエージェントの誤発注の場合 例えば、暗号資産交換業者や証券会社などの金融機関が、自社のサービス内で利用できるAIエージェントを提供している場合を考えます(規制については下記VI以下で検討)。このAIエージェントが誤作動を起こし、その結果、誤発注が起こった場合については、以下のように整理することができます。 1.取引相手が第三者である場合 AIエージェントの誤作動により発生した誤発注の取引相手方が第三者である場合、第三者は表見代理等によって保護されるケースが多いと思われます。 他方、この取引が表見代理により有効に成立してしまった場合、AIエージェントの提供者である金融機関は、ユーザー本人から損害賠償請求(民法415条、709条)を受けるリスクがあります。 2. 取引相手が金融機関自身である場合 AIエージェントによる誤発注の取引相手が第三者ではなく金融機関自身である場合、そもそもユーザーには誤発注に対応する意思表示がないとされる可能性があります。また、仮に誤発注に対応する意思表示があるとしても、誤発注についてユーザーには重過失がないとして、ユーザーの錯誤取消の主張は認められやすいのではないかと思われます。 また、ユーザーの誤入力によって金融機関との間で契約が成立してしまったような場合には、電子消費者契約法第3条の適用があり、金融機関がユーザーの重過失を主張できないケースも考えられます。 3.リスク回避策としてのユーザー確認の導入 上記を踏まえたAIエージェントの誤作動による金融機関のリスクをユーザーに転嫁する方法としては、最終的な発注時には常に人間(ユーザー)の確認を必要とする仕組みを導入することが考えられます。この場合、誤発注が発生したとしても、それは人間(ユーザー)の責任である、と言いやすくなります。 この仕組みを導入した場合、完全自動化とはならず利便性は落ちることになりますが、誤発注リスクの対策という観点では有効な措置になるのではないかと思われます。 |
AIエージェントの不具合に関連して他者が損害を被った場合、AIエージェントの提供者やAIエージェントのユーザーが損害賠償責任を負う可能性があります。
この点、AIエージェントの活用事例として特に注目されており、AIエージェントの利用により他者に損害が発生し得る典型的なユースケースとして、自動運転が考えられます。
自動運転では、AIエージェントが自動車の運転を担うことになりますが、人間が運転する場合とAIが運転する場合では、事故が発生した際の法的責任が異なる可能性があります。
(1) 人間が運転していた場合
①人身事故の場合
人身事故を起こした場合、車の保有者などの運行供用者(自動車を自己のために運行する者)は、民法の不法行為(709条)のほか、自動車賠償責任保障法(自賠法)3条に基づく責任を負うことになります。自賠法3条に基づき損害賠償請求をする場合、被害者は、運転者の過失を立証する必要がありません。運行供用者は、自賠法3条に基づき、以下の3つの免責要件をすべて満たした場合には責任を免れることができます。
(a)自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと (b)被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと (c)自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったこと |
②物損事故の場合
物損事故では自賠法が適用されないため、被害者は民法709条の不法行為責任に基づく損害賠償請求を行うことになります。この場合、被害者としては、運転者の故意又は過失を自ら立証しなければなりません。
(2) AIエージェントが運転していた場合(社会的に認められたAIエージェントを想定)
①人身事故の場合
AIエージェントの自動運転により人身事故が生じた場合でも、基本的には自賠法の適用があると考えられています16。完全自動運転のAIエージェントのシステムに障害があった場合には、上記の免責要件のうち(c)の要件を満たさないとして、被害者から運行供用者に対して自賠法に基づく損害賠償請求権が認められる可能性があります。
AIエージェントのシステム障害に起因して賠償金を支払った運行供用者や保険金を支払った保険会社等は、自動車メーカーやAIシステムのソフトウェア業者などに求償を行うことになると考えます。
②物損事故の場合
物損事故の場合には自賠法3条が適用されないため、運転者等に不法行為責任に基づく損害賠償請求を行うことになりますが、完全自動運転であれば、運転者の操作ミス等がなくなるため、運転者の故意又は過失を問うことが難しくなり、運転者の損害賠償責任が認められにくくなる可能性があります。
この場合、被害者としては、AIエージェントのシステムに障害があれば、それを提供する自動車メーカーやソフトウェア開発業者などに対して以下のとおり責任追及をすることが考えられます。
③自動車メーカーに対する請求
被害者は、自動車メーカーに対して、製造物責任法(PL法)3条に基づく損害賠償請求を行うことが考えられます。
PL法は、製造物の欠陥が原因で生命、身体又は財産に損害を与えた場合、製造業者等に無過失責任を課す法律です。ただし、以下のような課題もあります。
●ソフトウェア自体は動産ではないため、PL法の「製造物」に該当しない。ただし、ソフトウェアが組み込まれた車両に欠陥があると評価されれば、PL法に基づき自動車メーカーが製造物責任を負う可能性がある17。 ●AIによる自動運転システムは高度で複雑なため、被害者が「欠陥」と「因果関係」を立証するのが困難である可能性がある。 ●製造物責任は、製造業者等による引き渡し時に存在した欠陥に基づき認められる責任であるため、車両の引渡し後の遠隔で行われたソフトウェアのアップデートにより欠陥が生じたような場合には、製造物責任が認められない可能性がある。 |
④ソフトウェア業者に対する請求
被害者は、AIエージェントを提供するソフトウェア業者に対し、AIエージェントの欠陥を理由として損害賠償請求をすることが考えられます。この場合、ソフトウェアは無体物であるため製造物責任の適用がないことから、民法709条に基づく不法行為責任等を追及することになります。
この場合、被害者がソフトウェア開発者の故意・過失を立証する必要があることから、上記の自賠法3条に基づく損害賠償請求のケースや、PL法3条に基づく損害賠償請求のケースよりも、賠償請求のハードルが高くなることが考えられます。
本項目では、上記IIIの考えに従い、Web3のAIエージェントに対してどのように金融規制が適用されるかを検討します。なお、Web3の文脈で検討しますが、類似の考え方が、株式投資のAIエージェントなど、金融系のAIエージェントにも当てはまります。
AIエージェントが分散型取引所(DEX)でユーザーの代わりに暗号資産やステーブルコインの取引を行うことが考えられます。このような仕組みを活用することで、以下のようなメリットが期待できます。
●リアルタイム市場分析による迅速な取引 ●人間の感情に左右されないデータドリブンな意思決定 |
一方で、このような売買を行う場合、暗号資産交換業等の規制がないか検討が必要となります。
①人間が取引する場合
暗号資産の売買やステーブルコイン(法定通貨の価値と連動し、額面で償還されるもの)の売買については、暗号資産交換業(資金決済法2条15項)や電子決済手段等取引業(同法2条10項2号)に関する規制の適用を考える必要があります。
同法では、単なる投資家として暗号資産等を売買する場合は、「業として」に該当せず、規制対象ではありません18。
他方、広く公衆に対して売買する場合や、公衆に対して売買の代理を行う場合には規制の対象となります。
②AIエージェントが取引する場合
AIエージェントがユーザーの代わりに暗号資産やステーブルコインを売買する場合であっても、自分自身の投資目的でAIエージェントを使う場合、ユーザー自身には特に規制はかかりません。
また、売買の発注をするAIエージェントを提供する会社があっても、それが単にユーザーの売買手続の事務を助ける、というだけの場合には、規制はないと思われます。
他方、AIエージェントが、例えばユーザーをDEXに容易に繋ぐといった媒介等19
と言われる範囲の動作を行っており、そのAIエージェントをユーザー以外の者が管理運用している、とみられるような場合、当該AIエージェントの提供者に、暗号資産交換業や電子決済手段等取引業の規制(媒介規制)が課される可能性があります。
Web3分野では、AIエージェントが投資戦略を立案し、暗号資産・ステーブルコインの現物取引、暗号資産・ステーブルコインのデリバティブ取引に関する投資助言や資産運用を行うサービスが考えられます。
本パートでは、AIエージェントがこのような投資サービスを提供する際に検討すべき主要な法的問題について、人間が行う場合と比較しながら説明します。
①人間が行う場合
投資助言・運用サービスを提供する場合、それぞれ異なる法的規制が適用されます。
(i) 投資助言サービス
投資助言サービスとは、投資助言をして報酬を受け取る契約(投資顧問契約)を締結し、有価証券やデリバティブ取引に関する投資判断について助言を行う業務を指します。
規制のポイントは以下のとおりです。
●投資助言・代理業として金融商品取引法に基づく登録を要する(金商法2条8項11号、3項1号、28条、29条)。ただし、無償の助言は規制対象外。 ●暗号資産やステーブルコインの現物取引に関する助言は規制対象外。 ●暗号資産や(電子決済手段に該当する)ステーブルコインのデリバティブ取引に関する助言は規制対象。 ●助言の対象が現物取引かデリバティブ取引かを意識する必要がある。 |
(ii) 投資運用サービス
投資運用サービスは、主に、(a)ファンド持分を有する者からの出資金を主に有価証券やデリバティブ取引に投資する業務(ファンド運用業務) 、(b)顧客から投資判断と資産運用の権限を一任されて、有価証券やデリバティブ取引に投資運用する業務(投資一任業務)、が考えられます。
規制のポイントは以下のとおりです。
●投資運用業の登録を要する(金商法2条8項12号ロ、2条8項15号、28条4項、29条)。無償で提供する場合でも「業」に該当する場合は規制対象。 ●(a)ファンド運用業務については、自己募集には原則、第二種金融商品取引業の登録が必要(同法2条8項7号へ、28条2項1号)。ただし、適格機関投資家等特例業務(同法63条)などの例外あり。 ●(b)投資一任業務により顧客資産を預かる場合、第一種金融商品取引業の登録も必要(同法28条5項・1項5号、29条、42条の5)。 ●暗号資産・ステーブルコインの現物取引を投資対象とする場合((a)ファンド運用業務の場合は「主として」投資対象とする場合)は、投資運用業に該当しない。他方、暗号資産・(電子決済手段に該当する)ステーブルコインのデリバティブ取引を投資対象とする場合は投資運用業の規制対象。 ●GK-TKスキーム20では、匿名組合員による出資はすべてGK(営業者)の財産に帰属し(商法536条1項)、GKが自己の名をもって事業を行うため、(a)GKがファンド運用業務に基づき、暗号資産の現物の売買を行う場合、自己投資目的で行う取引であるとして一般的には「業」には当たらず、暗号資産交換業の登録を要しないと考えられ21、投資対象がステーブルコインの現物である場合もパラレルに考えれば、電子決済手段等取引業に該当しないと考えられる。 ●(b)GK-TKスキームなどでGKが別の会社に投資業務を一任し、当該別会社が暗号資産やステーブルコインの売買等まで行う場合、暗号資産交換業や電子決済手段等取引業の規制を受ける可能性がある22。 |
②AIエージェントが行う場合
AIエージェントが投資助言・運用サービスを行う場合、その業務が金融規制の適用を受けるかどうかが問題となります。通常、AIエージェントを提供する者について規制の適用を検討することになると考えます。
規制のポイントは人間が行う場合と概ね同じですが、特にAIエージェントの場合には以下の点がポイントになります。
●投資一任業務で顧客資金を預かる場合でも、AIエージェントの提供者が運用していないスマートコントラクトで顧客資金の預託を受ける場合には第一種金融商品取引業の登録が不要となる可能性がある。 ●AIエージェントの提供後、特に開発者が運用に関わらず、AIエージェントが完全にDAOとして自律的に動き、投資運用についてもスマートコントラクトにより自動執行される等の場合には規制の対象外となる可能性がある。 |
AIエージェントがバーチャルアシスタントとして、サービスの販売支援や問い合わせ対応を行うことが考えられます。例えば、メタバース内で商品やサービスを販売する場合にも、AIエージェントが搭載されたアバターが自動接客を行うことが想定されます。
本パートでは、AIエージェントが接客サービスを提供する際の主要な法的問題について、従来の人間による業務と比較しながら説明します。
①人間が顧客対応する場合
人間が顧客対応を行う場合、例えば以下のような観点から法規制を遵守する必要があります。
(i) 個人情報の取扱い
顧客対応の際に個人情報を取得・利用する場合は、個人情報保護法の以下のルールなどを遵守する必要があります。
●利用目的をできるだけ明確に特定すること(個人情報保護法17条1項) ●特定した目的の範囲を超えて個人情報を利用しないこと(同法18条1項) ●利用目的を本人に通知又は公表すること(同法21条1項) |
(ii) 消費者保護に関する規制
消費者に対してサービスの説明や情報提供を行う際には、消費者契約法4条に基づく以下の規制などを遵守する必要があります。
●重要事項について虚偽の説明をしないこと ●将来の不確実な事項について断定的な判断を提供しないこと ●消費者に不利益となる事実を故意又は重過失により伝えないことを回避すること |
これらの違反があった場合、消費者は契約を取り消す権利を持つため、正確かつ十分な情報を提供することが重要です。
②AIエージェントが顧客対応する場合
(i) 個人情報の取扱い
AIエージェントが顧客対応を行う際にも、個人情報の取扱いには慎重な対応が求められます。
個人情報保護委員会は、OpenAIのサービス提供者に対し、「利用者及び利用者以外の者を本人とする個人情報の利用目的について、日本語を用いて、利用者及び利用者以外の個人の双方に対して通知し又は公表すること。」ということや、本人の同意なしに、要配慮個人情報を取得しないことなどの注意喚起を行っています23。 また、生成AIを利用して個人情報を取り扱う事業者に対しては、「個人情報取扱事業者が生成AIサービスに個人情報を含むプロンプトを入力する場合には、特定された当該個人情報の利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認すること」などの注意喚起を行っています24
AIエージェントにより個人情報を取り扱う場合には、これらの注意喚起を念頭に置いて対応する必要があります。
(ii) AIエージェントによる誤情報(ハルシネーション)の問題
消費者契約法4条などを遵守する観点では、AIエージェントが不十分な学習データや古い情報をもとに不十分な情報提供や誤った回答をする「ハルシネーション」のリスクが問題となります。
この問題を防ぐために以下のような対策をとることが考えられます。
●最新かつ正確な学習データを用いて、AIエージェントを継続的にトレーニングすること ●消費者が誤情報を報告できるフィードバック機能を実装すること ●運営者がAIエージェントの回答を適宜チェックし、必要に応じて修正を行うこと |
留保事項
・本稿の内容は関係当局の確認を受けたものではなく、法令上合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。また、本稿に記載された内容は筆者らの現時点での見解にすぎず、今後変更がありえます。
・本稿はAIエージェントやWeb3 AIエージェントの利用を推奨するものではありません。
・本稿はAIエージェントに関する一般的な考え方を記載したものに過ぎず、具体的な案件に関する法務アドバイスを提供するものではありません。具体的な法的助言が必要な場合は、各自、弁護士にご相談下さい。
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(1) ミームコインとは/本稿の狙い
ミームコインとは、主にインターネットのミーム(流行のネタやジョーク)をもとに作られたトークンのことを指します。通常の暗号資産(ビットコインやイーサリアムなど)と比べて、技術的な革新性や実用性よりも、コミュニティの熱狂やソーシャルメディアでの話題性によって価値が大きく変動する特徴があります。
ミームコインは、仮想通貨の黎明期である2013年にDogecoinが登場して以降、ブームと低迷を繰り返してきました。しかし、2024年にはpump.funのようなミームコイン作成プラットフォームの登場、イーロン・マスク氏によるDogecoinへのたびたびの言及、2025年にはアメリカ大統領ドナルド・トランプ氏自らがミームコイン「TRUMP Token」を発行するなど、AIを活用した新しいミームコインの誕生とともに、海外では大きな盛り上がりを見せています。
一方、日本では暗号資産に関する規制が厳しいこともあり、ミームコイン市場は海外ほど活発ではないと考えられます。しかし、コミュニティトークンの分野では一定の存在感があり、筆者らに対してもミームコインの可能性についての問い合わせが寄せられていることから、本稿を執筆するに至りました。
(2) ミームコインの具体例
ミームコインの代表的な例としては、以下のようなコインが発行されています。
コイン名 | 発行年 | ブロックチェーン | 主な特徴 |
Dogecoin (DOGE) | 2013年 | 独自チェーン | ミームコインの元祖。シンボルマークは日本の柴犬であるカボスちゃん。イーロン・マスク氏が度々言及するなど同氏の影響が大きい。米国のDepartment of Government Efficiency(政府効率化省)の略称DOGEはこのコインからとられている。 |
Shiba Inu (SHIB) | 2020年 | Ethereum |
2020年8月に匿名の開発者Ryoshiによって誕生。Dogecoinキラーとして宣伝され、2021年に急成長。犬コインブームの一角を担う。 |
Bonk (BONK) | 2022年 | Solana | Solana上の人気ミームコイン、エアドロップで話題。 |
PEPE (PEPE) | 2023年 | Ethereum | 漫画「ボーイズ・クラブ」に登場するカエルのキャラクターのミーム。短期間で爆発的に価格上昇。 |
ai16z | 2024年 | Solana |
AIとミームを融合させたトークンの一つ。Web3 AI Agent銘柄。 |
TRUMP | 2024年 | Solana | ドナルド・トランプ大統領が自身の名を冠したミームコイン。トランプ氏が公式Xで発行を発表して急騰。 |
Test (TST) | 2025年 | BNB Chain | BNB Chainチームによって作成されたトークン。バイナンス創業者ジャオ・チャンポン(CZ)氏との関係についての憶測により話題となった。 |
Central African Republic Meme(CAR) | 2025年 | Solana |
中央アフリカ共和国の公式ミームコイン。2025年2月10日発行。 |
(3) ミームコインの発行プラットフォームの例
2024年に、海外ではpump.funというミームコインの発行プラットフォームが登場し、その登場もミームコインブームの一因となっています。pump.funは、Solana(ソラナ)ブロックチェーン上で、誰でも簡単にミームコインを作成・ローンチできるプラットフォームであり(現在はSonala以外でもEthereumのレイヤー2ネットワークであるBaseやBlastにも対応し)、ユーザーは簡易な手続で新しいトークンを発行して販売できます。
pump.funでは、ユーザーがウォレットを接続し、トークン名やシンボルなどの基本情報を入力することで、独自のミームコインを作成できます。作成されたトークンは、ボンディングカーブモデルと呼ばれる、需要が増えると価格が上昇し、供給が増えると価格が下落する仕組みによって販売価格が設定されます。
pump.funの特徴
特徴 | 内容 | リスク |
簡単なトークン作成 |
→数クリックで誰でもミームコインを作成可能。 |
誰でも作成可能なため、詐欺プロジェクトが増加する可能性。 |
ミームコイン市場の活性化 |
→pump.fun発のミームコインがSNS(特にX/Twitter)で話題になりやすい。 |
→ブームが去ると急落しやすく、持続性に欠ける。 |
以上のように、注目を受けるpump.funですが、他方、必要な米国証券法上の登録を得ずにSecurityを販売しており米国証券法に違反しているとして集団訴訟の対象となる26、米国の法律事務所であるBurwick LawとWolf Popper LLPからpump.funが同事務所の名称やロゴを無断で使用したトークン(例:DOGSHIT2)を作成・配布し、同事務所の知的財産権を侵害しているとしてトークンの即時削除を求められるなど27、相応の法的リスクも顕在化しています。
pump.fun以外の発行プラットフォームの例
名称 | 概要 | 特徴 |
Memelandia28 | テレグラム発のブロックチェーン「The Open Network(TON)」が立ち上げたミームコイン発行プラットフォーム。 | ユーザーが独自のミームコインを手軽にローンチし、取引できるプラットフォーム「ローンチパッドLair」を提供。 |
Sato Pump29 | EVMチェーンによるミームコイン発行プラットフォーム兼DEX。 | pump.funに比べ、少額の資金で容易にミームコインの発行を実現する特徴的な設計を備えるとされている。 |
Memecoin Solution30 | BNBチェーン上で、ミームコインプロジェクトを作成できるノーコードプラットフォーム。 | 9種類のミームコイン専用ローンチパッドからプロジェクトの目的やテーマに適したものを選択可能。 |
(4) 日本におけるミームコインの発行状況
日本では、後述するように暗号資産交換業に関する規制が厳しく、TRUMP Tokenやai16zコインのようなミームコインの発行・販売には厳格な法規制が適用されるため、容易ではありません。
しかしながら、決済手段性や配当性を持たないトークン(いわゆるNFTなど)としてであれば発行・販売が容易なこともあり、コミュニティトークンを中心に、例えば、下記のようなプロジェクトが誕生しています(各プロジェクトの法規制の遵守状況等を筆者らが調査したものではありません)。
日本で発行されたミームコインの例
(5) ミームコイン活用のメリットとリスク
名称 | 概要 | 特徴 |
モナコイン (Monacoin) |
2013年12月に日本で初めて開発されたミームコイン。ASCIIアートの猫「モナー」をモチーフにしている。 | →ライトコイン派生のPoW方式を採用。 →発行当時は日本では暗号資産規制は存在していない。 →日本の暗号資産コミュニティで広く受け入れられ、投げ銭やオンラインゲームでの利用実績がある。 →現在は日本の各取引所に上場されている。 |
ガチホトークン | 著名ブロガー・イケハヤ氏が「FiNANCiE」上で発行したミームコイン。 | →「ガチホ(長期保有)」をテーマにしたトークン。 →実用性よりもコミュニティ内での価値共有やエンターテインメントを目的とする。 →NFTとして発行されているのではないかと思われる。 |
NYANMARU Coin | パチンコ業界大手マルハンのオリジナルキャラクター「にゃんまる」をモチーフにしたミームコイン。 | →GFA株式会社がNYANMARU Coinの取引所への上場支援を行っていることを公表31。 →堀江貴文氏(ホリエモン)がPRやマーケティングを担当 →海外の取引所に上場しており、日本居住者には販売しない暗号資産という整理なのではと想像。 →現時点で特定のロードマップが存在しない。 |
(5) ミームコイン活用のメリットとリスク
ミームコインは、インターネットのジョークや特定の文化を反映したトークンであり、コミュニティの支持を受けやすいという特徴があります。しかし、実用性よりも話題性や投機性が重視されるものが多く、価格変動が激しく、詐欺リスクも伴う点に注意が必要です。
ミームコインのメリット
メリット | 内容 |
コミュニティの強化 | ミーム文化を背景にしたプロジェクトはファン層の結束が強く、支持されやすい。 |
低コストで発行可能 | 少額での販売が可能なため、一般層にもリーチしやすい。 |
Web3の入門としての役割 | 投資経験の少ないユーザーが自らコインを発行してブロックチェーンの仕組みに触れる機会を提供する。 |
短期間で注目を集めやすい | SNSやインフルエンサーの影響で急激に価値が上がる可能性がある。 |
ミームコインのリスク
リスク | 内容 |
ボラティリティーの激しさ |
ミームコインは短期間で大きく値上がりすることもあるが、同様に急落することも多い。 |
詐欺やラグプル= Rug Pullの危険性 | ミームコインの多くは匿名開発チームによって作成されており、開発者が大量のトークンを売り抜けてプロジェクトを放棄するラグプルの事例が多い。また、当初から詐欺目的のトークンも存在する。 |
ポンジスキームの可能性 |
新規投資家からの資金を既存の投資家への配当に充てることで、持続不可能な形で成長するトークンも存在する。 |
流動性の低さ |
一部のミームコインは取引所での流動性が低く、大量売却時に価格が大幅に下がる可能性がある。 |
実用性の欠如・長期的な成長が難しい |
ほとんどのミームコインは特定のユースケースを持たず、価格がコミュニティの熱量やトレンドに依存している。 |
規制リスク |
ミームコインプラットフォームが規制当局の監視対象になることが増えており、今後、未登録証券とみなされるリスクがある。 |
(6) 発行者と消費者の注意点と対策
上記のとおり、ミームコインにはメリットが存在するとともに、様々なリスクも存在します。そのため、健全なビジネスとしてミームコインを発行する者としては、消費者からの信頼を獲得するため、また、消費者としては、詐欺的なプロジェクトによる被害を回避するために、以下のような対策を講じたうえで取引を行うことが考えられます。
現在、海外で発行されているミームコインの多くは、日本では資金決済法上の「暗号資産」に該当し、その販売や取扱いには法規制が適用されます。以下では、暗号資産とその取扱いに関する規制の概要を述べます。なお、暗号資産の定義や暗号資産交換業の規制に関する詳細は別紙をご参照下さい。
(1)資金決済法による規制
概略として、暗号資産とは、ブロックチェーンで発行されるトークンであって、物品や役務の対価として、不特定の者に対して使用でき、不特定の者との間で売買できるものを意味します(資金決済法2条14項)。そして、暗号資産の売買やその媒介等を業として行うことは、暗号資産交換業(同法2条15項)に該当し、内閣総理大臣の登録(同法63条の2)を受けるほか、広告の際の一定の情報の明示義務(同法63条の9の2)や、利用者の預託資産の分別管理義務(同法63条の11)が課されるなど、資金決済法上の各種の規制を遵守する必要があります。
(2)その他の法令による規制
他の法令においても暗号資産取引に関する各種の規制が設けられています。
先ず、金融商品取引法では、暗号資産のデリバティブ取引を業として行うことについては、第一種金融商品取引業の登録(金融商品取引法28条)が必要とされるほか、広告・勧誘の規制(同法37条・38条)、自己資本比率の維持義務(同法46条)などが設けられています。また、暗号資産の現物取引やデリバティブ取引に関する虚偽表示・風説の流布・相場操縦なども禁止されています(同法185条の22~24)。
さらに、犯罪収益移転防止法においても、暗号資産交換業者は、一定の取引について、本人確認義務(KYC)(犯収法4条)を負う等の規制が設けられています。
(3)ICO、IEOに関する規制
ミームコインを暗号資産として発行する場合、発行者自らが暗号資産を販売する場合(ICO:Initial Coin Offering)や、発行者が暗号資産取引所上場して販売を委託する場合(IEO:Initial Exchange Offering)が考えられます。
ICOについては、発行者が暗号資産の売買を行うことになるため、発行者自身が暗号資産交換業の規制を受けることになります。IEOについても、取引所からの審査の他、一般社団法人日本暗号資産取引業協会(JVCEA)および金融庁(FSA)の審査をパスしなければなりません。
このように、暗号資産に該当するミームコインを発行者が自ら販売する場合(ICO)でも、暗号資産取引所に上場させる場合(IEO)でも、重い規制が課されることになります。
上記のとおり、ミームコインを暗号資産として発行・販売する場合には、暗号資産に関する各種規制をクリアする必要があります。
しかし、暗号資産に該当しない形でミームコインを設計・発行する方法や、暗号資産交換業に該当しない形でミームコインを発行・運用する方法を検討することで、厳しい規制対応のコストを回避しつつ、発行を実現することも可能と考えられます。
以下、その具体的な方法について説明します。
(1)暗号資産に該当しないミームコインの設計
金融庁の暗号資産交換業者関係ガイドライン(以下「暗号資産ガイドライン」といいます。)32を踏まえると、以下の①~③のいずれかの工夫をすることで、暗号資産の規制を受けずにミームコインを発行・販売できる可能性があります。
対策 | 具体例 |
①決済手段としての使用禁止をし、かつ、価格や供給量を制限 |
・決済手段としての使用禁止を規約や商品説明等で明記するか、または、システム上決済手段に使用されない仕様とする。 and ・ミームコインの最小取引単位当たりの価格を1000円以上に設定するか、または、分割可能性を踏まえた発行数量を100万枚以下に限定する。 |
②①以外の方法での不特定の者に対する使用を制限 |
・ネットワークを通じた不特定の者の間での移動を不可能にする。 |
③1号暗号資産との交換制限 | ・1号暗号資産と交換できないよう制限を設ける。 |
暗号資産ガイドラインでは、暗号資産に該当するか否かは最終的に個別判断されるとしつつ、以下の基準(抜粋)を示しています。
暗号資産ガイドライン抜粋 ①「代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができる」という1号暗号資産の該当性を判断するにあたって、以下のポイントを検討する。 (a)ブロックチェーン等のネットワークを通じて不特定の者の間で移転可能な仕組みを有しているか。 (b)発行者と店舗等との間の契約等により、代価の弁済のために暗号資産を使用可能な店舗等が限定されていないか。 (c)発行者が使用可能な店舗等を管理していないか。 そして、以下のイ及びロを充足するなど、社会通念上、法定通貨や暗号資産を用いて購入又は売却を行うことができる物品等にとどまると考えられるものについては、「代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができる」ものという要件は満たさない。 イ)発行者等において不特定の者に対して物品等の代価の弁済のために使用されない意図であることを明確にしていること(例えば、発行者又は取扱事業者の規約や商品説明等において決済手段としての使用の禁止を明示している、又はシステム上決済手段として使用されない仕様となっていること。)。 ロ)当該財産的価値の価格や数量、技術的特性・仕様等を総合考慮し、不特定の者に対して物品等の代価の弁済に使用し得る要素が限定的であること。例えば、以下のいずれかの性質を有すること。 ▶最小取引単位当たりの価格が通常の決済手段として用いるものとしては高額であること(例えば1000円以上のトークンについては「最小取引単位当たりの価格が通常の決済手段として用いるものとしては高額」なものであると考えられる33。)。 ▶発行数量を最小取引単位で除した数量(分割可能性を踏まえた発行数量)が限定的であること(例えば100万枚以下である場合には、「限定的」といえると考えられる34。)。 ただし、上記イ及びロを充足する場合であっても、法定通貨や暗号資産を用いて購入又は売却を行うことができる物品等にとどまらず、現に小売業者の実店舗・ECサイトやアプリにおいて、物品等の購入の代価の弁済のために使用されているなど、不特定の者に対する代価の弁済として使用される実態がある場合には、同要件を満たす場合がある。 ②2号暗号資産の該当性に関して、「不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる」ことを判断するに当たって以下のポイントを検討する。 (a)ブロックチェーン等のネットワークを通じて不特定の者の間で移転可能な仕組みを有しているか。 (b)発行者による制限なく、1号暗号資産との交換を行うことができるか。 (c)1号暗号資産との交換市場が存在するか。 (d)1号暗号資産を用いて購入又は売却できる商品・権利等にとどまらず、当該暗号資産と同等の経済的機能を有するか。 ③2号暗号資産の該当性に関して、「1号暗号資産を用いて購入又は売却できる商品・権利等にとどまらず、当該暗号資産と同等の経済的機能を有するか」を判断する上では、上記①の考え方が同様に当てはまる。 |
(2)暗号資産交換業に該当しないミームコインの取扱い
暗号資産に該当するミームコインを発行する場合であっても、暗号資産の売買・交換、他人の暗号資産の管理、といった暗号資産交換業に該当する方法以外で暗号資産を取り扱う場合でれば、暗号資産交換業の規制の適用を受けることなく実施可能です。例えば以下の取り扱いなどは暗号資産交換業の規制対象外です。
➡暗号資産の無償配布
➡暗号資産の報酬としての配布
➡暗号資産の貸付
ミームコインを暗号資産に該当しないものとして設計しても、他の金融規制に抵触する場合には、ミームコインの発行者には重い義務が課せられます。そのような事態を避けるため、特に以下の金融規制の適用を回避する設計になっているか、適切に検討する必要があります。
(1)電子記録移転権利(金商法)
ミームコインの購入者に対し、ミームコインの販売収益をもとにした事業利益の分配が行われる場合、ミームコインが「集団投資スキーム持分」(金融商品取引法2条2項5号)を表章するトークンであるとみなされ、電子記録移転権利(同法2条3項)に該当する可能性があります。
この場合には、以下のような金商法の規制が適用されます。
➡発行の際、金融商品取引法の開示規制が適用(同法3条3号ロ)
➡販売について金融商品取引業の登録が必要(同法29条)
➡その他、各種の金融商品取引業者に係る規制が適用
(2)前払式支払手段に関する規制(資金決済法)
ミームコインが、金銭を対価に発行され、当該金額がサーバー等に記載又は記録され、発行者の指定する相手に対する支払い手段として利用可能な場合、資金決済法上の「前払式支払手段」(同法3条1項)に該当する可能性があります。
この場合には、以下のような資金決済法の規制が適用されます。
➡発行者が販売したミームコインの未使用残高が3月末又は9月末に1,000万円を超える場合、届出が必要(自家型:資金決済法5条、14条1項、資金決済法施行令6条)
➡第三者にも利用可能な場合、登録が必要(第三者型:同法7条)。
(3)電子決済手段としての規制(銀行法、資金決済法)
ミームコインが、法定通貨と価値が連動し、発行者が額面金額での償還を約束している場合、電子決済手段(資金決済法2条5項)に該当する可能性があります。
この場合には、以下のような銀行法又は資金決済法に関する規制が適用されます。
➡発行者は、銀行業免許(銀行法4条1項)又は資金移動業者登録(資金決済法37条)が必要。
➡電子決済手段の売買・仲介・管理行為を行う場合、電子決済手段等取引業(同法2条10項)の登録(同法62条の3)が必要。
また、一般社団法人暗号資産ビジネス協会発出の「NFTビジネスに関するガイドライン」35が、NFTの法規制に係る検討フローチャートを以下ように整理しています。このフローチャートは、ミームコインの法規制を検討する場合にも大いに参考になりますので、ご覧下さい。
上記のような日本の金融規制を回避できる現実的なミームコインの発行モデルとしては試案としては、以下のようなものが考えられます。ただし、これらはあくまで例示であり、上記IIの1~3の金融規制の内容を踏まえたうえで、その適用を受けずに発行できるミームコインの設計については、さまざまなものが検討できるのだろうと思われます。
(1)暗号資産等に該当しないトークンとして発行するケース
具体例
▶ECサイトの購入者にECサイトの商品の割引に使える無償ポイントとして付与
▶アーティスト・アイドルのファントークン
▶コミュニティやインフルエンサーなどの個人の活動に紐づいたファントークン
▶保有者限定のコンテンツアクセス権や特典グッズの一つとして販売
具体例
▶デジタルアートや音楽に紐づいたミームコイン
▶ゲーム内アイテム・キャラクター・ランドに紐づいたミームコイン
(2)暗号資産に該当する場合でも金融規制の適用を受けないケース
具体例
▶SNS・動画配信サービスのエンゲージメント報酬(「いいね」「コメント」「シェア」等に応じて付与)
▶ブロックチェーンゲーム内でのログイン報酬・プレイ報酬
具体例
▶イベントに伴うエアドロップキャンペーン
▶新規登録ボーナス
なお、金融規制に抵触しない形でミームコインを発行した場合でも、自由に販売できるわけではありません。例えば以下のような法規制に違反しないように気を付ける必要があります。
(1)特定商取引法
ミームコインをインターネットを通じて販売する場合、特定商取引法に基づき、以下のような規制が適用されます。
➡広告の表示の義務(特商法11条)
➡誇大広告等の禁止(同法12条)
➡未承諾者への電子メール広告の禁止(同法12条の3)
➡不実の告知の禁止(同13条の2)
➡契約解除に伴う債務不履行の禁止(同法14条1項1号)
➡顧客の意に反した申込み勧誘の禁止(同法14条1項2号) 等
(2)賭博罪(刑法)
ミームコインの販売手法として、いわゆる「ガチャ」や「パッケージ販売」など、ランダムな数量や種類のトークンを提供する場合、賭博罪(刑法185条・186条)が成立する可能性があります。
➡購入者が経済的損失を被る可能性がある場合、賭博とみなされるリスクがある。
➡JCBA、 JCBI、JBA、BCCC、C-SEPが共同で公表したガイドライン36を参考に慎重な設計が必要。
(3)景品規制(景表法)
ミームコインを商品やサービスの購入者などへ特典(おまけ)として提供する場合、以下のような景品表示法の景品規制37が適用される可能性があります。
➡くじ等の偶然性、特定行為の優劣等によって景品類を提供する場合(一般懸賞)
提供できるミームコインの金額
▶1人当たりの上限:取引価額の20倍又は10万円のいずれか低い額。
▶総額:懸賞に係る売上予定総額の2%まで。
➡全員に提供する場合(総付景品)
提供できるミームコインの金額
▶1人当たりの上限:200円又は取引価格の10分の2の金額のいずれか高い金額まで。
保有するミームコインを譲渡した場合、以下のように、個人は所得税、法人は法人税の対象となるのではないかと思われます。
(1)法人税の取扱い
法人がミームコイン(暗号資産)を譲渡した場合、譲渡価額から譲渡原価等を差し引いた譲渡損益について、その譲渡契約をした日の属する事業年度の所得の金額に算入の上、法人税の課税対象となります(法人税法61条1項)。
(2)所得税の取扱い(個人)
個人がミームコインを譲渡した場合、譲渡価額から譲渡原価等を控除した譲渡損益については、原則として雑所得(場合によっては事業所得)として、以下のとおり所得税の課税対象になります(所得税法35条、36条1項) 38。
(1)法人税の取扱い
法人がNFTを譲渡した場合の譲渡損益については、法人税の課税対象となります(法人税法22条2項)。また、暗号資産と異なり、NFTは基本的に期末時価評価課税の対象にはなりません。
(2)所得税の取扱い(個人)
個人がデジタルアートを表章するNFTを譲渡し、譲渡価額から譲渡原価等を控除した譲渡損益が生じた場合、その方法によって以下のとおり所得税の課税区分が異なります39。
売却の形態 | 所得区分 |
自ら発行したNFTを第三者に譲渡(一次流通) | 原則として雑所得(場合により事業所得) |
購入したNFTを転売(二次流通) |
原則として譲渡所得 |
本邦において、金融規制の適用を受けるミームコインを発行・販売する場合、適切な規制対応を行うために多大な費用や手間がかかることが避けられません。
特に、TRUMP Tokenのような大規模なミームコインを機動的に販売することは、現行の規制のもとでは容易ではありません。
しかし、販売を伴わない発行(報酬としての配布や無償配布など)や、決済手段性や配当性を持たないトークンであれば、金融規制の対象とならずに発行・販売できる可能性があります。
そのため、規制対応の負担を抑えつつ、ミームコインを発行・運用する方法を検討する余地は十分にあると考えられます。
ミームコインには様々な課題があるものの、暗号資産やWeb3においては、コミュニティの存在が重要な要素となります。
たとえば、Monacoinのように健全なコミュニティを基盤とするトークンは、Web3の発展において一定の役割を果たし得るでしょう。
法律や税務には複雑な課題が多いものの、適切な規制を遵守しながら健全なコミュニティトークンが発行されることは、日本におけるWeb3の発展にとっても意義のある取り組みとなる可能性があります。
(1)資金決済法の暗号資産取引に関する規制
①暗号資産の定義
資金決済法2条14項では、次のとおり暗号資産が定義されています。
この法律において「暗号資産」とは、次に掲げるものをいう。ただし、金融商品取引法第二十九条の二第一項第八号に規定する権利を表示するものを除く。 一 物品等を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り、本邦通貨及び外国通貨、通貨建資産並びに電子決済手段(通貨建資産に該当するものを除く。)を除く。次号において同じ。)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの 二 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの |
上記の条文から主に以下の要件を満たすものが暗号資産に該当することになります。
(a)物品等の購入・借り受け又は役務の提供の代価の弁済のために使用できること(決済手段性)
(b)ブロックチェーン上に記録される形で財産的価値があること(財産性)
(c)不特定の者に対して使用でき、かつ、不特定のものを相手方として購入及び売却を行うことができること(不特定性)
(d)本邦通貨、外国通貨、通貨建資産及び電子決済手段に該当しないもの
(e)金商法29条の2第1項8号に規定する権利を表示しないもの(セキュリティトークンではないもの)
②暗号資産の取扱いに関する規制
暗号資産に関する次の各行為のいずれかを業として行うことは、暗号資産交換業(資金決済法2条15項)に該当し、内閣総理大臣の登録(同法63条の2)を受けるほか、資金決済法上の各種行為規制を遵守する必要があります。
対象業務 | 具体的な行為 |
①売買・他の暗号資産との交換業務 | 暗号資産販売所など、自ら暗号資産の売買や交換を行う業務等。 |
②①の媒介、取次ぎ又は代理 | 暗号資産取引所(利用者間の暗号資産の売買や交換をマッチングするプラットフォーム)や、他人のための暗号資産の買い付け等。 |
③①又は②に関する金銭管理行為 | 暗号資産の販売所や取引所において、暗号資産の取引のために利用者から金銭の預託を受けること等。 |
④カストディ業務(管理業務) | 他人の暗号資産を保管する業務(ウォレットサービス)等。 |
上記④について補足すると、規制対象となるカストディ業務の解釈は暗号資産ガイドライン40に示されており、例えば、ウォレットサービスを提供する事業者が、当該アプリを使用する利用者の暗号資産を移転するための秘密鍵を預かる場合は規制対象となり得ますが、利用者の暗号資産の秘密鍵を保有しないような場合には基本的に規制対象にはなりません。
(2)金融商品取引法上の各種行為規制
金融商品取引法においても、暗号資産に関連する以下のような規制が設けられています。
①デリバティブ取引の規制
暗号資産を原資産とするデリバティブ取引(先物・オプションなど)を行う場合、金融商品取引法上の「店頭デリバティブ取引」に該当し、第一種金融商品取引業の登録(金融商品取引法28条)が必要となるほか、各種規制が適用されます。
②その他の規制
(3)マネーロンダリング規制・広告規制等
①マネーロンダリング対策(AML)
暗号資産交換業者は、犯罪収益移転防止法上の特定事業者(犯収法2条2項32号)として、以下の取引(対象取引)を行う場合には、マネーロンダリング防止のための本人確認義務(KYC)や確認記録の作成・保存義務を負います(同法4条・6条)。
また、取引時確認の結果の疑わしい取引の届出義務(犯収法8条)や外国所在暗号資産交換業者との間での契約締結時の確認義務(同法10条の4)等が課されており、さらに、暗号資産の移転時に、送付依頼人・受取人の情報を相手方の暗号資産交換業者に通知する義務(トラベル・ルール)が課されています(同法10条の5)。
②広告・マーケティング規制等
暗号資産交換業者がテレビ・ラジオ・インターネットなどで広告を行う場合、以下の情報などを明示する義務があります(資金決済法63条の9の2)。
③その他の規制
暗号資産交換業者は、利用者に対する情報提供等の利用者保護措置を講ずる義務(資金決済法63条の10)や利用者が預託した金銭や暗号資産、履行保証暗号資産の分別管理義務(同法63条の11)が課されるなど、各種の規制を遵守する必要があります。
暗号資産を大衆に向けて発行する場合、主にICO(Initial Coin Offering)やIEO(Initial Exchange Offering)の手法が用いられます。以下では、それぞれの仕組みや国内での規制、課題について解説します。
(1) ICOとして発行する場合
① ICO(Initial Coin Offering)とは?
ICOとは、明確な定義はないものの、一般に、企業等がトークンと呼ばれるものを電子的に発行して、公衆から法定通貨や暗号資産の調達を行う行為の総称を意味します41。
例えば、自社のWeb3サービスで利用できるユーティリティトークンを販売し、その資金を開発に充てるケースがあります。
②規制と課題
ICOで発行されたトークンは通常「暗号資産」に該当し、資金決済法の暗号資産交換業の規制を受けることになります(資金決済法2条15項1号。暗号資産ガイドラインII-2-2-8-1)。
2017年~2018年に国内外で最盛期を迎えたICOですが、日本ではCoincheck事件を受けて暗号資産規制が厳格化され、厳しい規制が課されるため2018年以降は実施例が見当たりません。
(2) IEOとして発行する場合
①IEO(Initial Exchange Offering)とは?
ICOに代わる資金調達方法として、IEO(取引所を介したトークン販売)が注目されています。
IEOとは、トークンの取引所がトークンの発行者に代わってトークンを販売する資金調達手法を意味します。IEOは、暗号資産交換業者としての登録を受けた暗号資産取引所が主体的に実施し、トークンや発行者、プロジェクトに関する審査を行ったうえで取引所にトークンを上場させるため、ICOに比べて信頼性が高く、詐欺リスクが低いとされています。 また、トークン発行者自身は、その委託に基づき、トークンの販売行為の全てを取引所が担うため、通常、暗号資産交換業の登録を必要としないとされています42。
②規制と課題
IEOを実施する場合、暗号資産交換業者は取扱い暗号資産の変更について、資金決済法に基づく事前の届出(資金決済法63条の6第1項)を行う必要があります。そのためには、自主規制団体である一般社団法人日本暗号資産取引業協会(JVCEA)および金融庁(FSA)の審査を受けなければなりません。
JVCEAの新規暗号資産の販売に関する規則(以下「JVCEA規則」といいます。)では、IEOを行う暗号資産交換業者に対し、以下の義務などが課されています。
➡プロジェクトの適格性・実現可能性の審査(JVCEA規則15条1項1号)
➡販売の各段階(開始時・終了時・終了後)の継続的な情報開示(同15条1項2号)
➡調達資金や新規暗号資産を適切に財務諸表へ開示する態勢の確立(同15条1項4号)
➡不適切な勧誘や広告等を防ぐための態勢の構築(同15条1項5号)
➡新規暗号資産に関連するシステムの安全性検証(同17条1項)
➡JVCEAへの説明および検証の受審(同18条3項)等
JVCEAの審査をクリアした後、金融庁の審査を経て、正式に取扱い暗号資産の変更届出を提出する流れとなります。このように、IEOの場合もICOに比較して規制は緩やかではあるものの、実施には厳しい審査基準が設けられており、このようなハードルをクリアする必要がある点に注意しなければなりません。
留保事項
暗号資産の価格上昇に伴い、ビットコインは「デジタルゴールド」としての地位を確立しています。
南米やアフリカでは金融インフラが不十分な地域を中心に、ビットコインやステーブルコインが日常決済で急速に普及しています。例えば、エルサルバドルではビットコインが法定通貨として採用され、納税や個人間送金にも活用されています。先進国アメリカでも、オンラインショッピングやサブスクリプションサービスでCrypto決済を導入する企業が増えています。
一方、日本では2017年にビックカメラがビットコイン決済を導入したことが大きなニュースになったものの、その後のCrypto決済の普及は限定的だと思われます。その主な原因として、Crypto決済時に利益が確定し個人の場合には最大55%の課税が発生すること、少額決済の記録や確定申告の手間が大きな課題です。ただし、値動きが少ないステーブルコインが普及すれば、日本でもCrypto決済が広がる可能性があります。
本稿では、Crypto決済の仕組みを解説し、日本で導入する際の法律上の論点について述べます。
本稿の「Crypto決済」とは、暗号資産決済やステーブルコイン決済を含む幅広い概念として扱いますが、法律議論は主に暗号資産を中心として議論します。ステーブルコインの売買や管理に関する規制は概ね暗号資産規制と同様であり、適宜、読み替えてお読み下さい。
Cypto決済の例は、大きく分けて二つのカテゴリーに分けられます。一つはCryptoを直接決済に使用する例、もう一つはクレジットカードやデビットカードを使用した例です。下記では、海外で行われている例の一部を紹介します。
〇アメリカ
〇エルサルバドル
〇シンガポールや韓国
〇スイス
〇クレジットカード35/デビットカード型
〇デビットカード型
〇プリペイドカード型
暗号資産法 | 割賦法、貸金業法、前払式支払手段規制 | 外為法 | |
自社店舗によるCrypto決済の受入れ | なし | なし | 非居住者との3000万円以上の決済の場合には外為法の報告 |
決済代行業者を利用したCrypto決済 | 決済代行業者に売買規制の適用可能性 | なし | 同上 |
クレジットカード型 | 保管規制、売買規制の適用可能性 | 割賦法(ショッピング)及び貸金業法(キャッシング)の適用可能性 | 同上 |
デビットカード型 | 保管規制、売買規制の適用可能性 | なし | 同上 |
プリペイドカード型 | なし | 自家型又は第三者型として前払式支払手段規制の適用 | 同上 |
自社の実店舗やオンライン店舗でCryptoを決済に収受する場合の規制を解説します。
日本では、暗号資産の売買、その媒介や他人のためにする管理は、暗号資産交換業として規制されています。しかし、自社の店舗でCryptoを決済として受け取ること自体については規制が存在しません。
また、受け取ったCryptoを自社で保有したり、暗号資産交換業者を利用して金銭に交換することにも規制はありません。
ただし、非居住者との間で、3000万円以上の決済を行う場合は、原則として外為法上の報告義務が発生します(外為法55条)。この報告義務は、3000万円相当のCryptoでの決済場合も同様であり、居住者による報告が必要となります。この外為法上の報告義務は、2以下の場合でも同様に当てはまります。
日本の会社の中には、自社で暗号資産を保有したり管理したりすることに抗拒感を持つ会社が存在します。これは、価格変動やハッキングなどのセキュリティリスク、会計や税務上の問題などが原因として挙げられます。
このような会社は、第三者である決済代行業者(以下「決済代行者」といいます。)を利用し、決済代行者が暗号資産を収受し、これを日本円に変換して店舗などの会社に渡すスキームが取られることがあります。
このスキームは、下記の行為の組み合わせとなります。
①暗号資産を他人のために収受する。
②収受した暗号資産を他人のために日本円に変換する。
③変換した日本円を会社に渡す。
しかし、この中の「②暗号資産を日本円に変換する」行為は、決済代行者が暗号資産交換業を営んでいるとみなされ、原則として暗号資産交換業の登録が必要と考えられます。
この点について、日本ではコンビニエンスストアや宅配便業者による収納代行が特に規制なく行われていることとの比較が問題となります。決済代行者が行う行為も収納代行であり規制は存在しないと考えられないか、以下のような整理ができないか問題となります。
①店舗から決済代行者が収納代行の権限を与えられる。
②決済代行者は暗号資産を自分のものとして収受する。
③その委任事務の処理の一環として日本円を渡す。
④これは変換行為ではなく、委任事務の処理上の支払い方法にすぎない。
このような考え方は理論上は可能かもしれませんが、筆者の経験では、実際の運用では当局との議論が厳しくなる可能性が高いと考えられます。そのため、実務上は暗号資産交換業の登録が必要な可能性が高いと考えておくのが安全でしょう。
ただし、他の業務や委任された事務に付随する形で行われる場合、その具体的な内容によっては許容される可能性もあります。この点については、ケースごとに慎重な検討が必要です。
(1)仕組み
クレジットカードタイプのCrypto決済として考えられる典型的な例は、次のような仕組みになります43。
①暗号資産交換業者またはその連携会社がクレジットカードを発行。
②ユーザーが円立てやドル立てで商品を購入。
③通常のクレジットカードとは違い、決済はユーザーの暗号資産交換業者のアカウントからビットコインなどが引き落とされる。
(2)割賦販売法
日本において、クレジットカードの発行には、「2ヶ月を超える分割支払い」「リボルビング支払い」「ボーナス一括支払い」などの機能を提供する場合に割賦販売法が適用されます。
一方、「翌月1回払い」のみのカードは割賦販売法の対象外であり、規制を受けずに発行可能です(割賦販売法2条の定義参照)。ただし、このようなカードは便利性が限られるため、実際にはほとんど発行されていません。
暗号資産にリンクするクレジットカードでも、この規制が適用されます。
(3)貸金業法
クレジットカードのキャッシング機能は、商品やサービスの購入ではなく、借入であるため、割賦販売法ではなく貸金業法の規制対象となります。
暗号資産にリンクするクレジットカードであっても、キャッシングを円や外貨で行える場合には貸金業が適用されます。ただし、暗号資産でキャッシングできる場合は、暗号資産レンディングには貸金業法が適用されないため規制対象外です(貸金業法2条の定義参照)。
(4)暗号資産法
暗号資産にリンクしたクレジットカードの場合、この暗号資産の保管には暗号資産交換業が適用されます。
さらに、決済の過程で暗号資産の売買行為に該当することがあります。
この場合、上記行為は暗号資産の売買であり、暗号資産交換業の登録が必要になると思われます。
なお、クレジットカードの決済は原則として金銭で行うが、ユーザーが事後的に暗号資産での代物弁済を選択できる、といったスキームである場合、これは代物弁済にすぎず、暗号資産交換業は適用されないと思われます。
(1)仕組み
デビットカードタイプのCrypto決済の典型的な例は次のような仕組みです。
①暗号資産交換業者またはその連携会社がデビットカードを発行。
②ユーザーが暗号資産交換業者にビットコインなどを預託。
③ユーザーは預託した暗号資産の範囲で、円立てやドル立てで商品を購入可能。
④商品購入時に、ビットコインが自動的に円転される。
(2)デビットカード発行に関する規制
日本では、デビットカードの発行自体には特別な規制はありません。しかし、例えば普通のデビットカードは預金を組み合わせて発行されるため、銀行法の適用対象となります。
一方、暗号資産を連携したデビットカードの発行には銀行法は適用されず、以下の論点が生じる可能性があります。
(3)暗号資産法
他人の暗号資産を業として管理する場合は、暗号資産交換業者としての登録が必要となります。また、売買規制が適用される可能性もあります。
(1)仕組み
前払式支払手段とは、図書券やAppleギフトカード、Amazonギフトカードのように、事前に対価を支払い、その対価に応じた、残高などが付与され、残高で決済ができる仕組みをいいます
前払式支払手段型のCrypto決済は、次のような流れになります。
①発行会社がプリペイドカードを発行。
②ユーザーが発行会社にビットコインなどを送付。
③送付されたビットコインの時価に従ったチャージが行われる。例:0.001BTCであれば1.5万円相当。
④ユーザーがカードを使用した際に、チャージ残高から減額される。
(2)前払式支払手段の発行規制
日本における前払式支払手段の発行は、「自家型」と「第三者型」に分けられます。
自家型の場合には届出、第三者型の場合には登録が必要となり、いずれの場合も未使用残高の半分の供託などの規制がかかります。
ただし、次の場合は規制が適用されません。
(3)暗号資産法の適用
プリペイドカードは、クレジットカードやデビットカードと異なり、原則として暗号資産交換業の規制は適用されないと考えられます。この理由は下記のとおりです。
①発行会社は暗号資産を保管しているわけではない。
②チャージで、暗号資産の金額に応じたチャージがなされるが、これは金銭と暗号資産の交換ではない。あくまで前払式支払手段の発行行為にすぎない。
③暗号資産同士の交換にも該当しない。
ただし、チャージした暗号資産を、再度暗号資産に戻すこと(払い戻し)が可能なスキームの場合、実質的には暗号資産の預託とみなされ、暗号資産交換業におけるカストディ規制が適用される可能性があります。
(1)Crypto決済時の利益確定について
Crypto決済は、決済を行った時点で利益が確定したとされ、この利益に税が課されます。たとえば、1万円で取得した暗号資産が5万円に値上がりし、その暗号資産を使用して決済を行った場合、4万円の利益が発生します。この利益は、個人の場合「雑所得」に分類され、他の所得と合算した総合課税にて、最大55%の税率が適用されます。
(2)少額決済の記録と確定申告の手間
Crypto決済を行った場合には、上記のような課税がなされるため、原則として確定申告が必要になります。雑所得が20万円以下であり、かつ1か所から給与を受け取らない給与所得者である等の場合には確定申告の義務がありません。
しかし、雑所得が20万円を超える場合や、雑所得が20万円以下でも自営業者、フリーランス、副業がある等でそもそも確定申告の義務がある場合、Crypto決済での利益についても1円単位で申告する必要があります。
たとえば、日常的な買い物で暗号資産を使用した場合、各取引時点の暗号資産の時価を記録し、その利益を合算して申告することが求められます。この記録と計算の手間は非常に煩雑であり、特に少額決済を頻繁に行う場合、実務上大きな負担となります。
なお、この問題は、本来は、海外旅行で余った外貨を後日使用した場合にも適用されます。例えば1ドル120円の時に入手した10ドルを、何年後かの海外旅行で1ドル150円で使用した場合には、差額の30円×10ドル=300円について雑所得として課税され、確定申告が必要となります。
(3)Crypto決済への海外での課税
海外では暗号資産に関するキャピタルゲイン課税がない国や、ある場合にも少額の場合や長期保有の場合に課税対象外とする、という国があります。
(各国の税制=Chat GPT等調べ)
1 | 個人の暗号資産取引についてキャピタルゲイン課税がない国 | シンガポール、ポルトガル、スイス、マレーシア、UAE、エルサルバドル |
2 | 個人が長期で保有した場合、キャピタルゲイン課税がない国 | ドイツ(1年以上保有した場合には非課税) |
3 | 一定の限度額の範囲でキャピタルゲイン課税がない国 | イギリス(年間6000ポンド=約120万円まで) イタリア(年間2000ユーロ=約32万円まで) 韓国(年間2500万ウォン=約250万円まで) ブラジル(月額35,000ブラジルレアル=約90万円まで) |
4 | 少額決済には非課税の国 | オーストラリア(1取引が10,000豪ドル=約90万円以下の「個人的利用目的(Personal Use Asset)と見なされる場合、非課税) |
5 | 少額決済への非課税化を現在議論中の国 | アメリカ(現在は短期保有か1年以上保有の長期保有かに分けて課税。1回あたり200ドルまで利益の少額決済については課税しない議論が進行中) |
6 | 少額決済でも基本的に課税される国 | 日本(但し、確定申告義務ない人の場合には20万円までの雑所得は非課税)、フランス、カナダ、アルゼンチン |
日本で暗号資産のキャピタルゲインを課税しない議論は極めて難しいと思われます。また、G7でも米国、フランス、カナダが課税の現状下、少額決済に課税しないとの議論を当局に説得的に要望することは難しいかもしれません。
しかしながら、各国がWeb3の進展を図る中、特に米国で少額決済の非課税化が通った場合には、日本でも競争政策上少額決済の利益には課税しない等の制度を導入することが必要なのではと思われます。
暗号資産リンク型のカードを発行する際には、多くの場合、国際ブランド(VISA、MasterCard、Amex、JCB、Dinersなど)と契約し、その決済ネットワークを利用します。この際、国際ブランドは、自身が規制を受けているため、カード発行体に対して以下のような審査を行うことが通例です:
さらに、国際ブランドと直接契約する代わりに、既に国際ブランドと強固な関係を持つ日本のクレジットカード会社を通じて提携カードとして発行する方法もあります。この場合、カード発行プロセスの一部が簡素化される可能性がありますが、それでも一定の規制対応やコストが発生する点には注意が必要です。
本邦ではCrypto決済は必ずしも普及していないと思われます。これは規制というよりも、Crypto決済時に利益が確定し個人の場合には最大55%の課税が発生すること、少額決済の記録や確定申告の手間が大きいのではと思われます。
ステーブルコインが普及した場合、相当程度の問題は解決される可能性があるものの、現時点では日本でステーブルコインがどの程度普及するかは未知数です。
今後、Web3分野での国際競争の観点からも、Crypto決済の税務面が改善されることが期待されます。
留保事項
創・佐藤法律事務所(丸の内オフィス) 弁護士 佐藤有紀
投資事業有限責任組合契約に関する法律(平成10年法律第90号。以下「LPS法」という。)では、「事業者への円滑な資金供給を促進し、その健全な成長発展を図り、もって我が国の経済活力の向上に資する」というLPS法の目的に基づき、LPS法第3条第1項において、投資事業有限責任組合(以下「LPS」という。)が行うことのできる事業(以下「対象事業」という。)が限定的に列挙されている。
LPSがいわゆるセキュリティトークンへ投資を行うことについては、「投資事業有限責任組合契約に関する法律第3条第1項に規定される事業におけるセキュリティトークン等の取扱いについて」という通知が2023年4月19日に経済産業省が出され、取扱いが整理されたところである(当事務所の以前のArticle「LPS法とトークン投資に関する2023年4月19日付経産省通知について」(2023年4月25日)参照)。
しかしながら、暗号資産(資金決済法第2条第14項)市場が引き続き拡大し、いわゆるWeb3.0系スタートアップを含め暗号資産による資金調達を目指すスタートアップ企業も増えている中、暗号資産への投資を促進すべきであるとの意見が多く唱えられてきた。[1]また、経済産業省も、LPSによる暗号資産への投資については、国内外における事業者のトークンによる資金調達の実態や課題等を調査した上で、今後、取扱いについて検討を行うとしていたところである。今般、「新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律」(2024年5月31日成立、同年6月7日公布)により、LPS法が改正され、主として、①一定の条件を満たす外国法人への投資は上限を設けることなく認められることとなり、②合同会社への出資が認められることとなり、また③事業者のために発行される暗号資産への投資が可能となったことから、本稿では、かかる改正内容について概説する。
LPS法上、LPSができる事業はLPS法第3条第1項において列挙されている。具体的には以下のとおりであり、LPSがどのような事業ができるかは、LPS法第3条第1項各号及び新設された第2項の規定及びその解釈による。今般の同条項の改正箇所には下線を付した。また、特に断りが無い限り、本稿では、改正後のLPS法の内容及び条文番号を記載している。
第3条第1項 ・ 株式会社の設立に際して発行する株式の取得及び保有並びに合同会社又は企業組合の持分の取得及び保有企業組合の設立に際しての持分の取得及び当該取得に係る持分の保有(第1号) ・ 株式会社の発行する株式若しくは新株予約権(新株予約権付社債に付されたものを除く。以下同じ。)又は合同会社若しくは企業組合の持分の取得及び保有(第2号) ・ 金融商品取引法第2条第1項各号(第9号及び第14号を除く。)に掲げる有価証券(同項第1号から第8号まで、第10号から第13号まで及び第15号から第21号までに掲げる有価証券に表示されるべき権利であって同条第2項の規定により有価証券とみなされるものを含む。)のうち社債その他の事業者の資金調達に資するものとして政令[2]で定めるもの(以下「指定有価証券」という。)の取得及び保有(第3号) ・ 事業者に対する金銭債権の取得及び保有並びに事業者の所有する金銭債権の取得及び保有(第4号) ・ 事業者に対する金銭の新たな貸付け(第5号) ・ 事業者を相手方とする匿名組合契約(商法(明治32年法律第48号)第535条の匿名組合契約をいう。)の出資の持分又は信託の受益権の取得及び保有(第6号) ・ 事業者のために発行される暗号資産(資金決済に関する法律(平成21年法律第59号)第2条第14項に規定する暗号資産をいう。以下この項において同じ。)の取得及び保有(第6号の2) ・ 事業者の所有する工業所有権又は著作権の取得及び保有(これらの権利に関して利用を許諾することを含む。)(第7号) ・ 前各号の規定により投資事業有限責任組合(次号を除き、以下「組合」という。)がその株式、持分、新株予約権、指定有価証券、金銭債権、暗号資産、工業所有権、著作権又は信託の受益権を保有している事業者に対して経営又は技術の指導を行う事業(第8号) ・ 投資事業有限責任組合若しくは民法(明治29年法律第89号)第667条第1項に規定する組合契約で投資事業を営むことを約するものによって成立する組合又は外国に所在するこれらの組合に類似する団体に対する出資(第9号) ・ 前各号の事業に付随する事業であって、政令で定めるもの(第10号)[3] ・ 外国法人の発行する株式、新株予約権若しくは指定有価証券若しくは外国法人の持分若しくはこれらに類似するもの又は外国法人のために発行される暗号資産の取得の取得及び保有であって、政令で定めるところにより、前各号に掲げる事業の遂行を妨げない限度において行うもの(第11号)[4 ] ・ 組合契約の目的を達成するため、政令で定める方法により行う業務上の余裕金の運用(第12号) [5] 第3条第2項 前項第一号から第三号まで、第六号又は第八号に掲げる事業に係る株式、持分、新株予約権又は指定有価証券には、前条第一項の政令で定める者については、これらに類似するものであって外国の法令に準拠するものを含むものとする。 |
従来のLPS法下では、日本の会社法下で設立された株式会社であれば、その株式をLPSが取得及び保有することが上限なく可能であったのに対し、外国籍の法人であれば、日本法人の子会社であっても、「外国法人」の発行する株式の取得として、投資金額(なお、投資約束金額ではない。)の50%未満の範囲でしか、投資が認められなかった。
しかしながら、今般の改正により、「事業者」という定義が、「法人(外国法人(本邦法人又は本邦人がその経営を実質的に支配し、又は経営に重要な影響を及ぼすものとして政令で定める者を除く。次条第一項第十一号において同じ。)を除く。)」とされ(LPS法第2条第1項。以下、下線部の外国法人を「日本法人等が支配等する外国法人」という。)、株式会社の発行する「株式」には、これらの日本法人等が支配等する外国法人が、当該外国の法令に従って発行する、「株式」に類するものが含まれることとなった。
これにより、例えば、日本人が設立したスタートアップであって、米国証券市場での上場を目指して、米国法人をホールディングカンパニーとする法人にも、LPSが投資を行うことが可能となった。
具体的には、政令では、「本邦法人又は本邦人がその経営を実質的に支配し、又は経営に重要な影響を及ぼすもの」として以下の者が定められている。今般の同条項の改正箇所には下線を付した。つまり、日本人又は日本法人が議決権の過半数を有しているか(資本関係)、意思決定機関を支配しているか、又は取引等を通じて財務及び営業又は事業の方針の決定に重要な影響を与えることができるか、という形式的・実質的な基準に拠っている。実際のところ、日本人が外国法人を創業し、その後株主が増えたとしても、当該株主の多くが日本法人であれば[6]、投資先となる当該外国法人は当該条件を充足し、上限無しにLPSの投資対象となりうることとなる。
第1条第1項 投資事業有限責任組合契約に関する法律(平成10年法律第90号。以下「法」という。)第2条第1項の政令で定める者は、外国法人のうち、次の各号に掲げる者のいずれかに該当する者とする。 ・ 本邦法人又は本邦人(以下この条において「本邦法人等」という。)により総株主又は総出資者の議決権の過半数を保有されている者その他本邦法人等により財務及び営業又は事業の方針を決定する機関(次項において「意思決定機関」という。)を支配されている者として経済産業省令で定めるもの(以下この条において「子法人等」という。)(第1号) ・ 本邦法人等又は子法人等との間の売上高又は仕入高が売上高の総額又は仕入高の総額の100分の50以上である者その他本邦法人等又は子法人等が出資、役員その他これに準ずる役職への本邦法人等若しくは子法人等の役員若しくは使用人である者若しくはこれらであった者の就任、融資、債務の保証若しくは担保の提供、技術の提供又は営業上若しくは事業上の取引等を通じて、財務及び営業又は事業の方針の決定に対して重要な影響を与えることができる者として経済産業省令で定めるもの(第2号) 第1条第2項 ・ 本邦法人等及び子法人等又は子法人等が他の者の意思決定機関を支配している場合における当該他の者は、その本邦法人等の子法人等とみなして、この条の規定を適用する。 |
従前のLPS法では、LPSによる合同会社の持分(社員権)の取得は認められなかったが、機関設計の柔軟性等を鑑みて合同会社として設立されるスタートアップ企業等の事業者も少なくないことから合同会社についても、LPSの投資対象となることとあった(上述のLPS法第3条第1項第1号、2号等)。
従前のLPS法では、LPSによる暗号資産への投資が認められていませんでしたが、上述のような議論を経て改正が実現され、今後は、事業者のために、事業者自身又は暗号資産取引所に委託して暗号資産を発行する場合など、特定の条件下において、LPSによる暗号資産への投資が認められる。
なお、今般の改正はあくまで「事業者のために発行される暗号資産」の取得及び保有を認めるものであり、すべての暗号資産が投資対象となるわけではないことには引き続き注意を要する。例えば、決済用の仮想通貨として一般的な、ビットコインやイーサリアムといった暗号資産は、LPSの投資対象となる「事業者のために」発行されたものではないことから、LPSの投資対象には含まれないと思われる。
改正法の施行は、「公布の日から起算して三月を超えない範囲内において政令で定める日」及び「公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日」と改正内容により異なっており、上述の①日本法人等が支配等する外国法人への投資に関する規定及び②合同会社への出資に関する規定は前者(即ち2024年9月7日まで)、③事業者のために発行される暗号資産への投資に関する規定は後者(即ち2025年6月7日まで)である。
留保事項
本書の内容は関係当局の確認を経たものではなく、法令上、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。また、本書作成日現在の当職らの見解をまとめたものに過ぎず、当職らの見解にも変更がありえます。
本書は当事務所ウェブサイト用に纏めたものに過ぎません。具体的案件の法律アドバイスが必要な場合には各人の法律顧問にご相談下さい。
近時、AI(人工知能)は飛躍的な革新を遂げ、新しいコンテンツを生成する生成AI技術が広まるなど、各種産業においては自動化と最適化が図られ、また人々の日常生活にも少なからぬ変化が生じてきました。他方で、AIの倫理的な問題やプライバシーへの懸念、労働市場における悪影響など、社会的な課題も指摘されています。EUでは、EU域内で一律に適用される人工知能(AI)の包括的な規制枠組み規則(AI法)が成立するなど、統一的な規制整備が進みつつあります。
本稿では、AIに関する日本の法規制について概説します。
1.AIをめぐる現在の規制の紹介(法令・ガイドライン)
(1) AIに関する規制についての近時の議論
日本において、現時点ではAIを包括的に規制する法令は存在せず、拘束力のないガイドラインが定められているのみです。
2019年3月に「人間中心のAI社会原則」(注1)が策定され、またAIに関する一般的なガイドラインとして、総務省主導で「国際的な議論のためのAI開発ガイドライン案」(2017年7月28日)(注2)及び「AI利活用ガイドライン」(2019年8月9日)(注3)が、経済産業省主導で「AI原則実践のためのガバナンス・ガイドライン Ver. 1.1」(2022年1月28日)(注4)が公表されています。さらに、2023年5月のG7広島サミット、G7各国閣僚級会合による「広島AIプロセス包括的政策枠組み」取りまとめを経て、これらの3つのガイドラインを統合・見直し、その後に発展したAI技術の特徴及び国内外におけるAIの社会実装に係る議論を反映して、2024年4月19日に、新たに「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」(注5)(以下「新ガイドライン」といいます。)が総務省及び経済産業省より公表されました。
(2) 新ガイドラインの概要
新ガイドラインが対象としているのは、政府、自治体等の公的機関を含む、様々な事業活動においてAIの開発・提供・利用を担う全ての者、すなわち、AI開発者、AI提供者及びAI利用者です。これに対し、事業活動以外でAIを利用する者又はAIを直接事業で利用せず、AIシステム・サービスの便益を享受し若しくは損失を被る者(以下、あわせて「業務外利用者」といいます。)は対象とされていません(注6)。また、データ提供者も新ガイドラインの対象者とはされていません。データ収集は色々な方法が考えられる中で、新ガイドラインでは、データの提供を受ける者・データを入手する者にあたるAIの開発・提供・利用を担う者がデータを取り扱う際の責任負う形で記載がなされています。
新ガイドラインは、AIにより目指す社会として尊重すべき基本理念として、(i)人間の尊厳が尊重される社会(Dignity)、(ii)多様な背景を持つ人々が多様な幸せを追求できる社会(Diversity and Inclusion)及び(iii)持続可能な社会(Sustainability)の3つの価値を掲げ、かかる基本理念を実現するため、各主体が連携してバリューチェーン全体で取り組むべき共通の指針として、人間中心、安全性、公平性、プライバシー保護、セキュリティ確保、透明性、アカウンタビリティ、教育・リテラシー、公正競争確保及びイノベーションの10個に整理しています。これに加えて、AI開発者、AI提供者及びAI利用者の各々にとっての重要な事項を挙げています。主なものは以下のとおりです。
AI開発者にとっての重要な事項としては、データ前処理・学習時における適切なデータの学習及びデータに含まれるバイアスへの配慮、AI開発時における人間の生命・身体・財産、精神及び環境に配慮した開発、適正利用に資する開発、AIモデルのアルゴリズム等に含まれるバイアスへの配慮、セキュリティ対策のための仕組みの導入並びに検証可能性の確保、AI開発後における最新動向への留意、関連するステークホルダーへの情報提供、AI提供者への「共通の指針」の対応状況の説明及び開発関連情報の文書化が挙げられています。
AI提供者にとっての重要な事項としては、AIシステム実装時における人間の生命・身体・財産、精神及び環境に配慮したリスク対策、適正利用に資する提供、AIシステム・サービスの構成及びデータに含まれるバイアスへの配慮、プライバシー保護のための仕組み及び対策の導入、セキュリティ対策のための仕組みの導入並びにシステムアーキテクチャ等の文書化、AIシステム・サービス提供後における適正利用に資する提供、プライバシー侵害への対策、脆弱性への対応、関連するステークホルダーへの情報提供、AI利用者への「共通の指針」の対応状況の説明及びサービス規約等の文書化が挙げられています。
AI利用者にとっての重要な事項としては、AIシステム・サービス利用時における安全を考慮した適正利用、入力データ又はプロンプトに含まれるバイアスへの配慮、個人情報の不適切入力及びプライバシー侵害への対策、セキュリティ対策の実施、関連するステークホルダーへの情報提供、関連するステークホルダーへの説明並びに提供された文書の活用及び規約の遵守が挙げられています。
各主体が連携しバリューチェーン全体で共通の指針を実践して、AIを安全安心に活用するためには、AIガバナンスの構築が重要とされていますが、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムを基盤とする社会は、複雑で変化が速く、リスクの統制が困難であることから、AIガバナンスは、事前にルールや手続が固定したものではなく、(i)環境・リスク分析、(ii)ゴール設定、(iii)システムデザイン、(iv)運用、(v)評価といったサイクルをマルチステークホルダーで継続的かつ高速に回転させていく「アジャイル・ガバナンス」の実践が重要とされています。また、(i)環境・リスク分析では便益/リスクの理解、AIの社会的な受容の理解及び自社のAI習熟度の理解、(ii)ゴール設定ではAIガバナンス・ゴールの設定、(iii)システムデザイン(AIマネジメントシステムの構築)ではゴール及び乖離の評価並びに乖離対応の必須化、AIマネジメントシステムの人材リテラシー向上、各主体間・部門間の協力によるAIマネジメント強化並びに予防・早期対応によるAI利用者及び業務外利用者のインシデント関連の負担軽減、(iv)運用ではAIマネジメントシステム運用状況の説明可能な状態の確保、個々のAIシステム運用状況の説明可能な状態の確保及びAIガバナンスの実践状況の積極的な開示検討、(v)評価ではAIマネジメントシステムの機能の検証及びステークホルダーの意見の検討を、それぞれ各主体がAIガバナンスの構築において留意する観点としての行動目標としてあげています。
新ガイドラインの別添(付属資料)では、様々な実践のポイント及び具体的な実践例が挙げられています。AIガバナンスを構築する際には、これらの実践のポイントや実践例を参照して、各主体が置かれている個別具体的な状況や、各主体が開発・提供・利用するAIシステム・サービスの目的、方法、評価の対象等も考慮して、どのようなAIガバナンスを構築するか決めていくことになるであろうと推測されます。また、複数の企業によるAIガバナンスの構築に関する実際の取組事例も紹介されており、今後AIガバナンスを構築しようとする際に参考になると思われます。
新ガイドラインでは、高度なAIシステムに関係する事業者は、広島AIプロセスを経て策定された「全てのAI関係者向けの広島プロセス国際指針」(注7)及び「高度なAIシステムを開発する組織向けの広島プロセス国際指針」(注8)を遵守すべきとし、高度なAIシステムを開発するAI開発者についてはこれらに加えて「高度なAIシステムを開発する組織向けの広島プロセス国際行動規範」(注9)についても遵守すべきとしています。
(3) その他のガイドライン
上記の一般的なガイドラインのほか、個別の分野に特化したガイドラインもいくつか公表されています。例えば、教育現場での生成AIの活用に関して、文部科学省が「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」(2023年7月4日)(注10)を、佐賀県教育委員会が「生成AI利用ガイドライン【vol.1】」(2023年7月14日)(注11)を公表しており、ヘルスケア領域生成に特化したAI活用のガイドラインとして、日本デジタルヘルス・アライアンスが「ヘルスケア事業者のための生成AI活用ガイド」(2024年1月18日)(注12)を、一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会が「プライマリ・ケアにおけるAI利用ガイドライン」(2023年12月1日)(注13)を公表しています。
2.AIを用いた事業に関する法規制
(1) AIを開発、提供又は利用する事業者において問題になる法規制
(i)著作権
AIと著作権の関係については、今後、裁判例を含む具体的な事例の蓄積、AIに関連する技術の発展、諸外国における検討状況等を踏まえて検討されることになりますが、現時点においても、①学習・開発段階における著作権侵害、②生成・利用段階における著作権侵害、③生成物の著作物性に関する議論が活発化しています。
まず、①主としてAI学習を実施する者が、既存の著作物に係る著作権を侵害することにならないかが問題になります。著作物を利用しようとする場合、原則として著作権者の許諾を得る必要があるところ、2018年に情報解析のための著作物の利用に関して「柔軟な(著作権者の)権利制限規定」(注14)が創設され、「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には」著作権者による許諾を要せず著作物を利用できることとされました。この「非享受目的」は、いわゆる「過学習」(overfitting)を意図的に行う場合のように、非享受目的と享受目的が併存する等、複数の目的の内にひとつでも「享受」の目的が含まれていれば否定され、そのAI学習を実施した者は、著作権侵害として、損害賠償請求、差止請求(例、学習済みモデルの廃棄請求等)を受ける可能性があります。
②生成・利用段階における著作権侵害としては、主として、AIサービスの提供者や利用者による、AI生成物の生成及びインターネットを介した送信等の利用行為が、既存の著作物の著作権侵害とならないかが問題となります。AI生成物による著作権侵害は、従来の著作権侵害の有無の判断基準と同様、既存の著作物との「類似性」及び「依拠性」がある場合に認められます。「類似性」の有無は人間がAIを使わずに創作したものと同様に考えることができます。他方「依拠性」は、(i)Image to Imageのように、AIの利用者が既存の著作物を認識していたと認められる場合、及び(ii)既存の著作物を認識していなかったが、AI学習用データに既存の著作物が含まれる場合で、かつ、当該生成AIの開発・学習段階で当該著作物を学習していた場合に、認められる可能性が高くなります。生成・利用段階で著作権侵害が認められる場合、AIの利用者だけでなく、生成AIに関するサービス提供者が著作権侵害について責任を負う可能性が高いものと思われます。
③生成物の著作物性とは、AI生成物が著作権法による保護を受けるかどうかという議論であり、従来の「著作物」の解釈と同様、生成AIに対する指示が表現に至らないアイデアにとどまるような場合には、創作性が認められず著作物性は認められません。個々のAI生成物について、①指示・入力(プロンプト等)の分量・内容、②生成の試行回数、③複数の生成物からの選択、④生成後の加筆・修正等の種々の要素に鑑み、個別具体的な事例に応じて総合的に判断されることになります。
(ii)個人情報保護法
AIの開発や利用にあたっては、個人情報がしばしば利用されることから、「個人情報保護法」に違反しないよう十分注意する必要があります。具体的には、まず、①生成AIを提供する事業者(ChatGPTを提供するOpenAIなど)が、生成AIを開発するために個人情報を取り込もうとする時には、正しく利用目的を示して個人情報を入手したか、実際の利用方法が利用目的から外れていないか、人種や信条といったセンシティブな情報を取得する際のルールに違反していないか、などの問題が起こりやすいと言えます。この問題については、2023年6月にOpenAIに対して、利用目的を日本語で通知することや、センシティブな情報の取得についての注意喚起が行われました(注15)。
また、②生成AIを利用する側でも個人情報についての注意が必要です。例えば従業員の個人情報を管理している企業が、業務効率化のために生成AIを利用する時に、個人情報を入力することが考えられます。この場合、正しく利用目的を示して個人情報を入手したか、実際の利用方法が利用目的から外れていないか、注意が必要です。また、入力された個人情報が生成AI側で学習に使われてしまう場合、入力した側でも、第三者に個人情報を提供したことになる(外国の生成AIを利用した場合には、さらに外国へ個人情報を移転したことになってしまう)可能性があり、個人情報保護法に違反することになります。このように、利用する側でも個人情報保護について十分な注意が必要であり、2023年6月には個人情報保護委員会から「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(注16)が公表されています。
こうした、生成AI開発・利用における個人情報保護法上の留意点については、新ガイドラインにおいても詳細に言及されており、個人情報保護の観点が強く意識されていると言えます。
(iii)プライバシー
プライバシー権との関係では、AIだからこそ特に注意が必要となる問題が2つ存在します。一つ目は、本人は、一つ一つはそれほどセンシティブとは言えない情報だけを出したのに、AIがそれらの情報を統合して処理した結果、センシティブな情報が明らかになってしまう、という問題です。二つ目は、AIによる処理の結果、本来の自分とはかけ離れた人物像が形作られ、利用されてしまう(しかも、AIの処理が非常に複雑であるため、その正誤を検証することができない)、という問題です。
こうした問題に対し、EUではAIによる処理の中止を求める権利や、AIの判断のみに基づいて重要な決定をされない権利を認める法規制が法律によって認められています(注17)が、日本では実現していません。もっとも、上述のとおり、政府が公表する新ガイドラインでは、AIによる処理を行う場合に、個人の尊厳を尊重すること、人間の判断を介在させること、国際的な個人データ保護の原則や基準を参照したプライバシー保護などが求められており、AI特有のプライバシー侵害の問題が意識されつつあり、今後の議論の進展が待たれます。
(iv)営業秘密
近時、業務の円滑化等の目的から、生成AIに自社の情報を入力し利用する事業者が増えています。しかしながら、従業員が自社の機密情報を生成AIに入力することを許してしまうと、不正競争防止法の「営業秘密」や「限定提供データ」として、同法による保護を受けることができなくなる可能性があります。即ち、「営業秘密」として不正競争防止法によって保護されるためには、①秘密管理性(秘密として管理されていること)、②有用性(事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること)、③非公知性(公然と知られていないこと)が必要ですが、従業員が何のルールもなく生成AIに機密情報を入力できるとすると、①秘密として管理されているとは言えず、当該機密情報は「営業秘密」として認められなくなると思われます(ただし、AIサービス提供事業者との間で、営業秘密を特定した秘密保持契約(NDA)を締結するなど、自社の秘密管理意思を明らかにしているような場合は秘密管理性が失われないとも考えられます(注18)。また、同法上の「限定提供データ」は、①限定提供性(業として特定の者に提供されること)、②相当蓄積性(電磁的方法により相当量蓄積されていること)、③電磁的管理性(電磁的方法により管理されていること)が要件とされるところ、③電磁的管理性が失われると考えられます。事業者においては、自社の機密情報を生成AIに入力しない等ルール作りをすることが望まれます。
(v)競争法
公正な競争の実現が、AIの利用によって妨げられる場合、独占禁止法違反となる可能性があります。この問題について、2021年3月に、公正取引委員会が主催する研究会が取りまとめた報告書(「アルゴリズム/AIと競争政策」)(注19)が公表されています。この報告書では、価格設定・価格調査アルゴリズムにより価格競争が活発になる場合がある一方で、その利用の態様によっては競合する企業間でAIを利用した協調的な価格調整が行われたり、競合する利用者と消費者の取引の妨害(略奪的な価格設定、意図的なランキング操作(注20)など)が行われる場合など、AIが関わる問題が丁寧に分析されており、この問題について当局の関心も高いと言えそうです。
(vi)経済安全保障推進法
2022年5月の経済安全保障推進法の成立を受け、AIは「特定重要技術」(当該技術が外部に不当に利用された場合において、国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれがあるもの等三類型が存在する。)に指定されました。これによって、AIの研究開発については、国による研究開発促進支援の対象とされました。同時に、海外への技術漏えい対策、営業秘密の保護、研究の健全性や公正性確保などについて十分な配慮が求められることになります(注21)。
(2) その他規制がある業界
以下では、金融、医療・介護といったいわゆる規制産業とAIの利用について紹介します。
(i)金融(銀行、資産運用、保険)
金融分野では、顧客対応(チャットボットなど)でAIが活用されているほか、銀行、資産運用、保険といった各分野の業務でもAIの利用が進められています。例えば銀行の与信審査、資産運用、保険設計など、金融分野では、昔からデータ分析がビジネスの重要な要素でした。このため、大量のデータを処理するAIと親和性があると言えます。
ただし、AIには、処理過程が人間に確認できず「ブラックボックス」となってしまう、という問題があります。このことが、顧客間で差別的にも見える取扱いが起きたり(AIによる信用スコア算定など)、顧客に対する運用方針の説明が困難となったり(AIアドバイザーを用いた顧客資産運用など)といった問題につながるほか、個人情報保護との摩擦を生じる可能性(個人のヘルスケアデータや遺伝子情報などにリンクした保険新商品など)もあります。
もちろん、登録投資運用業者には各種行為規制が課され(注22)、「金融分野における個人情報保護に関するガイドライン」が定められていますが、金融分野でAI利用についての統一的な規制はありません。また、個別の法律やガイドラインでも、AIを意識した規制はほとんどみられません。もっとも、2020年に割賦販売法が改正され、AIによって貸付可能額を算定する場合の規制が作られるなど、重要な変化も見られています。さらに、銀行や生損保などが参加する業界団体(「金融データ活用推進協会」)が、具体的な設定事例に基づいて生成AI活用で得られる効果とリスクを整理した「金融生成AI実務ハンドブック」を公表し(2024年5月)、また夏頃を目途に、生成AI利用についての自主規制ガイドライン(「金融生成AIガイドライン」)の策定が進められています。
(ii)リーガルテック(契約書レビュー)
日本でも、近時、契約書作成・レビュー、文書管理、リサーチ、フォレンジックといった機能において、いわゆるリーガルテック・サービスが登場してきました。これらのサービスのうち、いわゆる契約書AIレビューサービスについては、弁護士でない者は、報酬を得る目的で、法律事件に関して鑑定をしたり法律事務を取り扱ったりすることを禁止する弁護士法72条との関係で問題とならないかが、論点となってきました。これについては、法務省の回答が出され(注23)「単に言語的な意味内容の類似性を超えて法的効果の類似性を表示するものと評価される場合」は鑑定と評価される可能性が否定できないこと、また弁護士が法律事務所や事業会社においてサービスを利用した結果も踏まえて審査対象となる契約書等を自ら精査し、必要に応じて自ら修正を行う方法でサービスを利用するときであればれば同条項との関係で問題とならないこと等が回答されました。
また、AIを用いた他リーガルテックのサービスの利用に際しては、他社から入手した秘密情報をサービス利用に際して入力することにより、AIサービス提供会社という「第三者」に秘密情報を開示することとなり、自社が秘密保持義務に違反してしまう可能性にも留意が必要です。
注1:https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/jinkouchinou/pdf/aigensoku.pdf、
注2:https://www.soumu.go.jp/main_content/000499625.pdf
注3:https://www.soumu.go.jp/main_content/000809595.pdf
注4:https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20220128_1.pdf
注5:https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240419004/20240419004-1.pdf 、https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240419004/20240419004-2.pdf
注6:ただし、事業活動においてAIの開発・提供・利用を担う者から業務外利用者への必要な対応については、新ガイドラインに記載されています。
注7:https://www.soumu.go.jp/hiroshimaaiprocess/pdf/document03.pdf
注8:https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100573469.pdf
注9:https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100573472.pdf
注10:https://www.mext.go.jp/content/20230718-mtx_syoto02-000031167_011.pdf
注11:https://www.pref.saga.lg.jp/kyouiku/kiji00397834/3_97834_287223_up_4oo0tku4.pdf
注12:https://jadha.jp/news/news20240118.html
注13:https://www.primarycare-japan.com/files/news/news-625-1.pdf
注14: 著作権法(昭和45年法律第48号)第30条の4
注15: https://www.ppc.go.jp/files/pdf/230602_alert_AI_utilize.pdf
注16: https://www.ppc.go.jp/files/pdf/230602_alert_generative_AI_service.pdf
注17:GENERAL DATA PROTECTION REGULATION (GDPR)では、プロファイリングの中止を求める権利(21条「Right to Object」)、プロファイリングのみに基づいて重要な決定を下されない権利(22条「Automated individual decision-making, including profiling」)が認められています。
注18:経済産業省「営業秘密管理指針」14頁参照
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31ts.pdf
注19:https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2021/mar/210331_digital.html
注20 :飲食店ポータルサイトの評価アルゴリズム変更によって飲食店が損害を受けたと主張する訴訟において、独占禁止法違反が認められた裁判例があります(東京地方裁判所2022年6月16日判決、ただし、控訴審においては独占禁止法違反は否定されました(東京高等裁判所2024年1月19日判決))。
注21 :「特定重要技術の研究開発の促進及びその成果の適切な活用に関する基本指針」
https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/doc/kihonshishin3.pdf
注22 :例えば、誠実義務(金融商品取引法第36条)、契約締結前交付書面の交付(同法37の3)、忠実義務・善管注意義務(同法42条)等一般的な規定が挙げられる。
注23 :2022年10月14日グレーゾーン解消制度に係る回答
(https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyo-kaitakuseidosuishin/press/221014_yoshiki1.pdf)及び2023年8月付法務省大臣官房司法法制部からの回答(https://www.moj.go.jp/content/001400675.pdf)。また、無償であれば「報酬を得る目的」がなく同条に違反しないこと、継続的取引の基本となる契約を締結している会社間において特段の紛争なく当該基本契約に基づき従前同様の物品を調達する契約を締結する場合であって、その契約関係を明らかにするために契約書等を作成する場合に当該サービスを提供するときには「法律事件」に該当せず、同条に違反しないと考えられることが説明されています。
留保事項
・ 本書の内容は関係当局の確認を経たものではなく、法令上、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。また、当職らの現状の考えに過ぎず、当職らの考えにも変更がありえます。
・ 本書は Blog 用に纏めたものに過ぎません。具体的案件の法律アドバイスが必要な場合には各人の弁護士にご相談下さい。
本稿では、DeFiの中でも、近時、急速に注目を集めるEigenLayer(アイゲンレイヤー)の仕組み、日本法の考察を記載します。
なお、EigenLayerを理解するためには、前提知識としてProof of Stake(以下「POS」)の仕組みとリキッドステーキングについても理解することが必要なため、それらについても若干触れます。また、関連する範囲でリキッドリステーキングやポイントサービスについても触れます。
(参考) EigenLayerについて特に詳しい資料
・やさしいDeFi「EigenLayerの可能性とリスクを考えよう」
・DeFi Japan「EigenLayerをエイゲンレイヤーって読んでいるお前、ガチで危機感を持ったほうがいいと思う」(上記資料の解説YouTube)
・Turingum「基礎からわかるEingenLayer」(閲覧にはメアド等の入力が必要)
→ 本書での仕組みの概要の解説は上記の資料に多くを拠っています。上記の資料の方が更に詳細で判りやすいので、更にご関心のある方は上記の資料もご覧になることをお勧めします。
(参考)ステーキングに関する当事務所の以前のArticle
・ステーキングに関する法的論点の整理(2020.3.17)
・DeFiと法律 – LIDOやリキッドステーキングの仕組みと日本法(2023.10.17)
法律整理の纏め
EigenLayrerなどリステーキング (1) EigenLayerなどリステーキングでは、主として①暗号資産法(資金決済法のうちの暗号資産規制部分をそのように呼ぶ)のカストディ規制、②金商法のファンド規制、③景表法の規制、の適用の有無を考える必要がある。 (2) EigenLayerにETH等がデポジットされる行為が、暗号資産の預託と見られる場合、暗号資産法のカストディ規制の適用が問題となる。しかしながら、預託がスマートコントラクトに対して行われ、EigenLayer、AVS、オペレーター等が技術的にETH等を移転することができない場合には、カストディ規制は適用されない。 (3) EigenLayerがETH等のデポジットを受け、オペレーターがAVSを選択し、その結果、AVSから報酬を受け取る、ユーザーに対して報酬の一部の分配を行う、またユーザーはスラッシングリスク等のペナルティリスクを負担する、という仕組みに関し、金商法のファンド規制が適用されないか問題となる。この点、デポジットされたETH等は事業に充てるために拠出されているのではなく、あくまでスラッシング等のペナルティーに対処するための一種の物上保証としてスマートコントラクトにロックされているに過ぎない、と考えられる仕組みの場合、金商法のファンド規制は適用されないと考えられる。 (4) EigenLayerなどリステーキングでは、利用の報酬としてポイントが付与されることがある。また、そのポイントの量に応じて将来的にAirDropがなされることがある。これらについては景表法の適用可能性の検討が必要となる。この点、ユーザーはこうしたポイントまで含めてリステーキングに伴う報酬として認識し、その利回りの高さゆえにEigenLayerでのリステーキングを行っていると考えられる。そうすると、EigenLayerポイントは取引の本来の内容であり、取引に付随して提供される「景品」ではないという見方ができると思われる。 リキッドリステーキング (5) 外部業者であるリキッドリステーキング業者には様々な仕組みがあると思われるが、主として①暗号資産法のカストディ規制、②同法の売買規制、③金商法のファンド規制、④景表法の規制、の適用の有無を考える必要がある。 (6) リキッドリステーキングに関し、ETHをデポジットする行為がカストディではないかという点については、秘密鍵の管理の点が問題となるが、基本的には問題ないように思われる。 (7) ETHをデポジットしてLiquid Restaking Tokenを発行する行為が暗号資産の交換にならないか、という問題がある。法的にはデポジットの証拠としてトークンが出されるということであれば暗号資産法の売買でも交換でもなく、暗号資産法の売買交換規制は適用されないと思われる。 (8) リキッドリステーキング業者についてもファンド規制を検討する必要がある。秘密鍵の管理がどのようになっているか等、検討する必要があると思われるが、スマートコントラクトによりあくまで担保のためにしか使用できないようになっている場合、ファンドには該当しないのではないか、と思われる。他方、スマートコントラクトが適切に設定されず、業者が秘密鍵を流用できるような形で運営がなされている場合、ファンド規制に服する可能性がある。 |
用語の纏め
リステーキング関係の用語は非常に複雑なため、概要理解のため、当職らが理解している限りで用語の整理をします。
(1) 主としてETHステーキング関係の用語 | |
POS | Proof of Stake。暗号資産について一定の関与(ステーク)をしている者にブロックチェーンの認証を行わせる仕組み |
ステーキング | POSのブロックチェーンに関し、自身が認証者(バリデーター)になるために、保有トークンを預託等すること。ETHの場合、32ETHをステークすることによりステーキングが可能。ステーキングや認証の対価として、ステーキング報酬を得られる |
バリデーター | POSにおいて認証を行う者 |
デリゲータ― | POSバリデーターに認証を委託する一般ユーザー |
EVM | Ethereum Virtual Machine、イーサリアム仮想マシン。イーサリアムブロックチェーン上でスマートコントラクトを実行するソフトウェアによる仮想マシン環境であり、イーサリウムブロックチェーンによるセキュリティーが担保されている |
(2) 主としてリキッドステーキング関係の用語 | |
リキッドステーキング | 自分自身が32ETHを保有しなくても業者に委託を行いETHのバリデーターに成れる仕組み。かつ、その対価としてLSTが得られ、LSTについてもDeFiで再利用できる、というもの |
LIDO | リド又はライド。リキッドステーキングサービスの最大手 |
LST | Liquid Staking Token。リキッドステーキングを行ったユーザーに対して提供されるトークン。例えばLIDOではstETHというトークンが出される |
(3) 主としてEigenLayerやリステーキング関係の用語 | |
EigenLayer | EVM(Ethereum Virtual Machine)以外で動作するプログラムに対してETHを使ってセキュアな実行を担保するための仕組み。ETH等をイーサリウムのみにステークするのではなく、他の無関係なサービス(後述のAVS)に対しても安全性の担保提供を行うことにより、ユーザーは二重三重の収益を得られる特徴がある |
リステーキング | EigenLayerや類似の仕組みを利用し、イーサリウムへのステークに加え、他のサービスにもステークすることにより、追加報酬を得る行為 |
ネイティブステーキング/ネイティブリステーキング | 自分自身が32ETHを用意し、自分自身がイーサリウムのPOSにおいてバリデーターになるステーキング。この者がリステーキングを行うことをネイティブリステーキングという |
EigenPods | ユーザーがネイティブステーキングを行った場合に、EigenLayerにおいてリステーキングする際に使用されるスマートコントラクト。ネイティブステーキングの際にクルデンシャル(引出先)としてEigenPodsのアドレスを指定することにより、EigenLayerでのリステーキングが可能となる |
LSTリステーキング | LIDOなどで出されるLiquid Staking Token(stETHなど)をリステーキングすること |
AVS | Actively Validated Serviceの略。リステーキングサービス上で、安全性の担保を受けるサービスやアプリケーションのこと |
オペレーター | EigenLayer上にステークされたETH等を利用してAVSにセキュリティー提供を行うに際し、セキュリティー提供先となるAVSを実際に選定する者。ユーザーはオペレーターを選択し、AVS選定を委託する。ファンドで言うと一種のファンドマネージャーか |
セキュリティー | 有価証券という趣旨ではなく、安全性の担保、という趣旨 |
(4) 主としてリステーキング関係の用語 | |
リキッドリステーキング | 単独で32ETHを有していないユーザーのETHを取りまとめ、EigenLayerでのリステーキングを可能とするサービス |
LRT | Liquid Restaking Token。リキッドリステーキングを行ったことの証明として得られるトークン |
(5) 主としてポイント関係の用語 | |
EigenLayerポイント | ユーザーがEigenLayerでリステーキングすることで得られるポイントであり、EigenLayerによる独自トークン(EIGEN)との交換が可能 |
Pendle | トークンを元本部分のトークン(Principal Token=PT)と利回り部分のトークン(Yield Token=YT)に分割し、それぞれ取引可能とするDeFiプロトコル。Pendle経由でリキッドリステーキングをすることでポイントを何度も取れる等でEigenLayerへの流入が加速した |
EigenLayerは、EVM(Etherium Virtual Machine)以外で動作するプログラムに対し、ETHを使ったセキュアな実行を担保するための仕組みです。
例えば、イーサリウムブロックチェーンを利用したDeFiが、EVM部分とEVM以外で動作する部分をそれぞれ有する場合、EVM部分についてはイーサリウムブロックチェーンのセキュリティーが担保されています。しかし、EVM以外で動作する部分についてはイーサリウムブロックチェーンのセキュリティーの担保を受けられず、脆弱性を抱えるという問題があり、EigenLayerはこれに対する解決方法の提供を図るものです。
ユーザーとしては、単純なETHステーキングに比べて、二重三重の報酬を得られる、という点にメリットがあります。
(1) Proof of Stakeとステーキング
Proof of Stake(POS)とは、暗号資産について一定の関与(ステーク)をしている者にブロックチェーンの認証を行わせるものです。
ビットコイン等で使われてきたProof of Work(POW)という仕組みと異なり、コンピューターが膨大な計算をすることなく認証ができ、そのため電気の消費量が少なく、地球環境に優しいことがメリットとされます。
(2) ETHのステーキング
イーサリウムはETH2.0から、POWではなくPOSを利用した仕組みとなっています。イーサリウムのステーキングでは、①32ETH(2024年4月現在の価格で約1600万円)をデポジットすることで バリデーターになれる、②バリデーターがイーサリウムの各トランザクションの認証を行い、それにより報酬として一定のETHを受領できる、③但し、バリデーターが意図的に虚偽の情報を出した場合にはデポジットしたETHの一部没収というペナルティー(スラッシング)を受ける、④またバリデーターは必ず Online であることが求められ、もしダウンした場合にも一定のペナルティーを被る、という仕組みとなります。
(3) リキッドステーキングとLIDO
リキッドステーキングとは、暗号資産のステーキング報酬を受け取りながら、その代替資産(ステーキング証明トークン=Liquid Staking Token=LSTと呼ばれます)を更に受領し、当該代替資産を運用できるDeFi(分散型金融)の仕組みを言います。
自分自身で32ETH(約1600万円)の資産を有していなくてもLIDOに参加することにより少額からステーキング報酬を得られる、といいう特徴があり、爆発的にヒットしています。
その最大手、LIDOの仕組みについては「DeFiと法律 – LIDOやリキッドステーキングの仕組みと日本法」をご覧ください。
(1) ブロックチェーン上で必要なセキュリティーと問題点
独自のL1チェーンを作成する場合や、ブロックチェーン上で何らかの認証が必要なサービスを作成する場合、その信頼性や安全性を如何に担保するのか、という問題が生じます。
例えば、定期的に多数の暗号資産取引所やDeFiプロトコルを巡回し、そこでトークンの価格情報を収集して、その平均値を出す、といったようなサービスを提供することを考えます。このような情報収集はDeFi上で暗号資産デリバティブ等を自動実行したい場合に必須となりますが、虚偽の情報を提供していないのか等をどう確保するのか問題が生じます。
そのようなセキュリティーを担保するための一つの手段として、①独自トークンを発行、②その独自トークンをロックさせ、③虚偽の情報を提供した者がロックしたトークンは没収(スラッシング)する、④他方、正確な情報を出した者には報酬を出す、というような仕組みが考えられます。情報収集のための巡回を分散化された無関係の多数の者に行わせ、外れ値を出した者のロックトークンを没収する、というような仕組みを構築した場合、情報提供者は虚偽情報を伝えるインセンティブが減少することになります。
このような独自トークンのロックの方法によるセキュリティーも一定程度の効果はありますが、(i)独自トークンの価値が低い場合には機能しにくい、(ii)独自トークンの保有者が分散していない場合(例えば当初開発者が多数のトークンを保有している場合)機能しない、(iii)情報提供者にわざわざ独自トークンを購入させる必要性があるがそのインセンティブが少なく、そうすると情報提供者が増えない、等の問題があります。
(2) EigenLayerが提供するセキュリティー
これに対し、EigenLayerでは、イーサリウムという巨大な仕組みを利用することにより、セキュリティーを確保します。
EigenLayerでは、既にイーサリウム上でステーキングされているETHを再利用してセキュリティーを提供します。上記(1)の価格提供の事例でいうと、①ETHを一定以上ステークしている者のみ価格情報を提供できる、②虚偽情報を提供した場合、ETHをスラッシュする、③正確な情報を提供した場合、何らかの報酬を付与する、という仕組みとなります。
特徴的なのは、イーサリウムの通常のPOSのためにステーキングをして報酬を得た上で、更に別の幾つものプロジェクトのためにも担保として提供可能、としている点です。
イーサリウムは2024年4月現在の時価総額で約60兆円という巨額の資金があり、かつETH保有者も大きく分散しています。また、EigenLayerに対しては2024年4月現在で約15 Bドル(約2.2兆円)もの資金がデポジットされています。
これにより、上記(1)で記載した(i)(ii)(iii)の問題につき、(i)独自トークンと異なりETHの価値は高い、(ii)ETHの保有者は分散している、(iii)情報提供者にはわざわざ独自トークンを買わせる必要はなくETH保有者であれば良い、また、通常のPOSに加えて追加で参加できるので、参加が容易、という解決策を提供する点が、特徴となります。
(1) EigenLayer上でのリステーキングの実際のやり方
ユーザーがEigenLayerを利用する方法としては、①ネイティブステーキングでのリステーキング、②LIDOなどリキッドステーキングで出されたLSTに関するリステーキング、③リキッドリステーキングサービスによるリステーキング、など各種方法があります。
① ネイティブステーキングとリステーキング
ネイティブステーキングとは、自分自身が32ETHを用意し、自分自身がイーサリウムのバリデーターになることを指します。
このネイティブステーキングの際にクルデンシャル(引出先)としてEigenLayerが用意するEigenPodsというアドレスを指定することにより、リステーキングが可能となります。
具体的には、イーサリウムのコンセンサスレイヤーであるBeacon Chainにおいて、バリデーターはステーキングする32ETHおよびステーキング報酬として受領するETHの引出先アドレスを指定する必要があります。EigenLayerを利用してリステーキングする場合、ユーザーはこの引出先アドレスをEigenPodsに指定します。これにより、ステーキング情報がEigenLayerに連携され、ETHによるリステーキングが可能となります。
② LSTのリステーキング
EigenLayerでは、LIDOなどで発行されるLiquid Staking Token(LST、stETHなど)をリステーキングすることも可能としています。この場合のEigenLayerでのスラッシング対象はLST (stETHなど)になります。
LIDOを例にとれば、自ら32ETHを用意してバリデーターになることができない(あるいは32ETHは用意できるが自らバリデーターになろうとはしない)ユーザーは、保有するETHをLIDOに送付し、LIDO経由でETHのステーキングを行うことが可能です。この場合、ユーザーはLIDOに送付したETHの代替資産(ステーキング証明トークン)としてstETHを受領します。
EigerLayerを利用すると、ユーザーはETHのステーキング報酬(正確にはLIDOおよびバリデーターの取り分を控除した残額)を受け取り、さらにLIDOから受領したstETHをリステーキングして報酬を獲得することが可能となります。
③ リキッドリステーキング
EigenLayerの外部サービスとしてリキッドリステーキングというサービスも存在します。
リキッドリステーキング業者に預託をすると、当該業者が32ETH集まるごとに、EigenLayerの上記①の方法を利用してリステーキングを行ってくれる、というサービスになります。すなわち、単独では32ETHを用意できないユーザー向けに、リキッドリステーキング業者がETHを取りまとめてETHのネイティブステーキングとEigenLayerでのリステーキングを行うものです。
なお、LSTのリステーキングとリキッドリステーキングとの比較ですが、(a)前者ではEigenLayerへのデポジット対象はstETHなどのLSTであり、スラッシングの対象もLSTなのに対し、後者ではETH自体がスラッシング対象、(b)EigenLayerはリステーキングの受入額に上限を設ける場合があり、LSTのリステーキングの上限額とネイティブステーキングの上限額とは別建てで設定されることがあり、後者では後者の枠を利用できる、(c)前者の場合、EigenLayerのオペレーターは自分で選ぶ(各オペレーターがどのAVSに対してセキュリティー提供しているのかを確認し、ユーザー自らオペレーターを選択)のに対し、後者では、その選択をリキッドリステーキング業者に委託する、という差異があります。
方法の比較(暫定版)
仕組み | イーサリウムでのステーキング | EigenLayerでのオペレーターの選定 | EigenLayerでの上限枠 | |
ネイティブステーキングのリステーキング | イーサリウムでステーク済みの自己保有32ETHをEigenLayerでリステーキング | 自分で行う | 自分で行う | 独自の上限枠 |
stETHのリステーキング | 少額ETHをLIDOに送付し、LIDOから受領したstETHをEigenLayerでリステーキング | LIDOが選んだバリデーターが行う | 自分で行う | ネイティブステーキングとは別枠 |
リキッドリステーキング | 少額ETHをリキッドリステーキング業者にデポジット。業者がEigenLayerでリステーキング | リキッドリテーキング業者が選んだバリデーターが行う | リキッドリステーキング業者が行う | ネイティブステーキングと同枠 |
(1) AVS
Actively Validated Services (AVS)とは、EigenLayer上に構築され、セキュリティー提供を受ける対象となるサービスやアプリケーションのことを指します。
イーサリウムブロックチェーン上のアプリケーションでは多くの場合セキュリティーが担保されているEVM部分と、EVM以外で動作する部分(イーサリウムブロックチェーンによるセキュリティーが担保されない)で構成され、非EVM部分について脆弱性を抱えています。従来、こうしたアプリケーションが非EVM部分の脆弱性に対応するためには、例えば3(1)で述べたように自ら独自トークンを発行してPOSを行う等により対応する必要がありました。EigenLayerの利用により独自トークン発行の必要性が解消されることになります。
もっとも、セキュリティーを確保するためには、各AVSはEigenLayer経由でなるべく多くのリステーキングを集めてPOSを行う必要があります。そのため、高いリターンを提示することなどにより、セキュリティー提供先を選定するオペレーターに対してアピールを行うことが想定されます。
(2) オペレーター
EigenLayerの仕組みを利用し、どのAVSへセキュリティー提供を行うかは、ユーザーにとってリターンの高低や、スラッシング(AVSへ虚偽情報を提供した場合に、ステーキングしているETH/LSTの一部を没収するペナルティー)リスクの大小に関わる重要な判断となります。もっとも、必ずしも各AVSの内容について精通しているわけではないユーザーにとって、適切なAVSを自ら選定することは困難である可能性があります。このためEigenLayerでは、ユーザーからの委任を受けたオペレーターが、セキュリティー提供先となるAVSを選定するという仕組みが用意されています。
なお、オペレーターはユーザーから委任を受けたETH/LSTを、同時に複数のAVSへのセキュリティー提供のために利用することが可能です。例えばユーザーから100ETH分のセキュリティー提供について委任を受けていた場合に、5つのAVSに対して当該100ETH分のセキュリティー提供を行う、といったイメージです(100ETHの委託を受けながら、合計500ETH分を運用していることとなります)。各AVSからのリターンが得られるため、ユーザーにとっては、セキュリティー提供先であるAVSが増えれば増えるほど利回りは高くなることになります。もっとも、多くのAVSを対象とするほどスラッシングリスクは高まるため、積極的なリスクを取って高い利回りを狙うのか、それとも低リスクで相応の利回りを取るのか、オペレーターごとの戦略が表れる可能性があります。
(1) EigenLayerポイント
EigenLayerでは「ポイント」が設定されています。具体的には、ユーザーは1ETH(LSTの場合にはETHに換算)を1時間リステーキングすることで1ポイントを獲得できます。そして、1ポイント1トークン換算で、EigenLayerによる独自トークン(EIGEN44)との交換が可能です。2024年4月29日にEigen Foundationが公表45したところによれば、EIGENの総発行トークン数(約16億7364万)のうち15%がAirDropされる予定とのことであり、2024年5月10日から実際にAirDropが開始されます。
こうしたポイントをEigenLayerを用意することのメリットは、EigenLayerでのリステーキング残高を増加させることでセキュリティー提供の実効性を高めることに加え、EIGENトークンを一気に普及させることができる、ということにあると思われます。
(2) Pendle経由でのリステーキング
EigenLayerの残高の増額と大きく関係するDeFiとしてPendleがあります。
Pendleは元々は金利のつくものを分割して取引する金利売買のDeFiです。具体的にはPendleではトークンを元本部分のトークン(Principal Token=PT)と利回り部分のトークン(Yield Token=YT)に分割して取引することができます。Pendleが各LRTと提携して行う「Pendle Point Party」では、Pendle経由でLRTをStakeすると、通常より多くのポイントがLRTからもらえる、という仕組みを導入し、これにより、EigenLayerへのリステーキングが加速したようです。
例えばETHをPendle経由→LRT経由→EigenLayer、とリキッドリステーキングする場合、YTに「LRTのstake報酬 + LRTのポイント + EigenLayerのポイント」を受け取れる、という仕組みのようです。
EigenLayerのようなリステーキングを提供する場合、暗号資産法のカストディ規制の適用の有無、金商法のファンド規制の適用の有無を考える必要があります。
EigenLayerに対するETHやLSTのデポジットがEigenLayerに対する暗号資産の寄託と考えられ、EigenLayerに暗号資産法のカストディ規制が適用されないか問題となります。
本邦のカストディ規制では下記のパブリックコメント等から、仕組み上、秘密鍵を利用して移転ができるシステムなのかが問題になります。
令和元年資金決済法等改正に係る政令・内閣府令案等に対するパブリックコメント結果469番 事業者が利用者の暗号資産を移転するために必要な秘密鍵を一切保有していない場合には、当該事業者は、主体的に利用者の暗号資産の移転を行い得る状態にないと考えられますので、基本的には、資金決済法第2条第7項第4号に規定する「他人のために暗号資産の管理をすること」に該当しないと考えられます。 |
この点、EigenLayerが公表しているドキュメントでは、従来の金融業界における「リハイポセケーション」(顧客からの預かり資産を担保に再利用すること)の仕組みとの類似性を否定しつつ、「ステイカーはステイクされたトークンについて 完全なコントロールを有する」ことが示されています47。すなわち、EigenLayer側ではユーザーから受け入れたETH/LSTについて、(スラッシングを除き)勝手に移転できないことが前提となっているものと思われます。この理解が正しい場合、EigenLayer側では秘密鍵の管理は行っていないのでは、と考えられます。
この点について具体的なリステーキングの場面からも確認をすると、まずEigenLayerでのネイティブステーキングでは、ETHのステーキング時の引出先(クルデンシャル)としてEigenPodsを指定することによりリステーキングが行われます。EigenLayerが公表するドキュメントでは、リステーキングの実施及びEigenPodsへの引出しはすべてユーザーの操作によって行われます48。また、EigenPodsに引出後のユーザーのETHについても、EigenLayerのスマートコントラクトにおいてあくまで担保提供目的/スラッシングにのみ利用できるようになっているのでは、と思われます。なお、スラッシングは2024年4月現在では、EigenLayerにおいてまだ実装されておらず、その詳細な仕組みについては確認できません。
次に、LSTのリステーキングの場合、LSTをEigenLayerにロックすることにより、リステーキングが行われるようです。ここでも、LSTのロックや引出しはすべてユーザーによって行われ49、セキュリティー提供のため以外にはロックされた当該LSTを利用できない(=秘密鍵を管理していない)という仕組みのように見受けられます。
このようにETHやLSTの自由な移転が行えないとされている場合、暗号資産法上のカストディ規制には服さないと考えられます。
ETH等のデポジットを受け、EigenLayerのオペレーターがそれを運用し、ユーザーに報酬の一部の分配を行う、また、ユーザーがスラッシングリスク等のペナルティリスクを負担する、という仕組みからは、EigenLayerがファンドに該当しないかが問題となります。
日本法でのファンド(集団投資スキーム)の定義は、概ね下記となります(金商法第2条第2項第5号、第6号)。仮にファンドに該当した場合、当該ファンドの権利を表彰するトークンは、電子記録移転権利になり(同法第2条第3項柱書)、その募集の取扱いや販売には第一種金商業の登録が必要になり(同法第28条第1項第1号、第29条)、トークンの発行者自身が募集又は私募を行う場合には、第二種金商業の登録が必要となります(同法第2条第8項第7号ト、第28条第2項第1号、第29条、金商法施行令第1条の9の2第2号)。
日本法によるファンド (A) ①組合契約、②匿名組合契約、③投資事業有限責任組合契約、④有限責任事業組合契約、⑤社団法人の社員権、⑥その他の権利(外国の法令に基づくものを除く。) (B) 当該権利を有する者(「出資者」)が出資又は拠出をした金銭(これに類するものとして政令で定めるもの=暗号資産を含む。)を充てて行う事業(「出資対象事業」)から生ずる収益の配当又は当該出資対象事業に係る財産の分配を受けることができる権利 (C) 次のいずれにも該当しないもの イ 出資者の全員が出資対象事業に関与する場合として政令で定める場合における当該出資者の権利 ロ 出資者がその出資又は拠出の額を超えて収益の配当又は出資対象事業に係る財産の分配を受けることがないことを内容とする当該出資者の権利(以下略) 外国法によるファンド (D) 外国の法令に基づく権利であって、上記の権利に類するもの |
上記(A)の「その他の権利」の概念は非常に広く、法形式の如何は問わず、①~⑤は例示列挙に過ぎないとされています。法文上は「権利」とされ、完全な分散型金融で発行されたトークンは「権利」に該当しないという議論はありえますが、しかし、発行体がいないという点で同様であるビットコインに関し、現在では何らかの権利性を認める見解が有力であり50、本稿との関係では、スマートコントラクトに対しても一応は何らかの権利が成り立つ、という前提で検討することとします。
また、上記(C)の例外事由にも該当しません。
問題は、上記(B)のうち、「出資又は拠出をした」、「充てて行う事業」、「収益の配当又は財産の分配を受ける」という点の解釈です。ETH/LSTがスマートコントラクトに拠出され、それがPOSの事業に利用され、その結果、得られた報酬(ETH)がユーザーに配分される、という点を単純に捉えると、「出資又は拠出をした」、「充てて行う事業」、「収益の配当又は財産の分配を受ける」のいずれも満たしそうにも見えます。
しかしながら、リステーキングの場合、通常のファンドとは以下のような点で大きく異なり、金商法の適用あるファンドではない、と議論可能と思われます。
① 通常のファンドの場合、出資を受けた金銭等は、ファンド運営者に完全に所有権が移転し、ファンド運営者は契約上の縛りはあるものの技術的には様々に使用できるのに対し、リステーキングの場合は、ETH/LSTの拠出はスマートコントラクトに対して行われ、EigenLayerやオペレーターが自由に使えるものではない。ETH等に対するオーナーシップ(所有権類似の権利)はユーザーが常に保有していると考えられる。
② 通常のファンドの場合、受け取った金銭等は株式の購入や事業資金等に使用され形を変えるのに対し、リステーキングでは、スマートコントラクトに送付されたETH/LSTは特に他のものに変えられることはなく、そのまま維持される。
③ ETH/LSTがロックされる理由は、バリデート作業やオラクル作業にあたり不正申告をした場合のスラッシング等を担保するために過ぎない。③ ETH/LSTがロックされる理由は、バリデート作業やオラクル作業にあたり不正申告をした場合のスラッシング等を担保するために過ぎない。
④ 上記①~③を踏まえ、リステーキングの法的性質を従来からの経済行為に例えると、ユーザーは一種の債務不履行責任を担保するための物上保証としてETH等をスマートコントラクトにロックしているに過ぎず、複数の相手方に対して物上保証を提供したことに対する報酬を受け取っているに過ぎない、と考えることができる。そしてこのような物上保証の提供や報酬の受領は、ファンドにいう「出資や拠出」、「充てて行う事業」という要件を満たすものではない。
前述(II 6)したように、EigenLayerではリステーキングの報酬としてポイントが付与され、そのポイントの量に応じてEIGENトークンのAirDropがなされます。こうしたリステーキングに伴うポイント配布について、日本法上は景表法の適用についての検討が必要となります。
景表法では、過大な景品類の提供が禁止されています。景品類とは、①顧客を誘引する手段として、②取引に付随して提供する、③物品や金銭など経済上の利益をいいます。また、経済的利益には(a)物品及び土地、建物その他の工作物、(b)金銭、金券、預金証書、当選金付証票及び公社債、株券、商品券その他の有価証券、(c)きょう応(映画、演劇、スポーツ旅行その他の催物等への招待又は優待を含む)、(d)便益、労務その他の役務、を幅広く含みます。この点、リステーキングによって得られるポイントは「景品類」に該当するかが問題となります。
EigenLayerポイントは、EigenLayerでのリステーキングへの強力な誘因効果を発揮しているとみられ、①顧客誘引性を当然満たすと思われます。また、③の経済上の利益については、上記(d)の「便益、労務その他の役務」は幅広く解釈されており、財産的価値があるものは当然として、通常、ユーザーがお金を払っても良いと思うようなものは全て「景品類」に該当しうると解釈されています。EigenLayerポイントはEIGENトークンのAirDropに紐づいており、ポイント自体がポイントマーケットプレイス(Whales Marketなど)において取引の対象となっています。このため、③も満たすと思われます。
これに対し、②取引付随性については該当しない可能性があると思われます。消費者庁は「正常な商慣習に照らして取引の本来の内容をなすと認められる経済上の利益の提供」(例:宝くじの当せん金、パチンコの景品、喫茶店のコーヒーに添えられる砂糖・クリーム)について、取引付随性を否定しています51。EigenLayerにてリステーキングを行うユーザーは、リステーキングに伴う報酬を目的として取引を行っていると思われます。そして、ユーザーはリステーキングに伴ってAVSから交付されるリターンだけでなく、EigenLayerから交付されるポイントまで含めて、リステーキングに伴う報酬として認識し、その利回りの高さゆえにEigenLayerでのリステーキングを行っていると考えられます。そうだとすると、EigenLayerポイントもまさに取引の本来の内容であり、取引に付随して提供される「景品」ではないという見方ができるのでは、と思われます。
なお、リステーキングの外部業者であるリキッドリステーキングについても法的論点を若干検討します。ただ、リキッドリステーキングの仕組みには様々なものがあると思われること、仮にスマートコントラクトを適切に設定している場合、論点としてはEigenLayerと同様になると思われること、から簡単にのみ記載します。
リキッドリステーキングサービスでは、それに対してETHを拠出すると、LRTが交付され、逆にLRTをリキッドリステーキングサービスに対して送付すると、ETHが得られる、と言う仕組みがとられます。
この行為が、ETHとLRTとの交換となり、暗号資産交換業の規制に服さないか問題となります。
しかしながら、LRTはETHの預託を証明するために交付されるものであり、このようなLRTの発行は、民法上の売買や交換には該当せず、よって、暗号資産の交換には該当しない(逆の場合も同様)のでは、と思われます。
リキッドリステーキングにおいても、ETHのデポジット等がカストディ規制に反しないか、という問題がありますが、秘密鍵の利用ができるシステムを検討する必要があります。
通常は秘密鍵を利用できないシステムだと思われ、その場合、暗号資産交換業規制は適用されません。
リキッドリステーキングについても金商法のファンド規制を検討する必要があります。
秘密鍵の管理がどのようになっているか等、検討する必要があると思われるが、スマートコントラクトによりあくまで担保のためにしか使用できないようになっている場合、EigenLayerやLIDO同様、ファンドには該当しないのではないか、と思われます。
ただ、業者が秘密鍵を流用できるような仕組みでETH等を集め、その上でEigenLayerにロックして収益を得ている、というような場合、ファンドに該当する可能性はあると思われます。
留保事項
・本書の内容は関係当局の確認を経たものではなく、法令上、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。また、当職らの現状の考えに過ぎず、当職らの考えにも変更がありえます。
・本稿は、ステーキング、リキッドステーキング、リキッドリステーキング、EigenLayer、LIDO等の利用を推奨するものではありません。
・本書はBlog用に纏めたものに過ぎません。具体的案件の法律アドバイスが必要な場合には各人の弁護士にご相談下さい。
DePIN(ディーピン)とはDecentralized Physical Infrastructure Networkの略称で直訳すると分散型物的インフラストラクチャーネットワークとなります。DePINとは何か、という点については明確な結論がありませんが、一例として下記のように説明されます。
DePINとは、Decentralized Physical Infrastructure Network(分散型物的インフラストラクチャーネットワーク)の略称で、物理的資源が必要なネットワーク経済をトークンをはじめとしたWeb3の仕組みでブートストラップするプロジェクトを総称しています。 物理的資源が必要なネットワーク経済とは様々ですが、私達にとって身近なサービスであればUBERやAirbnbがそうです。前者は車両を運転するドライバーという物理ネットワークによって配車サービスが成り立っており、後者は不動産を短期滞在者に提供するホストという物理ネットワークによって宿泊サービスが成り立っています。 DePINとはこれらのような経済圏をトークンインセンティブで再構築したり、あるいはこれまでは単一的企業からサービス提供されていたサービスをトークンインセンティブで物理的資源を不特定多数から集めてネットワーク経済に作り変えることを指します |
近年、DePINがWeb3業界で頻繁に話題になっており、Hivemapper、Filecoin、Heliumなどの有名プロジェクトがあるほか、日本でも東京電力がDePINの実証実験を発表した等とされます。
また、SolanaブロックチェーンがDePINに親和的とされ、多くのDePINプロジェクトがSolanaベースで作成され、そのことが暗号資産Solanaの価格高騰の一つの要因となっているとも言われます。
他方、DePINの概要は判りにくく、また、いかなる法的規制が適用されるか検討したものも見当たりません。
そこで、本書では、Web3業界の方々のために、DePINの概要と、DePINプロジェクトの組成や利用に際して、主として検討すべき日本法について記載することとしました。
DePINには様々なプロジェクトがありますが、現在の主要なDePINプロジェクトを日本居住者向けに導入する場合、資金決済法の暗号資産規制(以下「暗号資産法」といいます)、不当景品類及び不当表示防止法(以下「景表法」といいます)、特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」といいます)、電波法、電気通信事業法、その他の機器の輸入や販売に関する法律、などを検討する必要があるのではと思われます。
現在の当職らの分析を纏めると以下の通りとなります。
(1) 暗号資産法 多くのプロジェクトではDePINに貢献することにより何らかのトークンを貰えます。かかるトークンが暗号資産に該当しても、貢献に対する付与であり、「売買」等ではなく、暗号資産法上の規制はありません。 トークンの付与がブロックチェーン上のユーザー保有アドレスに対してなされる場合、プロジェクトが「暗号資産の管理」をしているとは考えられず、暗号資産法上の規制はありません。他方、付与されたトークンを運営側が預かる等する場合、暗号資産交換業が必要となりえます。このため、少額報酬でも低額のガス代で送付できるブロックチェーンの利用が望ましいと思われます。 利用手数料の支払がクレジットカードで行われ、それによりトークンがBurn&Mineされることがありますが、これは暗号資産の売買には該当しないと思われます。 貢献で得られたトークンに関して売買機会を付与するために、トークンを上場することが通常と思われます。この場合、日本居住者に暗号資産を販売するためには暗号資産交換業登録が必要となります。他方、取引所の単なる利用者側には規制はありません。 (2) 景表法 DePINに貢献することにより、何らかのトークンを貰えたとしても、それは貢献に対する報酬であり、景表法の景品規制の適用はありません。 (3) 特定商取引法 DePINプロジェクトの参加のために、一定の専用機材が販売されることがあります。①販売又は役務の提供(そのあっせんを含む)の事業であって、②業務提供利益が得られると相手方を誘引し、③その者と特定負担を伴う取引をするもの、については、「業務提供誘引販売取引」(特定商取引法第51条)として、書面交付義務等の規制が課されます。 (4) 電波法 DePINに利用する機材の多くでは、無線通信のために電波を発していると思われます。 このデバイスの利用には、技適マーク等がない限り、電波法に基づく免許が必要となり、留意が必要となります。既に技適マークのある汎用機材を利用するか、専用機材を使用させる場合、技適マークを取得することが事実上必要となると思われます。 (5) 電気通信事業法 Heliumのようなネット等への接続用のホットスポットを設置し、報酬を得るためには電気通信事業法の届出が必要となり、日本では行いにくいと思われます。 (6) その他の機器の輸入や販売に関する法律 専用機器の輸入や販売にあたっては、電気用品安全法、消費生活用製品安全法、家庭用品品質表示法、製造物責任法などを検討する必要があります。 |
DePINには様々なプロジェクトがあり、何をDePINと呼び、何をDePINと呼ばないかは、未整理です。
ただ、下記のようなプロジェクトはDePINと呼ばれていると思われます。このうち、下記2以下で4つのプロジェクトをより詳細に説明します。
プロジェクト名 | 説明 | 主な特徴 |
撮影等によるデータ提供するDePIN |
||
Hivemapper |
実世界の分散型マッピングを提供 |
・ユーザーはダッシュカメラを車に設置して周辺を撮影 |
DIMO | 車両データを収集・分析 |
・所有する車の走行データ等の収集、収益化(自動車メーカー、保険会社への提供) |
PicTrée | 分散型の電柱メンテナンス貢献システム |
・日本人が代表を務めるシンガポール企業DEAと東京電力グループが実証実験 |
主として余剰のデバイス(新規購入デバイスも可)を他者に利用させるDePIN | ||
Filecoin | 分散型ストレージネットワーク |
・ストレージを必要とするユーザーと余剰容量を持つユーザーをマッチング |
Arweave | 分散型ストレージネットワーク |
・ブロックウィーブ技術を活用し、NFTやDeFi向けに、最低200年という長期間に渡る検閲耐性のある情報保存サービスを提供する、分散型ストレージソリューション ・ARトークンにより報酬を付与 |
Render Network | 分散型のクラウドレンダリングプラットフォーム |
・GPU(Graphics Processing Unit)の余剰計算能力を持つユーザーと、GPUの計算能力を求めるユーザーをマッチング |
新規購入デバイスを他者に利用させるDePIN | ||
Helium Hotspot | IoTデバイス向けの分散型無線ネットワーク |
・LoRaWAN(消費電力及び長距離通信が特長の無線通信方式)の提供 |
Helium5G | 分散型5Gネットワークを構築 |
・5G通信網の提供 |
GEODNET |
GPSの精度を改善するために分散型ネットワーク技術を使用 |
・リアルタイムキネマティック(RTK)技術を活用し、正確な位置情報を安価かつ大規模に提供 |
その他のDePIN | ||
Internet Computer46 |
Webサービス提供に特化するクラウドコンピューティング基盤 |
・データセンターを世界各国に分散しWeb3.0(分散型Web)の基盤としてクラウドコンピュー ティング環境の提供を目的とするブロックチェーン |
The Graph | ブロックチェーン上にあるデータをインデックスおよび検索するための分散型プロトコル |
・「ブロックチェーン界のGoogle」とも呼ばれ、分散的なチーム運営形式で2018年から運営 |
出典:インターネット上の記事等を参考に、当職らが作成。分類は便宜的なもの
Hivemapperは、分散型リアルワールドマッピングを目指すDePINプロジェクトです。Hivemapperは、Google MapやGoogle Street Viewのようなサービスを再現することを目的としています。
主な特徴及び仕組は以下となります
①ユーザーはDashCamと言われるHivemapper用の専用カメラを購入し、車に設置します。 ②ユーザーが明るい時間帯(日の出1時間後~日の入り1時間前)にドライブすると、カメラが撮影したデータとGPS位置情報がネットワークにアップロードされます。 ③データを提供したユーザーは、SolanaベースのHONEYトークンで報酬を受け取ります。 ④また、マップの改善のためにAI Trainersとして貢献し、HONEYトークンを獲得する方法もあります。ユーザーは幾つかのコンテンツに分かれたクイズ(道路標識に関するクイズやマッピングされた画像が適切かに関するチェック)に答えることにより、HONEYトークンを得られます。 ⑤なお、Hivemapperで作成されたマップを商業用に利用したい者は、HONEYトークンでの支払いによりマップを利用できます。 |
Filecoinは、分散型ストレージネットワークで、余剰なストレージスペース(ハードディスクなど)を持つユーザーとデータ保存が必要なユーザーを結びつけます。Filecoinは2017年にICOを行い、2020年から正式運用を開始、それらの当時はDePINという言葉は存在しませんでしたが、現在ではDePINの有力な実例と考えられています。
FilecoinはDropBoxやGoogle Driveのようにデータを外部に保存するサービスです。主な違いは、データを保存する先が、一社が提供するデータセンターではなく、分散化された個人や法人が提供するストレージである点です。
①ストレージ提供者はFilecoinネットワークに接続することにより余剰なストレージスペースを提供でき、その対価としてFilecoin(FIL)トークンで報酬を受け取れます。この際に、自分は幾らでストレージスペースを提供するかを設定でき、それにより価格競争がなされます。このようなストレージ提供者は「マイナー」と呼ばれます。 ②ストレージを利用したいユーザーはFilecoinネットワークに接続し、少額のFILトークンを支払うことによりストレージを利用できます。 ③ユーザーがアップロードしたデータは、無数の断片に分解され、暗号化された上で、複数のストレージに分散されて保存されます。そのため一つのストレージをハッキングしてもデータは判らず、セキュリティーとプライバシーが確保されます。 ④上記の断片にアクセスするには、ファイルをアップロードした人物の持つ秘密鍵が必要になります。 |
Heliumは分散型のネットワークの構築を目指すプロジェクトです。
Helium Hotspotでは、低消費電力のワイドエリアネットワーク(LoRaWAN)を構築し、IoTデバイス間の接続を可能にすることを目的としています。ユーザーはホットスポットを購入して、家に設置することによりネットワークに参加し、周辺エリアのIoTデバイス等にインターネット接続を提供、その報酬としてHelliumトークン(ティッカ―はHNT)を得られます。
また、Helium5Gでは、分散型5Gネットワークを構築することを目的としています。この取り組みでは、5G対応のホットスポットが展開され、これによりネットワークの機能がIoTから高速モバイルインターネットアクセスに拡張されます。Helium 5Gは、中央集権的な通信プロバイダーに代わる代替案を提供し、より広範囲な地域での高速通信サービスを実現することを目指しています。ユーザーはHelium 5G対応の機材を購入してネットワークに参加することで、5G通信の提供に貢献し、その報酬としてHelium Mobile トークン(ティッカーはMOBILE)を得られます。
シンガポール拠点のGameFiの会社であるDigital Entertainment Asset(DEA)と、東京電力パワーグリッド株式会社と組んだ上で、ゲームユーザーが電柱やマンホールを撮影して報酬を受け取るGameFiの実証実験を予定しています(2024年4月13日ローンチ予定)。
電柱やマンホールなどは、継続的に保守点検が必要ですが、ゲームプレイヤーが最新状況を撮影することにより、電力会社による実際の点検修理が必要かを判断、それにより安全性を保ったままコスト削減できないか、という実証実験のようであり、最初は前橋市の一部で4月13日~6月29日の期間で行われます。
上記2で記載したHivemapper同様、撮影により社会に貢献し、報酬を受け取れる、というDePINですが、自身のスマホと無料アプリで参加可能であり、より参加しやすいDePINと言えると思われます。
ゲーム説明 ◼️「PicTrée(ピクトレ)~ぼくとわたしの電柱合戦~」の概要 「ピクトレ」はチームに分かれて、電柱やマンホールなど皆さまの身近にある電力アセットの撮影を行い、撮影した電力アセットの量や距離を競う「チームバトルゲーム」です。 プレイヤーは「アンペア」「ボルト」「ワット」の3チームから所属したい1チームを選択し、そのチームの一員としてゲームに参加します。ゲームでは電柱などの電力アセットに「チェックイン」や「撮影」というアクションを行い、さらに撮影した電柱同士を「コネクト(繋ぐ)」することによってポイントを獲得することができます。所属するチームの合計点によって3チームのランキングが決まります。 プレイヤーはゲーム内での活躍に応じて、Amazonギフト券やDEAPcoin(DEP)などの報酬が獲得できる他、一定期間行われる各シーズンの終了時にはチームランキングに基づくチーム報酬の獲得チャンスもあります。 (公式サイト)https://pictree.greenwaygrid.global/ |
ゲーム説明及び図の出典:2024年3月4日付Digital Entertainment Asset Pte.Ltd社プレスリリース https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000200.000047612.html
DePINには様々なプロジェクトがあり、適用のある法律は一様ではありません。下記では多くのDePINや有名DePINに適用があると思われる法律を検討します。
DePINでは、プロジェクトに対して貢献を行うことにより、当該プロジェクトのトークンが付与されることがあります。かかるトークンの多くは暗号資産に該当すると思われます。
参考 暗号資産の定義(資金決済法2条5項) 1号暗号資産の定義 「物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り、本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの」 2号暗号資産の定義 「不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの」 暗号資産交換業の定義(資金決済法2条7項) この法律において「暗号資産交換業」とは、次に掲げる行為のいずれかを業として行うことをいい、「暗号資産の交換等」とは、第一号及び第二号に掲げる行為をいい、「暗号資産の管理」とは、第四号に掲げる行為をいう。 一 暗号資産の売買又は他の暗号資産との交換 二 前号に掲げる行為の媒介、取次ぎ又は代理 三 その行う前二号に掲げる行為に関して、利用者の金銭の管理をすること。 四 他人のために暗号資産の管理をすること(当該管理を業として行うことにつき他の法律に特別の規定のある場合を除く。)。 |
暗号資産を業として売買し、交換し、又は利用者のために管理(保管)する場合には、暗号資産交換業の規制が適用されます。
しかしながら、プロジェクトに対して貢献したことにより暗号資産を付与すること自体は、売買でも交換でも管理でもなく、暗号資産規制は適用されません。
上記(1)記載のようにDePINでは、プロジェクトに対して貢献を行うことにより、当該プロジェクトのトークンが付与されることがあります。例えばHivemapperでは月曜日から日曜日までの貢献に対して、3日ほど後にHONEYトークンが付与されます。
このトークンの付与がブロックチェーン上で行われ、付与前には誰も移動等ができず、付与された後には、その付与者が有する秘密鍵でのみ移転が可能である、という場合、特段、暗号資産の「管理」に関する規制は適用ありません。
他方、付与された後のトークンが、何らかの中央集権組織で保管され、ユーザーのウォレットには移転していない(一定の引出手続きをとって初めて移転される等)場合、運営が暗号資産を管理しているとして暗号資産交換業の登録が必要となる可能性があります。
暗号資産管理の規制を避けるためにはトークン付与の際にはトークンをブロックチェーン上のユーザーのアドレスに移転することが必要と思われます。そして少額の報酬の付与でもコスト割れ等にならないよう、ガス代が安いブロックチェーンを使うことが望ましいのでは、と思われます。
多くのDePINでは、機材等を設置してプロジェクトに貢献するサプライヤーサイドにはトークンを報酬として付与し、利用サイド(デマンドサイド)からは利用料としてトークン等を受け取ります。また、一定期間における支払報酬と受取報酬を同額にする等により、インフレやデフレを防ぐ等の仕組が取られることもあります。
ただ、利用料の支払をトークンのみとした場合、利用者の裾野が広がらないことから、多くのプロジェクトでは実際にはクレジットカード等での利用料の支払いを中心とし、クレジットカードで支払われた額に相当するトークンをBurnし、Burnされたトークンと同数量を鋳造(Mint)してサプライヤーサイドに渡す、というスキームを取っているようです52。
このような行為が暗号資産の売買に該当し、暗号資産交換業が必要とならないか問題となりますが、①あくまでBurn & Mintであり売買ではないこと、②このような仕組みはプロトコルの提供をフィアットで行ない、サプライサイドにはトークンで行う、という仕組みを採用するための経済的合理性に基づき組成されたものであり、売買と再構成する必要もないこと、③仮にBurn & Mintではない仕組であっても、運営会社自体がプロトコルを管理しており、運営会社がサービスを提供し、トークンでの支払いは内部での処理にすぎない、という構成の場合や、運営会社はプロトコルを管理していないが運営会社がプロトコルからのサービス提供受領を代理人として行い、その代理行為の報酬をユーザーからフィアットで受領している、等の構成であっても暗号資産交換業には該当しないのではと思われること、等から暗号資産交換業という必要はないと思われる。
DePINプロジェクトでは、ユーザーの貢献で得られたトークン(暗号資産)に関して売買機会を付与するために、トークンを上場することが通常と思われます。
日本居住者に業として暗号資産を販売するためには暗号資産交換業規制が適用されます。海外発のプロジェクトで海外取引所に上場等を行っている場合、当該海外取引所が日本の暗号資産交換業の登録なく、日本居住者にトークンを販売することは違法となります。他方、単なるユーザー側には海外取引所を使用することに関して規制はありません。
日本発のプロジェクトの場合、海外子会社を利用して海外取引所に上場するか、日本法人の場合、いわゆるIEOとして、金融庁と日本暗号資産取引業協会(JVCEA)の許可を得た上で、日本の暗号資産交換業者を通じて、販売を行うことになります。
DePINの中には、専用機材の購入をした上で、貢献を行うと報酬が得られるものがあります。
例えば、Hivemapperでは、車載用カメラを購入し、それで撮影をすることによりHONEYトークンを得ます。HONEYトークンの付与が「景品」と考えられれば、車載カメラの販売代金に対する一定の割合までしかHONEYトークンが付与できない等の景表法の規制が課されます。
この点、景表法での景品類とは、①顧客を誘引する手段として、②取引に付随して提供する、③物品や金銭など経済上の利益(トークンを含む)をいいます。
問題は「取引に対して付随する」と言えるかですが、HONEYトークンの付与は、ドライブしてマップ作製に貢献したことに対する報酬であり、車載カメラの販売に付随して行われるものではないため景品には該当せず、従って景表法の景品規制の適用はないと思われます。
同様に、HeliumのHNTトークンやMOBILEトークンの付与も、あくまでワイヤレスネットワークの提供に対する報酬であり、機材を購入したことに対するおまけではない、と整理可能だと思われます。
DePINの中には、FilecoinやRender Networkのように、既に手持ちのストレージやGPUの余剰部分を提供することにより報酬が得られる仕組みもあります。また、PicTréeのように手持ちのスマホを利用して撮影する場合もあります。
この場合には、特に景表法の景品規制の論点は発生しません。
Hivemapper、HeliumやGEODNETのように専用機材を販売し、その機材を利用して貢献すると報酬を得られるという仕組みの場合、業務提供誘引販売取引の規制を検討する必要があります。
業務提供誘引販売取引(特定商取引法第51条)とは、①物品の販売又は役務の提供(そのあっせんを含む)の事業であって、②業務提供利益が得られると相手方を誘引し、③その者と特定負担を伴う取引をする取引をいいます。業務提供利益とは、業務提供誘引販売取引の相手方を勧誘する際の誘引の要素となる利益で、提供される業務に従事することにより得られる収入のことをいいます。特定負担とは、業務提供誘引販売取引に係る商品の購入若しくは役務の対価の支払い又は取引料の提供をいいます。
例えば、このミシンを買ってくれれば、仕事を発注する、という契約が業務提供誘引販売取引であり(いわゆる内職商法)、勧誘に先立つ氏名等の明示、広告規制、消費者への書面交付義務などの規制が課せられます。
Hivemapper、HeliumやGEODNETの仕組みは、日本で行うと、①機材の販売事業であり、②報酬を得られると誘引し、③機材売買契約をしている、として、業務提供誘引販売取引に該当する可能性が高いと思われます。(なお、自社と全く無関係の者が販売し、かつ販売の斡旋もしなければ規制には該当しません)
他方、Filecoinのように余剰のストレージを利用させたり、PicTréeのように手持ちのスマホを利用させる場合、同法の適用はありえません。
DePINに利用するデバイスの多くでは、無線通信のために電波を発していると思われます。日本では電波を発するデバイス(携帯電話、Wi-Fiルーター、多くのIoT機器)を利用する場合、個人利用のためや無償利用であっても、原則として総務大臣の免許が必要です(電波法第4条)。ただし、発する電波が著しく微弱な場合や、いわゆる技適マークが付与された機材の場合、この免許は不要です(同条第1号、第2号)。
なお、電波法の規制はデバイスの利用者に関する規制であり、デバイスの販売者に関する規制ではありません。電波を発するデバイスを購入して利用する場合、ユーザーは規制対象ではないか、技適マークが付されているか等の判断をする必要があります。 ただし、同規制は利用者に対する規制ではありますが、日本国内で広く利用して貰うためには、運営側でも技適マークを取得するなどの対応が必要と思われます53。
日本では、インターネットや携帯電話等の通信用のサービスを他者に提供し、それで報酬を得る場合、電気通信事業の登録又は届出が必要となります。 例えば、喫茶店で無償のWi-Fiスポットを提供する等は「事業を営む」に該当しないとされます54。
なお登録と届出いずれが必要かは、例えば市区町村を超えて業務を行う場合には登録、それ以下の場合、届出となります(電気通信事業法9条第1号、第16条)。
Heliumのユーザーのように無線ホットスポットを提供し、それによりトークンを得る、という行為も電気通信事業に該当し、ユーザー側に届出が必要となります。従って、現行規制を前提とすると、日本でのHeliumの運用は厳しいのでは、と思われます。 DePINではありませんが、FONという無線LANアクセスポイント事業に関し、日本では電気通信事業法の規制のため、そのうちの有償事業が提供されていなかったことについて、脚注をご参照下さい55。
専用機器の購入を前提とするDePINの場合、当該機器を日本国内で製造・輸入・販売する上では、関連法による規制を受けることになります。 例えば、DePINとは直接の関係はありませんが、家電製品やIoT機器の輸入や販売にあたっては、電気用品安全法、消費生活用製品安全法、家庭用品品質表示法などの法律の他、製造物責任法などの法律が適用されることがあるとされます56。
この点、現状において専用機器購入を前提とするDePINに該当すると思われるHivemapper、Helium及びGEODNETに関して言えば、電気用品安全法、消費生活用製品安全法、家庭用品品質表示法等については、適用対象にならないのでは、他方、製造物に関する一般的な法規制(製造物責任法)については適用があるのでは、と思われますが、実際のデバイスの輸入や販売にあたっては、各製品の仕様と法律の詳細を検討する必要があります。
留保事項
・本書の内容は関係当局の確認を経たものではなく、法令上、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。また、当職らの現状の考えに過ぎず、当職らの考えにも変更がありえます。
・本稿は、DePINの利用やDePIN機材の購入を推奨するものではありません。
・本書はBlog用に纏めたものに過ぎません。具体的案件の法律アドバイスが必要な場合には各人の弁護士にご相談下さい。