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2021年6月18日に公表された金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」第二次報告(以下「審議会報告」といいます。)において、個人の特定投資家の要件の弾力化等について提言(審議会報告3-5頁)が行われたことを受けて、2022年6月29日に、個人の特定投資家への移行の要件等を見直す、金融商品取引業等に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令(内閣府令第42号、以下「改正府令」といいます。)(かかる府令による改正後の、金融商品取引業等に関する内閣府令(平成19年内閣府令第52号)を「改正後業府令」といい、改正前のものを「改正前業府令」といいます。)が公布され、同年7月1日から施行されました。改正府令による改正後は、特定投資家に移行できる個人投資家の範囲が拡大されることになります。また、時期を同じくして施行される、日本証券業協会の「店頭有価証券等の特定投資家に関する投資勧誘等に関する規則」により、特定投資家向け非上場株式等の私募・私売り出しが可能となることから、ベンチャー企業の株式等非上場株式のセカンダリーマーケットが創出・拡大されることが一定期待されているところです。

以下、特定投資家の範囲に関する改正後業府令の内容等を紹介します。

1. 特定投資家に移行可能な個人投資家の要件に関する改正

特定投資家に移行可能な個人投資家の要件を定めるにあたり、一定の金融リテラシーやリスク耐久力を有することが推定される要素を勘案することが必要と考えられますが、改正前業府令では、一定の金融リテラシーやリスク耐久力を有することを推定する要素として、純資産額、投資性金融資産額及び取引経験しか掲げられていません。しかしながら、審議会報告によれば、金融リテラシーを推定しうる要素は、上記のほか、年収、職業経験、保有資格、取引頻度といった要素もあります(審議会報告4頁)。そこで、改正後業府令では、これらの要素も取り入れて、特定投資家に移行可能な個人投資家の範囲を以下の通りに拡大しています(改正後業府令第62条第1項各号)。

(1)(イ)純資産3億円以上+(ロ)投資性金融資産(以下の(i)から(vii)の資産(改正業府令第62条第1項第1号ロ(1)から(7)))3億円以上+(ハ)金融商品取引契約締結日から1年経過

  1. 有価証券((v)及び(vi)のうち特例事業者と締結したものを除きます。)
  2. デリバティブ取引に係る権利
  3. 特定貯金等及び特定預金等
  4. 特定共済契約又は特定保険契約に基づく保険金、共済金、返戻金その他の給付金に係る権利
  5. 特定信託契約に係る信託受益権
  6. 不動産特定共同事契約に基づく権利
  7. 商品市場における取引、外国商品市場取引又は店頭商品デリバティブ取引に係る権利

(2)(イ)純資産5億円以上or投資性金融資産5億円以上or 前年の収入金額1億円以上+(ロ)金融商品取引契約締結日から1年経過

(3)(イ)承諾日前1年間における以下の(i)から(vi)の契約の1月あたりの平均的な契約件数が4件以上+(ロ)純資産3億円以上or投資性金融資産3億円以上+(ハ)金融商品取引契約締結日から1年経過

  1. 有価証券の売買その他の取引又はデリバティブ取引に係る契約((iv)及び(v)を除きます。)
  2. 特定貯金等契約及び特定預金等契約
  3. 特定共済契約及び特定保険契約
  4. 特定信託契約
  5. 不動産特定共同事業契約
  6. 商品市場における取引、外国商品市場取引又は店頭商品デリバティブ取引に係る契約

(4)(イ)特定の知識経験を有する者(以下(i)から(iv)のいずれかに該当する者(改正後業府令第62条第3項))+(ロ)純資産1億円以上or投資性金融資産1億円以上or前年の収入金額1000万円以上+(ハ)金融商品取引契約締結日から1年経過

  1. 金融商品取引業、銀行業、保険業、信託業その他の金融業に係る業務に従事した期間が通算して1年以上になる者
  2. 大学の学部、専攻科又は大学院における経済学又は経営学に属する科目の教授、准教授その他の教員(専ら当該科目に関する研究を職務とする者を含む。)の職にあった期間が通算して1年以上になる者
  3. 次の(a)から(d)のいずれかに該当する者であって、その実務に従事した期間が通算して1年以上になる者
      (b)一種外務員又は一種外務員となる資格を有する者
      (c)1級又は2級のファイナンシャル・プランニング技能検定合格者
      (d)中小企業診断士
  4. 経営コンサルタント業に係る業務に従事した期間が通算して1年以上になる者その他の者であって、上記(i)から(iii)に掲げる者と同等以上の知識及び経験を有する者

(1)の要件は、基本的に現行の移行要件(改正前業府令第62条)と同様ですが、(ハ)の点について改正がなされております。

すなわち、改正前業府令では、特定の金融商品取引業者との間の取引が基準となっていることから、たとえ他の金融商品取引業者との間で1年以上の取引経験があり、すでに当該他の金融商品取引業者との間では特定投資家に移行していたとしても、新たに取引する別の金融商品取引業者との関係では1年経過しないと特定投資家に移行できませんでした。しかしながら、取引経験については投資家ベースで評価すべきと考えられることから、他社での取引経験も勘案できるようにすべきとの審議会報告の提言(審議会報告5頁)を受けて、改正後業府令では当該申出をした金融商品取引業者等以外の金融商品取引業者等との取引経験の期間も合算することができるようになりました(なお、(2)(ロ)、(3)(ハ)及び(4)(ハ)も同様です。)。

また、(3)を充足することにより特定投資家とみなされることとなった申出者については、(3)の要件を充足しないこととなった場合でも、その知識及び経験に照らして適当である場合は、(3)に該当するものとみなすことが可能とされています(改正後業府令第62条第2項)。

 

 

2. 投資家の拡大の可能性

上記1の改正で特定投資家への移行可能な個人投資家の範囲が拡大することにより、個人投資家による投資、とりわけ、ベンチャー企業等の非上場企業への投資は広がることになるのでしょうか。以下、資金調達が必要な企業(以下「資金調達企業」といいます。)自身が勧誘を行う場合と、証券会社が行う場合とに分けて検討します。

(1)資金調達企業による勧誘

資金調達企業が株式の自己募集(自己株式の処分を含みます。)を行う場合、勧誘の相手が特定投資家のみであったとしても、50名以上となる場合には、適格機関投資家のみを相手方とする場合を除き、募集に該当してしまうため、有価証券報告書の提出が必要となります(金融商品取引法第4条第1項)。ベンチャー企業の場合、同種の株式発行の際に50名以上の投資家に勧誘を行うことはあまり想定されていないのではないかと思われますが、多数の個人投資家から資金を調達したいという場合に、50名という基準がネックの1つとなる可能性は考えられますので、選択肢を広げることにはつながるものと言えます。

なお、上記の勧誘対象者の人数は、従来は過去6か月間で通算することになっていましたが、2022年1月29日から施行された金融商品取引法施行令の一部を改正する政令により、3か月に短縮されています(改正後の金融商品取引法施行令(昭和40年政令第321号)第1条の6)。

(2)証券会社による勧誘

日本証券業協会(以下「日証協」といいます。)は、協会員(証券会社)が非上場株式の勧誘を行うことを原則として禁止していましたが、2020年に店頭有価証券に関する規則(以下「店頭有価証券規則」といいます。)を改正して(同年12月1日施行)、自らの責任において企業価値評価等を行う能力を有することを協会員が認めた特定投資家に対する非上場株式の少人数向け勧誘等を行うことが可能となりました(店頭有価証券規則第4条の2)。ここでいう少人数向け勧誘等には、新規発行証券の取得勧誘と、既発行証券の取得勧誘、いわゆるプライマリーとセカンダリーの両方が含まれます。

しかしながら、一般投資家から移行した個人の特定投資家は、この規定により勧誘できる特定投資家には含まれませんので(店頭有価証券規則第4条の2第1項)、一般投資家から特定投資家に移行した個人投資家が企業価値評価等を行う能力を有していたとしても、証券会社は、この規定に基づいて、当該個人投資家に投資勧誘を行うことはできません。そのため、この規定は、個人投資家による投資拡大にはあまりつながらないものと思われます。

但し、日証協により、2022年4月1日に「店頭有価証券等の特定投資家に対する投資勧誘等に関する規則」(以下「特定投資家勧誘規則」といいます。)が制定され(同年7月1日施行)、特定投資家向け私募制度の整備等が行われることになりました。特定投資家勧誘規則では、特定証券情報(店頭有価証券の場合、証券情報として、新規発行有価証券等(発行数、内容等)、取得勧誘方法及び条件、手取金の使途、売付け有価証券(有価証券の種類、売付け価額の総額等)、売付の条件、事業等のリスク等、企業情報として、企業の概況、発行者の状況、経理の状況、株主の状況等。特定投資家勧誘規則第6条第3項、様式1)が投資勧誘の相手方に提供又は公表1されている場合は、特定投資家に移行した個人投資家も投資勧誘の対象となります(上述の場合と同様、プライマリーとセカンダリーの両方が含まれます。)。実際上、証券会社(第一種金融商品取引業者)が、非上場株式を取り扱うというビジネス判断をするか疑義もありますが、特定投資家勧誘規則は、前記1の改正後業府令とあいまって、個人投資家による投資の拡大につながる可能性はあるものと思われます。