創・佐藤法律事務所(丸の内オフィス) 弁護士 佐藤有紀
投資事業有限責任組合契約に関する法律(平成10年法律第90号。以下「LPS法」という。)では、「事業者への円滑な資金供給を促進し、その健全な成長発展を図り、もって我が国の経済活力の向上に資する」というLPS法の目的に基づき、LPS法第3条第1項において、投資事業有限責任組合(以下「LPS」という。)が行うことのできる事業(以下「対象事業」という。)が限定的に列挙されている。
LPSがいわゆるセキュリティトークンへ投資を行うことについては、「投資事業有限責任組合契約に関する法律第3条第1項に規定される事業におけるセキュリティトークン等の取扱いについて」という通知が2023年4月19日に経済産業省が出され、取扱いが整理されたところである(当事務所の以前のArticle「LPS法とトークン投資に関する2023年4月19日付経産省通知について」(2023年4月25日)参照)。
しかしながら、暗号資産(資金決済法第2条第14項)市場が引き続き拡大し、いわゆるWeb3.0系スタートアップを含め暗号資産による資金調達を目指すスタートアップ企業も増えている中、暗号資産への投資を促進すべきであるとの意見が多く唱えられてきた。[1]また、経済産業省も、LPSによる暗号資産への投資については、国内外における事業者のトークンによる資金調達の実態や課題等を調査した上で、今後、取扱いについて検討を行うとしていたところである。今般、「新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律」(2024年5月31日成立、同年6月7日公布)により、LPS法が改正され、主として、①一定の条件を満たす外国法人への投資は上限を設けることなく認められることとなり、②合同会社への出資が認められることとなり、また③事業者のために発行される暗号資産への投資が可能となったことから、本稿では、かかる改正内容について概説する。
LPS法上、LPSができる事業はLPS法第3条第1項において列挙されている。具体的には以下のとおりであり、LPSがどのような事業ができるかは、LPS法第3条第1項各号及び新設された第2項の規定及びその解釈による。今般の同条項の改正箇所には下線を付した。また、特に断りが無い限り、本稿では、改正後のLPS法の内容及び条文番号を記載している。
第3条第1項 ・ 株式会社の設立に際して発行する株式の取得及び保有並びに合同会社又は企業組合の持分の取得及び保有企業組合の設立に際しての持分の取得及び当該取得に係る持分の保有(第1号) ・ 株式会社の発行する株式若しくは新株予約権(新株予約権付社債に付されたものを除く。以下同じ。)又は合同会社若しくは企業組合の持分の取得及び保有(第2号) ・ 金融商品取引法第2条第1項各号(第9号及び第14号を除く。)に掲げる有価証券(同項第1号から第8号まで、第10号から第13号まで及び第15号から第21号までに掲げる有価証券に表示されるべき権利であって同条第2項の規定により有価証券とみなされるものを含む。)のうち社債その他の事業者の資金調達に資するものとして政令[2]で定めるもの(以下「指定有価証券」という。)の取得及び保有(第3号) ・ 事業者に対する金銭債権の取得及び保有並びに事業者の所有する金銭債権の取得及び保有(第4号) ・ 事業者に対する金銭の新たな貸付け(第5号) ・ 事業者を相手方とする匿名組合契約(商法(明治32年法律第48号)第535条の匿名組合契約をいう。)の出資の持分又は信託の受益権の取得及び保有(第6号) ・ 事業者のために発行される暗号資産(資金決済に関する法律(平成21年法律第59号)第2条第14項に規定する暗号資産をいう。以下この項において同じ。)の取得及び保有(第6号の2) ・ 事業者の所有する工業所有権又は著作権の取得及び保有(これらの権利に関して利用を許諾することを含む。)(第7号) ・ 前各号の規定により投資事業有限責任組合(次号を除き、以下「組合」という。)がその株式、持分、新株予約権、指定有価証券、金銭債権、暗号資産、工業所有権、著作権又は信託の受益権を保有している事業者に対して経営又は技術の指導を行う事業(第8号) ・ 投資事業有限責任組合若しくは民法(明治29年法律第89号)第667条第1項に規定する組合契約で投資事業を営むことを約するものによって成立する組合又は外国に所在するこれらの組合に類似する団体に対する出資(第9号) ・ 前各号の事業に付随する事業であって、政令で定めるもの(第10号)[3] ・ 外国法人の発行する株式、新株予約権若しくは指定有価証券若しくは外国法人の持分若しくはこれらに類似するもの又は外国法人のために発行される暗号資産の取得の取得及び保有であって、政令で定めるところにより、前各号に掲げる事業の遂行を妨げない限度において行うもの(第11号)[4 ] ・ 組合契約の目的を達成するため、政令で定める方法により行う業務上の余裕金の運用(第12号) [5] 第3条第2項 前項第一号から第三号まで、第六号又は第八号に掲げる事業に係る株式、持分、新株予約権又は指定有価証券には、前条第一項の政令で定める者については、これらに類似するものであって外国の法令に準拠するものを含むものとする。 |
従来のLPS法下では、日本の会社法下で設立された株式会社であれば、その株式をLPSが取得及び保有することが上限なく可能であったのに対し、外国籍の法人であれば、日本法人の子会社であっても、「外国法人」の発行する株式の取得として、投資金額(なお、投資約束金額ではない。)の50%未満の範囲でしか、投資が認められなかった。
しかしながら、今般の改正により、「事業者」という定義が、「法人(外国法人(本邦法人又は本邦人がその経営を実質的に支配し、又は経営に重要な影響を及ぼすものとして政令で定める者を除く。次条第一項第十一号において同じ。)を除く。)」とされ(LPS法第2条第1項。以下、下線部の外国法人を「日本法人等が支配等する外国法人」という。)、株式会社の発行する「株式」には、これらの日本法人等が支配等する外国法人が、当該外国の法令に従って発行する、「株式」に類するものが含まれることとなった。
これにより、例えば、日本人が設立したスタートアップであって、米国証券市場での上場を目指して、米国法人をホールディングカンパニーとする法人にも、LPSが投資を行うことが可能となった。
具体的には、政令では、「本邦法人又は本邦人がその経営を実質的に支配し、又は経営に重要な影響を及ぼすもの」として以下の者が定められている。今般の同条項の改正箇所には下線を付した。つまり、日本人又は日本法人が議決権の過半数を有しているか(資本関係)、意思決定機関を支配しているか、又は取引等を通じて財務及び営業又は事業の方針の決定に重要な影響を与えることができるか、という形式的・実質的な基準に拠っている。実際のところ、日本人が外国法人を創業し、その後株主が増えたとしても、当該株主の多くが日本法人であれば[6]、投資先となる当該外国法人は当該条件を充足し、上限無しにLPSの投資対象となりうることとなる。
第1条第1項 投資事業有限責任組合契約に関する法律(平成10年法律第90号。以下「法」という。)第2条第1項の政令で定める者は、外国法人のうち、次の各号に掲げる者のいずれかに該当する者とする。 ・ 本邦法人又は本邦人(以下この条において「本邦法人等」という。)により総株主又は総出資者の議決権の過半数を保有されている者その他本邦法人等により財務及び営業又は事業の方針を決定する機関(次項において「意思決定機関」という。)を支配されている者として経済産業省令で定めるもの(以下この条において「子法人等」という。)(第1号) ・ 本邦法人等又は子法人等との間の売上高又は仕入高が売上高の総額又は仕入高の総額の100分の50以上である者その他本邦法人等又は子法人等が出資、役員その他これに準ずる役職への本邦法人等若しくは子法人等の役員若しくは使用人である者若しくはこれらであった者の就任、融資、債務の保証若しくは担保の提供、技術の提供又は営業上若しくは事業上の取引等を通じて、財務及び営業又は事業の方針の決定に対して重要な影響を与えることができる者として経済産業省令で定めるもの(第2号) 第1条第2項 ・ 本邦法人等及び子法人等又は子法人等が他の者の意思決定機関を支配している場合における当該他の者は、その本邦法人等の子法人等とみなして、この条の規定を適用する。 |
従前のLPS法では、LPSによる合同会社の持分(社員権)の取得は認められなかったが、機関設計の柔軟性等を鑑みて合同会社として設立されるスタートアップ企業等の事業者も少なくないことから合同会社についても、LPSの投資対象となることとあった(上述のLPS法第3条第1項第1号、2号等)。
従前のLPS法では、LPSによる暗号資産への投資が認められていませんでしたが、上述のような議論を経て改正が実現され、今後は、事業者のために、事業者自身又は暗号資産取引所に委託して暗号資産を発行する場合など、特定の条件下において、LPSによる暗号資産への投資が認められる。
なお、今般の改正はあくまで「事業者のために発行される暗号資産」の取得及び保有を認めるものであり、すべての暗号資産が投資対象となるわけではないことには引き続き注意を要する。例えば、決済用の仮想通貨として一般的な、ビットコインやイーサリアムといった暗号資産は、LPSの投資対象となる「事業者のために」発行されたものではないことから、LPSの投資対象には含まれないと思われる。
改正法の施行は、「公布の日から起算して三月を超えない範囲内において政令で定める日」及び「公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日」と改正内容により異なっており、上述の①日本法人等が支配等する外国法人への投資に関する規定及び②合同会社への出資に関する規定は前者(即ち2024年9月7日まで)、③事業者のために発行される暗号資産への投資に関する規定は後者(即ち2025年6月7日まで)である。
留保事項
本書の内容は関係当局の確認を経たものではなく、法令上、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。また、本書作成日現在の当職らの見解をまとめたものに過ぎず、当職らの見解にも変更がありえます。
本書は当事務所ウェブサイト用に纏めたものに過ぎません。具体的案件の法律アドバイスが必要な場合には各人の法律顧問にご相談下さい。
創・佐藤法律事務所(丸の内オフィス) 弁護士 佐藤有紀
(トークンに関する監修:斎藤 創、執筆協力:砂田 有史)
投資事業有限責任組合契約に関する法律(平成10年法律第90号。以下「LPS法」という。)では、「事業者への円滑な資金供給を促進し、その健全な成長発展を図り、もって我が国の経済活力の向上に資する」というLPS法の目的に基づき、LPS法第3条第1項において、投資事業有限責任組合(以下「LPS」という。)が行うことのできる事業(以下「対象事業」という。)が限定的に列挙されている。これまで、LPSがいわゆるセキュリティトークンへ投資を行うことが、対象事業として許容されるかどうかが明らかでなかったところ、セキュリティトークンへの投資や、ブロックチェーンを利用した資産移転の処理が近年用いられつつあることを踏まえ、セキュリティトークンの取得や保有の対象事業への該当性等について、「投資事業有限責任組合契約に関する法律第3条第1項に規定される事業におけるセキュリティトークン等の取扱いについて」(https://www.meti.go.jp/press/2023/04/20230417002/20230417002-1.pdf)という通知(以下「本通知」という。)が本年4月19日に経産省よりなされ、一定程度、この問題に対して取扱いが明確になった。本稿では、本通知の内容について説明する。
なお、LPSが暗号資産や一般的なNFT(注:セキュリティトークンではない)へ投資を行うことは対象事業として列挙されていなかったことから、認められないと解されている。これに対しては、以下のように問題点が指摘されてきた(本通知はこれを解決するものではない。)。
まず、前提として、LPS法上、LPSができる事業はLPS法第3条第1項において列挙されている。具体的には以下のとおりであり、LPSがどのような事業ができるかは、LPS法第3条第1項各号の解釈によって決まってくる。この点、上述のとおり、セキュリティトークンに関して対象事業に含まれるとする明文の定めは存在しない。
(1) 株式会社の設立に際して発行する株式の取得及び保有並びに企業組合の設立に際しての持分の取得及び当該取得に係る持分の保有
(2) 株式会社の発行する株式若しくは新株予約権(新株予約権付社債に付されたものを除く。)又は企業組合の持分の取得及び保有
(3) 金融商品取引法第2条第1項各号(第9号及び第14号を除く。)に掲げる有価証券(同項第1号から第8号まで、第10号から第13号まで及び第15号から第21号までに掲げる有価証券に表示されるべき権利であって同条第2項の規定により有価証券とみなされるものを含む。)のうち社債その他の事業者の資金調達に資するものとして政令[1]で定めるもの(以下「指定有価証券」という。)の取得及び保有
(4) 事業者に対する金銭債権の取得及び保有並びに事業者の所有する金銭債権の取得及び保有
(5) 事業者に対する金銭の新たな貸付け
(6) 事業者を相手方とする匿名組合契約(商法(明治32法律第48号)第535条の匿名組合契約をいう。)の出資の持分又は信託の受益権の取得及び保有
(7) 事業者の所有する工業所有権又は著作権の取得及び保有(これらの権利に関して利用を許諾することを含む。)
(8) 前各号の規定により投資事業有限責任組合(次号を除き、以下「組合」という。)がその株式、持分、新株予約権、指定有価証券、金銭債権、工業所有権、著作権又は信託の受益権を保有している事業者に対して経営又は技術の指導を行う事業
(9) 投資事業有限責任組合若しくは民法(明治29年法律第89号)第667条第1項に規定する組合契約で投資事業を営むことを約するものによって成立する組合又は外国に所在するこれらの組合に類似する団体に対する出資
(10) 前各号の事業に付随する事業であって、政令で定めるもの
(11) 外国法人の発行する株式、新株予約権若しくは指定有価証券若しくは外国法人の持分又はこれらに類似するものの取得及び保有であって、政令で定めるところにより、前各号に掲げる事業の遂行を妨げない限度において行うもの
(12) 組合契約の目的を達成するため、政令で定める方法により行う業務上の余裕金の運用
本通知においては、主に以下の①から③の3つのことが明示されている。
まず、①LPSがセキュリティトークンを扱う事業を行う場合については、金融商品取引法(以下「金商法」という。)上の有価証券のうち、LPS法第3条第1項により、投資事業有限責任組合が取得及び保有が可能とされる有価証券[2]については、セキュリティトークンが、金商法上のいわゆるみなし有価証券の一つである「電子記録移転有価証券表示権利等」である以上、その取得及び保有も当然に対象事業となると整理することができるとされている。LPSが、セキュリティトークンを取得・保有することができることを改めて明確にしている。なお、本通知においては、「金融商品取引法(昭和23年法律第25号。)上の有価証券はブロックチェーン等の電子情報処理組織を用いる方法で移転することができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されるものに限る。)に表示される場合があり(いわゆるトークン化)、かかるトークン化した有価証券(「電子記録移転有価証券表示権利等」(金商法第29条の2第1項第8号に規定する権利をいう。))を本通知ではセキュリティトークンと称する。」 と記載されており、ここで言うセキュリティトークンとは金商法上の「電子記録移転有価証券表示権利等」(金融商品取引業等に関する内閣府令(以下「業府令」という。)第1条第4項第17号、金商法第29条の2第1項第8号、業府令第6条の3)を意味している。
次に、本通知は、②LPSが、LPS法第3条第1項に掲げる事業のうち、金商法上の有価証券には該当しない金銭債権、工業所有権、著作権、約束手形及び譲渡性預金証書等に投資を行う場合に、これらの資産を取得及び保有するにあたり、ブロックチェーン等の電子情報処理組織を用いる方法でこれらの資産の移転に係る事務を処理しても、LPS法第3条第1項各号に掲げる事業の範囲内で組合契約を遂行するための業務執行と解することができる(LPS法第7条第4項に規定する「第3条第1項に掲げる事業以外の行為を行った場合」には当たらない)としている。すなわち、金商法上の有価証券には該当しない金銭債権、工業所有権、著作権、約束手形及び譲渡性預金証書等がトークン化されたとしても、これを取得・保有することができることを改めて明確にしている。もっとも、例えば、NFT(Non-Fungible Token)は、主にイーサリアム(ETH)[3]のブロックチェーン上で構築できる代価不可能なトークンだが、NFTを譲渡しても著作権等が移転しない形式を利用していることも多く、NFTの取得・保有はLPS法の対象事業に該当せず、引き続きLPSがNFTに直接投資することは困難なのではないかと考えられる。
また、本通知は、③資金決済に関する法律(以下「資金決済法」という。)上の電子決済手段(改正資金決済法第2条第5項、いわゆるステーブルコイン)及び暗号資産(資金決済法第2条第5項(資金決済法改正後は第14項))を取得・保有することは、現行のLPS法第3条第1項に掲げる事業のいずれにも該当しないこと、すなわちLPSでは、電子決済手段及び暗号資産を取得・保有することができないことを改めて明確にしている。上述のとおり、LPSが直接暗号資産に投資することができるようになるには、法改正を待つしかないということになる[4]。
話は異なるものの、近年LPS法をめぐる分野だと、LPSを用いたセカンダリーファンドが話題となってきている。セカンダリーファンドと言えば、個別の事業者が発行した株式を既存株主から譲り受ける場合だけではなく、既存のLPSのLP持分をLPSが買い集めるという手法も話題となっている。もっとも、LPSがLP持ち分を保有できる根拠はLPS法第3条第1項第9号となると思われるものの、同号は、「出資」(いわゆるプライマリー)のみを定め、他のLPS法第3条第1項各号のように「取得及び保有」(いわゆるプライマリーとセカンダリー)と定めていないことから、LPSによる既存のLPSのLP持分の取得が明確にされることが望ましいのではないかと考える。
[1] 投資事業有限責任組合契約に関する法律施行令第1条において、以下の有価証券が定められている。
[2] なお、本通知によれば、「対象事業」には、①匿名組合契約の出資持分、②投資事業有限責任組合及び民法上の組合契約で投資事業を営むことを約するものによって成立する組合に対する出資持分、③外国の法令に基づく権利であって②の組合に類似する団体に対する出資持分であって、金商法上有価証券とみなされないものへの出資も含まれる。ただし、これらの権利をブロックチェーン等の電子情報処理組織を用いる方法で移転したとしてもそれはセキュリティトークンにはならない。この場合は、②の金銭債権等と同様の整理となると考えられる。
[3] ブロックチェーン・プラットフォームの名称及び関連するオープンソース・ソフトウェア・プロジェクトの総称である。詳しくはhttps://ethereum.org/ja/を参照。
[4] 現状のプラクティスとしては、株式、新株予約権等のエクイティ投資を行うに際し、将来的にトークンの付与を受けることが可能な場合、投資家が指定するエンティティー(例えば新設の合同会社)でトークンを受領できる等とする形が多く見られる。当初からLPSが暗号資産やNFTに投資を行いたい場合、LPSが合同会社等を保有し、当該合同会社が暗号資産やNFTに投資をするスキームが考えられる。
2021年6月18日に公表された金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」第二次報告(以下「審議会報告」といいます。)において、個人の特定投資家の要件の弾力化等について提言(審議会報告3-5頁)が行われたことを受けて、2022年6月29日に、個人の特定投資家への移行の要件等を見直す、金融商品取引業等に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令(内閣府令第42号、以下「改正府令」といいます。)(かかる府令による改正後の、金融商品取引業等に関する内閣府令(平成19年内閣府令第52号)を「改正後業府令」といい、改正前のものを「改正前業府令」といいます。)が公布され、同年7月1日から施行されました。改正府令による改正後は、特定投資家に移行できる個人投資家の範囲が拡大されることになります。また、時期を同じくして施行される、日本証券業協会の「店頭有価証券等の特定投資家に関する投資勧誘等に関する規則」により、特定投資家向け非上場株式等の私募・私売り出しが可能となることから、ベンチャー企業の株式等非上場株式のセカンダリーマーケットが創出・拡大されることが一定期待されているところです。
以下、特定投資家の範囲に関する改正後業府令の内容等を紹介します。
特定投資家に移行可能な個人投資家の要件を定めるにあたり、一定の金融リテラシーやリスク耐久力を有することが推定される要素を勘案することが必要と考えられますが、改正前業府令では、一定の金融リテラシーやリスク耐久力を有することを推定する要素として、純資産額、投資性金融資産額及び取引経験しか掲げられていません。しかしながら、審議会報告によれば、金融リテラシーを推定しうる要素は、上記のほか、年収、職業経験、保有資格、取引頻度といった要素もあります(審議会報告4頁)。そこで、改正後業府令では、これらの要素も取り入れて、特定投資家に移行可能な個人投資家の範囲を以下の通りに拡大しています(改正後業府令第62条第1項各号)。
(1)の要件は、基本的に現行の移行要件(改正前業府令第62条)と同様ですが、(ハ)の点について改正がなされております。
すなわち、改正前業府令では、特定の金融商品取引業者との間の取引が基準となっていることから、たとえ他の金融商品取引業者との間で1年以上の取引経験があり、すでに当該他の金融商品取引業者との間では特定投資家に移行していたとしても、新たに取引する別の金融商品取引業者との関係では1年経過しないと特定投資家に移行できませんでした。しかしながら、取引経験については投資家ベースで評価すべきと考えられることから、他社での取引経験も勘案できるようにすべきとの審議会報告の提言(審議会報告5頁)を受けて、改正後業府令では当該申出をした金融商品取引業者等以外の金融商品取引業者等との取引経験の期間も合算することができるようになりました(なお、(2)(ロ)、(3)(ハ)及び(4)(ハ)も同様です。)。
また、(3)を充足することにより特定投資家とみなされることとなった申出者については、(3)の要件を充足しないこととなった場合でも、その知識及び経験に照らして適当である場合は、(3)に該当するものとみなすことが可能とされています(改正後業府令第62条第2項)。
上記1の改正で特定投資家への移行可能な個人投資家の範囲が拡大することにより、個人投資家による投資、とりわけ、ベンチャー企業等の非上場企業への投資は広がることになるのでしょうか。以下、資金調達が必要な企業(以下「資金調達企業」といいます。)自身が勧誘を行う場合と、証券会社が行う場合とに分けて検討します。
資金調達企業が株式の自己募集(自己株式の処分を含みます。)を行う場合、勧誘の相手が特定投資家のみであったとしても、50名以上となる場合には、適格機関投資家のみを相手方とする場合を除き、募集に該当してしまうため、有価証券報告書の提出が必要となります(金融商品取引法第4条第1項)。ベンチャー企業の場合、同種の株式発行の際に50名以上の投資家に勧誘を行うことはあまり想定されていないのではないかと思われますが、多数の個人投資家から資金を調達したいという場合に、50名という基準がネックの1つとなる可能性は考えられますので、選択肢を広げることにはつながるものと言えます。
なお、上記の勧誘対象者の人数は、従来は過去6か月間で通算することになっていましたが、2022年1月29日から施行された金融商品取引法施行令の一部を改正する政令により、3か月に短縮されています(改正後の金融商品取引法施行令(昭和40年政令第321号)第1条の6)。
日本証券業協会(以下「日証協」といいます。)は、協会員(証券会社)が非上場株式の勧誘を行うことを原則として禁止していましたが、2020年に店頭有価証券に関する規則(以下「店頭有価証券規則」といいます。)を改正して(同年12月1日施行)、自らの責任において企業価値評価等を行う能力を有することを協会員が認めた特定投資家に対する非上場株式の少人数向け勧誘等を行うことが可能となりました(店頭有価証券規則第4条の2)。ここでいう少人数向け勧誘等には、新規発行証券の取得勧誘と、既発行証券の取得勧誘、いわゆるプライマリーとセカンダリーの両方が含まれます。
しかしながら、一般投資家から移行した個人の特定投資家は、この規定により勧誘できる特定投資家には含まれませんので(店頭有価証券規則第4条の2第1項)、一般投資家から特定投資家に移行した個人投資家が企業価値評価等を行う能力を有していたとしても、証券会社は、この規定に基づいて、当該個人投資家に投資勧誘を行うことはできません。そのため、この規定は、個人投資家による投資拡大にはあまりつながらないものと思われます。
但し、日証協により、2022年4月1日に「店頭有価証券等の特定投資家に対する投資勧誘等に関する規則」(以下「特定投資家勧誘規則」といいます。)が制定され(同年7月1日施行)、特定投資家向け私募制度の整備等が行われることになりました。特定投資家勧誘規則では、特定証券情報(店頭有価証券の場合、証券情報として、新規発行有価証券等(発行数、内容等)、取得勧誘方法及び条件、手取金の使途、売付け有価証券(有価証券の種類、売付け価額の総額等)、売付の条件、事業等のリスク等、企業情報として、企業の概況、発行者の状況、経理の状況、株主の状況等。特定投資家勧誘規則第6条第3項、様式1)が投資勧誘の相手方に提供又は公表1されている場合は、特定投資家に移行した個人投資家も投資勧誘の対象となります(上述の場合と同様、プライマリーとセカンダリーの両方が含まれます。)。実際上、証券会社(第一種金融商品取引業者)が、非上場株式を取り扱うというビジネス判断をするか疑義もありますが、特定投資家勧誘規則は、前記1の改正後業府令とあいまって、個人投資家による投資の拡大につながる可能性はあるものと思われます。
2020年6月5日、「金融サービスの利用者の利便の向上及び保護を図るための金融商品の販売等に関する法律等の一部を改正する法律」が成立し(施行日は公布の日(2020年6月12日)から起算して1年6か月を超えない範囲内において政令で定める日とされており、本年12月に向けて一度又は複数回に分けて施行が見込まれています。)、「金融商品の販売等に関する法律」が改正され、その名称が「金融サービスの提供に関する法律」に改められ、新しく「金融サービス仲介業」が創設されました。これまで金融商品仲介、保険募集といったそれぞれの金融分野でサービスを提供していた事業者は、新制度のもとで、ワンストップでサービスを提供することができることとなります。このニュースレターでは、「金融サービス仲介業」創設の背景及び規制の概要について、解説します。
金融サービス仲介業は、1つの登録を受けることにより、複数の業種の金融機関(銀行、証券又は保険)が提供するさまざまな金融サービスをワンストップで提供することを可能とするものです。
想定されるビジネスモデルとしては、例えば、家計簿アプリを提供している事業者が、利用者に対して、家計簿アプリで蓄積された情報に基づいて、おすすめの投資信託、保険契約、ローン等を提案し、提携先の銀行、証券会社(第一種金融商品取引業)又は保険会社につなぐといったサービスを提供することが想定されています。また、クラウド会計ソフトを提供する事業者が、クラウド会計ソフトのユーザーである個人事業主、中小企業等に対して、クラウド会計ソフトに蓄積されたデータに基づいて、借入可能額、金利等の条件を試算した上で融資を受けることを提案し、提携先の銀行に紹介したり、福利厚生のための団体保険や事業リスク低減のための損害保険を提案したりするサービスも考えられています。1
そこで、銀行、証券会社又は保険会社が提供するさまざまな金融サービスをワンストップで提供を受ける機会を増やし、ひいては利用者が自身に適したサービスをより一層選びやすくする観点から、1つの登録を受けることにより、銀行、証券及び保険の複数の業種のサービスの仲介を行うことができる金融サービス仲介業が創設されました。
「金融サービスの提供に関する法律」(以下「改正法」といいます。)では、金融サービス仲介業とは、預金等媒介業務、保険媒介業務、有価証券等仲介業務、貸金業貸付媒介業務のいずれかを業として行うことをいうとされています(改正法11条)。それぞれの業務の内容は、概ね、以下の表1のとおりです。なお、顧客に対し高度に専門的な説明を必要とする金融サービスについては、金融サービス仲介業者は、取り扱うことができないこととされています(後記3(2)参照)。また、金融サービス仲介業において想定されているビジネスモデルを踏まえると、金融サービス仲介業の業務に「代理」を認める必要性は乏しいとされたため、金融サービス仲介業においては仲介業ではあるもののその業務には「代理」は含まれないこととなりました(表1参照)2。
預金等媒介業務 | 預金等の受入れを内容とする契約の締結の媒介 |
資金の貸付け又は手形の割引を内容とする契約の締結の媒介 | |
為替取引を内容とする契約の締結の媒介 | |
保険媒介業務 | 保険契約の締結の媒介 |
有価証券等仲介業務 (仲介先の金融機関は、第一種金融商品取引業若しくは投資運用業を行う金融商品取引業者又は登録金融機関) |
有価証券の売買の媒介 |
取引所金融商品市場又は外国金融商品市場における有価証券の売買又は市場デリバティブ取引若しくは外国市場デリバティブ取引の委託の媒介 | |
有価証券の募集若しくは売出しの取扱い又は有価証券の私募等の取扱い | |
投資顧問契約又は投資一任契約の締結の媒介 | |
貸金業貸付媒介業務 | 資金の貸付け又は手形の割引を内容とする契約の締結の媒介 |
金融サービス仲介業者は、様々なサービスを取り扱えるよう、特定の金融機関に所属することを求められていません(所属制の廃止)。そのため、利用者に損害が生じた場合に、特定の金融機関が損害賠償責任を負ってくれるわけではないことになります。そこで、利用者保護のため、取扱可能なサービスの制限、利用者財産の受入禁止、保証金の供託義務等の規制が設けられています。具体的には以下のとおりです。
(1)登録制の導入
金融サービス仲介業を行うには、内閣総理大臣の登録を受ける必要があるとされ(改正法12条)、登録の申請手続及び登録拒否事由が定められました(改正法13条、15条)。
(2) 取扱可能なサービスの制限
顧客に対し高度に専門的な説明を必要とする金融サービスについては、金融サービス仲介業者は、取り扱うことができないこととされました。顧客に対し高度に専門的な説明を必要とする金融サービスの具体的な内容は政令で定められることになっていますが、2019年11月26日に行われた金融庁金融審議会「決済法制及び金融サービス仲介法制に関するワーキング・グループ」(第5回)においては、以下の表2のような検討がされました。
取扱可能(例) | 取扱不可(例) | ||
銀行 | 預金 |
普通預金 定期・積立預金 |
仕組預金 外貨預金 通貨オプション組入型預金 |
貸付 | 住宅ローン |
– |
|
送金 | 振込 |
– |
|
証券 |
国債・地方債 上場株式・上場企業社債券 投資信託・ETF(投資信託・ETFの中で商品を限定する必要はあるか) |
非上場株式・非上場企業社債券 デリバティブ取引 信用取引 |
|
保険 | 生命保険 |
終身・定期保険 個人年金保険 医療保障保険 介護保険(商品の特性に応じ、保険金額や保険期間によっても限定することを検討) |
変額保険・年金 外貨建て保険・年金 解約返戻金変動型保険・年金 |
損害保険 |
傷害保険 旅行保険 ゴルフ保険 ペット保険 (商品の特性に応じ、保険金額や保険期間によっても限定することを検討) |
(金融庁金融審議会「決済法制及び金融サービス仲介法制に関するワーキング・グループ」(第5回)2019年11月26日付参考資料2頁参照)
(3)保証金の供託の義務付け
所属制を採用せず、仲介業者自らが賠償責任を負うことになる可能性があることを踏まえ、利用者に対する金融サービス仲介業者の損害賠償資力を確保する必要があることから、金融サービス仲介業者は、保証金を供託し、かつその旨を内閣総理大臣に届け出た後でなければ、金融サービス仲介業を行ってはならないとされました(改正法22条1項、5項)。保証金の額は、政令で定められることになっています(改正法22条2項)。もっとも、政令で定めるところにより金融サービス仲介業者が損害賠償責任保険を締結し、内閣総理大臣の承認を受けたときは、保証金の一部の供託が不要とされるようです(改正法23条)。
(4)利用者財産の受入れ禁止
金融サービス仲介業者のビジネスモデルとしては、顧客が様々な金融商品又はサービスを比較検討した上で顧客自身に適したものを選択できるサービスを顧客に提供することが想定されており、このような想定を踏まえ、金融サービス仲介業者がその事業運営上、利用者財産の預託を受ける必要性がそもそも高くないと考えられました3。そこで、利用者財産の受入れは禁止されることとなりました(改正法27条)。
(5)顧客情報の取扱い
金融サービス仲介業者は、取得した顧客の資産状況等の非公開情報を不適切に利用すると、顧客の保護に欠けるおそれがあります。そこで、その金融サービス仲介業務に関して取得した顧客に関する情報の適正な取扱いを確保することが求められます(改正法26条)。
(6)情報提供義務
顧客に適した同種の金融商品又はサービスが複数ある場合、金融サービス仲介業者は、顧客のニーズを無視して、金融機関から得られる仲介手数料の高い金融商品又はサービスを推奨する可能性や関係の深い金融機関の金融商品又はサービスを勧める可能性があります。そこで、顧客が金融サービス仲介業者の中立性を評価し、自身にあった金融サービスを適切に選択できるように、金融サービス仲介業者は、顧客から求められた場合は、顧客に対し、金融サービス仲介業者が受け取る手数料等の額を開示しなければならないとされました(改正法25条2項)。
また、金融サービス仲介業者は、その金融サービス仲介業務についての重要な事項の顧客への説明をすることが求められています(改正法26条)。顧客が自身にあった金融サービスを適切に選択できるようにする観点からは、「顧客本位の業務運営に関する原則」(平成29年3月30日金融庁)を踏まえ、金融サービス仲介業者には、仲介先の金融機関との間の委託関係又は資本関係の有無、金融商品・サービスの選定理由等についても顧客に対して情報を提供することが望ましいと考えられます。
(7) 仲介する金融サービスに応じた規制
また、金融サービス仲介業者が行う業務の種類に応じて、銀行法、保険業法及び金融商品取引法の規定が金融サービス仲介業者に準用されており(改正法29条、30条、31条)、以下のような規定が適用されることに注意が必要です。
①銀行分野の仲介 | 情実融資の媒介の禁止等 |
②証券分野の仲介 | 損失補填の禁止 インサイダー情報を利用した勧誘行為の禁止 顧客の注文の動向等を利用した自己売買の禁止等 |
③保険分野の仲介 | 顧客の意向の把握 自己契約の禁止 告知の妨害の禁止 不適切な乗換募集の禁止等 |