Monthly Archives: 2025年9月

I. 初めに

暗号資産の価格上昇に伴い、ビットコインは「デジタルゴールド」としての地位を確立しています。
南米やアフリカでは金融インフラが不十分な地域を中心に、ビットコインやステーブルコインが日常決済で急速に普及しています。例えば、エルサルバドルではビットコインが法定通貨として採用され、納税や個人間送金にも活用されています。先進国アメリカでも、オンラインショッピングやサブスクリプションサービスでCrypto決済を導入する企業が増えています。

一方、日本では2017年にビックカメラがビットコイン決済を導入したことが大きなニュースになったものの、その後のCrypto決済の普及は限定的に留まっています。主な要因は、Crypto決済時に利益が確定し個人の場合には最大55%の課税が発生すること、少額決済の記録や確定申告の手間が大きいことです。ただし、値動きが少ないステーブルコインが普及すれば、日本でもCrypto決済が広がる可能性があり、実際にステーブルコインで支払えるクレジットカードの発行が予定されています。

本稿では、Crypto決済の仕組みを解説し、日本で導入する際の法律上の論点について述べます。
本稿の「Crypto決済」とは、暗号資産決済やステーブルコイン決済を含む幅広い概念として扱いますが、法律議論は主に暗号資産を中心として議論します。ステーブルコインの売買や管理に関する規制は概ね暗号資産規制と同様であり、適宜、読み替えてお読み下さい。

※本稿は、2025年1月30日に筆者が発表した「Crypto決済と日本法」を改訂したものです。

II. 世界のCrypto決済の例

Crypto決済の例は、大きく分けて二つのカテゴリーに分けられます。一つはCryptoを直接決済に使用する例、もう一つはクレジットカードやデビットカードを使用した例です。下記では、Crypto決済の一部を紹介します。

1. Cryptoを直接決済に用いる例

2. Crypto決済にカードを用いる例

III. Crypto決済と日本法

1. 法律のまとめ

  資金決済法の暗号資産規制 割販法、貸金業法、前払式支払手段規制 外為法
自社店舗によるCrypto決済受入れ なし なし 非居住者又は国外との3000万円以上の決済の場合には外為法の報告
決済代行業者を利用したCrypto決済 決済代行業者に売買規制の適用可能性 なし 同上
クレジットカード型 保管規制、売買規制の適用可能性 割販法(ショッピング)及び貸金業法(キャッシング)の適用可能性 同上
デビットカード型 保管規制、売買規制の適用可能性 なし 同上
プリペイドカード型 なし 自家型又は第三者型として前払式支払手段規制の適用 同上

2. 自社店舗によるCrypto決済

自社の実店舗やオンライン店舗でCryptoを決済に収受する場合の規制を解説します。
日本では、暗号資産の売買、その媒介や他人のためにする管理は、暗号資産交換業として規制されています。しかし、自社の店舗でCryptoを決済として受け取ること自体については規制が存在しません。
また、受け取ったCryptoを自社で保有したり、暗号資産交換業者を利用して金銭に交換することにも規制はありません。
ただし、非居住者や国外口座との間で、3000万円以上の決済を行う場合は、原則として外為法上の報告義務が発生します(外為法55条)。この報告義務は、3000万円相当のCryptoでの決済場合も同様であり、居住者による報告が必要となります。この外為法上の報告義務は、3以下の場合でも同様に当てはまります。

3. 決済代行業者を利用したCrypto決済

日本の会社の中には、自社で暗号資産を保有したり管理したりすることに抵抗感を持つ会社が存在します。これは、価格変動リスク、ハッキングなどのセキュリティリスク、会計や税務上の問題などが原因として挙げられます。
このような会社は、第三者である決済代行業者(以下「決済代行者」といいます。)を利用し、決済代行者が暗号資産を収受し、これを日本円に変換して店舗などの会社に渡すスキームが取られることがあります。

このスキームは、下記の行為の組み合わせとなります。

しかし、この中の「②暗号資産を日本円に変換する」行為は、決済代行者が暗号資産交換業を営んでいるとみなされ、原則として暗号資産交換業の登録が必要と考えられます。
この点について、日本ではコンビニエンスストアや宅配便業者による収納代行が特に規制なく行われていることとの比較が問題となります。決済代行者が行う行為も収納代行であり規制は存在しないと考えられないか、以下のような整理ができないか問題となります。

このような考え方は理論上は可能かもしれませんが、筆者の経験では、実際の運用では当局との議論が厳しくなる可能性が高いと考えられます。そのため、実務上は暗号資産交換業の登録が必要な可能性が高いと考えておくのが安全でしょう。
ただし、他の業務や委任された事務に付随する形で行われる場合、その具体的な内容によっては許容される可能性もあります。この点については、ケースごとに慎重な検討が必要です。

4. クレジットカードタイプ
(1)仕組み

クレジットカードタイプのCrypto決済として考えられる典型的な例は、次のような仕組みになります4

  1. 暗号資産交換業者またはその連携会社がクレジットカードを発行。
  2. ユーザーが円立てやドル立てで商品を購入。
  3. 通常のクレジットカードとは違い、決済はユーザーの暗号資産交換業者のアカウントからビットコインなどが引き落とされる。

(2)割賦販売法

日本において、クレジットカードの発行に「2か月を超える分割支払い」「リボルビング支払い」「ボーナス一括支払い」などの機能を付す場合には、「包括信用購入あっせん」となり、割賦販売法上の包括信用購入あっせん業者としての登録が必要となります(同法31条)。この登録を受けると、顧客に対する情報提供義務、過剰与信防止義務、抗弁の切断の制限など、同法に基づく各種規制が適用されます。

一方、支払方法が「2か月以内の1回払い(いわゆるマンスリークリア)」に限られるカードは、包括信用購入あっせんには該当せず、同業者としての登録は不要です。ただし、この場合でも「二月払購入あっせん」(割販法35条の16第2項)に該当するため、カード番号等の適切な管理措置の実施義務(同条1項)が課されます。
暗号資産にリンクするクレジットカードであっても、付与される機能に応じて上記の規制が適用されます。

(3)貸金業法

クレジットカードのキャッシング機能は、商品やサービスの購入ではなく、借入であるため、割賦販売法ではなく貸金業法の規制対象となります。
暗号資産にリンクするクレジットカードであっても、キャッシングを円や外貨で行える場合には貸金業が適用されます。ただし、暗号資産でキャッシングできる場合は、暗号資産レンディングには原則として貸金業法が適用されないため規制対象外です(貸金業法2条の定義参照)。

(4)暗号資産法
①カストディ行為に関する規制 

暗号資産にリンクしたクレジットカードの場合、発行者が利用者の暗号資産を直接保管する構造であれば、暗号資産交換業(資金決済法2条7項)のうちカストディを行う者として規制が適用されます。 
ただし、以下のような場合には、カストディに当たらず規制対象外となる可能性があります:
・スマートコントラクトやマルチシグを利用し、特定の事業者が単独で秘密鍵を管理できない構造とする場合 
・カード利用代金の弁済を担保する目的で担保として暗号資産を預かる場合であり、「他人のために管理する」行為に当たらないと整理できる場合   

② 売買行為に関する規制 

カード決済の過程で暗号資産を法定通貨に換金する行為は、暗号資産の売買に当たり、原則として暗号資産交換業の登録が必要です。典型例は次のとおりです。 
(a)ユーザーがクレジットカードで商品を購入 
(b)利用代金に相当する暗号資産をユーザーが保有口座から売却し、その売却代金(円等)がカード発行会社に支払われる 
このような場合、暗号資産の売買(またはその媒介)に該当します。 

暗号資産での弁済スキーム 

一方で、カード発行会社が通常は円建てで請求を行い、利用者が支払期日までに「円の代わりに暗号資産を差し入れる」という形を選択できるスキームであれば、これは一種の決済方法の指定、または代物弁済と評価されるにとどまり、暗号資産の売買には当たりません。この場合、暗号資産交換業の登録は不要と解されます。
もっとも、割賦販売法では支払方法や計算方法の表示規制があり、これにどう対応するかが課題となります。また、カード発行会社が暗号資産を受け入れる際の会計・税務処理や、チャージバックが発生した場合に暗号資産価格が変動しているケースへの対応など、実務上、検討すべき点も多いと考えられます。

犯収法(補足)

なお、補足すると、クレジットカード発行者、暗号資産交換業者などは、犯収法上の特定事業者に該当し、本人確認(KYC)義務を含むAML/CFT規制が課されます。また、アクワイヤラー(クレジットカード番号等契約締結業者)については、加盟店調査義務が課されており、これはマネーロンダリング対策としての機能を果たしています。

5. デビットカードタイプ
(1)仕組み

デビットカードタイプのCrypto決済の典型的な例は次のような仕組みです。

(2)デビットカード発行に関する規制

日本では、デビットカードは即時決済のため割賦販売法の適用はありません。ただし、ユーザーの金銭を預託させてカード決済に利用する仕組みを構築する場合、その金銭の受入れは銀行免許または資金移動業登録が必要です。利用者の指図によって資金を移転する点で為替取引性があるため、この観点からも銀行免許または資金移動業登録が必要と整理されます。
一方、暗号資産を連携したデビットカードの発行には銀行法は適用されず、以下の論点が生じる可能性があります。

(3)暗号資産法(資金決済法上の暗号資産規制)

暗号資産を連携させたデビットカードについては銀行法は適用されませんが、以下の論点が生じます。 
・他人の暗号資産を業として管理する場合は暗号資産交換業の登録が必要 
・決済時に暗号資産を売却し、その代金で支払う仕組みは暗号資産の売買に該当し、交換業の登録が必要 
・カード会社が円で請求し、ユーザーが代物弁済として暗号資産を差し入れる場合は交換業には該当しない

6. プリペイドカードタイプ
(1)仕組み

前払式支払手段とは、図書券やAppleギフトカード、Amazonギフトカードのように、事前に対価を支払い、その対価に応じた、残高などが付与され、残高で決済ができる仕組みをいいます

前払式支払手段型のCrypto決済は、次のような流れになります。

  1. 発行会社がプリペイドカードを発行。
  2. ユーザーが発行会社にビットコインなどを送付。
  3. 送付されたビットコインの時価に従ったチャージが行われる。例:0.001BTCであれば1.5万円相当。
  4. ユーザーがカードを使用した際に、チャージ残高から減額される。

(2)前払式支払手段の発行規制

日本における前払式支払手段の発行は、「自家型」と「第三者型」に分けられます。

自家型の場合には届出、第三者型の場合には登録が必要となり、いずれの場合も未使用残高の半分の供託などの規制がかかります。
ただし、次の場合は規制が適用されません。

(3)暗号資産法の適用

プリペイドカードは、クレジットカードやデビットカードと異なり、原則として暗号資産交換業の規制は適用されないと考えられます。この理由は下記のとおりです。

  1. 発行会社は暗号資産を保管しているわけではない。
  2. チャージで、暗号資産の金額に応じたチャージがなされるが、これは金銭と暗号資産の交換ではない。あくまで前払式支払手段の発行行為にすぎない。
  3. 暗号資産同士の交換にも該当しない。

ただし、チャージした暗号資産を、再度暗号資産に戻すこと(払い戻し)が可能なスキームの場合、実質的には暗号資産の預託とみなされ、暗号資産交換業におけるカストディ規制が適用される可能性があります。

IV.    法律以外の問題

1. Crypto決済と税務
(1) Crypto決済時の利益確定について

Crypto決済は、決済を行った時点で利益が確定したとされ、この利益に税が課されます。たとえば、1万円で取得した暗号資産が5万円に値上がりし、その暗号資産を使用して決済を行った場合、4万円の利益が発生します。この利益は、個人の場合「雑所得」に分類され、他の所得と合算した総合課税にて、最大55%の税率が適用されます。

(2) 少額決済の記録と確定申告の手間

Crypto決済を行った場合には、上記のような課税がなされるため、原則として確定申告が必要になります。雑所得が20万円以下であり、かつ1か所から給与を受け取らない給与所得者である等の場合には確定申告の義務がありません。
しかし、雑所得が20万円を超える場合や、雑所得が20万円以下でも自営業者、フリーランス、副業がある等でそもそも確定申告の義務がある場合、Crypto決済での利益についても1円単位で申告する必要があります。

たとえば、日常的な買い物で暗号資産を使用した場合、各取引時点の暗号資産の時価を記録し、その利益を合算して申告することが求められます。この記録と計算の手間は非常に煩雑であり、特に少額決済を頻繁に行う場合、実務上大きな負担となります。
なお、この問題は、本来は、海外旅行で余った外貨を後日使用した場合にも適用されます。例えば1ドル120円の時に入手した10ドルを、何年後かの海外旅行で1ドル150円で使用した場合には、差額の30円×10ドル=300円について雑所得として課税され、確定申告が必要となる場合があります。

(3) Crypto決済への海外での課税

海外では暗号資産に関するキャピタルゲイン課税がない国や、ある場合にも少額の場合や長期保有の場合に課税対象外とする、という国があります。

(各国の税制=Chat GPT等調べ)

1 個人の暗号資産取引についてキャピタルゲイン課税がない国 シンガポール、ポルトガル、スイス、マレーシア、UAE、エルサルバドル
2 個人が長期で保有した場合、キャピタルゲイン課税がない国 ドイツ(1年以上保有した場合には非課税)
3 一定の限度額の範囲でキャピタルゲイン課税がない国 イギリス(年間6000ポンド=約120万円まで)
イタリア(年間2000ユーロ=約32万円まで)
韓国(年間2500万ウォン=約250万円まで)
ブラジル(月額35,000ブラジルレアル=約90万円まで)
4 少額決済には非課税の国 オーストラリア(1取引が10,000豪ドル=約90万円以下の「個人的利用目的(Personal Use Asset)と見なされる場合、非課税)
5 少額決済への非課税化を現在議論中の国 アメリカ(現在は短期保有か1年以上保有の長期保有かに分けて課税。1回あたり200ドルまで利益の少額決済については課税しない議論が進行中)
6 少額決済でも基本的に課税される国 日本(但し、確定申告義務ない人の場合には20万円までの雑所得は非課税)、
フランス、カナダ、アルゼンチン

日本で暗号資産のキャピタルゲインを課税しない議論は極めて難しいと思われます。また、G7でも米国、フランス、カナダが課税の現状下、少額決済に課税しないとの議論を当局に説得的に要望することは難しいかもしれません。 しかしながら、各国がWeb3の進展を図る中、特に米国で少額決済の非課税化が通った場合には、日本でも競争政策上少額決済の利益には課税しない等の制度を導入することが必要なのではと思われます。

2. カード発行と国際ブランドとの接続

暗号資産リンク型のカードを発行する際には、多くの場合、国際ブランド(VISA、MasterCard、Amex、JCB、Dinersなど)と契約し、その決済ネットワークを利用します。この際、国際ブランドは、自身の所在地国等での規制を順守等するため、カード発行体に対して以下のような審査を行うことが通例です:

さらに、国際ブランドと直接契約する代わりに、既に国際ブランドと強固な関係を持つ日本のクレジットカード会社を通じて提携カードとして発行する方法もあります。この場合、カード発行プロセスの一部が簡素化される可能性がありますが、それでも一定の規制対応やコストが発生する点には注意が必要です。

V. 今後の発展の可能性、課題

本邦ではCrypto決済は必ずしも普及していません。最大55%の課税や少額決済の記録・申告の煩雑さが最大の要因と考えられます。
ステーブルコインが普及すれば、価格変動リスクは軽減され一定の解決が見込まれますが、普及度はなお未知数です。加えて、利用者保護やAML対応など制度面の整備も課題となります。
今後、Web3分野での国際競争の観点からも、Crypto決済の税務面が改善されることが期待されます。

留保事項

1. SFが現実になる日

「もしあなたを裁くのが人間ではなくAIだったら?」

かつてはSFの世界だけの問いかけでした。しかし今や、監視カメラの解析や裁判所のデジタル化といった形で、AIは着実に司法と警察の領域へ入り込みつつあります。本章では、AI警察・AI裁判官が現実にどこまで進んでいるのかを概観します。

(1)想像してみてください

深夜、あなたがコンビニから出た瞬間、交差点のカメラが赤信号の横断を自動検出。街頭スピーカーから大音量で警告が流れ、違反切符がその場で電子的に発行、数日後には銀行口座から反則金が自動的に引き落とされます。
駅前の防犯カメラは指名手配写真と通行人の顔を照合し、ヒットすれば直ちに人間の警察官に通知されます。
法廷では、AIが膨大な証拠映像やデータを解析し証拠リストを自動整理。離婚訴訟では過去の判例データから慰謝料の水準を算出し、刑事事件では類似事件を参照して量刑の目安を提示します。最終的にAIが起案した判決理由案をAIが読み上げ、有罪か無罪かを言い渡します。
これはSF的な思考実験ですが、決して荒唐無稽ではなく、技術の進歩次第で現実化する可能性を秘めています。

(2)世界ではすでに始まっている

実際、AI技術の司法・警察分野への導入はすでに世界各地で現実の制度として稼働しています。単なる実験や検討ではなく、「本格運用」が進んでいる国もあります。

中国 全国の裁判所で「智慧法院(スマート裁判所)」の構築が進行中で、文書作成や量刑支援などの実務でAIが実用化されています。さらに、警察分野では北京市や深圳市を中心に、街頭カメラと顔認証AIを組み合わせた監視システムが広く展開されています。
エストニア 2019年に「ロボット裁判官」構想が報じられ、司法省は公式に否定したものの、少額紛争でのAI導入については継続的に検討されています。世界でも最先端の「デジタル国家」として、AI司法の議論が続いています。
米国 再犯リスク評価AI「COMPAS」が刑事裁判で導入されました。人種バイアス問題で批判を受けたものの、実際に判決判断の参考資料として活用された実績があります。現在は州ごとに規制や見直しが進められています。

(※各国の詳細は第4章参照)

(3)日本でも進む制度化

日本でも変化が進んでいます。改正民事訴訟法により、段階的施行・政令指定に基づき、遅くとも2026年5月までに民事訴訟のIT化が全面施行される予定です。2025年5月3日の憲法記念日前の記者会見では、最高裁の今崎幸彦長官が「司法判断にAIが関わる可能性も否定できない」と一般論ながら言及しました。
警察分野でも、防犯カメラ映像の解析や交通違反の自動検知システムの導入が検討されています。近年の警察庁による顔認証技術の実証実験などもその一例です。

(4)本稿の立場:現実的な導入路線

AIの司法・警察分野への導入は避けられません。当面は支援中心ですが、段階的に自動処理へ、さらに将来的には一部自動判決へ進む可能性があります。
人々はすでにAIを日常的に利用し、その利便性を体感しています。今後、「AI警察の方が信頼できる」「AI裁判官の方が公平だ」と国民が考えるようになれば、AIを選ぶ社会になるかもしれません。
もちろん、無批判な信頼は危険です。AI依存による人間の判断力低下や、ハッキングなどのセキュリティリスクにも備えが必要です。
映画や小説ではAI社会はしばしばディストピアとして描かれます。しかし現実のAI導入は、必ずしもそうした方向に進むとは限りません。むしろ、公平で効率的な社会に資する可能性も十分にあります。本稿はその分岐点を意識しつつ、制度設計でリスクを抑えつつメリットを最大化する道筋を探ります。

(5)用語の整理:混同を避けるために

この記事ではAIの関与レベルを次のように区別します。

AI支援 AIが情報整理や提案を行うが、最終判断は人間が行う
自動処理 AIが一次処理を行い、異議申立があれば人間が審査する
自動判決 AIが最終的な法的判断まで行う(将来的可能性として想定)

現在の実用は主にAI支援です。自動処理は限定分野での実験段階であり、近い将来に拡大する見込みです。自動判決には技術的・法的課題が多く、長期的な検討課題といえます。

2. AI警察システムの可能性と法的課題

(1)警察活動を縛る基本ルール

AI警察を考える前に、現行法の基本ルールを確認しておきましょう。

令状主義(憲法35条)
裁判所の令状なしに住居などを捜索することはできません。AIによる監視や行動解析が「強制処分」にあたる場合、この制約を受けます。最高裁は2017年(平成29年3月15日)GPS捜査事件で、車に無断でGPSが付された事実関係の下ですが「継続的・網羅的な位置情報取得は強制処分」と判断しました。AI監視による行動パターン分析も同様の法理が適用される可能性があります。
比例原則・任意捜査の限界
裁判例は「必要性や相当性を逸脱した任意捜査は違法」としています。AIが長時間・広範に市民を監視することが「過剰」と評価されれば違法になる可能性があります。
個人情報保護法の原則
目的を限定し、必要最小限のデータのみを収集・保存する義務があります。顔認証データのような「個人識別符号」は特に厳格な取り扱いが求められます。

(2)AIに任せられること:24時間眠らない警察官

AI警察システムが実現すれば、次のような機能が期待されます。

  1. 防犯カメラの常時監視
    数千台のカメラを同時監視し、不審行動を瞬時に検知。人間では不可能な規模です。
  2. 犯罪予測によるパトロール配置
    過去のデータをもとに「午後3時頃○○駅周辺で置き引きが発生しやすい」と予測し、警察官を効率的に配置。米国などで試みがありましたが、差別懸念から停止された例もあります。
  3. 指名手配犯の自動発見
    空港や駅で顔をスキャンし、データベースと照合。即時発見につながります。

(3)利点と効果

(4)法的・実務的課題

(5)技術と法のスピードギャップ

技術の進歩は早い一方、法律改正には時間がかかります。そのため「技術が先に導入され、法整備が後追い」というなし崩し導入のリスクがあります。さらに、AIの判断根拠が説明できなければ、適正手続の観点で致命的な問題となります。

(6)本章のまとめ

AI警察システムには大きな利点がある一方、憲法上の制約やプライバシー侵害のリスクが避けられません。導入にあたっては、特に次の3点が不可欠です。

人間の関与 重要判断は必ず人間が最終確認する
透明性 誤認率や判断基準を公開し、市民に説明できる形にする
異議申立制度 市民が容易に不服を申し立てられる仕組みを整える

→ 当面は「AI支援」が基本ですが、制度設計と監査体制を前提に「自動処理」へ広がる可能性があります。

3. AI裁判システムの構想と現実

(1)想定される役割:司法の効率化と一貫性

AI裁判官システムが導入されれば、司法制度は大きく変わる可能性があります。

(2)民事と刑事で異なる導入可能性

AI裁判官の導入可能性は、民事と刑事で大きく異なります。

(3)法的論点:司法権の根幹に関わる課題

憲法32条(裁判を受ける権利)との関係
すべての国民は裁判を受ける権利を有します。したがってAI裁判官を導入する場合でも、人間による裁判を選択できるルートを確保することが不可欠です。
司法権の担い手としての適格性(憲法76条)
司法権は裁判所に属し、裁判官は「良心に従ひ独立して」職務を行うと規定されています。良心を持たないAIに司法権を委ねることは、憲法制度と矛盾する可能性があります。ただし、当事者が事前に同意して「AI判決」を選択する仕組みであれば、一定の合憲性を確保できる余地もあります。
裁判の公開原則(憲法82条)
裁判は公開法廷で行わなければなりません。AIの内部処理は不可視であり、判決理由をどのように市民に説明するかが課題です。
前例主義の強化と硬直化
AIは過去の判例を学習するため、時代遅れの価値観を再生産しやすい。社会変化に柔軟に対応できないリスクがあります。

(4)実務上の課題:責任と上訴

誤判責任の整理

(5)上訴制度の設計

AI判決に対して上訴できるのか、上訴審では必ず人間が担当するのか、一審AI判決をどの程度尊重するのか。責任の所在と不可分の課題として、制度設計が不可欠です

(6)導入へのハードル

現時点のAI技術では、定型的で争点が少ない事件への補助にとどまります。条文解釈や証拠の信用性判断、社会的価値観の調整など、高度な判断は依然として人間に依存します。ただし、技術進歩と社会的合意次第では、部分的な自動判決が現実となる可能性も否定できません。

(7)本章のまとめ

AI裁判官の役割 証拠解析の効率化、商事紛争支援、量刑の一貫性確保、軽微事件処理の拡大
法的課題 憲法との関係、前例主義の硬直化
実務課題 誤判責任の所在(民事・刑事・AIの整理)、上訴制度の設計

→ 当面は「支援機能」が中心ですが、技術進歩と社会合意により、将来的には軽微事件や専門分野で「部分的自動判決」が導入される可能性があります。

4. 共通課題 ― 説明可能性・公平性

(1)説明責任:「理由を教えて」に答えられるか

AIは「ブラックボックス」問題を抱えています。なぜその判断に至ったのかを人間が理解できないケースが多いのです。司法・警察分野では特に深刻で、当事者が異議申立や上訴で争えるレベルの理由が求められます。
AIを法の場で使うには、少なくとも次の3条件が必要です。

  1. 読める(可監査性):どのデータをどの設定で使ったかログで追えること
  2. 再現できる(再現性):同じデータと設定なら同じ結果が得られること
  3. やり直せる(反事実説明):どの要素を変えれば結論がどう変わるかを示せること

(2)説明可能性の具体例

例えば、保釈許可判断でAIが「逃亡リスク高」と判定した場合、

  1. 使用した前科・住所・職業などのデータが開示され、
  2. 同条件で再計算可能であり、
  3. 「もし定職があれば結論は変わったか」を示せる必要があります。

(3)偏り(Bias)の問題:無意識の差別の増幅

AIは過去のデータから学習しますが、そのデータ自体に差別や偏見が含まれています。

(4)日本の法制度との関係

日本には包括的な差別禁止法が存在しないため、AIによる差別的取扱いへの対応が困難です。障害者差別解消法のような個別法はありますが、AI利用を前提とした規定はありません。この点で、日本は欧州や米国より制度的に脆弱といえます。

(5)国際的な取り組み事例

中国 司法分野では「智慧法院(スマート裁判所)」でAIによる判決支援等を実用化。警察分野では北京市や深圳市で街頭カメラと顔認証AIを組み合わせた監視システムを運用中。「社会信用システム」との連携も進むが、過剰監視への国際的な批判も強い。
EU 2024年にAI規制法(AI Act)を制定。警察・司法分野でのAI利用を「高リスク」に分類し、2026年以降厳格な規制を適用予定。公共空間でのリアルタイム顔認証は原則禁止(重大犯罪捜査等は例外)、予測的警察活動には透明性確保と人権影響評価を義務付け。
米国 再犯リスク評価AI「COMPAS」の人種バイアス問題を経て、州レベルでAI規制が進行中。連邦レベルでは包括的規制はまだない。
日本 AI利用ガイドラインの策定段階。司法・警察分野の具体的規制は未整備で、包括的な差別禁止法もないため、AIによる差別的取扱いへの対応が課題。

(6)憲法秩序との整合性:民主的統制の確保

(7)本章のまとめ

説明可能性 読める・再現できる・やり直せる仕組みが必須
公平性 データや設計の偏りを監査・補正する制度が不可欠
憲法との整合性 裁判を受ける権利を保障しつつ、警察・司法に応じた民主的統制を設計することが不可欠

→ 技術論だけでなく、制度論・憲法論をクリアにすることがAI導入の前提となります。

5. 段階的導入のシナリオ

AI警察・AI裁判官の導入には多くの課題があります。しかし、技術の進歩と社会的ニーズを考えれば、完全に拒絶することは現実的ではありません。導入は段階的に進み、最終的には一部で完全自動化も視野に入ります。本章では、リスクを抑えつつ導入を進める現実的なシナリオを整理します。

短期(3〜5年):補助ツールとしての活用
警察分野
映像解析による特定人物・車両検索、不審行動検出(最終判断は人間)
交通違反の自動検知(証拠整理までAI、処分判断は人間)
犯罪データ分析による効率的なパトロール提案
司法分野
判例検索や争点整理の自動化(調査業務効率化)
損害計算や定型契約書チェックの下書き作成
調停における複数の和解案提示
制度整備
AIシステムの品質基準と認証制度
AI支援の記録・監査体制
人間による最終判断を担保
 
中期(5〜10年):限定分野での半自動化
警察分野
軽微な交通違反(駐車違反、軽度の速度違反)の自動処理(異議申立があれば人間が再審査)
運転免許更新や許認可更新など、要件が明確な行政手続の自動化
司法分野
少額紛争(例:100万円以下)について、当事者合意があればAI判決(上訴権は保障)
養育費算定や財産分与など、基準が明確な家事調停
「AI調停」の導入
制度整備
半自動処理に関する特別法の制定
刑事の半自動化処理に対する異議申立は48時間以内に人間が再審査上訴制度の整備
AIの定期監査・補償制度の新設
 
長期(10〜30年):専門分野での部分的自動判決
警察分野
犯罪発生予測精度の高度化に基づく、警告や監視強化などの自動発動
組織犯罪や資金フロー解析による高度な捜査支援
司法分野
知的財産訴訟や税務訴訟など、定式化可能な専門分野での自動判決
刑事事件の量刑をAIが全国統一基準で提案し、裁判官が最終判断
実現の前提条件
憲法の解釈変更、または改正
AIの説明可能性の飛躍的向上
社会全体の信頼醸成
サイバーセキュリティの飛躍的向上(AIシステムへの攻撃・改ざん防止)
国民のデジタルリテラシー向上(AIの限界を理解した利用)
国際的な制度調和(条約や協定レベルでの調整、例えばAI判決が海外で執行できるか等)

(1)共通して必要な制度設計

(2)本章のまとめ

短期 補助ツールとして支援機能を導入
中期 限定分野で半自動化を進め、法制度を整備
長期 専門分野で部分的自動判決を導入(憲法・社会合意が前提)

→ どの段階でも「人間による最終審査」と「異議申立制度」の保障が不可欠です。これにより、技術の恩恵を享受しつつ、人権と民主主義の価値を守ることができます。

6. 結論 ― AI時代の司法を考える

ここまで5章にわたり、AI警察・AI裁判官の可能性と課題を検討してきました。技術の発展により、かつてSFに描かれた未来は着実に現実へと近づいています。

(1)AI導入は不可避。しかし「公正・透明・説明可能性」が根幹

司法・警察分野からAIを完全に排除することは現実的ではありません。人員不足、業務効率化、判断の統一といった切実なニーズがある以上、AI活用の流れは止められないでしょう。
ただし、司法と警察は人々の生命・自由・財産を守る社会の根幹です。効率性のために正義や公平を犠牲にすることは許されません。

(2)現実的な導入の姿勢

(3)民主的統制と市民の選択

AIによる権力行使は民主主義の根幹に関わります。

7. 最後の問いかけ

冒頭で「あなたの交通違反を検知するのが人間ではなくAIだったら?」と問いかけました。最後に改めて問います。
「あなたはAIに裁かれたいと思いますか?」
公平で迅速なら構わないと考える人もいれば、やはり人間に裁かれたいと感じる人もいるでしょう。現在は多くの人が後者だと思いますが、重要なのは、この選択を私たち自身が持ち続けることです。気づかぬうちに選択肢がなくなっていた、という事態は避けなければなりません。
AI技術は確実に社会を変えます。しかし、その方向を決めるのは技術者や企業ではなく、私たち市民一人ひとりの判断です。司法と治安という社会の根幹に関わる分野だからこそ、慎重に、しかし前向きに、AIとの向き合い方を考える必要があります。

参考文献・関連情報

1. はじめに:クリプトトレジャリー戦略とは何か

クリプトトレジャリー戦略とは、企業が自社の財務戦略として暗号資産を保有・運用することです。従来の現金や有価証券に代わる、またはそれらを補完する資産として、企業の資産ポートフォリオに暗号資産を組み込みます。
ビットコインのみに特化する場合は「ビットコイントレジャリー戦略」と呼ばれることもありますが、本稿では暗号資産全般を対象とした「クリプトトレジャリー戦略」として統一します。なお、海外では近時「Digital Asset Treasury(DAT)」と呼ばれることも増えています。
近年、この戦略を採用する企業が世界的に増加しています。特に2024年の米国における暗号資産ETF承認は、機関投資家の参入を促し、企業による直接保有戦略への関心も高まりました。日本でも上場企業による暗号資産保有の事例が現れ、投資家の注目を集めています。
本稿では、クリプトトレジャリー戦略の概要と日本法上の論点を整理します。

2. まとめ

結論:現行日本法下でも実行可能
クリプトトレジャリー戦略は、適切な対応により現行の日本法制度下でも実行可能です。主要論点の結論は以下の通りです。

法的論点
暗号資産交換業: 自社保有分の売買は登録不要
・集団投資スキーム: 株式・CB発行による資金調達は該当しない
・ステーキング・レンディング: 自己勘定での運用は規制なし
・適時開示: 重要な取引・方針変更時の開示が必要

会計・税務
・会計: 時価評価が原則(日本基準・IFRS・US GAAPで差異あり)
・税務: 期末時価評価による課税が原則、但し、2024年改正により一定要件下で期末時価評価課税の適用除外が可能
・監査: 監査法人との事前合意が重要

実務上の準備事項
・取締役会レベルでの投資方針決定
・監査法人・税理士との事前協議
・内部統制・リスク管理体制の構築
・投資家向けの情報開示体制整備

投資家視点
・株式としての税務優遇(20.315% vs 暗号資産現物最高55%)や投資手続きの簡便性等のメリット
・法人レベルと個人レベルの二重課税
・事業リスク、運用リスクのデメリット
・暗号資産ETFとは異なる価値(レバレッジ効果、企業価値とのシナジー等)

以下、各論点の詳細を解説します。

3. クリプトトレジャリー戦略の導入事例、考えられる戦略
3.1 導入事例

(1) 世界的な先駆者:マイクロストラテジー

米国のマイクロストラテジー社(現ストラテジー社)は、クリプトトレジャリー戦略の代表的な成功例として知られています。2020年からビットコインの大量購入を開始し、企業価値の大幅な向上を実現しました。

(2) 日本の先駆者:メタプラネット

2024年、日本の上場企業である株式会社メタプラネットが本格的なクリプトトレジャリー戦略を発表しました。これは日本初の本格的な事例として大きな注目を集めました。

(3) 他の日本企業の例:リミックスポイント

株式会社リミックスポイントも、事業との関連性を重視しながら暗号資産保有を行っている企業の一つです。同社の子会社であった株式会社ビットポイントジャパンは暗号資産取引所ビットポイントを保有しており(但し、2022年から2023年にかけてグループ外に同社の株式譲渡)、Web3と親和的な会社です。

主要企業のクリプトトレジャリー戦略比較

企業名 戦略の特徴 保有資産 株価パフォーマンス
マイクロストラテジー 米国 現金の大部分をBTCに転換
「企業版のBTC ETF」
大量のBTC 1年:164%上昇
5年:2,238%上昇
時価総額USD940億
メタプラネット 日本 「財務準備資産」として位置づけな購入実施 大量のBTC 1年:490%上昇
5年:707%上昇
時価総額4,612億円
リミックスポイント 日本 事業シナジーを重視 BTC、ETH、SOL、XRP、DOGE等 1年:120%上昇
5年:274%上昇
時価総額515億円

*株価は2025年9月9日付の調査

3.2 クリプトトレジャリーの戦略例

「クリプトトレジャリー戦略」といえば、マイクロストラテジー社やメタプラネット社のような「全資産暗号資産転換型」を思い浮かべる方が多いでしょう。しかし実際の企業戦略は多岐にわたります。
企業は以下の4つの観点から、自社に適した戦略を選択する必要があります。

(1)保有方針による分類

戦略タイプ 特徴 主なメリット 主な留意点
余剰資金投資型 既存の余剰現金の一部を暗号資産に配分 ・既存事業への影響最小限
・段階的な導入が容易
・投資規模が限定的
・株価への影響も限定的
完全移行型 現金資産の大部分を暗号資産に転換 ・価格上昇の恩恵を最大化
・「ビットコイン銘柄」として明確なポジション
・価格下落リスクが大きい
・運転資金への影響
・ETF導入時のリスク

Web3戦略型

Web3・ブロックチェーン事業との関連性を重視 ・事業戦略との整合性
・投資家への説明がしやすい
・事業の実現可能性
・継続的な事業投資が必要
・Web3領域における専門知識が不可欠

(2)資金調達方法

調達方法 特徴 メリット 留意点
余剰資金活用型 既存の現金、預金を原資として購入 ・追加調達不要
・希薄化影響なし
・迅速に実行可能
・投資規模に限界
・既存事業資金への影響要検討
新株発行型 新株発行により資金調達して購入 ・大規模投資が可能
・負債増加を回避
・成長投資アピール
・株式の希薄化
・株主総会の承認が必要な場合あり
・市場環境に左右
転換社債発行型 CB発行により資金調達して購入 ・低金利での調達
・転換時まで希薄化抑制
・レバレッジ効果
・金利負担発生
・転換条件の設定
・信用格付けへの影響

(3)投資対象による分類

投資対象 特徴 メリット リスク・留意点
ビットコイン専用 BTC単一銘柄への集中投資 ・最も流動性が高く安定
・「デジタル・ゴールド」
・投資家説明が容易
・単一銘柄集中リスク
・分散効果なし
・他通貨成長機会の逸失
銘柄分散型 BTC、ETH、アルトコイン等への分散投資 ・適度な分散効果
・ステーキング収益も獲得
・市場全体成長を取込み
・個別銘柄リスクは存在
・管理の複雑化
・税務計算の煩雑化
アルトコイン重視型 新興、小型コインへの積極投資 ・高成長の可能性
・先行者利益の獲得
・イノベーション領域投資
・極めて高いボラティリティ
・流動性リスク高
・投資家理解の困難性

(4)運用方法による分類

運用方法 特徴 メリット リスク・留意点
HODL(長期保有) 暗号資産を長期保有し続ける ・単純な運用方法
・価格変動に左右されない
・税制優遇の可能性(→5章参照)
・価格下落時の損失拡大
・機会損失の可能性
・流動性の確保
ステーキング活用 ETH等をステーキングして追加収益獲得 ・継続的収益
・年利数%の追加リターン
・ネットワーク貢献
・技術的リスク
・スラッシングリスク
・アンボンディング期間
レンディング活用 第三者への貸出で利息収入獲得 ・高い利率での運用
・価格上昇と利息の両獲得
・流動性調整可能
・貸出先の信用リスク
・市場流動性リスク
・規制変更リスク

企業はこれらの要素を組み合わせて、自社の事業内容、財務状況、リスク許容度に応じた最適な戦略を構築することになります。
なお、当職らがアドバイザーや関係者と話す限り、現在検討中の会社の場合、先行事例との差異を設けるためか、単なるHODLではなく、本業との繋がりをも生かしたトレジャリー戦略を模索する企業が多いようにも思われます。他方、必ずしも本業とWeb3との関係が強くない企業がクリプトトレジャリー戦略を採用する場合でも、ステーキングやレンディングによるストック収入を組み合わせる収益モデルとして株主等のステークホルダーに説明を行おうとする例もあるようです。

4. 日本法上の論点

クリプトトレジャリー戦略を日本で実施する際の主要な法的論点を整理します。結論として、適切な対応により現行法下でも戦略実施は十分可能です。

4.1 暗号資産交換業登録(結論:登録不要)

基本原則 企業が自社の財務戦略として暗号資産を取得・保有する行為は、資金決済法上の「暗号資産交換業」に該当せず、登録は不要です。
法的根拠 資金決済法第2条第15項によれば、暗号資産交換業とは以下の行為を「業として」行うことです:

該当しない理由 企業による自社ポートフォリオ投資としての暗号資産売買は「業として」行う行為に該当しないと解釈されています5。また、自社保有は「他人のための管理」ではありません。

株式等による資金調達について
株式や転換社債等による資金調達を行い、その資金で暗号資産を購入する行為についても、現時点では暗号資産交換業には該当しないと整理されています。形式的には「株主から資金を集め暗号資産を取得する」ため、実質的に株主に対して暗号資産売買サービスを提供していると評価し得る余地はありますが、現行実務においてはそのような解釈は採用されていません。

4.2 集団投資スキーム規制(結論:該当しない)

基本的な考え方 企業が新株発行や転換社債発行で調達した資金による暗号資産投資は、金商法第2条第2項第5号の「集団投資スキーム」に該当しません。
法的根拠 金商法の条文構造上、株式や転換社債は第2条第1項第5号や第9号で独立した「有価証券」として規制されており、第2項第5号の集団投資スキーム(ファンド規制)とは別体系です。

具体的理由

留意すべきケース 暗号資産投資専用の別会社(SPC等)を設立して匿名組合出資等を募る場合は、集団投資スキーム該当性の慎重な検討が必要です。

4.3 ステーキング・レンディング(結論:自己勘定なら規制なし)

ステーキングについて 企業が自己保有資産、自己勘定で行うステーキングは、通常、ファンド(集団投資スキーム)や暗号資産カストディには該当せず、特段の規制なく実施可能です。
レンディングについて 日本では金銭貸付は貸金業法で規制されますが、暗号資産レンディングに特段の規制はありません。自己保有の暗号資産をレンディングで運用することは、自己勘定であれば自由です。

4.4 投資顧問業との関係(結論:現物は対象外)

現物暗号資産への助言 現物暗号資産は金商法上の「有価証券」ではないため、投資助言・代理業(金商法第28条第3項)の対象外です。一般的なコンサルティングサービスとして整理できます。
注意が必要なケース 暗号資産デリバティブ(先物、パーペチュアル等)への継続的・具体的助言や裁量運用は、投資助言・代理業の登録が必要となる場合があります。
実務的対応 外部アドバイザーとしてデリバティブを含む助言を行う場合は、契約目的を「戦略設計・リスク分析支援」に限定し、具体的な投資判断の助言は避けることが推奨されます。

4.5 上場ルールと適時開示(結論:制限なし、開示必要、資金調達の方法に留意)

上場ルール 東証の上場ルールにおいて、暗号資産保有を直接禁止する規定はありません。適法な投資行為として、他の投資商品と同様の扱いを受けると考えられます。

適時開示が必要なケース


開示内容のポイント 暗号資産への投資が大規模な場合、以下の内容を含める必要があると考えられます:

企業は適切な法務体制を構築し、コンプライアンスを確保しながら戦略を実行することが重要です。

資金調達 クリプトトレジャリー会社の中には大規模な資金調達を行う会社があります。この場合、東証の300%ルール(株式価値の希薄化率が300%を超える第三者割当の場合、「株主および投資家の利害を侵害するおそれが少ないと取引所が認める場合を除き、上場廃止とする」とするルール、東証有価証券上場規程第601条第1項第15号、施行規則第601条第12項第6号)に配慮する必要があります6

また、25%ルールと呼ばれる規定(上場規程第432条、施行規則第435条の2)にも留意が必要です。これは、第三者割当増資によって発行済株式総数の25%を超える株式が新たに発行される場合、株主総会の特別決議又は独立した第三者による必要性・相当性の意見の取得を必要とするものです。投資家の持分比率が大きく変動するため、少数株主保護の観点から厳格な手続きが要求されています。

5. 会計・税務

クリプトトレジャリー戦略実施時の会計・税務対応は極めて重要です。特に上場企業は、投資家・監査法人への説明責任を果たしつつ、税務リスクを適切に管理する必要があります。

5.1 会計処理(日本基準・IFRS・US GAAP)

日本基準(JGAAP) 実務対応報告第38号により、活発な市場が存在する暗号資産は期末に市場価格で評価し、評価差額を損益に計上します。活発な市場がない場合は取得原価評価となります。
貸借対照表の表示区分は保有目的と流動性で判断されます。独立掲記する場合には「暗号資産」等として表示しますが、重要性が乏しい場合には無形固定資産やその他資産等に含めて表示します。損益計算書上の区分は事業の目的や実態に応じて判断されます。いずれも監査法人との協議と合意が求められます。

IFRS採用企業 多くの場合IAS38の無形資産でコストモデル+減損(IAS36)が採用されますが、活発な市場がある場合は再評価モデルも選択可能です。この場合、上方再評価は、OCI(その他包括利益)に計上(過去の減損の戻入に相当する部分は損益)されるため、原則として損益計算書に計上されません。
ただし日本の法人税は期末時価評価で算定されるため、IFRS採用でも税務申告上の調整が必要となり、会計と税務の乖離が生じます。

US GAAP採用企業 マイクロストラテジー等の米国企業は、ASU 2023-08を適用し、取得原価で計上後、期末ごとに公正価値へ時価評価し、評価差額を損益に計上します。IFRSと異なり、OCI(その他包括利益)ではなく常にP/L通過することになります。

5.2 法人税の取扱い

期末時価評価による課税(原則) 国税庁Q&Aによれば、「活発な市場が存在する暗号資産」は期末に時価評価し、評価差額を益金又は損金に算入します。
以下の場合でも評価対象となります:

移転制限による期末時価評価課税回避(例外) 2024年4月改正により、一定要件を満たせば期末時価評価課税の適用除外が可能になりました。

要件:

効果: 税務上は取得原価で評価継続でき、売却時に初めて課税されます。未実現益課税が回避でき、キャッシュフロー安定化に寄与します。

留意点:

ETFとの税務構造比較 なお、ETFはパススルー課税により二重課税が避けられる一方、企業の暗号資産投資では法人段階での課税後、株主が配当・売却益で再度課税される二重課税構造となります。この点は6章で詳述するETFとの重要な相違点の一つです。

5.3 監査・内部統制

監査法人との事前合意が重要 暗号資産監査の最重要論点は「実在性」確認です。監査によって財務数値の事後的・第三者的検証が可能と判断されるためには、業務やシステムの設計に影響します。監査法人と密な協議を行い監査可能であることの事前の合意が求められます。実務的な監査論点の一例は以下の通りです:

内部統制の整備 監査の前提としても重要視されるのが内部統制であり、暗号資産特有のリスクを識別し業務上適切な対応がとられる必要があります。内部統制は、社内規程で適切な粒度でルール化した上で、業務フローや業務記述書等を使って具体的に文書化される必要があります。外部の信頼できる保管・記録機関が整備されている従来の金融資産とは異なり、自ら厳格な管理体制を構築することが求められます:

暗号資産に精通した会計士・税理士との連携体制を構築し、定期的な相談・確認を行うことが重要です。

6. ETFとの比較と企業の市場ポジション

日本では暗号資産ETFは未承認ですが、将来承認された場合の企業戦略や市場ポジションへの影響を整理します。

6.1 米国における状況

2024年1月に米国でビットコインETFが承認されましたが、既存のクリプトトレジャリー企業の株価は引き続きプレミアムを維持しており、両者が投資家や市場に異なる価値を提供していると考えられています。

6.2 構造的な相違点

項目 ETF クリプトトレジャリー会社
レバレッジ 基本は現物保有のみ 転換社債・新株発行等でレバレッジ可能
運用戦略 指数連動のパッシブ運用 銘柄配分調整、ステーキング等の裁量あり
付加価値
価格トラッキング、低コスト 本業収益、Web3事業とのシナジー
税務構造 パススルー課税(投資家側でのみ課税) 法人税+投資家課税(二重課税構造)

6.3 企業の市場ポジショニング戦略

現状の日本市場 ETF不在のため、クリプトトレジャリー会社が「事実上のETF代替」として機能し、この特殊な市場環境が株価プレミアムの一因となっています。
ETF導入後の予想される影響 メタプラネット社は公式見解として「ETFは競合ではなく需要拡大要因」との立場を示し、「ETFがパッシブ連動する一方、トレジャリー会社は資本市場活用により1株当たりビットコイン保有量を増加させる戦略が可能」と説明しています。(参考:メタプラネット社FAQ https://metaplanet.jp/jp/shareholders/faqs)
米国ではETF導入後もプレミアムが維持されていますが、実際の日本での市場反応は投資家構造や市場環境に左右されるため、米国と同様の結果となるかは不透明です。

企業の対応戦略

【コラム:投資家にとってのクリプトトレジャリー会社投資のメリット】

個人投資家がクリプトトレジャリー会社に投資することで得られる主なメリット、デメリットを参考情報として整理します。
税務上の優遇(個人投資家)
・株式投資として20.315%の申告分離課税が適用
・暗号資産の直接取引(総合課税、最高55%)と比較して大幅な低税率
・源泉徴収ありの特定口座での簡便な税務処理
投資手続きの簡便性
・暗号資産取引所への口座開設・本人確認手続き不要
・既存の証券口座から投資可能
・NISA対象となる可能性
制度的制約の回避
・暗号資産直接投資が制限されている機関投資家・年金基金等も投資可能
・社内規定で暗号資産投資が禁止されている企業の従業員も参加可能
主なデメリット・留意点
・二重課税構造: 法人レベルでの課税後、配当・売却益で個人レベルでも課税
・複合的リスク: 暗号資産価格変動リスクに加え、企業固有の事業リスクも存在
・プレミアムリスク: 株価に含まれるプレミアムが正当化されるか不透明
・ETF導入の影響: 将来のETF承認による影響が不透明

このため、クリプトトレジャリー企業は「事実上の暗号資産ETF」として一定の投資家需要を得やすい環境にある一方、投資判断には慎重な検討が必要です

7. 結語

クリプトトレジャリー戦略は、ETFとは異なるレバレッジ効果や企業価値とのシナジーを持ち、独自の投資対象としての地位を確立しつつあります。現行の日本法制度下において適切な対応により実行可能な財務戦略です。
法的論点については暗号資産交換業登録は不要であり、集団投資スキームにも該当せず、ステーキング・レンディングも自己勘定であれば規制はありません。
会計・税務面では時価評価による業績への直接的影響や期末時価評価課税といった特有の論点があるものの、2024年税制改正による移転制限制度の活用等により一定の対応が可能です。
ただし、日本企業がクリプトトレジャリー戦略を持続的に実行するためには、法的クリアランスの確認だけでは不十分です。会計・税務・IR体制を包括的に整備し、監査法人との事前合意、適切なリスク管理体制の構築、投資家への継続的な情報開示等を通じて、ステークホルダーからの理解と信頼を得ることが成功の鍵となります。
企業による暗号資産への関与は今後も拡大が見込まれる中、本稿が戦略検討の一助となれば幸いです。

謝辞
本Blogについては、Animoca Brands株式会社天羽健介氏、公認会計士柚⽊庸輔氏、齊藤洸氏よりご助言をいただきました。但し、ありうべき誤りは全て筆者らに帰します。

留保事項
・本書の内容は関係当局の確認を経たものではなく、法令上、合理的に考えられる議論を記載したものにすぎません。また、筆者の現状の考えに過ぎず、筆者の考えにも変更がありえます。
・本稿は、クリプトトレジャリー戦略の利用やクリプトトレジャリー戦略企業への投資を推奨するものではありません。
・本書はBlog用に纏めたものに過ぎません。具体的案件の法律、会計、税務等のアドバイスが必要な場合には各人の弁護士、会計士、税理士にご相談下さい。