「宇宙で子どもが生まれたら、その子の国籍は?軌道エレベーターで殺人事件が起きたら、誰が裁く?スペースコロニーで労働争議が起きたら、適用される労働法は?」
一見するとSFの話のようですが、実は私たちのすぐ近くにある「未来の現実」かもしれません。
私は現在大阪・関西万博に繰り返し足を運んでいます。
前回は石黒浩教授のアンドロイド展示からインスピレーションを受け「アンドロイドになった『私』は同一人物か?」[https://innovationlaw.jp/android-law/]というブログを書きました。
そして、今回訪れたのがガンダムパビリオンhttps://www.expo2025.or.jp/domestic-pv/bandai-namco/です。ガンダムといえば、モビルスーツによる戦争と人類の宇宙進出を描いたSFアニメの金字塔ですが、万博パビリオンでは、モビルスーツが建設や農業、宇宙ゴミの回収などに使われる平和な未来が描かれています。観客はエリア7(ガンダム用語で地球のこと)の夢洲から軌道エレベーターに乗って、スペースコロニーへ向かう仮想体験をします。
その体験をしながら、こんなことを考えていました。
「これ、展示だと短時間で宇宙に着くけど、現実なら何日もかかるよね。その間に何かが起きたら、どこの法律が適用されるんだろう?
そもそも、軌道エレベーターって乗り物なの?建物なの?
ガンダムの世界ではスペースコロニーが地球から独立してるけど、地上とつながってる場合はどこの領土になるんだろう?」
前回のブログでは「人間の境界」が曖昧になる未来について、法がどうあるべきかを問いかけました。今回は「空間の境界」が曖昧になる未来、すなわち宇宙において、どこの国が、誰に、どう届くのかをめぐって、法的な視点から思考実験を試みたいと思います。
図1 軌道エレベーターとスペースコロニー(AI作成イメージ)

軌道エレベーターで出産が起きたとします。陣痛が始まったのは地上から1万キロの地点。赤ちゃんが生まれたのは2万キロの地点でした。
この子の国籍を決める前に、まず考えなければならないのは「そもそも、そのエレベーターはどこに建っているのか?」という問題です。
実は、軌道エレベーターには意外な物理的制約があります。静止軌道の関係で、赤道直下にしか建設できないのです。つまり、日本のような場所では物理的に建設不可能。エクアドル、ケニア、インドネシア、ブラジル、コンゴなどの赤道直下の国でなければ建設できません(この点はパビリオンでも説明されます)。
ここで面白い(そして複雑な)構造が生まれます。
軌道エレベーターを建設する技術と資金を持っているのは、主にアメリカ、ヨーロッパ諸国、中国、そして日本だと思われます。しかし、物理的に建設できる場所を持っているのは、赤道直下の国々。つまり、「技術を持つ国」と「土地を提供する国」が必然的に分離してしまうのです。
冒頭の出産の例に戻ると、もしアメリカがエクアドルに軌道エレベーターを建設していた場合:
これは単純に「どちらかの国籍」では解決できない複雑さを孕んでいます。
表1:軌道エレベーターの構造と管轄の境界

軌道エレベーターは単なる輸送設備ではありません。地球と宇宙を結ぶ唯一の「玄関口」として、政治・経済・安全保障上の極めて重要な戦略インフラとなります。
地球と宇宙の物流・通信がこの一点に集中するため、エレベーターを管理する国は宇宙経済において圧倒的な優位性を持つことになります。また、宇宙空間での活動を事実上コントロールできる立場に立つのです。
こうした状況は、現実の宇宙開発においても「軌道上からの優位性」という深刻な国際問題を引き起こす可能性があります。
では、地理的に建設できる赤道国と、技術を持つ先進国がどう協力するべきか。よく引き合いに出されるのが、20世紀初頭にアメリカがパナマに建設したパナマ運河の事例です。
当時、アメリカはパナマから99年間、運河地帯を租借し、実質的な主権と軍事的管理権を持ちました。軌道エレベーターでも、「土地と空間を長期間借りる形(租借)」で建設・運用するというモデルが想定されます。
ただし、軌道エレベーターは単なる地上施設ではありません。地表から35,000kmの宇宙空間までを貫通する構造です。単なる地上の借地契約では済まず、領空・未定義上空・宇宙空間の利用を含めた契約が必要になります。おそらく史上最も縦に長い法的取り決めが生まれることでしょう。
現在、軌道エレベーターの法的研究では、いくつかの代替案も検討されています。
日本宇宙エレベーター協会などは「赤道直下の海上に建設する」ことで領土問題を回避する案を提示していますが、海洋法は上空利用を想定しておらず、新たな法的課題を生みます。
また、日本の航空宇宙学会などからは「複数国による国際コンソーシアム形式での建設・運営」が提案されています。国際宇宙ステーションのような多国間の制度設計によって、単独国家の独占を避けながら宇宙インフラを運営するモデルです。
いずれにせよ、軌道エレベーターは「どこに建てられるか」という物理的制約が、「誰とどう法的に協力するか」を決定づける構造を持っています。技術の制約そのものが、新たな国際制度設計を促しているのです。 次章では、このエレベーターが通る「空間そのもの」——すなわち、領空・宇宙空間・その間の未定義領域で、どのような法的問題が生じるかを掘り下げていきます。
軌道エレベーターで殺人事件が発生しました。容疑者は逮捕されましたが、事件が起きたのは地上から1万キロの地点。ここで問題になるのは「その場所は、そもそもどこの国の法律が適用される空間なのか?」ということです。
実は、この問いに対する明確な答えは存在しません。なぜなら、軌道エレベーターは「どこからどこまでが誰の主権か分からない空間」を35,000kmにわたって貫通する構造だからです。
軌道エレベーターの特殊性は、大陸横断鉄道と似ています。鉄道が国境を越えるたびに適用される法律が変わるように、軌道エレベーターも高度を上がるにつれて法域が変わっていくのです。
ただし決定的な違いがあります。鉄道なら国境という「線」で法律が切り替わりますが、軌道エレベーターの場合、どこからどこまでがどの国の法律なのか、その境界線自体が曖昧なのです。
飛行機であれば1つの国の法律が適用される。これに対し、一本の構造物でありながら、地上→領空→宇宙空間と、垂直移動に伴って法的な世界が段階的に変わっていく——これまでにない極めて特異な存在なのです。
まず驚くべき事実から。国家の「領空」がどこまで及ぶのかは、実は国際法で明確に決まっていません。
確実に主権が及ぶのは、旅客機が飛ぶ高度──おおよそ10〜12km程度まで。それより上空の成層圏や中間圏(12〜100km)については、「たぶん領空だろう」という曖昧な状態です。
1967年の宇宙条約では「宇宙空間に主権は及ばない」と定められています。しかし、ここにも問題があります。
そもそも「どこからが宇宙空間」なのかが決まっていないのです。
この曖昧さが、軌道エレベーターのような「地上と宇宙を連続的に結ぶ構造物」には致命的な問題となります。
軌道エレベーターは一本の連続した構造物です。しかし、それが通過する空間は:
表2:宇宙空間における法律の適用範囲(概念図)
| 高度帯 | 法的性質 | 現行法で適用される可能性のある法律 |
| 地表〜12km | 確実な領空 | 建設地国の刑法・民法 |
| 12km〜50km | 実質的領空 | 建設地国の法律(推定) |
| 50km〜100km | 未定義空間 | 不明 |
| 100km以上 | 宇宙空間 | 宇宙条約+施設の登録国の法律 |
となります。冒頭の殺人事件の例では、1万キロ地点は明らかに宇宙空間なので、そのエレベーターを「登録」した国の法律が適用される可能性が高いでしょう。しかし、100km地点なら?これはまさに「法の空白地帯」での犯罪となってしまいます。
現実的には、軌道エレベーターを高度別に「ここからここまではA国法、ここからはB国法」と切り分けて管理することは不可能です。
構造物全体を統一的にどの法的枠組みで扱うかが、軌道エレベーター建設における最大の法的課題の一つです。単独国による管理か、多国籍企業による運営か、それとも国際機関による統治か——その選択によって、宇宙への「法的な入り口」の性格が決まることになるでしょう。
次章では、この軌道エレベーターの先にあるスペースコロニーで、より複雑な法的問題が生じることを見ていきます。
スペースコロニーの外壁建設に従事するモビルスーツパイロットたちが、宇宙空間での危険作業に対する特別手当の支給を求めてストライキを起こしました。
彼らの要求は正当なものです。宇宙空間での建設作業は、地上の何倍もの危険を伴います。しかし、ここで問題になるのは「この労働争議はどこの国の労働法で解決されるべきか?」ということです。
実は、この問いに答えるためには「そのスペースコロニーがどこの『国籍』を持っているか」を知る必要があります。しかし、宇宙施設の国籍を決める現行制度は、将来のスペースコロニーにはとても対応できない複雑さを抱えているのです。
現在の宇宙法では「登録国主義」というルールがあります。宇宙に打ち上げられた人工物(衛星、宇宙船、宇宙ステーション)は、それを打ち上げた国または打ち上げを委託された国が「登録国」となり、その国が管轄権と責任を持つことになっています。
国際宇宙ステーション(ISS)では、この原則が比較的うまく機能しています。日本の実験棟「きぼう」では日本法が、ロシアのモジュールではロシア法が適用される「区画主義」です。
しかし将来のスペースコロニーは、各国がモジュールを持ち寄る研究施設ではありません。一つの大きな「宇宙都市」として、住宅、商業施設、病院、学校、工場などが一体化された社会インフラです。従来の「打ち上げ国=登録国」というシンプルなルールでは対応不可能なのです。
スペースコロニーの建設・運営は極めて複雑な国際体制になることが予想されます。
例えば、資金提供は欧州宇宙機関・NASA・JAXA・民間投資ファンドの合弁、建設はSpaceX(米)・三菱重工(日)・Airbus(欧)の共同事業、部材の打ち上げは各国のロケットを使い分け、最終的な組み立ては軌道上で無人自動で行う——といった具合です。
この場合、冒頭のモビルスーツパイロットのストライキはどう扱われるのでしょうか?
どれが正解かわからない——これが現実になりうる問題なのです。
軌道エレベーターでスペースコロニーが地上と物理的に接続されている場合、問題はより複雑になります。
従来の宇宙施設は宇宙空間に「浮かんでいる」ものでした。しかし地上と繋がったコロニーは「地上施設の延長」とも見なせます。エクアドルから延びる軌道エレベーターに接続されたコロニーで労働争議が起きた場合、登録国の法律か、接続地国の法律か、それとも特別な国際協約か ──選択肢が複数生まれてしまいます。
もし数万人がスペースコロニーで生活し、そこで子どもが生まれ、教育を受け、働き、結婚し、老いていくとしたら?
彼らの「国籍」はどうなるのでしょうか?
ガンダムでは、宇宙生まれの「スペースノイド」と地球生まれの「アースノイド」という区分が描かれていました。フィクションですが、実際にコロニーで生まれ育った人々の市民権・参政権・社会保障をどう扱うかは、現実的な制度設計の課題となるでしょう。
宇宙労働者の権利を誰が守るのか?この問いは、やがて「宇宙市民の権利を誰が守るのか?」という、より根本的な問題へと発展していくのです。
【コラム:コロニーが攻撃されたら誰が守るのか?】 |
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スペースコロニーの法的地位を考える上で避けられないのが、軍事・安全保障の問題です。 現行制度では: 制度設計が必要 |
【コラム:AIパイロットに人権はあるか?(思考コラム)】 |
| 万博ガンダム館では、ある有名パイロットの思考や人格を再現したAIが登場します。絶体絶命のシーンで現れたモビルスーツが、AIパイロットにより観客を救い出すのです。ここで一つ問いかけてみたいと思います──このAIに、人格や人権はあるのでしょうか? AIは、過去の発言や行動から学習し、“その人らしい”ふるまいを模倣します。しかし、それは本人ではなく、あくまで“らしさ”を再現したソフトウェアです。 現在の法制度では、AIに人格権や人権は認められていません。責任主体にもならず、あくまで所有物として扱われています。 しかし将来、自己認識や判断能力を備えたAIが登場し、たとえば宇宙空間で人命救助を行い、「自己犠牲」を選ぶような存在となったとき──私たちはそれを、依然として“ただの道具”と呼べるのでしょうか? AIパイロットは、放射線や真空といった過酷な環境でも活動でき、人間以上に重要なパートナーになる可能性があります。 そのAIが、誰かを救い、誰かを選び、自らを犠牲にしたとしたら── それはただの機械か、それとも「誰か」なのか。 未来の法と倫理は、いずれこの問いから目を背けることができなくなるのかもしれません。 |
万博のガンダム館で見た未来の宇宙インフラは、決してSFではありません。軌道エレベーターは2050年代の実現が予想され、宇宙コロニーも今世紀中には現実となる可能性があります。
しかし、1967年の宇宙条約は、軌道エレベーターも宇宙コロニーも条約制定者の想像の範囲外でした。物理的制約による地政学的不平等、主権の及ぶ範囲の曖昧さ、複雑な責任関係 ──これらはすべて、技術進歩が既存の法制度を追い越した結果です。
日本が宇宙開発における法的ルール作りをリードするためにも、万博で見た未来が現実になる前に、法的な準備を整える時が来ているのです。
2024年5月15日に、金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律(令和6年法律第32号、以下「改正法」といいます。)が成立し、同年同月22日に公布されましたが、以下の3点に係る改正について、2025年5月1日から施行されました。
①投資運用関係業務受託業に関する規定の整備
②投資運用業に関する規定の整備
③非上場有価証券特例仲介等業務に関する規定の整備
これらは、我が国資本市場の活性化に向けて資産運用の高度化・多様化を図る、具体的には、投資運用業の新規参入を促進し、またスタートアップ等が発行する非上場有価証券の仲介業務への新規参入を促進し、非上場有価証券の流通を活性化させること等を目指したもので、投資運用業登録要件を緩和する規定の整備、またスタートアップ企業等の非上場企業の株式のセカンダリー取引等を活性化するため、非上場有価証券の取引の仲介業務に特化する等一定の要件を充足する場合は、第一種金融商品取引業の登録等要件等を緩和する等、非上場有価証券特例仲介等業務に関する規定の整備が行われました。
(1)では、①投資運用関係業務受託業に関する規定の整備、②投資運用業に関する規定の整備について概説します。
(1) 総論
2でご紹介する投資運用業の登録に関する人的体制整備の要件の緩和に伴い、投資家保護を軽視する事業者が委託を受けることがないよう(「金融審議会 市場制度ワーキング・グループ・資産運用に関するタスクフォース報告書」(以下「資産運用TF報告書」といいます。)6頁)、今回の改正で、投資運用関係業務受託業の登録制度が創設されました。
「投資運用関係業務受託業」とは、金融商品取引法(昭和23年法律第25号、その後の改正を含む。以下「金商法」といいます。)の規定により投資運用業、適格機関投資家等特例業務(自己運用に限ります。)及び海外投資家等特例業務(自己運用に限ります。)(以下、総称して「投資運用業等」といいます。)を行うことができる者の委託を受けて、当該委託をした者のために以下の業務(金商法第2条第43項。以下「投資運用関係業務」といいます。)のいずれかを業として行うことをいい(金商法第2条第44項)、投資運用関係業務受託業を行う者のうち、内閣総理大臣の登録を受けた者を「投資運用関係業務受託業者」としています(金商法第2条第45項、第66条の71)。
投資運用関係業務受託業は登録を受けなくても行うことは可能ですが、2でご紹介するように、投資運用関係業務受託業者に投資運用関係業務を委託した場合に限り、投資運用業の登録要件が緩和されますので、人的体制整備に係る登録要件の緩和の適用を受けることを前提に投資運用業に参入しようとする事業者から投資運用関係業務を受託するためには、投資運用関係業務受託業の登録が必要となります。
(2) 登録
投資運用関係業務受託業者としての登録を受けようとする場合、以下の①の事項を記載した登録申請書を、以下の②の書類を添付して、提出する必要があります(金商法第66条の72、金融商品取引業等に関する内閣府令(平成19年内閣府令第52号、その後の改正を含み、以下「業府令」といいます。)第348条から第350条)
①登録申請書記載事項
②添付書類
(i)法人・個人共通の添付書類
(ii) 法人の場合の添付書類
(iii) 個人の場合の添付書類
金商法第66条の74各号に定める登録拒否事由に該当する場合、又は登録申請書若しくはその添付書類に虚偽の記載若しくは記録があり、若しくは重要な事実の記載若しくは記録が欠けている場合には、投資運用関係業務受託業者の登録は拒否されます(金商法第66条の74)。業務の種別以外の登録申請書の記載事項(上記の①)に変更が生じた場合は、その日から2週間以内に届出が必要であり(金商法第66条の75第1項)、業務の種別を変更しようとする場合は、変更登録を受ける必要があります(同条第4項)。また、登録申請の添付書類として提出した業務方法書に記載した業務の内容又は方法に変更があった場合も、遅滞なく届出を行うことが必要となっています(同条第3項)。以下の各事由に該当する場合には30日以内に届出を行う必要があり、かつ、投資運用関係業務受託業者の登録は効力を失います(金商法第66条の83)。
(i) 法人・個人共通の届出事由
(ii) 法人の場合の届出事由
(iii) 個人の場合の届出事由
(3) 行為規制
投資家保護や業務の質の確保の観点から(資産運用TF報告書6頁)、投資運用関係業務受託業者には以下のような行為規制が課されています。
投資運用関係業務受託業を適確に遂行するための業務管理体制として、以下の事項の整備が求められています(業府令第358条)。なお、各事項に関する留意点は投資運用関係業務受託業者向けの監督指針III-2-1に定められています。
投資運用関係業務受託業者は、以下の記録を作成し、当該記録を作成日((ii)については業務終了日)から10年間保存する必要があります(業府令第360条)。
(i)当該投資運用関係業務受託業者が行った投資運用関係業務に関する以下の(a)から(c)に掲げる事項に係る記録
(ii)その委託を受ける投資運用関係業務に係る契約に関する記録
また、投資運用関係業務受託業者は、事業年度経過後3か月以内に事業報告書を提出する必要があります(金商法第66条の82)。
(1) 投資運用業の登録要件の緩和
投資運用業を行うためには、原則として「投資運用業」の登録が必要ですが、当該登録を行うためには最低資本金や人的体制の整備等の厳しい要件を満たすことが必要とされており、投資運用業への参入の障壁となっていました。そこで、我が国の経済成長と国民の資産所得の増加に繋げていく観点から、投資運用業者の参入を促進するため、以下の2点について、投資運用業の登録要件が緩和されることになりました。
(i) 人的体制の整備の緩和
従来、投資運用業の登録を行うためには、法令遵守等に関する業務を担う人材(いわゆるコンプライアンスオフィサー)を自社で採用する必要があり(適格投資家向け投資運用業を除き、外部委託は不可とされていました。)、かかる人材の確保が投資運用業の登録にあたり実務上負担となっていました。
そこで、今回の改正では、投資運用業者による当該業務等の外部委託が可能とされました。具体的には、金商法に基づき投資運用関係業務受託業者としての登録を受けた事業者に対し、投資運用関係業務を委託する場合には、当該業務を担う人材を自社で確保することを要せず、当該業務の監督を適切に行う能力を有する役員又は使用人を確保すれば足りることとして(金商法第29条の4第1項第1号の2)、人的体制整備の要件が緩和されました。
「当該業務の監督を適切に行う能力を有する者」とは、投資運用関係業務受託業者に委託する投資運用関係業務の内容を理解し把握するとともに、当該投資運用関係業務受託業者に対して適確に指示を行う能力がある者をいい、当該投資運用関係業務を直接遂行するにあたって必要な知識及び経験並びに過去に投資運用業に関する業務に従事していた経験は問わないとされています(金商業者向け監督指針VI-3-1-1(1)①ニ)。具体的にどのような経験があればこれに該当するといえるのかは明確ではなく、今後の運用が注目されます。投資運用関係業務を委託する場合、登録申請書にその旨並びに委託先の商号、名称又は氏名及び当該委託先に委託する投資運用関係業務の内容、並びに(登録を受けた投資運用関係業務受託業者に委託する場合は)投資運用関係業務の監督を適切に行う能力を有する役員又は使用人を確保する旨及び当該役員又は使用人の氏名又は名称を記載することが必要になります(金商法第29条の2第1項第12号、金融商品取引業等に関する内閣府令第6条の6)。なお、施行の際に現に投資運用関係業務を委託している金融商品取引業者については、施行日に変更があったものとみなして、施行日から6か月以内に変更届を行う必要があります(改正法附則第8条第1項)。
なお、上述のとおり、投資運用関係業務受託業者としての登録は任意で、登録を行わなくても投資運用関係業務を行うことは可能ですが、投資運用業の登録要件が緩和されるのは、投資運用関係業務受託業者としての登録を受けた事業者に投資運用関係業務を委託した場合に限定されていますので、実際には、投資運用関係業務受託業者としての登録を受けた事業者に委託が行われることが多くなるのではないかと推測されます。
(ii) 最低資本金及び純財産額要件の緩和
原則として、投資運用業(適格機関投資家向け投資運用業を除きます。)の登録を行うためには、資本金額及び純財産額が5000万円以上であることが必要とされていますが、今回の改正に伴い、顧客から金銭又は有価証券の預託を受けず、かつ、自己と密接な関係を有する者[1]にもかかる預託をさせない場合には、最低資本金及び最低純財産の額が1000万円以上に緩和されました(金商法第29条の4第1項第4号イ及び第5号ロ、金融商品取引法施行令(昭和40年政令第321号、その後の改正を含みます。以下「金商法施行令」といいます。)第15条の7第1項第4号及び第15条の9第1項)。また、その前提として、登録申請書に、金銭又は有価証券の預託の有無を記載することになりました(金商法第29条の2第1項第5号の2)。
顧客から金銭又は有価証券の預託を受けないこととは、投資運用業に関して現に顧客から預託を受けず、今後も預託を受ける意思がない場合が想定されています(金融庁「コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」(令和7年3月28日)(以下「パブコメ回答」といいます。)No.22)。
なお、顧客から金銭又は有価証券の預託を受けない既存の金融商品取引業者が、かかる例外の適用を受けるためには、施行日から6か月以内に変更登録の申請を行う必要があります(改正法附則第7条)。
(2) 運用権限の全部委託の許容
従来、投資運用業者は、すべての運用財産につき、その運用に係る権限の全部を委託することが禁止されていました(改正前の金商法第42条の3第2項)。しかしながら、欧米では運用の企画・立案をする事業者がファンドの運営機能に特化し、運用(投資実行)を全部委託する形態が一般的になっています(金融庁2024年3月「金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律案 説明資料」3頁)。日本においても、かかるファンドの運営機能(企画・立案)に特化することを可能とすべく、今回の改正により、運用権限の全部委託を禁止する規定が撤廃され、運用権限の他の登録投資運用業者への全部委託が可能となりました。
運用権限の外部委託を行う場合、委託先の品質管理を適切に行うことが重要であることから(資産運用TF報告書7頁)、かかる外部委託を認める前提として、投資運用業者は、外部委託を行う場合、受託者に対し、運用の対象及び方針を示し、以下の①から③記載の、運用状況の管理その他の当該委託に係る業務の適正な実施を確保するための措置を講じなければなりません(金商法第42条の3第2項、業府令第131条第2項、金商業者向け監督指針VI-2-2-1(1)④、VI-2-3-1(1)④及びVI-2-5-1(1)④)。
①委託先の選定の基準及び委託先との連絡体制の整備
②委託先の業務遂行能力及び委託契約の遵守の状況を継続的に確認するための体制の整備
③委託先が当該委託に係る業務を適正に遂行することができないと認められる場合の対応策(業務の改善の指導、委託の解消等)の整備
(3) 投資助言業の規制との比較
今回の改正により、投資運用業の規制が一部緩和されたことから、投資助言業の登録を行わず、又は投資助言業とあわせて投資運用業の登録を行うことを検討される事業者もいると推測されます。そこで、今回の改正により規制が一部緩和された事項が、投資助言業の規制と比較して、より緩和されたのかについて検討します。
(i)投資運用業の方が規制が緩和された点
今回の改正で投資運用業の規制が投資助言業の規制に比べて緩和された点は、投資運用関係業務を委託することができる点です。
投資運用関係業務は投資運用業等に関して行う業務に限定されており(金商法第2条第43項)、今回の改正により投資助言業において求められる人的構成要件に係る審査の運用が変更されるものではないとされていることから(パブコメ回答No.8)、仮に投資助言業の登録申請を行う者が、法令等を遵守させるための指導に関する業務を投資運用関係業務受託業者としての登録を受けた事業者に委託したとしても、投資助言業に係る業務につき、その執行について必要となる十分な知識及び経験を有する役員又は使用人を自ら確保しているとは必ずしも認められず、投資助言業の登録を受けるためには、かかる人材を自ら確保する必要があると判断される可能性があります。もっとも、パブコメ回答によれば、投資助言・代理業におけるコンプライアンス業務の外部委託の可否について、「個別事例ごとに実態に即して実質的に判断されるべきものと考えられますが、当局や当該業者への連絡体制などが構築できる場合等には、コンプライアンス業務を外部委託することが認められる場合もあるものと考えられます。」としており(同回答No.8)、投資助言・代理業におけるコンプライアンス業務の外部委託も必ずしも否定されていないと考えられていることから、一概に投資運用業の方が規制が緩和されたとはいえないところはありますが、法令上委託の要件が明確な点で、実務上投資運用業の方がコンプライアンス業務の外部委託を行いやすいのではないかと思われます。
(ii)投資運用業の方が規制が厳しい点
他方、今回の改正で緩和された以下の点については、改正後も投資運用業の方が、投資助言業より厳しくなっています。ただし、二点目については、外部委託を許容する以上、委託元である投資運用業者による外部委託先の投資運用業者の監督が適正になされなければならないことは自明であり、必ずしもそれ自体が重大なハードルになる可能は高くないと思われます。
・最低資本金及び純財産要件
金銭又は有価証券の預託を受けない場合、最低資本金及び純財産の額が緩和されましたが、最低資本金額及び純財産の要件自体は維持されます。これに対し、投資助言業については最低資本金及び純財産の要件はありません。
・運用権限の全部委託
今回の改正で運用権限の全部委託が可能となりましたが、委託を行う場合、委託に係る業務の適正な実施を確保するための措置等を講じる等の義務が課されています。これに対し、投資助言業については外部への委託について特に制限はありません。
留保事項
[1] 有価証券等管理業務を行う金融商品取引業者、銀行、協同組織金融機関、保険会社(外国保険会社等を含みます。)、信託会社及び株式会社商工組合中央金庫以外の者で、以下に該当する者をいいます(金商法施行令第15条の4の2、業府令第6条の2)。
・当該登録申請者の役員(役員が法人の場合の職務執行を行う社員を含みます。)又は使用人
・当該登録申請者の親法人等又は子法人等
・当該登録申請者の総株主等の議決権の50%を超える議決権を保有する個人
斎藤は、現在、大阪関西万博に行くことにはまっています。
先日、社外役員をしている会社のご招待を受け、アンドロイドで著名な石黒浩教授のパビリオン「いのちの未来」(公式HP:https://expo2025future-of-life.com/)を観覧し、法的問題を深く考えさせられました。
若干ネタバレになりますが、人間がアンドロイド化することができる未来、おばあちゃんと孫娘が親しくしている、おばあちゃんが健康を害していく、その中でそのまま死ぬか、アンドロイド化して存命するか、という展示があります。その他にも多数のアンドロイドが登場し、「いのち」とは何を指すのかを考えさせられる展示でした。なお、斎藤はこれまでに40以上のパビリオンを訪れていますが、「いのちの未来パビリオン」はその中でも特におすすめです!
そこで法律家として一つの疑問が浮かびました。もし人間が自らの意識や記憶をアンドロイドに移し、生物学的な寿命を超えて100年、500年、1000年と「生き続ける」ことができるようになったとき、法律はどのように対応すべきなのでしょうか。
特に、元の人間とアンドロイド化後の存在を、法的に同一の人格として扱うことができるのでしょうか。
鏡の前で自らの姿を見つめるアンドロイド – それは本当に”かつての私”と呼べるのか

現在の民法では、人は出生により権利能力を取得し、死亡により権利能力を失います(民法第3条)。この「生物学的な死亡=法的人格の消滅」という大原則は、何百年もの間、法制度の基盤となってきました。
しかし、意識や記憶が電子的に保存され、別の身体(アンドロイド)に移植される技術が実現すれば、この原則は根本的な見直しを迫られることになります。生物学的には死亡しているが、人格や記憶は継続している存在を、法はどう扱うべきなのでしょうか。
※本稿では、脳の物理的移植ではなく、意識・記憶のデジタル転写によるアンドロイド化を前提として論じます。また、サイボーグ化(生体の一部を機械で代替)とは区別し、完全に人工的な身体への人格転移を扱います。
この問題に対する法的アプローチは、大きく4つに分けられると考えられます。
物理的身体の消滅をもって法的人格も終了し、アンドロイドは権利能力を持たない「物」として扱う立場です。現行法の立場に立てば、基本的にこの見解になるでしょう。
アンドロイドは相続財産として相続人が所有し、元の人間の権利義務は通常の相続手続きによって処理されます。この場合、相続人である孫がおばあちゃんのアンドロイドを「物」として所有することになり、フリマアプリで出品したり、粗大ごみとして廃棄したりすることも法的には可能という、ブラックユーモアのような帰結を招きます。
法的安定性は保たれる一方で、アンドロイド化を選択する動機は大幅に損なわれるでしょう。自らが「物」として扱われ、売却や廃棄の対象となる可能性があるのでは、積極的にアンドロイド化を望む人はごく少数にとどまるはずです。また、財産権や契約上の地位もすべて失うため、それまで築いてきた社会的な地位や関係性からも完全に切り離されることになります。
おばあちゃんは”物”なの?

記憶、人格、自意識の連続性を重視し、アンドロイドを元の人間と同一の法的主体として扱う立場です。この場合、財産権、親族関係、契約上の地位はすべてそのまま承継され、戸籍上も「生存」として扱われることになります。
本人にとっては最も望ましい結果ですが、法制度全体への影響は甚大です。
アンドロイドに人格を認めるが、アンドロイドは全く新しい法的主体として登録され、元の人間の権利義務は通常の相続手続きによって処理されます。
この立場では、アンドロイドは「生まれたばかりの成人」として、新たな人生をゼロから始めることになります。過去のしがらみから解放される一方で、これまで築いた人間関係や社会的地位も失うことになります。
一定の権利のみを特別法により承継させる折衷的な立場です。例えば、人格的権利や家族関係は承継するが、財産権については相続手続きを経るといった制度設計が考えられます。
具体的には、氏名権や肖像権などの人格的権利、配偶者や親子としての身分関係、扶養請求権などは承継を認める一方で、不動産所有権、株式、預金などの財産権は従来通り相続手続きを要するという区分です。 この制限承継説の意義は、家族の感情的なつながりや人格的アイデンティティを法的に保護しつつ、社会経済システムの安定性を確保する点にあります。完全な断絶では失われてしまう人間関係の継続性を、限定的ながら法的に担保することができるのです。
アンドロイド化に関する法的立場の比較
| 項目 | 無人格説 | 人格連続説 | 新たな人格説 | 制限承継説 |
| 基本的考え方 | 物理的身体の消滅で人格終了、物として扱う | 記憶・人格の連続性を重視 | 新しい法的主体として人格付付与 | 一定権利のみ特別法で承継 |
| 法的地位 | 権利能力なし(物) | 同一人格として継続 | 新しい自然人 | 限定的な権利主体 |
| 財産権 | 相続手続きで処理 | 全て承継 | 相続手続きで処理 | 相続手続きを経る |
| 人格的権利(氏名権・肖像権等) | 承継なし | 全て承継 | 新規取得 | 承継あり |
| 家族関係 | 家族の所有物 | 継続 | 新たに構築 | 継続 |
| 戸籍上の扱い | 死亡届提出、物として登録 | 生存として継続 | 新規出生届 | 特別登録制度 |
| 相続税 | 通常通り課税 | 課税されない | 通常通り課税 | 財産部分のみ課税 |
| 本人のメリット | 最小(物扱い) | 最大(全権利継続) | 小(新しい人生だが権利なし) | 中程度(人格的権利保護) |
| 社会的影響 | 最小(現行制度維持) | 甚大(制度の根本的変更) | 中程度(戸籍制度拡張) | 中程度(部分的制度変更) |
| 実現可能性 |
最も容易(現行法そのまま) | 困難(法制度の抜本改正) | やや困難(新制度創設) | 中程度(特別法制定) |




アンドロイド化により人間が1000年生きられるようになったとき、現在の法制度は機能するのでしょうか。仮にアンドロイド化による事実上の不老不死が実現した場合、現在の法制度の多くが機能不全に陥る可能性があります。
相続制度が根本的に変質します。人が死なないのであれば、相続は発生しません。その結果、不動産や株式などの資産が永続的に同一人物に占有され続け、社会の流動性が著しく阻害される恐れがあります。
また、契約関係も異常に長期化し、社会経済システム全体の硬直化を招く可能性があります。
もし配偶者の一方がアンドロイド化した場合、婚姻関係はどうなるのでしょうか。アンドロイド化した配偶者は法的に「生存」しているため、他方の配偶者の再婚には重婚の問題が生じます。
また、親子関係も複雑化します。アンドロイド化した親と、その後に生まれた子との関係、さらには世代を超えた扶養義務の範囲など、従来の家族法では想定していない問題が続出するでしょう。
刑罰制度も根本的な見直しが必要になります。終身刑の意味が相対化され、時効制度との整合性も問題となります。また、刑罰の根拠の一つである「更生可能性」という概念も、数百年の寿命を前提とすれば大きく変わることになるでしょう。
永続的に生きる存在が政治権力を握り続けたら、民主主義は成り立つのでしょうか。法律問題にとどまらず、民主主義制度そのものへの影響も深刻です。
一部の富裕層のみがアンドロイド化を選択できる社会では、彼らが数百年にわたって政治的・経済的影響力を行使し続けることになります。選挙権、被選挙権を持つ「超長寿層」が意思決定を独占し、世代交代による社会の刷新が阻害される恐れがあります。ピケティが「資本収益率は経済成長率を上回る(r > g)」と指摘したように、一度財産を築くとそれがずっと拡大していくという現象が、超富裕層の永続的なアンドロイド化によってさらに加速される可能性があります。
年金制度、医療制度、教育制度など、現在の社会保障制度は人間の平均寿命を前提として設計されています。これらの制度も抜本的な見直しが必要になるでしょう。
【コラム:複数アンドロイド問題 ―「本物」は誰か?】 |
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技術が進歩すれば、1人の人間の意識や記憶から、複数のアンドロイドが同時に作られることもあり得ます。例えば、Aさんの記憶を転写した「アンドロイド1」と、バックアップから後に復元された「アンドロイド2」が存在するとしましょう。さらに、生物学的Aさんがまだ存命であれば、「A本人+アンドロイド1+アンドロイド2」という三者併存の状態が発生します。 この場合、次のような法的問題が生じます。 ◆権利主体の特定
◆ 財産・契約上の混乱
◆ 家族関係の重複
このような問題は、単一の人格がデジタル的に「複製」されうる未来において、法制度の根本を揺るがす可能性があります。 |
俺が”本物”だ!

このような未来社会に対応するため、法制度はどのように進化すべきなのでしょうか。
アンドロイド専用の新しい戸籍制度を創設し、生前の明確な意思表示に基づいて人格の承継を認める制度です。承継可能な権利の範囲を明文で定め、法的予測可能性を確保します。
デジタル人格登録制度の手続きフロー

社会の流動性を確保するため、人格承継を一定期間(例えば50年)に限定する制度です。期間終了後は強制的に地位移転を行い、世代交代を法的に担保します。
個人と法人の中間的な存在として「アンドロイド法人」を創設し、特定の権利のみを承継する限定的な法人格を認める制度です。社会的役割の継続と法的安定性の両立を図ります。
なお、私はもともと金融弁護士としてケイマン諸島などでCharitable Trustを作り、誰も株主がいない法人を作る等の業務もしていました。仮に、アンドロイドの人格権を制限したとしても、会社と財団を作り、そこに財産を全て移す、その指図は、自分が化身したアンドロイドが行う、という仕組みを作ることができれば、1000年、2000年でも、財産を維持しながら生存できるかもしれません。 このような既存の法的スキームを応用することで、アンドロイド化後の実質的な権利承継を実現する道筋も考えられ、そのようなスキームを排除する必要があるかも検討する必要があるかもしれません。
アンドロイドの実質的権利保持構造(ケイマン諸島型スキーム例)

【コラム:AIに人格は認められるか? ―「身体なき知性」の法的位置づけ】 |
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アンドロイド化による人格の承継を議論する際、もう一つ興味深い問いが浮かび上がります。 「純粋なAI(人工知能)に、法的人格を認めることはできるのか?」という問題です。 アンドロイドの場合は、人間の記憶や人格を転写し、身体を伴って社会と接するため、「かつての私」としての延長線に位置づけやすい一方、AIはそのような身体性や過去の人格との連続性を持たない存在です。むしろ、ゼロから学習し、独自の意思決定を行う、「新しい知性」です。 ◆ AIと人格 ― 承継か創設かこの点、アンドロイドが「人格を引き継ぐ」主体であるのに対し、AIは「人格を創設するか否か」の対象となります。つまり、法的に全く新たな権利主体を認めるかという、より根本的な議論です。 過去には、EUの一部で「electronic person(電子的人格)」という法的構想が議論されたこともありましたが、最終的には否定的な意見が主流を占めました。理由はシンプルです: * 倫理的責任を担えない ◆ ただし、「記憶を持つAI」への応用は可能か?一方で、ある人間の声、発言傾向、価値観などを学習した「追憶AI」や、「死後の遺志を実現するAI」(Digital Executor)のようなシステムは、現実の技術課題として進みつつあります。 こうしたAIに、民法上の契約締結能力や意思表明代理が認められるとしたらどうなるか。 これはアンドロイドとは異なり、あくまで「代理人」や「機能主体」としての限定的地位にとどめるのが現実的でしょう。 ◆ 法的整理の方向性
このように、AIとアンドロイドは「人格のあり方」や「法的役割」が本質的に異なる存在です。 本稿では「人格をどう引き継ぐか」を主題としていますが、それとは別に、「新たな知性に人格を与えるか」という問題もまた、将来的な法制度の設計において避けて通れない論点となるでしょう。 |
このような技術が実現すれば、弁護士実務にも大きな変化が求められます。
アンドロイド化に関する生前の意思表示書面の作成、デジタル資産の管理・承継契約の整備、家族間での合意形成支援など、新しい法的サービスの需要が生まれるでしょう。
また、法曹界としても、新技術に対応した倫理規程の策定や、継続的な研修制度の整備が急務となります。
デジタル情報としての人間

石黒教授の展示を見て感じたのは、技術の進歩が法制度に与える影響の大きさです。アンドロイド化による人格の承継という問題は、現時点では思考実験の域を出ませんが、技術発展のスピードを考えると、法曹界としても早期の議論開始が必要な分野といえるでしょう。
人間とは何か、人格とは何か、社会における個人の位置づけとは何かという根本的な問いに、法学は答えを見つけなければなりません。技術が社会を変える時代において、法律家には新しい挑戦が待っているのです。
※本稿は、筆者個人の見解に基づく思考整理の一環であり、将来の法制度を予測・保証するものではありません。また、斎藤はアンドロイド化にはそれなりに前向きですが、読者の皆様に「ぜひアンドロイドになりましょう!」と勧誘する意図は一切ありません。